光VS闇
「大丈夫か?」
とのギンスバルグの問いに、
「この結界はこれしきの事ではびくともしません。煙であろうとも、偉大なる主神ハドル様の力の前では無力です」
と司祭団のリーダーが答える。
自信満々の言葉を裏付けるように、黒煙を弾いた結界が、引き伸ばした球体を形成すると、隊列全体を見事に保護した。
その結界内に衝撃が走る。見ると楕円体の先端部分に、足弓使いの男がへばり付いていた。
男は結界に焼かれて火ぶくれを起こしながらも、足に発生させた黒短矢で、何度も何度も結界を蹴り続ける。終いには自らの心臓を貫き、血線を引く太矢を蹴り込もうと足を引いた。
そこへ間髪入れずに放たれた光球が胴体に命中すると、閃光を放って爆散する。
だが一瞬早く放たれた黒短矢は、結界に撃ち込まれた。
黒煙の向こうで血刃の嵐が巻き起こり、結界の表面と摩擦を起こして、魔法の火花や力の闇を散らす。だが結界内は依然として無害だった。
「これだけの信徒が集まり、全能の神に祈りを捧げているのです。命を賭した一撃とはいえ、防げて当然!」
司祭団リーダーが胸を反らせる。だが、血刃の嵐が止んですぐ、後ろからなお黒い暴風刃が殺到した。
黒い瘴気を纏ったあれはーー死刃のウンドだろう。先程爆発を起こしたポイントに、真っ黒な曲刀を突き込む。その刃には既に大量の血線が尾を引いていた。
爆発的な力で切っ先をねじ込んだウンドは、そこから暴風刃を巻き起こすと、無理矢理体を滑り込ませる。
間髪を入れずに押し寄せる騎士団、ウンドは物量に飲み込まれるかと思いきや、真っ黒な血風刃が迸ると、騎士達の甲冑を容易く切り裂き、さらに風の突進力を得て、矢の速さで駆け抜けた。
司祭団を守る神官戦士団が迎え撃とうと陣形を組む。その頭上に跳び上がったウンドは、空中から黒風刃を飛ばして、司祭団の防御に回った戦士達を血祭りに上げながら、風に乗ってバッシ達の守る馬車に迫った。
そこへ魔法使い達の遠距離攻撃が集中するが、空中で加速したウンドに追い付ける魔法は無く、唯一追尾型の魔法が後を追うのみで、空中に散華する。
追尾魔法を従えながら、バッシ達の目前に迫ったウンドは、心臓から黒々と血線を伸ばしていた。既に命を燃焼させているのだろう、以前には燃えたぎるように見えた目の光すら、今では闇に包まれて判然としなくなっている。
隣に並ぶウォードは、馬から降りて長剣を構えた。バッシも大剣を構えると、全身に龍装を纏い、最大防御力を発揮できる状態する。
分厚い鈍色の鱗がパキパキと音を立てて発生し、全身を締め上げる。その間接部を調節しながら、動きを阻害しないようにすると、頭に伸びた飾り羽根状の長鱗に神経を集中させた。
耳と直結された長い鱗には、細かな擬似神経が張り巡らされ、空気の振動を逃さず捉える事が出来る。
感覚の上昇に伴って、鋭さを増したバッシの勘が、爪を形成した足を前へと運ばせた。
そこにウォードが並び、直後にウーシアとゲマイン隊の戦士達、そしてトトが続いて来る。
「あれはヤバイよ〜、普段の数倍の力が引き出されてるだろうね〜、怖い怖い」
いつの間にか並び立っていたベイルが呟いた。既に双剣には光が宿り、剣と剣の間には、金色の靄がたなびいている。だがそちらに気をやる余裕はない。
渦を描いて突っ込んで来たウンドに、先んじたバッシが紫の光を纏わせた大剣を叩き込む。だが、黒い風を纏った本体にはかする事も出来ずに、表面を撫でると、逆に風刃を放たれた。
寸前で避けるが、以前に見た時よりも威力と速度を増した風刃が、地面を大きく切り裂く。
この威力をまともに受ければ、分厚く展開した龍装でも防御できないかもしれない。ましてやより軽装の仲間達には致死の一撃となるだろう。
背筋に寒いものを感じたバッシの目の前で、銀光が放たれたーーウォードと鋼の精霊との同期の瞬間だ。
途端に空気が粘度を増すと、一気に間を詰めたウォードが一太刀見舞う。それにウンド自体は対応できないものの、周囲を覆う黒い風刃が形態を変えて、刃を合わせた。
更に横合いから別の黒風刃が伸びると、ウォードに迫る。それを避ける形で体を傾けたウォードは、瘴気の隙間に刃を滑り込ませた。
その突きは黒い血を引く曲刀に阻まれる。不自然な動きを強制されたウンドの手首は、折れるほどねじられていた。
そこへ横手から黒風刃が斬り下ろしてくるのを、流れるような動作で避けると、一旦距離を置く。そのすぐ目の前には、数筋の風刃が力を溜めて待ち構えていた。
あのまま攻撃を続けていたら、あれの餌食になっていただろう。
そこで銀光が解かれると、軽くなった空気の中で、今度はベイルが突っ込んで行く。金色に輝く双剣は、今や彼の体を包み込むほどの靄を発生させていた。
すかさず溜め込まれていた力が解放されると、空中に幾筋もの黒風刃が伸びる。その切っ先が霞に届いた瞬間、ベイルは舌をベロリと出すと、絶対致死の風刃乱舞の中、ここしかないという空間に身を投じた。
空を切った黒風刃が地面を蹂躙する。土埃が舞う中で、飛び上がったベイルとバッシが、いまだ空中に居るウンドを挟撃した。
周囲に放たれる風刃が二人を切り裂こうと迫る。ベイルは短剣で受け止めた力をいなして、更にウンドに近づくと、もう片方の短剣で突きかかった。
バッシは風刃を避ける為に小さく回り込むと、下段に構えた大剣を切り上げる。
〝バッシ〟
鋼の精霊から声が届くと同時に、銀光の世界に突入する。おかげで避けたはずの風刃が、軌道を変えて迫っている事に気付いた。だが、今なら大剣の刃が届く位置にウンドが居る!
龍装の爪で踏みしめる地を掴み、身をよじる。致命傷にならないように体位をズラすと、そのまま大剣を振り切った。
解かれる銀光、ウンドの体を捉える確かな手応えと同時に、右胸から肩に掛けて風刃に切り裂かれる衝撃が襲う。
仰け反るバッシの視界に、腹にダメージを受けたウンドと、向こう側で風刃に弾き飛ばされるベイルが見えた。
瞬間ーーウンドの首が飛ぶ。
転がる首の先、残心に剣を構えるウォードが、血振るいを切ると、剣を収めた。
大量の血筋が力を失い、液状化して地面に染み込む。一人の人間から出たとは思えない程のシミを作ったそれは、力の行き場を失って、昇華するように黒煙を上げた。
首を失いながらも、数歩歩いたウンドの体が、糸の切れた操り人形のように倒れる。一方で撥ね飛ばされたウンドの生首は〝顎の力〟でにじり寄ると、地面の黒曲刀を咥え込んだ。
血が地面にみるみる吸収され黒煙が広がる中、風刃で自らを切り裂いたウンドの後頭部から黒い血が大量に噴き出す。
咄嗟に距離を取る面々の前で、一瞬血風刃となった血は、空中で鋭さを失い飛散した。
穢された皆の体や地面から、異臭を放つ黒煙が上がると、ウンドの頭部は跡形もなく消えていた。
『地面の染みに気を付けて! 司祭団、結界を!』
唐突にゲマインの念話が頭に響く。何かの情報を得たのだろうか? バッシは考えるよりも先に、地面に注意を向けた。
司祭団はギンスバルグの命令ではない事に一瞬の躊躇を見せ、固まる。そこへギンスバルグが、
「司祭団、結界を張れ」
と命令を出した頃には、ウンドの残した地面の染みは急速に拡大して、盛り上がってきた。前方の足弓使いの染みも盛り上がり、そちらからも、
「うわっ!」「なんだこれは」
など騎士達の声が聞こえてくる。
「装甲車を囲め!」
ウォードの声にバッシたちは一旦引くと、ようやく形成され始めた司祭団の結界が、血の染みと拮抗しだした。
だが明らかに以前の影よりも力を持つ染みは、結界にも負けずに勢いを増して、ボコリ、ボコリと泡が噴き出すように大きくなってーー弾けた。
飛び広がった闇が地面を覆う。そこから発する熱に馬達がいななき、制御不能におちいると、せわしなく蠢く長い触覚が現れて、周囲を焦がした。
「騎士団、司祭団、共に後退! 装甲車を守れ」
ギンスバルグが号令を出すと、撤収先にも広がる闇に向かって光球を飛ばす。だが闇を祓うはずの閃光は、侵攻を遅らせただけで、根本的な解決にはならなかった。
「ジュエルの結界でも無理か?」
装甲車に辿り着いたバッシが聞くと、
「あの光球でも退けられないとなると、この距離から発したところで無意味ね。もっと手前まで来た時には、聖守護力場を発動させるわ」
ジュエルが緊迫した声で返しながら、バッシの右胸から肩に掛けて出来た傷に、治癒魔法をかけてくれた。
その横には、心配そうな顔のリロが、タンたんを抱えてこちらを見ている。
「大丈夫か?」
淡く光を発するタンたんを見て、何かの魔法を準備しているのか? と思いながら聞くと、
「それが……この子が疼くように、何かに反応しているんです。ウンドの血液が地面に染み込んだ辺りから……」
そう言っている間にも、タンたんの光は輝きを増してきている。
「あの黒百足が来るなら火魔法は効かないから、師匠の側にいてやってくれ」
と言うジュエルの言葉に、装甲車に向かうリロ。バッシはそれを背に前方を警戒した。既に前面は騎士団と司祭団によって固められている。黒百足がいかに高温をもって押し寄せようとも、彼らの防衛網を突破するのは容易ではないはずだが……
隊列の向こう側に見える黒百足の触覚の数に、戦慄を覚える。闇の淵から湧き出るように出現する長い触覚で、向こう側の空気が歪んで見えた。
「結界を張れ!」
ギンスバルグが号令と共に、光球を放つ。それは先頭の黒百足の頭を貫通し、次の個体の胴体で炸裂した。
閃光と共に周囲一帯に散らばる体液、すえた臭いが漂って来る中、再度楕円体の結界が構築されると、隊列全体を覆い尽くしていった。
これで安心か? と思いきや、地面の黒い染みが伸びると、結界とぶつかり、黒い煙を発する。
お互いに消耗しあったあげく、覆い尽くせなかった場所から、煙は結界内にも侵入し、あっと言う間に空気を汚染してしまった。
むせこむ中で、
「ゴホッ、浄化をゴホッ、早く!」
ギンスバルグの指示の元、急いで結界内の空気が浄化されていくと、視界が開けた時には、溢れんばかりの黒百足が一斉に飛び込んで来た。




