英雄タイタン
V字編隊ーー
広大な戦場を眼下に、飛竜の一団に掴まれた巨人達が、長大な陣形を作って飛来する。
距離感のおかしくなりそうなその威容を、地上の敵兵士達は固唾を飲んで見守った。
その先陣を切るのは〝土魔人のタイタン〟と呼ばれる戦場の英雄。魔導師による名付けを許された、希少な人造巨人の戦奴である。
一際大きなな飛竜に運ばれる彼の後には、人造巨人兵団が数十騎従っていた。
体の数倍はあろうかという巨大な翼に、風を纏わせて悠然と飛行する飛竜達は、目的地に到達すると、射出兵器の射程ギリギリまで高度を落とし、巨人の肩当てに食い込む鉤爪を次々に離した。
「撃て!」
指揮官の号令に、張り詰めていた射出兵器の弦が一斉に放たれる。地上に配備されたその数二百有余門。
だが空中のタイタンが両手を広げると、振るわれた土魔法によって一斉に地盤が緩み、自重に沈む射出兵器はあらぬ方向に鏃を向けた。
ともすれば自軍に放たれた巨大な矢に、パニックを起こす人間の兵士達。その緩んだ地面に巨人達が突き刺さると、一瞬全身を潜らせた彼らは、津波と化した地面と共に押し寄せた。
そこからは一方的な殺戮が展開する。逃げ惑う人間を踏み潰し、蹂躙する巨人達。ある者は異様なテンションそのままに、人間を噛みちぎり、咀嚼し、嚥下する。その中には、鋼の剣を振るうバッシの姿もあった。
バッシの役割は、巨人の中にあって比較的小柄で、足が早い事を買われての撹乱要員。そしてどの戦場にも見受けられる、後方詰めに陣取る魔法使い達の抹殺だった。
バッシ本人は知らなかったが、魔力皆無ながら確実に魔法使いを倒す腕前と、巨人にも関わらず鋼の大剣を振るう奇異な姿から、多少の蔑視を込めて仲間内から〝鬼子〟のバッシと呼ばれていた。
その鬼子が走り去って行くのを鼻で笑いながら、タイタンも存分に暴れ狂う。
鬼子が後ろに控える魔法使いを倒すならば、この戦場でタイタンを止める手立てを持つ者は居ないだろう。
腕に覆う分厚い土魔装を振るう度に、片手では数え切れない程の命を奪っていく。
魔導師によって植え付けられた、呪いの軛に鈍る脳が、単純な快楽によって満たされて行った。
奪った命を土に練り込み、ペースト状にした物を口に運ぶと、
『これぞ戦場! これぞ生きている味わい』
知らず口角を上げて、さらなる殺戮の予感に打ち震える。
広大な戦場を支配する者。それが敵兵士から畏怖と共に〝土魔人〟と呼ばれたタイタンの、過日の姿だった。
*****
「……凄いわね、さっきの戦闘が無かったら、何の冗談かって思うレベルの話だわ」
バッシが語る巨人についての知識は、職業軍人たるジュエルの常識を逸脱する物だった。自分がもし魔法王国との戦争に駆り出されていたら、生き残る術が思いつかない程に。
「でもバッシはタイタンを退けました。もはや近接戦闘では彼以上の力を有しているという事です」
リロが自分の事のように無い胸を張ると、誇らし気にバッシの腕を叩いた。
「だが、とどめには至らなかった。手負いのまま地階に逃がしてしまった。手負いの獣は狂って、より多くの人間を襲う。更に危険な存在にしてしまったかも知れない」
バッシが鋼の剣を手に悔しそうに呟く。対面した時に、話し掛けるよりもいち早く仕留めようと動いた。にも関わらず、あと一太刀が入れられなかったのは、己の甘さとしか言いようが無い。
『まだいける』
長時間紫のオーラを纏ったにも関わらず、いまだに鋼の剣から伝わる感覚は、余裕を告げている。
マンプルに軛を解かれた影響であろうか? より強まった剣との共鳴が、タイタン討伐の機運を高めた。
だが仲間はどう思っているのか? と疑問をもつと、ウーシアが、
「手負いの獣はきっちり仕留めるのが、冒険者の不文律だワン」
とC級冒険者らしい、貫禄のある言葉を吐く。
「うむ、撤収中に背中を襲われてもつまらんしな。ここは細心の注意を払って、地下へ赴くのが正道だろう」
ジュエルの言葉に一同が頷く。魔力を消耗していたマリィも、
「お陰様で大分楽になりました。祖父の残してくれた風の精霊も、何時でも力を発揮できます」
と言って角笛を構える。それを受けたジュエルが頷くと、
「よし、それでは地階に出発するぞ! 無理は禁物、土魔法はバッシ、お前に一任する」
と言って、バッシの腕を叩いた。それを真似したウーシアもペチンと叩くと、リロ、そしてマリィまでがペチン、ペチンと叩いていく。
腕に彫られた母豚の入墨が真っ赤になっている。それを撫でたバッシは、沈んだ気持ちを少し浮き上がらせて、先を行くウーシアの後を追った。
*****
地下4階はまた鍾乳洞になっており、ふたたび沼地狼と、グリーン・ジェルが大量に出現した。中にはグリーン・ジェルを付け過ぎて、本体が見えなくなってしまった個体も居る。
これらは、出現現象の飽和状態、通称フル・ポップと呼ばれる現象らしい。
モンスターで溢れかえる部屋に入るなり、マリィが操る風精の作り出した風道を利用して、リロの火柱が容赦無く狼達を焼き尽くす。風の管理を受けて、効率を上げたリロの火魔法は、部屋中を瞬く間に焼き尽くしていった。
大量発生したモンスター共を物ともせず、真っ直ぐに突き進むバッシ達は、ウーシアの先導によって危険を回避しながら、あっという間に地下4階を攻略していく。
「このまま休まず行くぞ!」
ジュエルの声掛けに頷こうとした時ーー下腹を突き上げるような振動が襲って来た。大きな揺れに足を取られそうになりながらも、
「何だワン?」
しゃがみ込んだウーシアが、霊剣を手に、地面に耳を付けて尋ねる。それを受けて、
「分かりません、でも下層の生命反応が目まぐるしく移動しています」
階段下に向けて魔感知を唱えたリロが指摘する。
「皆固まれ! マリィ、精霊の加護は使えるか?」
ジュエルの指示に従って、彼女を中心に円陣を組んだ時、マリィの返事を待たずに、激しい振動が、再度皆を襲った。
今度は大きな縦揺れとなって、地面に伏せたバッシ達を跳ね上げる。轟音の中、声を上げるどころか、舌を噛まないように顎を噛み締める事しか出来ず、バッシは目の前の仲間達を抱え込んだ。さらにその外側を、ジュエルの聖守護結界が包み込む。
ーーその瞬間ーー
足元で跳ね上がった地面が、バッシ達を受け止めると同時に崩落したーー
大量の土石と共に、巨大な迷宮の一階層分を落下する。
幸いジュエルが聖守護結界を球状に変化させた事によって、受けたダメージは少なくて済んだが、落下の衝撃で揉みくちゃにされ、体の各所をしたたか打ち付けた皆は、痛む部分をさすりながら立ち上がった。
もうもうと立ち込める土煙の中、落ちてきた上階を見上げると、迷宮独特の薄明かりにうっすらと大穴の輪郭が見える。
階層の半分程が崩落したようだ。と、判断した時、
「奥に相当数のモンスターだワン!」
と言うウーシアの警告に、バッシは大剣を引き抜いて、土石の積み重なった地面を歩いた。
少し晴れだした土煙の向こうには、目をランランと発光させた魔爪スコーピオンと沼地狼の群れ、そして奥には一回り大きな大理石魔像達が仁王立ちしている。
それは一階層分のモンスターが掻き集められた姿だった。
目の前の大群に、咄嗟に詠唱を始めたリロ。その横では、すかさず風の精霊に呼びかけたマリィが、モンスター達に容赦ない大風を浴びせかける。
聖守護結界の最前線で事の成り行きを見守っていたバッシは、リロの唱えた延焼火矢の熱を感じながら、灼熱地獄と化した前方を見据える。
どうやら巨大魔像の影で、生き残ったモンスターも居るらしい。
それらを狩りに行こうと、聖守護結界を一歩出た瞬間、地面から無数の鉤爪が伸びて、バッシの体を捕捉しようと襲いかかって来た。
〝バッシ……ダメ〟
鋼の精の声を聞くまでも無く、抜剣と同時に黒い鍵爪を薙ぎ払う。だが、破魔の剣をもってしても、それらを断ち切る事はできなかった。
驚き回避行動に移るバッシの足元を、数本の鉤爪が引っ掛ける。そのまま釣り上げられるように、空中に放り上げられたバッシは、今度は地面から伸びる無数の鉤爪に捕捉されると、思い切り地面に叩きつけられた。
手足に刺さった真っ黒な鉤爪が、全身を容赦無く牽引していく。地面にめり込むように縫い止められたバッシは、痛みのあまりに呼吸も苦しくなってきた。
その横には、土煙と爆煙の収まった空間にぽっかりと空いた虚無。不気味に静まり返った巨大な黒い塊が、存在感を消して静かに佇んでいた。
『タイタン! だが、何かがおかしい?』
下を向いた顔の表情は伺えないが、闇に光る真っ赤な目は、今までのタイタンとは違った印象を受ける。切り飛ばしたはずの右腕からは、真っ黒な物が伸びて、地面に突き入れられていた。これが鉤爪の正体か? と推測していると、
「鬼子ォォ、よぐもォォ」
地面に張り付ける牽引が強まり、微動だにできなくなる。タイタンの周囲から漂う冷気が一層温度を下げると、岩を擦り付けたようなうめき声が、薄く空いた口から漏れ出た。どうやら心底彼を怒らせたらしい。
「ガアアァッ」
真っ赤に燃える瞳を見開いて、咆哮を上げると、左手に土嵐を纏い、容赦無く腕を振るう。
バッシは必死に手足を動かそうとするが、食い込む鉤爪によって身動きすら取れない。
そこへ直撃した土石の嵐は、咄嗟に伸ばした破魔の剣にも何ら影響を受けずに、嬲り、削った。
黒く変色した石つぶてが、バッシの肉を容易く貫く。力を込めて耐えようとするが、一瞬の内に全身を襲った土嵐は、防ぎようも無く、全身をミンチにした。
ドワーフの胴鎧が辛うじて内臓を保護するが、頭部及び腕や足は、骨が露出する程のダメージを受ける。特に頭部に直撃した岩によって、頬骨は砕け、地面に打ち付けられた時には、一瞬気が遠のいた。
苦痛とは別に、熱い血流が全身を駆け巡る。すかさず発動した超回復によって、ズタボロになった全身が再生していった。だが、その隙を与えるつもりなど無いタイタンは、再度突進すると、土嵐を纏った左手を振りかぶる。
その胸元に突然火矢が直撃すると、タイタンの厚い胸板で爆発が起きる。リロの火魔法が炸裂して、土魔法と拮抗したらしい。魔力同士の反発が七色の火花を散らした。
その隙をついて鉤爪に貫かれた手足を肉ごと引っこ抜くと、大量に出血する体を無視して剣を構えた。削られ、千切れた全身の痛みが、気絶しそうになる意識を辛うじて覚醒させる。
「下がってください!」
リロの声に後ろへ引くと、入れ替わりに延焼火矢の火球が、甲高い音を立てて、タイタンに直撃した。
容赦無く魔力を込めた火球は、今までのどの魔法よりも高い火力をもって、タイタンの胸元で爆ぜる。
必死に立ち上がったバッシは衝撃の余波だけでふらつきながら、鋼の剣に呼びかけた。
『何故だ、何故鉤爪を切る事が出来なかったんだ?』
だが鋼の剣はいつも通り沈黙を守り、答えてはくれない。そんな時、ふとリリが言っていた大剣の弱点が脳裏に浮かんだ。
〝神聖魔法、神の生み出した魔法には無力なのよ!〟
ビシッと指を突き付けるリリの顔が蘇る。
そうか、これは神聖魔法なのか。そう思って前方を注視すると、爆煙の向こうから、一切ダメージを受けていないタイタンが現れた。
その右手は既に地面を貫いている。
「不味い! 鉤爪が襲って来るぞ!」
咄嗟に仲間に警告を発するが、またしても足元から現れた鉤爪の群れに、飛び上がって回避するのが精一杯だった。振り向いて確認すると、仲間達はジュエルの結界によって守られている。
『聖守護結界には通じないらしいな』
ホッとしたのも束の間、再び地面から無数の鉤爪が襲来すると、目の前には、視界を覆う程の土嵐が膨らんでいた。




