戦場と迷宮
古びた甲冑の剣士が戦場に立つと、敵も味方もその存在感に飲まれて静寂が生まれた。
金属の残響すらも遠慮するように消える中、一陣の風が血臭を清める。
老剣士の元に、旧知の者達……ラウルとフチが近づくと、言葉も交わさずに並び立った。
フチの従者であるシンハが曲刀を捧げると、その行為が周囲に伝播し、ザアアッと剣の波が起こる。
熱気を帯びた視線はーー剣を帯びる者ならば、誰もが意識する、世界最高峰の剣士ーー剣聖のもとに注がれた。
「この場は任せろ、ラウル、フチ、分かっておるな。オルフロート! 馬を用意せよ」
聴く者の腹に響く声。即応したオルフロートは、自らの愛馬を献上し、自らは他の騎士から馬を譲り受けて、剣聖に並んだ。
絶対的な心棒を集める神殿騎士団長。そのオルフロートが従う、剣聖ウォードの神々しい姿に、同じく剣に生きる騎士達の胸が高鳴る。
鼓動と共に動き出した戦場で、巨大な魔法陣が魔力を振るう。その暴力に反応した聖龍騎士の視線を、虹蜘蛛フチが放つ、七色の魔光線が分断した。
「行きなさい、ここは私達が引き受けます」
フチは青色の残光を尾引かせ、魔法陣を圧倒した。その熱が逃げきらずに手足代わりのシンハの神経節を焦がすが、歴戦のシンハは、痛みに構わず、フチを狙う黒ゴブリン達を切り裂いていく。
その表皮に暖かな光が注がれた瞬間、それまで蓄積していたダメージが全て癒えていった。
シンハに対して神聖魔法を放ったラウルは、神殿騎士副団長のギンスバルグの騎馬に拾われて、剣聖に追従した。
〝本当に大丈夫なんだな〟
聖龍となって、一回り大きく見えるミュゼルエルドがウォードに確認すると、銀色に鈍る左目をぎろりと剥いて、無言の圧を返された。
お互いに言葉を交わさずとも、それだけで十分なのだろう。頭部にまたがる聖騎士ジュエルは、剣聖に頭を下げると、バッシの現した転移門に向かった。
その瞬間を狙う魔法戦士が、巨大な騎馬ごと跳びかかる。四光に輝く剣と聖守護力場が反発し、衝撃波が戦場に吹き荒れる中、押しとどめられた魔法戦士の背中を突然の斬撃が襲った。
「じゃあ、僕たちも行こうか」
幻影剣を放ったハムスが、相棒の冒険王フロイデをいざない、転移門を潜る。転移門の端で、フロイデが戦場に残る部下達を見据えた。
「心配しなくても大丈夫でさぁ。俺たちは殺されても死なない、冒険王のお仲間だぜ」
最古参の魔法使いが杖を見せつけると、一つ頷いたフロイデは、愛騎のバジリスクを譲り、
「それじゃあな、終わったら一杯やろう」
と、背中越しに愛刀を掲げて転移門を潜った。
「おう!」
と答える魔法使いに、
「一杯やるためにも、こいつを何とかしなきゃな」
と、古参の盗賊戦士が敵である〝魔法戦士〟を剣で指し示した。その剣身には、魔法使いのかけた、鋭刃の魔力が循環している。
「ああ、でかぶつは剣聖達に任せるとして、俺たちはこいつらを地道に殺ろう」
他の仲間にも支援魔法を唱えた老魔法使いは、胸元から短筒を取り出して、キーワードを唱えた。
それはアレフアベドの宝物庫から持ち出した、迷宮産の国宝級魔具……極東の迷宮から冒険王が持ち帰った封印筒だった。
以前その一つが解除されただけで、アレフアベドの冒険者ギルドが半壊の憂き目にあったという。
その間にも、魔法戦士から風の魔法剣が殺到するが、割って入った戦士が、魔力をこめた盾で魔法剣を跳ね上げる。
「ひっひっひっ、生温い手出しは、怪我のもとだぜ」
盾戦士は、続く魔法剣を読みきって、魔力発生とともに盾を叩きつけ、消滅させる。
「さあ、暴れてこい〝やつから食い殺せ〟餓鬼」
封印を解かれた筒から瘴気が漏れ出る。高圧に耐えかねた筒の隙間から高音が漏れ出る。筒を放り投げると、空中で意思を持ったように、魔法戦士へと飛んで行った。
それは〝真白の地宮〟と呼ばれる迷宮から、冒険王達が持ち帰った魔具であった。
冥府に通じる門と化した筒から瘴気が漏れ出ると、魔法戦士をすっぽりと覆い尽くす。
「さて、準備はいいか?」
魔法使いが振り返ると、フロイデの残したバジリスクの鞍に、器具を増設した老戦士がうなずく。
「こいつも、いつになく濃い排気で絶好調だぜ」
バジリスクの排気孔から出る紫の毒煙を吸い込んだ老戦士が口角をあげる。震える手でポケットを探ると、回復薬と興奮剤を練り込んだ樹脂を虫歯の中に詰め込んだ。
「ああ、最後の一暴れには持つだろうよ」
「何だって?」
「最後の〜」
「あ〜?」
耳の遠くなった老戦士達の様子に、自分も老人となった他の面子が笑う。
バジリスクの背部に大型の機械弓を設置したアイテム士が、心拍の上がるトカゲの背中をさすりながら、
「お前も頑張れよ」
と呟いた。
毛玉のようなドワーフがアイテム士の尻ポケットを支えにバジリスクの背骨にまたがる。その手には黄金に輝く長柄斧が握られていた。
「やられたら殺り返す、死んでも殺す、それだけだ」
ドワーフの言葉に、薄く笑った老いた魔法使いは、使い馴染んだ魔法の杖を撫でた。
そのしなびた手の甲には、A級冒険者の証しと、豊穣を祈念する母豚の入れ墨が彫られている。
すでに魔法戦士を取り込んだ餓鬼は塊となって戦場に染みを作っている。こうなったら未来永劫その地は呪われ続ける。
島国では禁地として祠を作り祀るらしいが、ここにはそんな習慣はなかった。
胸元の短筒を確認すると、目線をあげる。〝魔法戦士級〟のめぼしい敵にはすでにマーキングをほどこしていた。それを探知する魔力の矢を数本、空中に浮かべ、
「さあ、狩りと行こうか、こいつが飛ぶ先を追うぞ。振り落とされんなよジジイ共!」
そう言って、最高齢の魔法使いは、バジリスクの頭を一つなで、魔矢を解き放つ。今や遅しを待ち受けていたバジリスクは、排気音も高らかに、敵や土を蹴散らしながら爆走し始めた。
毒獣にまたがる毒老達は、若い叫声をあげながら、乾いた戦場での狩りを開始した。
*****
聖龍騎士が特大の転移門を潜ると、膨大な魔力の喪失から、鋼の精霊の術が解れそうになった。
精霊と同期したバッシが、意思の力で押しとどめると、鋼睡蓮は熱を持ちながら従おうとする。
更に熱を上げつつ、迷宮の魔力を注ぎ込み、火花を散らして耐える間に、旧知の猛者が転移門を潜ってきた。
全員に姉様の念話が介入して、意思が統一される。
魔法防御に優れたフロイデやハムスは、その事に驚愕しつつも、土に水が吸収されるような自然さを許容した。
直立すると迷宮の天井まで届きそうな聖龍ミュゼルエルド。そして聖騎士であるジュエルは、思念魔法を弾いた。
それでも意思は伝わり、了承の合図でもあるように、魔力漲る剣爪がコッコッコッ、と床を叩く。
その振動はバッシを始め、地上の者達を震わせた。
首元に跨る聖騎士ジュエルは、鏡のように風景を反射する、金属の流動体のような風貌であった。
どこを見ているのか伺い知ることはできなかったが、全身に放たれる聖守護力場の皮膜が、見る者の心に吸い込まれていく。
その威風堂々たる姿に、バッシの中で誇らしいような、同時に近寄りがたいような、複雑な感情が湧き上がる。
隣にいるリロはどうだろうかと顔を見ると、
〝上手くいったみたいね〟
と、読み取りにくい黒一色の顔貌を少し緩めてみせた。
「おいおい、あんた達は戦場に居ないとダメだろう」
と、聖龍騎士に大音声で問いかけるフロイデに、
「大丈夫だよ、剣聖と大司教がいるんだから。それに虹蜘蛛のフチもいるしね」
と、ハムスが口ひげを揺らせながら指摘する。愉快そうなのは、伝説的英雄達が居並ぶ姿を見られた興奮ゆえだろうか。残してきた仲間達を思ったフロイデは、
「さっさとここを片付けて、俺たちも参戦するぞ」
と野太刀を構える。そこに魔力を通そうとした瞬間、刀身で小爆発が起きた。
「おいおい、誰かの加護で気づかなかったが、ここは魔力壺の中みたいだぜ」
またもや小さく魔力を発揮して、暴走する様を見たフロイデが、ハムスを見る。
幻影剣を生み出そうとしたハムスは、あまりに濃い魔素の影響からすっ飛んで行く剣を見て、ため息をついた。
「久しぶりに〝条件付き〟の迷宮だね。しかも新造にしては罠もあるらしい」
飛んで行った幻影剣は、壁際で何かの装置を作動させて、打ち砕かれた。
濃い魔素の視界不良から、断定はできないながら、物理も伴った罠が予測される。
魔力を発揮できない上に、魔力を伴わない罠の存在。更に……
「そう来るよなぁ」
二人をして諦めの声を上げさせる主が、高濃度魔素の霧から現れた。
数百単位の黒ゴブリンが、一心不乱に規律正しく、巨大な構造物を曳いて来る。
「あれは神輿か?」
フロイデは故郷の祭事を想起して、素っ頓狂な声を上げた。
確かにそれは、石造りの曳き車に乗った、神輿を連想させる何かだった。
その頂きから気配が漏れると、瞬く間に、
「ようこそ、我が城へ」
膨大な思念の塊が、一行を襲う。
それまでは姉様の保護下にあったバッシ達だが、完全上位となる思念の波に、脳を揺さぶられるような支配が襲いかかった。
さらに魔素の濃度が上がりつつある中にあって、鋼の精霊に蓄積していた魔力が、生き物のように打ち震え、底の知れない響きをもたらす。その時、
〝私の保護も最後です。私の『命の矢』を受け取って下さい〟
姉様の絞り出したような念話とともに、バッシの中に映像が流れ込んだ。




