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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
最終章 聖戦と巨人戦士
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裏口の出会い

 空気が薄いのは、重火魔法が先行していたせいだけではない。石造りの館であることを差し引いても、その裏に空間を感じさせない緊密な気配があった。


「多分ここは地下ね。それにしても一切の感知魔法を寄せ付けないのは異常だけど」


 黒煙を操りながら、外部へと通じる穴を探すライザベルが告げた。煙の粒子一つの逃げ場もないここは、現世の建物を逸脱した、まるで……


「迷宮だな」


 バッシが知育魔本を通じて、壁材などの成分を解析する。そこには半異界である『迷宮』でしかありえない金属などが含まれていた。


 爪の先に生やした鋼刃で壁を削ろうとするが、不思議な抵抗に刃が滑り、毛ほどの傷もつかない。

 その反応は、半異界である迷宮ダンジョンに顕著なものだった。


 一つの都市の地下が丸ごと迷宮であれば、それを隠し通すことはできないだろう。

 ましてや各地の迷宮に詳しい、魔術師ギルドの長であったライザベルの耳に入らない訳がなかった。


 しかし、彼女はこの都市迷宮について、一切聞いた覚えがないと言う。


「ここを占領してから迷宮を作り上げたのかも知れない。人為的に造った迷宮の話は聞いたことがあるわ。聖龍の宝玉を核に、龍人を主として、迷宮を新造した悪魔もいたらしい」


 ライザベルの言う内容にバッシは共感した。先ほどまで保持し、剣龍ミュゼルエルドに譲渡した龍玉のエネルギーを想起する。

 あれほどの力を内包するならば、迷宮の一つくらい創造できるだろう。


 偶然にも、その龍玉こそ、過去に新造迷宮の核となった、聖龍の宝玉なのだが、バッシはそれを知る由もなかった。


『この迷宮にも、それ相応の主が存在するはずだ』と想起して、自然と気が引き締まる中、バッシはさらに思い至る。それを操る悪魔が控えている事を…… それは恐らく魔法王国の魔導師の長〝教授〟に違いない。


 それらが存在するであろう場に、女性二人を連れて行く事にとまどいがある。その手に触れる真っ黒な細指、その主であるリロは、


「大丈夫、私達には聖騎士団という仲間達がいます。この子もね」


 とタンたんを示した。そのタンたんは、先ほどから沈黙したまま魔力を錬成し続けている。最前、最終ページに零すよう指示された、狂血の魔力の影響だろう。


 何をしているのかは不明だが、いずれ必要になったら、行動をもって教えてくれるという。


「一足飛びに敵の真っただ中に行かなかったのが意外だね。まだまだ魔力は残ってるし、リロの調子も復活してきたのに」


 ライザベルが軽い口調でバッシに問いかける。


「ゴブリンの女王が迷宮の主だろう? バッサリ殺っちまえば、一気に解決すると思うんだけどねぇ」


 ライザベルの予想を裏付けるかのように、三匹の黒ゴブリンが行く手に出現した。バッシが過去に見た、爆薬小鬼やゴブリンロードなどよりも、抜きんでた強さを誇る個体の集まりである。


 明確な悪意を深く吸い込んだバッシは、その汚臭を心の底で楽しみながら、紫銀の尾を引きゴブリンを斬り倒す。


 こぼれ出る魔力を残らず吸収した鋼の大剣が、漂う呼気をも吸収すると、側面に二丁の鎌鉈を形成し、一投で二匹の黒ゴブリンを引っ掛けた。


 綱を引くとグルンと裏返り、白目を向いた黒ゴブリンが霧と消える。


「やっぱりね、この消え方は新造迷宮でしかあり得ないよ」


 ライザベルは掻き消えた黒ゴブリンの空間をあおいだ。先ほどまであった悪臭が、かけらも感じられない。

 普段ならどれほど鋭く切り裂いても、血糊で汚れるはずの壁や床が、何もなかったかのようにサラリとしている。


「新しい迷宮ほど構成物、魂や魔力に飢えているんだ。だからすぐに吸収しようとする。生きている迷宮は厄介だよ」


 その時、曲がり角の奥から新たな気配が生まれた。迷宮ならではの補給現象であろう。

 黒ゴブリンの襲来を警戒したリロが『導く火矢』を空中に並べると、突如として側面の壁から人影が現れた。


 咄嗟に大剣を向けるバッシ、狭い通路ですぐに相手の腕を貫かんとした切っ先を、柔らかな光が優しく逸らす。


「ラガン!」


 バッシは驚き声を上げるが、聖樹の葉脈を畳み、口元に手を当てるラガンに、慌てて口を閉ざす。その時、


 〝あなたたちを待っていました、ラガン殿についていらしてください〟


 と、頭に女性の言葉が響く。それは強引な念話による干渉だったが、不思議と嫌な感じはしなかった。

 目の前の男はラガンである。知育魔本の照合を経ても、間違いなく本物であった。


 火矢を解除したリロがバッシと目を合わせると、ライザベルを見る。


「何となく気味が悪いが、知り合いなんだろう? 行くしかないね」


 あまりにも見事な念話に、逆に警戒心を喚起したライザベルも、訳知り顔で同意する。聖都に住まう者同士、ラガンの事を既に知っていたのかもしれない。


 影状の壁を抜けると、中は意外と広い空間だった。


 〝裏口バック・ドアという、いわば迷宮の管理通路です〟


 部屋にはいくつものドアがあり、ラガンは迷い無くドアを潜る。

 そこにはまたいくつものドアがあり、合計四つのドアをくぐり抜けた先に、それは居た。


「紫間者!」


 ライザベルがリロを押し留めて魔力を放つ。凝縮した殺気に、部屋の皆が反応した。


 〝人間達で争っている場合ではありませんよ〟


 ゆったりと歩み出た女がライザベルに自制を促す。薄明かりの中でよく見ると、その肌は黒く、目は黄色に光っていた。


「バッシもリロも、あんたも話を聞いてくれ。この方の念話を受けれれば、話は早い」


 ラガンの訴えにバッシが応じると、その他の二人は待機する。


 ライザベルはよほどの因縁があるのか、壁際に引いた紫間者を睨みつけ、練成した魔力を磨き続けた。


 鋭い魔光を宿す指輪に、黒い細指がそっと添えられる。リロはライザベルの瞳を見ながら、


「大丈夫、バッシと私の知り合いを信頼してください」


 言葉を紡ぐように、ゆっくりと語りかけると、タンたんも同意するように、熱く排気した。




 バッシに対して、黒ゴブリンの女性は、自らを『姉様』と名乗った。あだ名のようだが、それ以外の名前を持たないらしい。


 何も特別な事は無く、超短命のバッド・ステータスを持つ黒ゴブリンの中では、群を抜いた長命が故に、上位の扱いを受けていると語る。


 軽く放たれる念話によって、圧縮された情報が伝達される。それから直接バッシの頭に手を触れた姉様は、ゆっくりと情報を入れてきた。


 そこにバッシの知識を奪おうとする気配は無い。

 監視する鋼の精霊や、知育魔本の気配を楽しむように、ゆっくり丁寧に、黒ゴブリン達の現状を説明していく。


 女王が生まれ、現在に至る経緯ーーそこにはバッシの関わった村での一件も含まれるーーを、種族共有の知識と、姉様の視点から辿った後、この都市にて『教授』と出会い、迷宮が出来上がるところまで、よどみないイメージが理解を促す。


 〝女王様は自ら進んで迷宮の主となりました。そこまでは許容できます〟


 姉様が見せる風景、巨大な部屋は至る所に凹凸があり、その窪みにはビッシリと卵が産み付けられていく。

 排卵器官は枝分かれして、同時に多数の卵を植え付け、世話役がそれを一糸乱れずに収穫していた。


 〝我らの種族が多産を維持するために、迷宮という形態は効率が良いのです〟


 女王はもはや原型をとどめておらず、パズルのピース状に装置にはめ込まれていた。

 そこに迷宮の魔力が集積しているのだろう。

 異形ながら、一つの完成された循環を作るそれは、バッシからしても機能美が感じられた。

 恍惚とした彼女は、今まで見せられたイメージの中でも一番良い表情をしている。


 〝しかし、この都市迷宮は我々の為に非ず、悪魔のにえに過ぎないのです〟


 そこで共通視野は、街の外で繰り広げられている戦争に切り替わった。

 巨大な魔法陣からは無数の魔力鞭が伸び、聖龍となったミュゼルエルドを打ち据える。

 それを防ぐのは、ミュゼルエルドに騎乗した聖騎士、


「ジュエル!」


 バッシが思わず声をあげる。彼女は聖守護力場を拡散させると、味方の軍隊全員を保護下に置きながら、聖槌ホーリー・メイスの重撃で、襲いくる黒ゴブリンを吹き飛ばした。


 〝あの魔法陣が外への門〟


 バッシの視点は迷宮へと戻り、女王の産室の天井へと向けられる。


 〝そしてこれが内なる門です〟


 そこにはすでに育ちきった魔法陣が、戦場のものよりも倍ほどの大きな紋様を描いていた。


 〝戦で死に、転生する度に女王様が産む。多数の魂を循環させた末に……〟


 そこからは姉様のイメージが未来視となって構成される。


 女王の卵巣が沸騰し、輝く何かが生まれ出る。全てを吸収したそれは、手を伸ばすと、内なる門を潜り、外なる門から現世へと抜け出た。


 〝転生の女神です〟


 そこには、かつて離宮護送の際、バッシ達の前に現れた女神の姿があった。

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