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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
最終章 聖戦と巨人戦士
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将軍の思惑

 動けないのはバッシだけで、体表を覆う鋼睡蓮はめまぐるしく形状を変え続けた。


 網状の鋼皮に無数の核が生まれ、寄り合わさって小さく芽吹く。

 根元の青から先端の赤にかけて、紫のグラデーションに咲く花弁から光が滲んだ。


 将軍の全身を流動するミスリルからも、冷たい銀光が放たれると、紫光と触れ合って、敏感に反応する。


 まるで生き物のように、お互いを探り合う光が、やがて緊張を解して纏まり合うと、鮮烈な光、音、温度を放った。


 凝り固まった五感の代わりに、鋼の精霊とミスリルの精霊、それぞれの思考がバッシに流れ込んでくる。

 ミスリルの精霊の奥では、将軍も静かに感知しているのが分かった。


 冷たい金属が血管を通して全身を巡るような感覚。それを受ける我が身も、既に有機物とは言えない何かに変質している。


 数秒の間に、半日以上経っていてもおかしくない程の情報が流れ込む。


 ある一定以上の情報は理解を諦めたが、バッシは将軍の、そしてミスリルの精霊の思考と願望を把握し、彼らはバッシ達の思考と願望を理解した。


 それらは決して相反するものでは無かった。

 魔法王国産の戦奴、ホムンクルスであれば誰しもが求める単純な願望 『自由』突き詰めれば、お互いに求めていたものは、その一言に尽きる。


 そして精霊達は極稀な存在である共鳴者の願望を、この世界に留まるための依り代(よりしろ)にしていた。お互いの理解が進むにつれて、お互いの関係性が浮き彫りになっていく。


 それと同時に、圧倒的強者である将軍の自負が、壁となってバッシの理解を阻んだ。

 主人である教授の支配など、一顧だにしない強大な自我がある。ミスリルの精霊と共に結びついたそれは、金属塊のように鎮座していた。


 事あらば他者全てに牙をむくであろう。しかし今の状況では、バッシとの敵対を望んでいなかった。


 結果、バッシは将軍の求める情報と鋼睡蓮の一部を差し出し、将軍は従えて来た肉男の宝玉と、ミスリル体組織の一部を譲渡する。


 音と共に風景が戻り、濃密な空間から解放された脳に血が巡る。

 頭痛によって生身の肉体を知覚したバッシは、宝玉を包んだ鋼睡蓮を右手に、左手には鶏卵大のミスリル片を丸く収めた。

 鋼の精霊は、将軍から譲渡された二物を分解・吸収しようと、能力の殆どを注ぎ込み始めた。


 目前では銀光を収めた将軍が、相変わらず思考の読めない目を、バッシから周囲の者達へと、ゆっくり移動させている。


 リロ達にとっては、突然の閃光の後、将軍のすぐ側に瞬間移動したバッシと、地面に固まった肉男の残骸に驚き、将軍の視線に面食らってしまう。


 唯一獄火の魔道書だけは、ページの隙間から炎気を漏らして、将軍を威嚇した。

 将軍の後ろに佇む闇がその様子を観察し、


「おお、おお……なんという」


 乗っ取った忍の口から声を漏らす。


「闇龍のくびきを解けば死ぬ、にも関わらず軛は消え、巫女おぬしは生きのびている。これは奇跡だ……なんと素晴らしい」


 ゴブリンの体から出たとは思えぬ、流暢なつぶやきを漏らし、闇は借り物の瞳を歪ませながら、ゆっくりとリロに近づいた。


 獄火の炎気は無数の火矢となって飛来するが、闇に吸収されてしまう。


 リロを庇おうとするバッシを無視して迫る闇忍の気配は、陰の神々しさを放ち、近寄りがたい方向に精神を縛った。


「悪魔が、やりたい放題かい? 人間なめてると、痛い目みるよ」


 リロの隣でライザベルが凄む。鋭い言葉で流される思考や軛を散らすと、引っ込めたばかりの火魔法に干渉した。

 魔力は枯渇しかけ、今度で打ち止めかもしれない。だが刺し違えてもリロは逃すつもりで闇忍を見据える。階下にいまだ残る黒煙を吸い上げ、闇忍を取り囲んだ。


「人間をなめるつもりはない。お前たちにはいつも手を焼かされ続けている」


 言葉に漏れ出る魔力。酔いそうになるライザベルが口を閉ざすと、満足そうな闇忍はリロと、それを庇うバッシを見た。


「リリ・ウォルタの火が混じったか。将軍とは打ち解けたのか?」


 鋼の大剣を解したバッシの姿は、安心から来る非武装を思わせる。目の前に闇忍がいるにも関わらず、だ。

 それを指して将軍と打ち解け、仲間となったと指摘したいのだろう。


「解っているはずだ。今だけは横のお仲間が、事を構えたくないらしいぞ」


 将軍の緊迫感、威圧感は敵味方双方に注がれ、一触即発の様相を呈している。その事を理解しつつ、念を押す悪魔の所業に、バッシの声が硬くなった。


 だが、声に出した闇忍自体が、将軍の思考を即座に理解し、言葉による支配を引っ込める。


 将軍が他者と打ち解ける筈が無いのだ。利害関係が絡まなければ、目障りな巨人戦士など、一瞬で命を奪うだろう。

 そして魔力的干渉を続ける闇忍への殺気が、徐々に強まっているように感じられる。


 つまり将軍は干渉される事を望んではいない。


「お互いに興味は別の所にあるのだろう? 絶対にリロは渡さない」


 将軍の思考を理解したバッシは、闇が何を求めているか、朧げに理解している。それにはリロが必要であり、ゴブリン達も一枚岩ではなく、利害が複雑に絡み合っていることが見て取れた。


「そうだ、我の興味は別にリロを手元に置くことにはない。それよりも、自由になすべきを成すことを祈っているのだよ。いわば後援者といっても過言ではあるまい」


 愉悦に目じりを下げた闇忍は、贈り物だと言って手を開いた。そこには闇の塊があった。


「ヒュッ」と音を立てて、タンたんの火矢が吸い込まれる。純然たる魔力の塊は何の影響も見せずに有り続けたが、攻撃に付き合うように形を崩すと、空気に溶けだした。


龍魂ドラゴン・スピリットというものがある。そこの巨人も飲み込んだ代物だ」


 バッシは知らず胃の辺りに手を添える。龍装を得た際に飲み込み、胃に開けた穴を支配している龍魂は、確かな熱を持ってそこにあり続けていた。


「これは闇龍の龍魂、その体に馴染んでお主を助けるであろう」


 空中に滲んだ闇は、薄まって漂うと、リロを取り囲む。マグマ窟で防護しようと魔力を放つタンたんの表面を撫でたリロは、闇のベールに手を拡げた。


 無音でベールが闇龍の外皮に吸収されていく。表面は濡れたように怪しく光を反射しながら、リロの髪を、爪を、性器を再現し、最後には体腔に張り付き侵入した。


 内側に至る衝撃に全裸のリロがうずくまりむせる。嗚咽に吐き出される唾液を見て、内臓器官の働きを認めたバッシは、


「リロ大丈夫か! 何をした」


 闇忍につめよるが、その姿はおぼろに消えた。その残像は満足気な笑みを称えている。


「リロ大丈夫かい?」


 ライザベルが抱き起すと、息も絶え絶えだったリロの呼吸が整い、黒目だけの瞳を濡らしながらも、


「大丈夫です」


 と返答があった。


「リロあんた肉体を取り戻したんだね」


 ライザベルは喜色満面にリロを抱きしめると、全裸の体に魔法のカバンから取り出したローブを羽織らせる。色こそ真っ黒だが、依然と同じ形状の肉体を手に入れたリロの体はほんのりと暖かかった。


 その間、バッシは屹立する将軍と見つめ合っていた。将軍の要望に応えた今、少なくとも依頼が完遂するまでは敵対関係ではないはずだ。


 だが、本能的な忌避感はいかんともしがたく、バッシは己の中に取り込まれつつあるミスリルを意識した。


 剣聖ウォードにも打ち込まれたミスリル片、それは将軍の命令を守らせるための保険だったのだろう。しかし、バッシの中にあるそれは、鋼の精霊が求め、将軍が与えた褒章品の意味が強い。


「いずれそれが役に立つだろう。そしていずれお主とも……」


 潤んだ瞳の将軍は、バッシに含みを持たせた発言を残すと、足元の闇忍が残した痕に踏み込み、闇に落ちて行った。


 後にはリロを抱えるライザベルと、強大な殺気から解放されつつ、残されたものに暗澹たる思いを巡らせるバッシ。ぽっかりと抜け落ちた存在感と、我が身のこわばりを見つめなおす。


「で、これからどうするんだい」


 と問うライザベルに対し、


「行く先は決まっている」


 と右こぶしを拡げた。手のひらの形に拡がった鋼睡蓮が、葉脈を伸ばし、死霊兵達の魔力を存分に吸収した狂血が毛細管現象の血花を咲かせる。


「外の仲間の元に避難するのかい?」


 ライザベルがリロを助け起こし、肩を組みながらそれを見守る。だが、バッシは首を振りながら、


「将軍の知識を得た。この周囲に安全な場所など無い。このまま攻め入るしかないようだ」


 と言って、床に狂血の門を開いた。


 真っ赤に口を開ける平面は、転移先を水面下に写す。超回復やポーション、そして精霊達の浄化で身体鮮度を得たバッシは、屈伸をするとリロを見た。


 彼女も生まれ変わった体を曲げ伸ばししつつ、


「いける、と思う」


 と強張る声帯を震わせる。その不器用な声に自ら笑うと、ライザベルもつられて笑みを浮かべ、


「そうかい、突撃は火魔法の一番得意な戦術さ」


 と、重火魔法の黒煙を巻き上げ、狂血の門を潜らせた。


「大丈夫みたいだよ、さあ、こういうのは男からいくもんだろ」


 と、バッシを突く。うなずいたバッシは真っ赤な水面にトプンと消えた。

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