主戦場①
真っ赤な魔法陣に照らされ、人造巨人兵が躍動し、無尽蔵な魔力に身を焼きながら、各々が持つ属性魔法を放つ。その頭上では自爆竜が大型龍を狙って突撃し、命の爆炎が空を焼いた。
赤の世界を白線が切り裂く。ジュエルを乗せたミュゼルエルドーー聖龍騎士のブレスが一薙ぎすると、魔法陣の支援を受けた巨人共の防御を打ち破り、簡単に焼き切った。
直線状に焼き開かれた空間に、魔法陣から抗議のような魔光が放たれ、その毒気に汚染された騎士が倒れる。
毒性魔光の中で、ゴブリン達は平然と動いた。魔法王国時代に悪名をとどろかせた毒性魔光と爆薬小鬼のコンビネーション。戦のあと数十年は汚染された土地が残される、最悪にして費用対効果の高い、魔法王国の戦術である。
自爆竜が破裂する度に……ゴブリンが死亡して黒矢が放たれる度に、魔法陣から放射される魔光は濃度を増し、騎士たちを苦しめる。
思いきり吸い込んだ息を収縮して吐き出すと、聖龍ミュゼルエルドの口から細く長い光線ーー聖なる龍炎が放射される。
汚染された空気ごと焼失させる輝炎は、最大限の抵抗に発光する魔法陣に惜しみなく注がれ、断末魔のような亀裂音を生んだ。
狂ったようにのたうつ魔線が、魔法陣の末端から伸びて、黒ゴブリンを貫く。魔線の数だけ死の黒矢が放たれる、その出鼻を聖守護力場の青い壁が食い止めた。
左腕で聖守護力場を展開したジュエルが、右手に持つ戦鎚を魔法陣の中心に向けて振るうと、青い衝撃波が魔法陣を撃つ。
ミュゼルエルドは炎を放射し続け、魔法陣を赤熱化させ、その部位に衝撃波が追い打ちを続ける。まるで鍛冶屋のように火花を散らしながら、何度も何度も鍛え続ける聖龍騎士。彼女達の元に、上空からは自爆竜が、地上からは巨人兵団が殺到した。
頭上に光球が放たれると、激しい閃光が空を照らす。大司教の祝福によって増強されたギンスバルグの聖光は、自爆竜達の視覚を奪うと、一瞬の虚をついて飛来した無数の幻影剣が、自爆竜の張る防御膜の隙間に滑り込む。
爆発的に増殖した幻影剣が周囲に飛散し、自爆竜が木端微塵に肉片を散らす中、それぞれの幻影剣が回転力を増して別の自爆竜に襲い掛かる。更にそれを足場とする者がいた。
冒険王の異名を持つフロイデだ。巨大な曲刀を腰元に携えながら、迷うことなく幻影剣の作り出す道を駆け上り、鞘走りの一刀にて自爆竜の急所を断ち斬る。
さらに幻影剣が魔具装置を的確に破壊すると、持て余した魔力を蓄えるそれが、巨人達の跋扈する地上で爆発した。
冒険者達が同じように幻影剣を駆け、フロイデほどとはいかなくとも、ニ・三人一組で自爆竜を仕留めていく。故郷を失い、後のなくなったアレフアベドの古強者にとって、死はさほど問題ではなく、古巣を奪われた恨みが手にする獲物に力を与えた。
神殿騎士団副団長にして、聖騎士軍副団長でもあるギンスバルグは、冒険者達の猛攻を指さすと、
「冒険者に後れを取るな! 神の教えと騎士の誇りを示せ!」
と大音声を発しながら、魔法の棒状に込めた魔力を開放する。今度は地上の巨人兵団達に四発の光球が飛来した。
一瞬戦場全体の明度があがる。その光に導かれるように、神殿騎士団長オルフロートを先頭とする騎士団が、雪崩となって巨人兵団に襲い掛かった。
自刃の黒矢や自爆竜の炸裂によって、戦場は爆音に埋め尽くされ、ほとんどの者が耳を潰される。さらに巨人兵団や騎士団のたてる砂埃で、元々暗かった戦場の視界が悪化した。
そこへ土魔法を連発する巨人が命を消費して極大魔法を行使すると、戦場全体に揺れが起こる。
魔法陣から伸びた魔線が地下に仕込まれていた黒ゴブリン溜りを貫くと、縦揺れの中、天地が返るほどの地震が起こった。
地盤沈下とともに地形が変わる。そのまま地下に潜ろうとする魔法陣を撃ち続ける聖龍炎。ますます温度を上げるそれは、太く強く魔法陣を溶かした。
城壁へと追いやられた魔法陣が、黒ゴブリンや騎士を巻き込んでいく。発光体と化した聖龍騎士は、なおも龍炎を放ち、聖なる鎚撃を放つと、とうとう城門に魔法陣を打ち付けた。
蠢く魔法の触手が、聖守護力場に押さえつけられ、擦過音が戦場を切り裂く。その上から聖鎚撃が一撃、二撃、三撃と放たれた。
魔法陣を守るように殺到する自爆竜の群れに、幻影剣の足場が現れると、駆け上ってきたフロイデが、冒険者たちが、そしてオルフロートまでもが刃を振るい、自爆竜達の頸部を断ち斬る。
肢体には祝福の力が宿り、特に神殿騎士達は飛翔するように駆け、紙を裂くように自爆竜の急所を断ち斬った。
爽やかな共闘、その内実に宿る葛藤。ラウルを介した祝福は、主神教徒以外にも影響を及ぼし、戦場は沸騰する。
結果、聖騎士軍は巨人兵団を圧倒し、見える範囲の自爆飛竜を駆逐した。自刃の黒矢を生み出すために消費された黒ゴブリン達も、多対少数の暴力に飲み込まれていく。
熱狂する聖騎士軍、その中にあって、オルフロートやギンスバルグ、フロイデやハムスといった主だった面々の中には【敵を倒したというより、何者かの筋書き通り】という違和感が芽生える。
戦の終息と霞んだ空間が交わる刹那に、大司教の祝福が切れる。そばに寄ったウーシアによって即座に安全は確認されたものの、力を使い果たしたラウルは地に横たわると、身を覆う聖なる光の明度が下がった。祝福による付与効果の切れた戦場に静寂が訪れる。そんな虚脱の中……
「あれは何だ?」
祝福につられて限界まで力を出し尽くした戦士が、座り込みながらつぶやく。皆が振り返った先には、膨大な数の黒ゴブリンが陣をなし、暴力を保持しながら静かに待ち構えていた。
「転移魔法だ」
冷静に状況を見るギンスバルグが光球を作りだしながら警告を発する。敵の全容を把握しようと射出した光球は、上昇中に火球に狙撃されて爆散した。
新手の女王軍は転移していた。決戦のために準備した軍隊は万を超え、一地方都市に駐在する軍の桁をはるかに超えている。
先頭に立つ軍師は凶悪な面相をさらに歪め、周囲を取り囲む部下に気を遣わせていた。
その双子である魔法使いと戦士は自陣の兵士を鼓舞すると、軍師に見せつけるように配下の軍隊に陣形を組ませ、鬨の声をあげる。
疲弊した敵兵は彼らの挙動に過敏に反応し、それが部下たちにも伝播して、さらに威圧感を増す。完全に攻守の逆転した戦場に、聖龍騎士の吐息が吹き付け、ゴブリンの熱気を焼失させた。
魔法使いの目の色が変わる。それを見た軍師は、こみ上げてくる卑屈な笑みを隠すことなく、
「行くぞ、弟」
と、相手の一番嫌がる言葉を選んで戦場の土を踏んだ。魔法使いは怒りを火力に変えながら、自身の頭上に小さな火球を具現化させていく。魔力が飽和して火花が散り、軍師が戦場に張りめぐらせた魔導触覚をなぞって、火線が戦場を切り裂いた。
聖騎士軍を蹂躙する真っ赤な線。その等間隔に核が生まれ、花開くように魔法陣が芽吹く。その中心から赤毛の魔獣達が出現すると、線を伝って戦場を縦断した。
軍師と魔法使いが揃って成し得る合成魔法、線火来包と呼ばれる軍隊魔法は、その後も獣を吐き出し続け、後続に黒ゴブリン達も召喚され始める。
聖騎士団も即座に対応して、疾走する獣達を攻撃するが、線火に後押しされた獣達の勢いはとどまることを知らず、戦場は分断され、指揮系統はかき乱された。
ギンスバルグはオルフロートの元へと馬体を寄せると、
「オルフロート様、再度の祝福が成されても耐えられる者は限られています。ここで決めないと……」
〝負ける〟という言葉を飲み込んで決断を仰いだ。指揮官であるオルフロートは、聖龍騎士ジュエル達を見上げてその意図をくみ取ると、
「騎士の本懐を示せ!」
と魔晄が尾を引く剣を掲げ、線火へと飛び込んでいった。その後を騎士達が付き従っていく。
少し後方にいたフロイデは、戦況を冷静に見定めると、
「俺たちに集団戦は難しい、ゲリラ戦術といくぞ」
と騎獣バジリスクを呼び寄せた。紫の排気をたなびかせながら、忙しい多脚が兵士たちの遺骸を蹴散らして来る。その背中に飛び乗ると、腹を蹴って、空中に浮かぶ幻影剣の剣先に騎首を合わせた。
冒険者達が騎士達の奔流から逸れて戦場を駆ける。その流れを阻止せんと狙い撃つ魔法使いの火線が、空中で魔光とぶつかった。
「虹蜘蛛か」
激しい運動に上体を揺れながら白い歯を見せたフロイデは、野太刀に手をかけて一気に抜き放つ。虹蜘蛛も曲刀を抜くと、虹色の魔晄を纏わせて突き上げた。呼応する魔晄に伸びる刃が、周囲の黒ゴブリン達を切り裂く。
荒ぶる戦神の出現に敵の意識が集中しそうになると、裏をかくように無数の幻影剣が飛来する。黒ゴブリン達も得物や魔法で対抗し、異なる種類の魔法が焼失する臭いに戦場が霞んだ。
シンハがヌラリと引いた鋼に、フチの魔力が注がれる。他の黒ゴブリン達から放たれた幾多の魔法が、虹色の光線に、幻剣に撃ち落とされる中、知らぬ間に足元に展開した魔法陣から槍先が伸びた。
それを掬い上げるように切り裂くと、続いて現れた頭部をバジリスクの脚が踏み砕く。
ついに戦場全体が線火来包に覆われ、あちこちからゴブリン達が湧きあがってくる。予測を超えた魔法陣の規模に、
「このままじゃ持たない、魔法陣の主を叩きなさい」
と魔水晶を覗き込んだフチが支持を出す。フチの乗った籠を背負うシンハは、多脚の一本を抜きざまに投擲すると、
「そいつを刺して思考を同期させろ」
とフロイデに怒鳴った。委細は知らずとも、直感赴くままに脚爪を太ももに刺す。その瞬間にフロイデの視覚が影響を受け、一体の背曲がりゴブリンが周囲から浮き立って見えた。
その瞬間、何の伝達もしていないハムスの幻影剣がゴブリンを包囲する。突然死のハムス。戦場で発揮された暗殺者の能力は、全力の転移魔法で対処した軍師の目前に、歓喜の雄叫びを上げるフロイデの胴貫きを送り込んだ。




