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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
最終章 聖戦と巨人戦士
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協力者

 黒ゴブリンーーその残虐性の正体は、急速に手に入れた力と引き換えに、未発達なまま成長した脳と、超短命というバッドステータスへの刷り込みにも似た恐怖心だった。


 生き残りをかけて女王の繁殖力にすがり、また転生する事で、強化を繰り返す。

 血が濃くなり、不具合を示すものが増えるため、自然と外部勢力を侵略し、征服して、血を混ぜる行為を繰り返し続けた。


 全ては生存本能のなせるわざであり、新たに生まれ変わった者は生き延びるために世界を蝕み続ける。教授の生み出した軛とは単体に刻まれたそれ以外にも、種としての宿命に刻み込まれた呪いであった。


 軍師とて何代にも渡る生まれ変わりを経験し、強力な魔力を手に入れたものの、短い周期で繰り返される転生に膿んでいた。生まれる度に個体差があり、違和感を無くすまでに半生を費やさねばならない。


 彼らの一生である一年を十年に伸ばす、その望みがどれほど得難いものか。研究を続けても解は無く、最終的には次なる転生に身を委ねるしか無いのだ。


 そしていつしか、選ばれた知性を持つゴブリン達は、自然と女王への依存を断たねばならない、という結論に至った。


 軍師もこの野望を秘匿しながら、教授への有用性を示すことで、彼女からの信頼を勝ち取る事に成功した。

 新参の生まれ変わりである魔法戦士を育て上げ、その他の無能とされた転生者達を実験台に、獣の量産に成功すると、黒ゴブリン間では禁忌とされる魔導に手を出し始める。


 それは『女王の支配から完全に解き放たれ、長命種へ転生する』ための魔法実験。


 短命というバッド・ステータスを排除するための計画は上手くいっていた。後は、外部遺跡アレフアベドに待機させた神官カースによってリロを操作し、獄火の魔導書の火力を用いて遺跡を稼働させ、独自の転生術を構築。魔導触覚の精密操作をもって他種族へと転生する事ができれば……


 教授やピノン、闇など、導師達が立てた、周期外に女神を顕現させるという計画はまさにうってつけのチャンス……だったのに。


 突然転移してきた魔女と巨人にリロを奪われ、あろうことか女神の顕現に必要な動力である〝獄火の魔導書(タンたん)〟を操るリロを覚醒させてしまった。


 軍師は計画の頓挫を理解すると、すぐに考えを翻した。


 〝目的に至る道は一つにあらず〟


 転生を繰り返し、朧げになった記憶にこびりついた信念が軍師を突き動かす。

 先ずは軍師として、ゴブリン全軍を率いて勢いづく聖騎士軍を殲滅する。


 獣にメッセージを詰め込み、神官の元へと転移させた軍師は、古い考えを払うかのように衣を潜ると、謁見の間に向き直った。


 巨大な扉を軽く叩くと、隷属するゴブリン達が鎖を巻き上げて、重厚な扉がゆっくり開く。中から漏れ出た暑い腐臭が全身を覆った。

 それに慣れた頃、熱気の向こうから、


 〝ここに〟


 重々しい女王の念話が誘う。今まさに産卵中の女王の前に進み出た。

 壁一面に産み付けられた黒ゴブリンの卵は、戦場の激化とともに数を増やしつづけている。


 警護ゴブリンの奥では、産卵中にも関わらず、ゆったりと体を休めるゴブリンの女王が、泡のような玉座に鎮座していた。


 〝本隊を出す、魔法陣の状態は仕上がりつつある。お前が指揮をとり、聖龍騎士軍を討て〟


 どんなに知性をあげても、本能で逆らえない女王という存在が、軍師にはたまらなく厄介だった。その忌避感を殺しながら、


 〝了解致しました。つきましては魔法使いと戦士の両名を我が指揮下に置く許可をいただきたい〟


 と進言する。転移してきた巨人バッシを、更なる転移で押し付けたのは軍師だが、パートナーである戦士がいてなお殺しそこねた魔法使いの失態は受け入れがたい。


 軍師の言葉に憤慨する魔法使いの肩を戦士が掴む。二人は軍師の企みを知らないが、本能、もしくは転生を繰り返して何度も巡り合う運命の導きか、軍師の考えを〝種〟として邪悪なものであると確信していた。


 邪なものは身近で監視し、排除せねばならない。確固とした戦士の目を見て、肩に乗った手を払った魔法使いは、


「我が兄はタチが悪い。簡単に殺せると思うなよ」


 と耳元で囁く。


 軍師の要求に、場の空気は緊迫したが、女王からのお咎めもなく、教授に至っては女王の側で微笑んでいる。

 獄火の魔導書を奪取された事を知らぬはずがないのに……失態を犯した軍師に対する彼女の態度が、魔法使いの癇に障った。そんなことにお構いなく。


 〝軍師の指揮のもと、全軍一丸となって敵を殲滅せよ〟


 女王の命令に全軍がいきり立つ。町全体にあふれかえる黒ゴブリンの群れは、一瞬にして統率の取れた軍隊と化し、こうべを垂れると、物音一つ立てずに軍師の命令を待った。


 手段を厭わず、目の前に示された仕事のみをこなす。女王の命令は自らの命よりも重い。女王の間を後にする軍師に、渋々ながら魔法使いら幹部クラスも付き従う中、女王の命令に高揚する己の心臓を、憎々しく感じて抑え込む。


 軍師は目の端で教授の様子を油断なく確認していたが、何となく違和感を覚えて周囲を見た。そこで初めて常時女王のそばにいる〝姉さま〟と呼ばれる古参幹部が居ない事に気づいた。


 転生ゴブリンの養育担当責任者である彼女は、自分が保育した黒ゴブリン達の出陣には、ほとんど同席していた。

 だが、今いないのは単なる偶然だろうか? 軍師は軽い違和感を瑣末な事と、すぐに忘れてしまった。




 数万の黒ゴブリン達が彼の命令を待っている。押し殺した息遣いの向こうには、聖龍騎士の閃光と魔法陣の赤黒い闇が蠢く幻想的な戦場が、嵐のように明滅していた。


 胸を弾ませる黒ゴブリン達の熱い息が湯気と昇る。突撃の鍵(ブースター)たる転移陣を生み出すと、呼吸を深く吸い込み、


「突撃!」


 万を擁する鬼人の群れが、巨大な魔法陣に覆われて消えた。







 *****





 ラガンが目覚めた時、そばに紫間者が昏倒していた。腕に張り付いた聖樹の葉にゆっくりと魔力を流しつつ、紫間者の反応を見る。と、敏感に反応した紫間者は周囲を見回してから、ラガンをまっすぐに凝視した。


「やり合う気は無い」


 と聖樹の魔力を身体に戻すと、同時に殺気を収めた紫間者の側で、魔力中毒を起こした羽虫が落ちる。


「相変わらず殺し易い能力だな」


 紫間者の能力である紫霧しぎりは別名死霧(しぎり)とも呼ばれ、敵対者達から死病のように忌み嫌われていた。その能力を見て生き残った者は少ないが……またしてもラガンは生き残ったようだ。


「ここはどこだ?」


 珍しく口を開いた紫間者がラガンを見ると、無言で指差した先には、広い空間に粗末な木箱が並んでいる。ラガンは聖樹の葉脈を伸ばして、手近な一つを探ると、それぞれの箱に一匹の生後間もないであろう黒ゴブリンが居た。

 さしずめ飼育箱といったところか? 摂食口らしき小さな穴は排泄兼用らしく、汚物がこびりついている。


 暗闇に隠された土間の倉庫には、天井まで届く棚が無数に並び、整然と積まれた飼育箱からは、蠢く音が耳うるさく響いた。

 通路の端に黒いものが堆積している。分析しなくても解るそれは、生まれてすぐに絶命したと思われる未熟児の遺骸だった。乱雑に掃き清めても、こびりついた皮や骨が土間に塊を作っている。


 遠くに気配を察知した二人は、すぐさま自身の気配を消すと物陰に隠れた。それぞれが発動させた探知スキルは、木の盆に盛り付けた飼料を穴に詰め込む作業員達の姿を捉える。

 汚れてはいるがゆったりとしたスカートを身に着けている。黒ゴブリンの飼育係ということか? その様子は『同種の幼体を育てる』といった情を感じさせるものではなかったが、的確に穴に飼料を詰め込む姿には、職人の手技を感じた。


 暗闇の中では多数の飼育係が作業をしているのであろう。飼料を貪り喰う幼体ゴブリンの摂食音が土間に響いた。


「何かいる」


 紫間者の指さした先には、その他大勢の飼育係の中にあって、別格の怪物がいた。他と変わらぬ体格ながら異質の魔力を持ち、皆の意識が集中している。ボスであることは明白であった。


 その隣で飼料を穴に詰め込んでいた飼育係が、穴から伸びた幼体の手に服を掴まれた。強く打ち付けた穴の縁で、腕の皮を剥がされた飼育係が悲鳴をあげるが、抵抗にもびくともしない。それどころか、穴の中に引きずり込んだ腕から、骨を砕く咀嚼音が響いた。


 悲鳴をあげてのたうち回る現場に、先ほどのボスがやってくると、ひざまずいて飼育箱に手をかざす。ガタガタとうるさく暴れまわっていた幼体ゴブリンは、やがて物音をたてなくなると、憐れ骨を露出させられ、三本の指をなくした飼育係の腕が抜けた。


 血だまりの中、苦痛にうずくまる飼育係の呪詛の中、もう一方の手をかざしたボスは、淡い光を放射させながら飼育係の頭部を掴む。他の物に指示を出して、速やかに治療を命じた。


 頭を掴まれた飼育係は、呆けたように口を開け、白目を向いて脱力する。

 それを取り巻く者達は、妖魔にしては手際のよい治療を見せ、あっという間に包帯で傷口を覆った。


 それはゴブリンの中でかなり高度な文化が醸成されている事を示している。

 一連の作業が行われている間、ラガンと紫間者はボスのある変化に気づいていた。ボスは何らかの能力で二人の隠遁に気付いている。態度には現れなくとも、長年培った勘が二人に告げていた。


 〝そこの方達、出ていらっしゃい〟


 二人の頭に直接響いた言葉に慄然とする。敵対関係にある相手にも関わらず、その念話には何とも魅力的な……思わず受け入れたくなる魅力が加味されていたからだ。


 二人とも精神操作系の魔法には耐性をもっており、さらに魔法感知にも一切引っかからなかったにも関わらずである。もし精神魔法戦になったら、二人掛かりでも敵わないかもしれない。


 ボスの念話で周囲の気配が一変していた。飼育係のみならず、飼育箱に閉じ込められた幼体ゴブリン等全てが、息を潜めて二人に意識を集中させたのだ。その一瞬の早業は、どれほど訓練された軍隊よりも素早かった。


 〝心配はいりません、精神操作ではない純然たる念話です。この子達も私を心配しているだけです。貴方達が危害を加えない限り、こちらも危害を加えるつもりはありません〟


 またも魅力的な提案をされた二人は、気づかれた以上隠れる意味もないと通路に歩み出た。周囲からは監視されているだけで、攻撃姿勢を取る気配すらない。まるで全体が一つの生命体のようで、逆に不気味だった。

 それがボスの能力ならば、首を取れば片付くと、物騒な思考を浮かべたラガンは、まるで思考を読み取ったかのように微笑を浮かべるボス・ゴブリンを凝視する。


 質素ながら上質な生地でこしらえた着衣は、動きやすいように上下に分かれている。薄く青に染められたそれは、まるで治癒師や薬師が清潔を保つために着る作業着に似ていた。

 武器らしい物は身につけておらず、防具になるような物も無い。ただ全身から発する気配は、周囲の者達を完全に飲み込み、掌握していた。


 〝あなた方は攻め込んできた人間の手勢ですね〟


 との問いかけに、思考を読まれていると判断した紫間者は無思考を貫いた。それとは逆に、ラガンは肯定しながら相手の表情を凝視する。


 〝いいのですよ、敵方とはいえここまで深く侵入するとは見事です。そのあなた方の思考や背景はぼんやりと理解しているつもりです〟


 と言い、自分が姉様と呼ばれる最初期に生み出された転生ゴブリンであることを告げた。それは五感を介する伝達とは違い、思考を直接流し込まれるような感覚であり、歴戦の猛者であるラガンですら、一瞬めまいを起こしそうになった。


 脳が目まぐるしく処理する間に分かったことは、姉様と呼ばれる者の立場と、現在ゴブリン達が抱える問題点だった。

 中でもヒエラルキーの頂点に君臨する女王を生み出し、利用しようとする者の存在と、そちら側に組しようとするゴブリンが、まるで自分たちの問題であるかのように二人の心に刺さった。


 〝教授〟


 魔法王国が生み出した稀代の天才にして、ラガン達禿鷹が追う最大の債権保有者。彼女の存在を追うために禿鷹は生まれ、彼女の知識を回収することが至上命題である。


 更に情報が馴染むにつれて、最初に生まれた姉様にも必然性があり、磨き上げた念話スキルによって、転生女神の不定期な具現化の一切を記録し続けてきたことが解る。


 姉様が提示した情報に偽りがないことは、二人が調べ上げてきた情報とのすり合わせで理解できた。さらに姉様は二人に取引を申し込む。それは二人の目的とも合致する内容だった。


 〝それで異存はないのだな〟


 ラガンが姉様の目を見てゆっくりと思念する。姉様は覚悟の座った視線を返し、


 〝ええ、それで良いのです。たとえ女王様の望みと離れようとも、わたくしの使命はゴブリン達の、いえ、女王様の庇護。それにはこの道しかありません〟


 見惚れるような笑みを見せた。

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