血の遺跡にて(後)
「遺跡はいわば女神の内臓なのです」
なぜか嬉しそうに幼体ゴブリンが語る。教鞭がわりに鎖を振るうと、鈍い金属音につられた巨人ゾンビが、血の池表面に現れた。
骨の露出した手に巻かれた鎖は下に続き、気泡とともにボコリと有毒ガスがはじける。鎖の先で何が行われているかは想像もつかなかったが、探知魔法を得意とするベイルも、敢えて探ろうとはしなかった。
「危険だな〜、神さまとかさ〜、関わっちゃダメなやつじゃ〜ん」
ベイルは身震いしながら双剣をしまうと、宙に漂う金色魔光を上手に回収する。女神の遺物に探知魔法を向けるのも危険だし、それをせずとも幼体ゴブリンは言葉で伝える気があるようだと判断した。
底の方の更に奥で、何かがズレるような鈍い音がした。その作動に血溜まりの表面が揺れる。
「あなたも知っているでしょう? すでに女神の器は召喚されました」
ベイルには身に覚えがあった。聖都から離宮へとリリ・ウォルタを護送する際、現れた転移の女神を封じるために、リリは絶命したのだ。
女神は封じられたとも、倒したとも、逃したとも言われ、真偽は定かではない。
そして聖都に封じられた金杯が奪われ、おそらく儀式魔法の触媒として使用されたのだろう。金杯は神器と呼ばれる、神の気を持つ聖遺物とされていた。
呼び出されたのは偽神だったともっぱらの噂だが、それを広めたのは主神教徒達である。即ち事の真偽は不明で、噂だけが一人歩きしていた。
血だまりの下で何かがあったのだろう。急激に鎖が捲き上ると、その先に繋がれていた巨人の首だけが、浮かび上がってきた。
巨人ゾンビをもってしても損耗度が激しく、容易ではない作業が行われているらしい。幼体ゴブリンは大して気にする様子もなく、すぐに代わりの者をあてがうと、再び血溜まりの下で作業を続けた。
「器がある現状で、内臓たる遺跡が稼働した時、女神は周期を超えて復活するのです」
満足気な幼体ゴブリンが告げる。嫌悪感をあらわにしたポメラは、
「で? その内臓を盗もうってこんたんかい? あんたゴブリン一派なんだろう? 親玉の計画を阻止しようってのかい? 何考えてるか全く信用できないね」
と語気強く食ってかかった。ズオンズは彼女をなだめながらも、同様に油断なく周囲を警戒する。難しい話は分からなくとも、直感的に置かれている状況が悪化していることは察知できた。
「つまりさ~、君は女神の復活を阻止したいわけ~?」
黒ゴブリン達の真の目的であろう転移の女神復活。最大の秘密事項を何気ない風に問うたベイルに、幼体ゴブリンは首を振って、
「いえいえ、そんな大それた事は考えていませんよ。ただ目の前に貴重な財宝があれば、自分の物にしたいと思うのは自然なことじゃないですか?」
と鎖を操って一体の巨人を吊り上げた。肩の辺りに纏わりついた前任者の生首が、粘液を滴らせながら血の池に落ちる。その胸元に抱えられた物が姿を現した。
「遺跡のほんの一部なんですが、流石は神器と呼ばれる遺物ですね」
ベイル達のいる階層まで持ち上がった巨人ゾンビが、付着する血糊もろとも床に置く。かなりの重量を感じさせる音から、金属製品であると予測された。
「こんな部品が沢山使われています。でもね、これらを大量に抜くとあいつらにバレてしまう」
ベイルは探知魔法を控えたが、視線を向けたマルセイから意図せず光彩魔法の知覚情報が伝わってきた。
部品に込められた神聖魔法の術式は精緻に過ぎ、慌てて視線を切ったマルセイは酷い頭痛に苛まれる。魔力酔いにしゃがみ込むと、心配したズオンズの手を押しとどめ、
「これが女神の臓腑か。人間には扱いきれない代物だぞ」
と幼体ゴブリンを睨みつける。その目に浮かぶ猜疑心は、漏れ出る光彩魔法の出力を上げ、相手に動揺を与える効果があった。
それを涼しげな表情でいなした幼体ゴブリンは、
「そう、我々では扱いきれませんよね。でもそれを求めているのは、あなた方のトップなんですよ」
と言って、禿鷹の封じ石を掲げる。向けられたベイルは、嫌々ながら探知の黄金魔光を放つと、その中に込められたメッセージを読み取った。
皆の注目を浴びる中、内容を精査したベイルは深いため息をつくと、
「やってらんないよ〜、でもしょうがないか〜」
と肩を落とす。
「なんなんだい? それがどうしたってのさ? 訳をちゃんと説明しな!」
苛立たし気なポメラの催促に、黄金魔光の一端をマルセイに伸ばすと、光彩魔法と連動して映像が浮かび上がる。
そこには丸々と太った伯爵が像を成していた。
〝異なる神に仕えし神官よ、我が手の者達と組んで遺跡の解体せよ。解析はベイルとマルセイに。侵食と分離はポメラとズオンズとお主の下僕達に。資金を投入した分、遺跡の発掘と回収は必ず成功させなさい〟
映像から発せられる言葉は事務的であり、およそ伯爵本人が話しているとは思えなかった。しかし、それ故に、優秀な部下を使って自らは指先も動かさない伯爵らしいと、見る者全てが想起する。
「あの豚がっ!」
ポメラが吐き出した言葉は、皆の気持ちを代弁していた。それを楽しそうに観察する幼体ゴブリンは、
「まあまあ、仲良く行きましょうよ。このミッションが上手くいったら、あなた方の隊長さんも随分助かるはずですよ」
と目を細めた。一見無邪気にも見える表情に、底意地の悪さが引き立つ。
「で、何をすればいいんだ?」
ポメラがブチ切れる前に、ズオンズが機先を制する。
内面ではズオンズも怒っていた。このままでは済まさない。伯爵の意図を超えて、目の前にいるゴブリンの策略を看破して、最後には禿鷹が仕掛ける。
同行者には手癖の悪いベイルや、抜け目ないマルセイがいるのだ。そして隊長ラガンに課せられた裏の指令もある。
その思考を寄生蔦越しに受け取ったポメラは、うっとうしく垂れる毒の実をかき分けながら、本日何度目かのため息を吐き出した。
「まずは遺跡の構造上、最も重要とされる機関の分解ですね、私は力で遺跡を始動させる担当でして、細かな分析と解体は軍師が担当するはずでした。その代理を依頼したい」
と手元の鎖束を打ち鳴らして、巨人達を血だまりの表面に浮かび上がらせる。それは尖塔の周囲一帯に及び、無数の隆起となって、言外にポメラ達を威圧した。
しかし伯爵に比べれば、分かり易く脅してくる輩は組し易い。早速やってきたチャンスにズオンズは片目を瞑る。ポメラはそんなに単純な話ではないと理解しつつも、気分を変えるように、幼体ゴブリンと仕事の割り振りについて交渉を始めた。
*****
「くそっ! なんなんだあいつは!」
転移してすぐに悪態をついた軍師は、幼体ゴブリンに転生したカースへと、メッセンジャーである獣を転移派遣した。
メッセージを詰める際、邪魔者に対する怒りが込み上げて、繊細な魔力操作を誤ってしまった。そこで二体分の獣を融合させると、強引に情報を詰め込んで送りつけた。
おとなしく転移作業を終えた魔導の衣を睨みつけ、
「さっきはよくも裏切ってくれたな」
と、怒りに任せて魔導触覚を肥大化させて、魔力で攻め立てる。負荷が限界に達する寸前で、
「軍師ともあろうものが、やり込められて八つ当たりかい?」
と、近くまで転移してきた魔法使いが軽口をたたいた。怒りのままに振り向いた軍師は、魔法使いに続いて転移してきた戦士、そして数を減らした側近達の疲弊具合に違和感を覚える。
「なんだ、ずいぶん疲れているようだが、聖騎士軍と戦ったのか?」
憎たらしい双子の弟が疲弊しているようすに、少し気分の落ち着いた軍師が問う。舌打ちした魔法使いは、
「魔法を打ち消す巨人の剣士だ。しかも精神魔法や転移魔法まで使いやがった。最初は別の侵入者を追っていたんだけど、そっちも逃したし。そっちは兄者の〝使えない〟転移陣のせいですがね」
感覚を共有する兄弟は、お互いを発動の起点として、魔法を遠隔発動することができる。もっとももう一方が別の魔法を使用している際には、力を借りることはできないがーー
「そっちこそ、さっきの戦闘はギリギリだった。お前の〝原始的な〟攻撃魔法を使う数少ないチャンスだったのに、役に立たない奴め」
場の雰囲気が悪化し始めると、巻き込まれないように配下のゴブリン達が退いていく。その中で、戦士と呼ばれる黒ゴブリンだけがその場にとどまり、
「巨人戦士のバッシ、あれが全ての邪魔をしている。ピノンもシオンもあれに殺られたと聞く」
と発言した。それを聞いた軍師の魔導触覚に、バッシに関する情報が集約される。
その場に居る者や、その他の意識の中から抽出された情報が、重なって像を作り上げた。
それらを分析した結果、巨人剣士の使用した精神魔法が、狂血のシオン由来の魔法である可能性が高いと分析される。
だとすれば倒した敵の能力を奪う能力者の可能性が高い。倒した者の中にピノンも含まれるとすれば、転移魔法もその影響が考えられた。
「あれは片付けないといけませんね」
珍しく意見の合致した軍師と魔法使いが声を揃える。思いついた策も、本人達は嫌々ながら、見事に一致していた。
二人は〝魔法戦士〟と呼ばれる黒ゴブリンの将と、〝忍者〟と呼ばれる諜報部員を呼びつけると、密命を与えた。そして女王の命令に従い、己の持ち場へと転移していった。
誰もいなくなった空間で、柱の影がトロリと溶け出す。それは光の中に揮発すると、粒子となってとぐろを巻いた。
原初の悪魔が、怒気により空気を震わせる。軍師が獄火の巫女を逃した時は、姿を現し縊り殺しそうになったが、闇龍の軛が健在である事を探知して思い留まった。
それは教授と同格の存在であり、リロを捕える闇龍の軛を作り上げた、闇と呼ばれるモノである。
教授の考えにより、女神降臨の核とも言える獄火の巫女を引き渡した。その軍師が失態を犯すーー教授がそれを予見できなかったとは思えない。
だが、教授をもってしても予想し得ない事態があったとしたら、それはリロを手放す以上の痛手となり得る。思考は渦となって闇の姿を掻き乱した。
そこに冷たい空気が混じり、新たな転移者が現れる。即座に距離を取った闇は、送り主である教授に対して、
「将軍を送り込むとは、全てを殺すつもりか」
と、届かない愚痴を吐き捨てた。




