血の遺跡にて(前)
大男の肩に立った植物人間が、成長し始めた左手を首筋に這わせる。
粘着質な蔓が岩のような表皮に張り付き、養分をわけてもらう代わりに、光合成の際に大気から得た情報を、大男にも分け与えていた。
大男と植物女の二人は、血液状の物質に埋もれた街、アレフアベドの尖塔に居た。物見台から見下ろす街は、褐色に固まりかけた粘液に侵され、時折毒々しいガスを噴出している。
その中に大小様々な人型が現われては消え、獲物を探すように周囲を警戒しては粘液に沈んでいった。
「ああなっちまうと巨人も人間もあったもんじゃないね」
ポメラの高くて細い声が、寄生蔦越しに大男に浸透する。一旦は死地と化し、命からがら脱出した二人は、再び舞い戻ってきた不幸に吐息をついた。
人を狂わせる毒素を吸引しないよう、大男は気管挿入型の生体マスクを飲み込み、ポメラは毒をもって毒を制するために、猛毒を持つ常葉植物に擬態している。
赤と黄色のまだら模様の実が揺れるのを、少し邪魔そうに掻き分けながら周囲を見ていると、
「なんだ~またここにもどっちゃったよ~」
と嫌なのか嬉しいのか分からない、陽気な声音の男が転移してきた。特殊なマスクにこもる甲高い声は、さすらいの料理人ベイルのものである。
その後に暗い表情の優男が続いた。
「マルセイも一緒かい? ていうか、派遣されたのはたったこれだけ?」
重大案件の調査と聞かされていたポメラが不満を露わにする。提供された少ない情報でも、呪いを含む毒に侵された街で、悪魔の痕跡が検知されたとある。さらに街の住人や兵士、そして人造巨人兵団が粘液に支配されて徘徊しているのが散見された。
危険地帯に潜入するにしては、余りにも小規模な体制と言える。
無言のマルセイがポメラと目線を合わせると、彩光魔法により可視化された禿鷹の隊長、ラガンの幻像が現れた。
「転移部員は遠方からも支援体制にある。情報収集のみの一本釣りだ、少人数が望ましい」
つまりは調査時に検知されたという、背曲がりの黒ゴブリンは既に不在であると確証を持っているのだろう。その情報源であるポメラが、
「身を粉にしてここの情報を取り続けた私の身にもなってよね。調査まで頼むなんて図々しすぎると思わない?」
と愚痴るが、幻影の中のラガンも何者かと交戦中らしく、聖樹の葉脈を操って獅子奮迅の戦闘を繰り広げていた。
「しょうがないよ~、隊長自ら死地に潜入してるんだも~ん。ぺーぺーの僕たちが休んでいる訳にはいかないじゃ~ん」
早速調査を開始しようと愛用の双剣を抜いたベイルは、黄金の魔光を擦り合わせて感度を高めつつ、探知に最適な刺突場所を探し始めた。
その時、地震が起こり、姿勢を低くした者達に、超質量を擦りつける轟音が響く。
『地下遺跡が再稼働した』
想像した皆の顔が強張る。地下遺跡の巨大な歯車装置が運用し始めた場合、何が起こるか誰にも予測できなかった。
「ゴブリン達の本拠地にある遺跡は既に稼働している。アレフアベドの遺跡もか」
幻視の中で荒い息を吐くラガンの言葉に、皆が同意する。
何が起こるかは分からないが、この遺跡を動かそうとする者達の狙いは見当がついた。
それは『本来ならば周期以外には顕現しない女神を、強引に降臨させるための儀式』
人間には稼動不可能とされる遺跡が、僅かとはいえ動き始めている。
結果、女神が顕現した場合、勇者の居ない時代に本物の悪神や悪魔が現れるのだ。それは現世が地獄と化す事を意味する。
転移の女神が復活した場合、死してなお解放されぬ永遠の地獄が待ち受けているのだ。
対魔法王国の債権回収ために結成された〝禿鷹〟という組織は、その職権ぎりぎりの範疇として、魔法王国の魔女絡みの騒動にも対応してきた。
魔法技術や遺物という財産を差し押さえるべく派遣される事には異議も無かったが……
「あの豚野郎、いつか殺してやる」
裏で糸を引く侯爵の顔面を想起したポメラが、短い腕を宙に振るう。
こんな世界規模の騒動の真っただ中に転送されたのだ。しかも隊長はこの場にいない。人選にも何となくキナ臭いものが感じられた。
「まあまあ〜落ち着いてくれよ〜。マルセイちゃ〜ん、僕たちは何をすれば良いの〜?」
相手が起動中の女神の遺跡となると、探知魔法をかけた方の身が保証されない。そんな中で黄金に輝く双剣を持て余したベイルが、光彩魔法を保ち続ける男を見た。
正確にはその先に居る隊長に伺いを立てているのだが、あちらの戦闘は佳境を迎えているらしく、争いの音だけが響いて返答が無い。
「どうやら隊長の狙いはあれのようですね」
代わりに答えたマルセイは、褐色に固まった血の表面にできたひび割れを指差した。その後を追う光彩魔法の透視光が、地面下に蠢く者たちを照らし出す。
それは湧き出た血に飲み込まれたはずの巨人達だった。半ば骨を晒した残骸のようなそれらが、固まりかけた血の中でのたうち回っている。
大小様々な巨人達に、一つだけ共通している事がある。濃厚な血によって分かり辛くなっているが、それぞれの首から太い線状のものが伸び、どこかに繋がれているのだ。
その束が動く毎に、軋む音を立てながら地下遺跡が少しづつ稼動していた。
「不発に終わった遺跡を、強引に再稼働させようとしているのか?」
ポメラの指摘に頷いたズオンズは、地響きを立てる巨人を見ながら、まるで奴隷のようだと思った。
元々魔法使いに隷属する者として生み出されたホムンクルス達。
先の大戦でも駒扱いで大量に消費され、今は死後も利用されているーー同じホムンクルスのズオンズは寒気を覚えた。
おそらく生命活動を終えて不死者と化した巨人達の群れが、緩く血だまりを攪拌している。地表は割れ目から噴き出したガスが陽光を遮り、視界は悪かった。
「ダメダメ〜、マジになっちゃ〜。もっと軽い気持ちでいかないと〜。死んじゃうよ〜?」
ベイルの言葉にハッとしたズオンズの顔を、肩に乗ったポメラが覗き込んでいる。伸ばした根が肩口を締め付けた。その時ーー
「君たちが伯爵の派遣した禿鷹ですか?」
甲高い声がドキッとするほど近場からかけられると、内面の焦りをおくびにも出さないベイルが、
「おや〜? 貴方はだれですか〜?」
と宙を見た。それに答えたのは、子供というにも若すぎる黒ゴブリンの姿であり、
「私の事は気になさらずに」
と答え、真っ黒な両手から伸ばした鎖の束をジャラッと解す。その先端は血の地面に消えていた。改めて光彩魔法で視認したマルセイは、その一本一本が巨人達の亡骸と繋がっている事を知覚する。
殺気立つマルセイと、その様子に反応した禿鷹の面々に対し、
「気になりますか、致し方ありませんね」
と一本の鎖を操作し、首に鎖を食い込ませた巨人を血の表面に浮き上がらせた。動くたびに表面についた乾いた血が剥がれ、中から腐りかけの肉体が現れる。
骨が見える腐れ肉はアンデッドのものであり、外法によって生み出された存在に対する嫌悪感が自然と戦闘態勢を取らせる。
手の早いポメラが蔦を伸ばしかけるのを、ズオンズが止めた。
「邪魔しないで」
と肩に食い込ませた根を締めるが、すでに鉄皮を張り始めたズオンズには感覚がない。厚みを増した鉄皮をいつでも剥がし飛ばせるように、表面温度が微妙に上がっていった。
油断無く周囲を見張るマルセイが、光彩魔法を照射して影を捉える。それは地下に埋まった無数の巨人や人のアンデッドの群れであった。
空中に浮かぶ者は、小さな体から発せられるとは思えぬ大胆さで、
「これを見てください」
と巨人ゾンビを動かすと、他者には地表に現れた鎖がジャラジャラと絡み合った事しか分からなかった。それは明らかに光彩魔法を使うマルセイに向けられた言葉であり、ひいては彼の能力を知っていることを暗に仄めかしている。
「こんな堅い装置をなんとかしろって言われても、ねぇ」
幼ゴブリンの示す辺りを、マルセイの光彩魔法が照らすと、地下遺跡の歯車や滑車を直に動かそうとする巨人ゾンビ達が、その負荷に耐えきれずに骨折しながら、それでも何事もないように作業し続けていた。
元人造兵士であったズオンズは、マルセイの感覚共有によって送られてくる像に対し、怒気を現さないよう努力したが、
「じゃあ辞めれば?」
険もあらわなポメラは苛立ちを叩きつける。両極端な二人を愉快そうに見た幼ゴブリンは、肩をすくめると、
「そうしたいのは山々ですが、もう少しで来客予定でして。頑張ってる事をアピールしておかないと」
と皮肉気な笑みを浮かべた。
「僕たちも知ってる人~?」
と尋ねたベイルは密かに、魔力を一通り全市街へとのばし、探知能力を働かせているが、拍子抜けするほど抵抗が無かった。
実質遺跡が稼働できていない事がポイントらしい。血の洪水を発生させるまでが精一杯の発動だったとすると、力では動かない地下遺跡を、動かせる何者かがやって来るという事か?
「ええ、知ってると思いますよ。獄火の魔導書とその巫女です」
さらりと告げた内容に、
「リロが?」
思わずベイルが目を見張ると、
「おや、お知り合いですか? でもそれ以外の方々も来られますからね、私は敵対する意思は無いのですが、そちらは関知しませんよ?」
さらに楽しげな声をあげる。
「リロちゃんは〜、お前たちに捕まっていたのか〜」
ほんの少しだけ怒気を滲ませたベイルは、マルセイと協力して〝何者か〟が出現する場所を絞り込みにかかる。想定では遺跡近くに出現するはずだ。
地下遺跡が稼働しない理由は、物理的なものではなく、魔力不足……ならばタンたんの火力を利用するために、巨人ゾンビと同様、幼神官にリロを使役させるつもりなのかも知れない。
「僕ではないですけどね? 捕まえていた者がどうやら現れたようですよ?」
幼ゴブリンが示す先では、転移陣が真っ赤な幾何学模様を生み出していたーーそこから飛び出したのは、黒ゴブリンと獣を足したような生き物、一目見て魔術的実験の失敗作だと分かる、関節や肢体の付き方が、自然生物としてあり得ない姿をしていた。
頭を抱えたそれは、幼体ゴブリンの側にいくと、何事かを耳打ちする。寸暇を惜しむように魔法陣から魔力が途絶えると、伝言を終えた生き物は、糸の切れた操り人形のように地面に倒れ、動かなくなった。
それを見て拍子抜けした幼ゴブリンは、
「なーんだ、メッセンジャーか。二匹分の脳みそを集めてもあれしか言えないとはね」
と乾いた笑みを浮かべた。仲間であるはずの黒ゴブリンの死に対しても、どこか馬鹿にしたような響きがある。
魔法陣から新手が来るかと身構えていたベイルは、拍子抜けした空気の中、
「何を言われたのかな〜?」
と空中に渦を描いた。それは転移の女神を象徴する螺旋を現しており、そのメッセージに笑顔を強めた幼体ゴブリンは、
「なに、来客予定者がキャンセルになっただけですよ。どうやら緊急の用事ができたようでしてね。しかし、これで貴方がたとゆっくりお話ができます」
とベイルの描いた螺旋にもう一つの螺旋を重ねた。完全な二重らせんは転生の女神を表しているが、三重となると……
「私たちはあんたとゆっくりしてる暇はないんだよ。敵なら敵らしく、さっさとかかってきな」
ポメラが甲高い声で喚く。頭部に生やした毒の実が、不機嫌そうに揺れた。
「いえいえ、我々は敵対どころか、手を組むべき存在なのですよ」
と言った幼ゴブリンは手を広げて何かを見せた。
「敵対しないのであれば、その根拠を示せ」
語気を強めたマルセイが全てを見通す光を向ける。光は反射してマルセイの視神経を刺激し、幼体ゴブリンの提示した品を解析した。それは禿鷹を現す紋章を内包する暗号石……
「まさか、ゴブリン軍の中にも禿鷹がいるとは」
絶句するマルセイに、
「君たちのボスもゴブリン軍の真っただ中に潜入してるじゃないか」
と何気なく告げた。確かに、ゴブリンがひしめく都市には、内通者の導きでもないと潜入できないだろうが……
「その内通者とぼくらで~、何をすれば~良いのかな~?」
ベイルの問いに振り向いたゴブリンは、
「こいつをね、奪おうなんてことを考えているんですよ」
と地下遺跡を指さしながら、満面の笑みを浮かべた。




