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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
最終章 聖戦と巨人戦士
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背の高い仲間

 〝地に伏したミュゼルエルドに龍玉が取り込まれた〟


 という事実と気配に、自然とバッシは距離をとる。ゴウンの依頼である〝龍玉をミュゼルエルドに届ける事〟が達成され、なにより重荷だった物からの解放に身が軽くなった。


 そこにウーシアが飛びついてくる。齧り付くように腕を伸ばし、実際に龍装の隙間を甘噛みした。それを片腕で抱きかえし、もう一方の手で一体化するように体を合わせる。


 ウーシアの懐かしく柔らかい匂いに、バッシの芯の部分が痺れた。さらに強く抱き返したウーシアは、安堵のため息をついてから、深く息を吸い込む。


 そうして嗅覚の奥深くまでバッシを充填させたウーシアは、恍惚を飲み込んで真顔になった。


「今は護衛中だワン」


 と言うなり霊化して、光輝く何かを保護しに向かう。確かめるよりも速く、バッシの右目に宿ったポコが、光源を大司教ラウルであると教える。


 驚いたバッシは、飛来する黒矢を抜き打ち、爆風を厚く張った肩の龍装で散らしながら近づいた。頭上からの殺気を感知し、腕周りに発生させた鎌鉈を振るう。別々の軌道を辿る二本の刃は、両側から突撃飛竜の首を穿ち、バッシの手首に伸びる綱が引かれると、血しぶきと共に首を撥ね飛ばした。


「ラウル様! ラウル様の反応が無いワン」


 たどり着いた先で、ウーシアはポーションをかけながら呼び続けるが、ラウルは目をつぶったまま反応がない。


「霊感で分かるか?」


 と問いかけても、


「祝福の力が強くて霊感が通じないワン! バッシの力でなんとかならないかワン」


 と聞き返され、左腕に浮かんだ銀色の葉脈でラウルを包む。そこに知育魔本ポコの力が加わると、数瞬でラウルの状態を分析する。


「おちつけ、ラウル様は正常だ。極限の集中状態にあるらしい……戦局は大丈夫か?」


 とウーシアを宥めつつ周囲を見回す。戦場を圧倒している光の軍勢に対し、黒の魔法陣も劣勢ながら抗っている。力の根源である大司教の祝福が途切れれば、一気に戦況が傾くと思われた。


「大丈夫だワン、騎士様達もあんなに輝いているワン」


 駆けつけた光の騎士団の尖兵がラウルを包み込むように保護していく。そこにオルフロートの姿を発見して安心したウーシアは、霊化の身軽さでバッシにまとわりつくが、彼の硬い表情に何かを感じ取った。


「すぐに向かう場所がある」


 鋼睡蓮に取り込んだ〝血〟と〝金環〟は龍玉の魔力に満ちている。だが本来自分の物ではない能力と魔力をいつまで保てるか見当もつかない。

 焦れるように力を誇示する金環が、震えながら巨大な円を作り出した。それを潜ればたどり着く場所が脳裏に描き出される。


 その向こう側を感知したウーシアが、


「微かにリロの臭いがするワン」


 と霊感鋭く行く先を察し、上半身を離してバッシの目を見た。


「来るか?」


 と鋼の葉脈を纏った手を差し伸べるが、ウーシアは首を振り、


「ウーはジュエル様と……後から追いつくワン」


 と答え、絡まりついた体を霊化にぼかした。頷き返したバッシは、


「魔力の渦に気をつけろ」


 と言葉を残して金環に踏み込む。その先に広がる闇にリロ以外の臭いも感じ取ったウーシアは、


「気をつけて……」


 と言おうとして、バッシを見失った。




 ーー代わりに目の前に現れたのは巨大な光の渦。霊化しているウーシアも、その影響を受けて粒子の一部が消えていくような感覚に陥る。霊感なるままに宙に逃れたウーシアは、爆心地に近い大司教ラウルの元を離れざるを得なかった。


 黒ゴブリンだけでなく、その他の生命にも害となる聖光、強すぎる力は信徒達をも侵し、寿命の尽きたものは立ったまま絶命し始める。


 中心は全てが色を失う極光により、何人たりとも立ち入れぬ聖域と化した。その間に突っ込んで来たのは、鏡状に反射させる全身鎧に身を包んだ〝聖騎士〟


 同じ宿命を持つ者として、ミュゼルエルドの状態を感知し、同じ属性を持つ者として唯一巨大な剣爪の下に到達し得る者、ジュエルであった。


 彼女は聖守護力場を球形に現すと、その中を治癒の力で満たす。間近に移動したウーシアも彼女の側なら安定して存在できた。


「それは何だワン?」


 と球形を覗き込むと、傷ついたフチとシンハが光の奔流に身を浮かべていた。

 瞼が痙攣し、心配になったウーシアが顔を近づけると、驚いたように目をむく。何かを話そうとして言葉にならないシンハは、フチの状態が完全である事を感知すると、落ち着いて周囲を見回した。フチは目の合ったウーシアにウインクして見せた。


 話しかけようとしたウーシアの肩を、老人の手が制する。


「次代の聖龍が生まれる」


 光を放つラウルの言葉に、球形から現れたフチ達も静かに頷いた。



 バッシのもたらした龍玉とは、龍族に伝わる伝説級の秘宝である。秘めたるは、龍を聖龍とする力の源。それを正しく扱うには承認者が必要だった。


 大司教と、古代の女王としてのフチ、異国の氏族の長たるウーシア、そして同階位である聖騎士ジュエルの存在ーー瀕死のミュゼルエルドは苦痛にのたうち回る中で、遠くから響くそれらの声とともに、異なる者の思念を受けていた。


 ミュゼルエルドにとってそれは、数千年もの月日を遡る親の声であり、それ以前ーー自身が存在しえないはずの、遠い時空から伝わる何か。

 そこに温もりを感じる頃、理解し始めたささやきの中に、


 〝貴方は成長とともに幾度も世界を救う〟


 いつか聞いたはずの声が蘇る。


 〝さらなる戦いの中で、瀕死となった時にーー〟


 それは遠く龍の郷に居るはずの聖龍の声だった。


 ああ、そうだ……神託など自分には関係ないと、放ったらかしにしていた聖龍の予言。千年の昔に忘れ去った言葉〝瀕死となった時に、龍人の伝手にもたらされる玉によって……〟


 〝聖龍となる〟


 ミュゼルエルドと聖龍の意思が重なり、混じり合う。


 〝剣龍ミュゼルエルド、汝を主神ハドルの御名において、聖龍と承認する〟


 そこに承認者の言葉が重なると、言葉は法則となって暴発する聖光を御し、ミュゼルエルドの形に収まっていった。





 *****





 闇に蝕まれた体は、実体をなくしていると思われーーもはや感覚は無い。

 ありし日の健康的な褐色の肌や、繊細に作られた人形のような顔、肉体は、闇龍のくびきに溶かされてしまったであろう。


 残酷な現実に、しかしリロの内面は平静だった。失われたものは大きいが、戻らないのならば、それはもはや自分の要素ではない。


 歴代の巫女達の幼児化した精神体がかしましくリロを囲み、忌々しい軛を解除しようと魔力の限りに試行錯誤を繰り返す中、世話係と化したリロは、その忙しさに救われる思いだった。


「くっ、この呪縛は誰が仕掛けたの? 紅炎でも焼けないなんて」


 師匠であるリリが何度目かの愚痴を吐く。それに対して初代の巫女は、


「闇龍の軛だけではない、転移の女神の力が、どんな魔力をも逸らしてしまうようね」


 と分析した。闇龍の衣に封印されてからずっとこの調子だ。タンたんも反応を示すものの、本来の獄火の力は鳴りを潜めている。


 そんな中で、僅かな異変を感じたリロは、小さな魔力の渦を虚空に見出した。それはほんの揺らぎのような物から、徐々に場を満たす存在へと変化する。


「リリ、貴女がいながらなんたるざまかしら?」


 魔力の歪みから聞こえてくるのは、かつてのリリのライバルにして、聖都の魔術師ギルドマスターの声である。


 咄嗟に彼女であることを理解したリリは、


「凄い凄い! よくここが分かったわね」


 と感嘆の声をあげる。


「貴女が子守りを頼んだのでしょう? 何とかは死ななきゃ治らないって言うけど、貴女は変わらないわね」


 と冷たい言葉を放つ。それを聞いたリロは、


「ライザベル様!」


 と喜びの声をあげた。


「待っていなさい、すぐに迎えに行くわ。目印はついたから、もう少し待っていて。強力な結界をすり抜ける段取りがあるから」


 と優しい声をかける。しかし、軛に縛られたリロは、外界を感知できない現状にライザベルが来る事を心配して、


「でもライザベル様、私は獄火でも解けない呪縛に捕らわれています。何が待ち構えているか分からないここは危険です」


 と伝えた。しかしライザベルはフッと一呼吸おくと、何か言おうとして、


「大丈夫、あの子はそんじょそこらの魔女とは訳が違うわ。殺しても死なない女、それが重火おもびのライザベルよ」


 とリリに言葉を奪われる。


「何よ、殺しても死なないなんて、人をアンデッドみたいに言わないでちょうだい。睡蓮火なんて言われて調子に乗ってるんじゃないわよ」


「調子なんてのってないわよ! だいたいねぇ……」


 二人が口げんかを始める横で、リロと初代巫女は顔を見合わせた。

 しばらく口げんかが続き、いい加減にリロが止めに入ろうとした時、得体の知れない者の気配に身をすくめる。


「ようやく準備が整ったわ。今から行くから、獄火の力を溜め込んでちょうだい。貴女の仲間が踏み込むとともに、魔力を一点に集めてもらうから」


「仲間?」


 リロの心に小さな灯りが灯る。そして、


「そう、背の高い貴女の仲間……」


 という言葉に、


「バッシ!」


 とリリがリロの言葉を奪い、小さく跳ねた。


 喜びの中で、ライザベルの気配とともに別の気配が強まる、それが異次元への門だと分かり、リロが吸収されないように意識を離した瞬間、圧倒的な火力が注がれ、炎に包まれたように感じた。


 目を開けると、そこには何の変化も無く、したり顔のリリと初代巫女が座り、一心に魔力を集中させている。


 普段は騒がしい先達たちも真剣な顔で二人の周りに車座になり、魔力を集中させていた。


「リロ、ここにおいで」


 リリの声に従い、その魔力の中心に歩を進める。リロは、ここから出られるのだろうか? と思った。

 でも肉体は滅んでしまった筈だし、残っているのは闇龍の軛に包まれた、肉体だった何かの残骸……


 困惑するリロの肩を持つリリが、微笑みながら頷く。全て承知の上なのだ。先達たちが考えた策に乗るしか無い。リロは頷き返すと、祈るように魔力を重ねた。

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