巨龍堕つ
全身を包む聖騎士の鎧は重さを感じさせず、逆に活力を与え続ける。聖なる光は全身を巡り、他者には害となるほどの濃度を帯びた魔力が、聖鎚や聖盾を核として腕に宿った。
ラウルの放つ祝福は、巨大な無意識の意思となって聖軍を束ねる。圧倒的な高揚感が兵士たちの体温を上げた。
その中心であるジュエルは、熱に溶かされた自我にあっても、湖面のように静かな目で、迫り来るゴブリン軍を眺める。
聖盾を向ければそれだけで聖守護力場並の結界が生まれ、聖鎚を振るえば延長線上に聖属性の力を飛ばす。光のもたらす膨大な魔力は、意識を向けるだけで暴力に変わった。強度の聖属性は異教の邪たるゴブリンを飲み込み、汚れを拭き取るように消し去っていく。
それら聖騎士の拭き縞が伸びる戦場を、上空から龍炎が掃き清める。
一つの熱源であるミュゼルエルドは、縦横無尽に飛来しながら、火炎放射の合間にも突撃飛竜に掴みかかると、切り裂いては地面にちぎり捨てた。
搭載された魔石が、ゴブリンで埋め尽くされた地表で爆発するーー刹那に黒の矢が放たれ、爆発を迂回する曲線を描くと、ミュゼルエルドに殺到した。
魔法陣によって太る〝自刃の黒矢〟が黒柱のように林立する。祝福による一体化で事態を察知したジュエルが、地上から聖守護力場を展開するも、消滅に至らない黒柱が力場ごとミュゼルエルドを押し上げた。
不安定な姿勢のまま突き上げられたミュゼルエルドが、風精を集めた翼を激しく黒柱に打ちつける。聖守護力場との接触面が、火を噴くように消滅し、魔力の粉塵が巻き上がった。
力を込めた一蹴りに剣爪の斬撃を乗せて、黒柱の成長を一瞬追い越したミュゼルエルドが忙しく羽ばたく。その真横に突撃飛竜が迫り、鼻先に展開させた防御幕を強引に押し付けた。
その側頭部を剣爪で薙ぐと、双鎚紋の刃は音もなく頭蓋を刎ね飛ばし、魔光の残滓が遅れて飛び散る。
粉塵の奥から飛竜の胴体が迫ると、その背部には詰め込むように搭載された爆発魔石と、鎖に巻つけられた鋼の棘、その一本一本に貫かれた黒ゴブリン達の姿があった。
咄嗟にブレスの準備をしたミュゼルエルドに黒柱の突き上げが刺さる。体を丸めて防御姿勢をとるミュゼルエルドを閃光が包み込んだ。
見上げるジュエルは、爆発点に群がる飛竜を撃ち墜としながら、ミュゼルエルドの落下点に急ぐ。それに連なる光の集団は、帯となって戦場を走った。
風精を纏った巨体がゆっくりと落下する。粉塵の切れ間には、ボロボロに擦り切れた光の膜。それは大司教を守る天蓋虫の〝光刃〟だった。ラウルの祝福や光魔法の影響で肥大化したそれは、しかし次第に光を失っていく。
追い打つように落下した黒柱がミュゼルエルドを打つが、消滅する寸前の光刃が、閃光とともにズタズタに切り裂くと、全てが靄のように拡散して消えた。
さらにその上から五本の黒柱が追い打ち、側面には突撃竜の群れが飛び込む。
拡がる靄の中にあって、突撃竜の魔光を目印にしたジュエルは、
「ウーシア、飛ばすから大司教を頼む」
と振り向きもせずに、盾を上に向けた。そこにフワリと霊気が集まり、聖守護力場が包み込むと、角度を合わせたジュエルが一気に盾を突き上げる。
力場の反発を利用して高速で放たれた球状の力場は、ミュゼルエルドのそばで失速すると、搔き消えた。
墜落するミュゼルエルドの背中に、光刃が身を呈して守り抜いた大司教ラウルが居る。それは光の祝福を受ける者が等しく感知していた。
それでも行く手を遮る黒ゴブリンの軍勢は手強く、また魔法陣の核が移動して光の進行を遮る。
遠間から神官や神殿騎士の結界や回復魔法が飛ぶが、どれほどの効果がもたらされているか……魔法陣の黒い魔素に遮られて誰にも分らなかった。
突如として魔法陣の核にいた黒ゴブリンが絶命すると、再び黒柱が突き上げる。それら全ての力が集約する一点に霊気が集まる。
しかしラウルの聖なる力の発露は霊化したウーシアを受け付けず、
「ラウル様、ウーの事を受け入れるワン」
との言葉にも反応を示さない。八咫の光が主張した気がして、懐から抜き取ると、自らの光を反射するようにラウルに向けた。
突撃竜の防御膜が追突する刹那、光に射抜かれたラウルの目が自我を取り戻す。入れ替わるようにウーシアはラウルに接触すると、深く抱きついて足場となる聖守護力場を蹴った。
力場の反発が弾丸のようにウーシア達を弾く。その足元では、黒柱と突撃竜が激突し、爆発を起こす。
人ひとり抱えているとは思えぬ身軽なステップで力場を蹴るウーシアは、地表に叩きつけられたミュゼルエルドを見下ろす形で降りてきた。
自爆竜の破片が頬を掠め飛ぶ煙の隙間に、本来ではありえない角度に曲がる剣爪が見えた。
それをすぐさま光の帯が迎え入れた瞬間ーー戦場を囲う魔法陣が鋭く光った。
*****
バッシの中で龍玉が滾る。睡鋼蓮の花弁で包み込み、破魔の炎に魔力を散らすが、いなしきれない熱によって膨張した。
それは銀光の世界を満たし、余剰魔力は鋼の葉脈を辿り、根たるバッシを侵食する。
ポコの分析により火急的措置で組まれた術式によって、余剰魔力をシアンの遺産である狂血に注ぎこむ。銀光世界の圧倒的優位によって、龍玉の魔力は狂血を伝い、隣りあわせた金環の傷に蓄積されていった。
最大速度で飛ぶ若龍が熱い鼻息を排気する。漏れ出る竜玉の魔力は若龍にも伝わり、馴染む力は三日三晩、不眠不休で飛び続ける体力を作り出した。
しかし魔力で補えないものもある。並の回復能力しか持たぬ龍の翼は、その根元に避け得ぬ疲労を蓄積していた。
限界を超えた龍は、人間を焼いたような臭いを発するが、それよりも濃い臭いがバッシの鼻を掠める。
いつかの馴染みある臭いに、胃が浮くような危機感を覚え、鋼睡蓮の花弁を伸ばして外界を知覚した。
分析される風景は彩度を増し、一気に周辺情報が浮かび上がる。
同じ高度に飛行物があり、それが何かとぶつかり爆ぜた。衝撃に備えて身を沈めた瞬間、強烈な突き上げが全身を襲う。
若龍の体表が波打ち、重い鱗が甲高い悲鳴を上げると、骨に響く衝撃とともに遠く吠え声が響いた。
寿命を縮めるような響きの後、落下するように飛ぶ若龍は、何者かに向かって火炎放射を吐き出す。
直後に爆圧が打ちつけ、その中に含まれる金属や鋭い骨片が若龍の肉を貫いた。疲弊した翼が折れ、飛行が落下に変わる。
若龍だった肉塊から抜け出したバッシは、目の前の小山のような鱗に鎌鉈を突き立てた。そこに繋げた鋼睡蓮の綱を引くと、落下に抗い宙に放たれる。
空は魔石の焼失と血と破片に満ち、懐かしくも忌々しい戦場の臭いが、バッシの鱗を逆立てる。眼球に伸びたポコによって周囲を分析すると、反射的に動いた右手から鎌鉈を放ち、飛び過ぎる飛竜を捕らえた。
その速度に引っ掛けられ、後方に吹き飛ばされる。吹きすさぶ風には濃厚な血霧が混じり、ポコの分析で、生命を削って抽出した魔力が、防御膜や推進力、果ては追突時の爆発に変換されている事が分かった。
飛竜は頭を下げると、煙をあげる地面に向かって速度を上げる。その先にある何かを知覚したバッシは、右手に鋼睡蓮を現すと、一枚の花弁を伸ばし、大剣の刃を生み出した。
濡れるような紫の切っ先が繊細に震え、地面にある〝何か〟が同胞たる双鎚紋の剣爪である事を告げる。
素早く羽根を斬りつけると、バランスを崩した飛竜はきりもみ旋回する。その背中を一蹴したバッシの眼下で、赤い魔力が爆ぜた。
咄嗟に紫光を纏うと、魔力を切り裂いて落ちた先に、地面が現れる。
背中から思い切り落ちたが、分厚く展開した龍装が鈍い音を立ててダメージを分散させた。
背後の気配に圧倒され、足を着くと同時に駆ける。超回復による急激なカロリー消費に足を取られながらも、魔力の塊のような何かから逃れるように走った。
唐突に銀光の世界に飛び込むと、一瞬前にいた空間を真っ赤な光線が薙ぎ払う。爆ぜる地面に深い溝ができあがり、轟音が銀光の膜を震わせた。
すぐに元の世界に転移すると、ポコの分析眼で空を見る。
そこには巨大な魔法陣が立ち上がり、周囲に魔力の触手を伸ばしていた。
真っ赤な魔光はタンたんの魔法陣を想起させる。だがそこにタンたんの放つ声は無く、代わりに飽和した魔力が軋みをあげていた。
ポコの分析の中に、黒ゴブリン達の姿が浮かび上がる。それは魔法陣の核に均等に散らばっていた。太い触手は四方に伸び、それぞれが更に外部の黒ゴブリンと絡まり合っていた。
巨大な魔力の輪に対して、鋼睡蓮の力が漲り、状況を分析するポコが、死刃のウンドらの死に際に出した黒矢の記憶を引きずり出した。
あの数のゴブリン達が一斉に黒矢を放ったら……命を消費によって邪神の力を宿す、神聖魔法が一斉に発動したら……バッシの睡蓮火では対処しきれないだろう。
その思案中にも、取り込みながらも持て余す龍の宝玉が熱を帯びて、銀光の世界を圧迫する。
その一部を露出させると、盛大な魔力が立ち昇り、反応した魔方陣が触手を伸ばした。それを避けるバッシの側で、
「バッシ! バッシだワン」
と歓喜の声があがる。濃度を上げた霊化の霧が、纏わりつくようにバッシの周りを取り囲んだ。
「ウーシア!」
バッシは熱を持つ宝玉を取りこぼさないように龍装を手に集めると、久しぶりに再開した仲間に警告する。
「あまり近づくと火傷するぞ、こいつは獄火級の魔力の塊みたいなものだ。霊化していてもダメージを受ける」
龍装を焼く宝玉が温度を上げる。煙をたなびかせるバッシは、銀光の世界を駆使して、触手を避けた。腕の龍爪が余りの高熱に溶け始める。それが限界に達する頃、意図せず踏み込んだバッシは、鋼睡蓮の命ずるままに、龍の宝玉を投擲した。
奪おうと伸びる触手が、ひび割れた剣爪によって断ち切られる。宝玉は光の放物線を描くと、地面に横たわるミュゼルエルドに重なって消えた。




