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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
最終章 聖戦と巨人戦士
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巨龍躍動

 主神教教徒にとっての聖戦が始まったと同刻、アレフアベドを覆う乾いた血の池表面に亀裂が走り、粘つく流動体を掻き分ける泡が次々と昇り始めた。


 異様な臭気が充満するが、それを認識するものは無い……ただ一人、いや一匹、元凶たる背曲がりのゴブリンを除いて……


 仲間内から〝軍師〟と呼ばれるそのゴブリンは、何らかの力によって空中を浮遊しながら、現した小瓶に大気を封じ込めた。

 ゆっくりと攪拌する手元が赤く光ると、すぐさま纏った衣の繊維が絡みつき、瓶につた状の模様をつくって戒める。


 瓶を目元まで引き上げ、無言のまま濁り始めた内容物を見ると、


「やはりブリストル・キングダムが落ちなかったのは痛いか。ピノンとシオンが揃って失敗するとは、まったくの誤算だ」


 と忌々し気につぶやいた。その声は見た目に反して若い。


 その間にも瓶の中身は黒変し、ため息と共に懐にしまい込んだ軍師は、さらに数本のサンプルを確保した後、衣に浮かべた魔法陣を拡げて潜りこむ。


 瞬時に踏みしめた靴音が、ザラリとした地下空間に響いた。高度な転移魔法の発動を、難なく成し遂げた軍師は、


「教授の懸念通り、アレフアベド地下遺跡の稼働率は上がっていない。衣の防御反応を手こずらせるほどの瘴気も無いぞ」


 と袖を振って見せる。


「やはり出力不足は否めないか。ピノンとシオンの失敗は痛かったな」


 と何者かが軍師と同じ意見を述べた。しかし答える声はあれど、そこには純然たる闇しか存在しない。闇はさらに、


「彼らを葬った者は?」


 と尋ねるが、歪んだ肩を揺らした軍師は、


「分からない。ドワーフ共をなめすぎて自爆した可能性も否定できない。だがピノンとシオンの戦力に太刀打ちできる存在など想像できない。闇龍を通じて何かを感知しなかったか?」


 問いの間中、闇を凝視し続けた。まるでその中に明確な人型を見出そうとするかのように。


「分からん。なんだ、何を考えている?」


 居心地悪そうな闇の声、軍師の目線が横にズレると、


「これはやれんぞ」


 と最も濃い影に隠した者を包み込み、鋭い気配で軍師を威嚇した。


「三器ある遺跡装置の内、こことアレフアベドしか稼働していない現状を考えろ」


 軍師の言葉に返す言葉はない。さらに続けて、


「主たる祭壇の出力を上げていかねば、ジュールス同志の二の舞だ。なのにピノンが闇龍を持ち出したおかげで、獄火の排気口は〝それ〟しかなくなってしまった」


 と言うや、軍師の指先から小さな紫の魔法が放たれた。漂う光は黒革ボンテージに包まれた少女を照らし出すと、纏わりついて全身を浮かび上がらせる。


「それはお主一人の判断か?」


 怒気の籠った闇の声に、少女を見据えたままの軍師は、


「いえ、教授と討議した結果です。もっとも、あなたが〝それ〟を完全に支配できれば話は違ってきますがね」


 と挑発する。魔法に反応した少女は身じろぎするが、闇はそれを許さずに、充満する怒気で空間を満たした。防御反応に軍師の衣が広がる中ーー不意に射し込んだ冷気が、二人の軋轢を凍らせる。痺れをきらせた軍師は、静かに現れた将軍を振り返り、


「教授からの使者なんだろ、助勢するなら何かしゃべってくれ」


 と白い息と共に吐き出すが、返す言葉は無い。しばらく静寂が場を支配してから、


「それしか無い……のか」


 闇のうめき声に将軍が首是する。闇はそれでもしばらくはリロの周囲に纏わりついていたが、最後は諦めたように影を引くと、怨嗟の息を長く吐き出した。





 *****





 巨人とゴブリンの混在した魔の軍と、主神軍の争いは加熱していた。

 混戦の中、二対一、三対一と数に勝るゴブリンの圧倒的な暴力に、訓練された騎士達も押され始める。そこに追い打ちをかける巨人達の暴力荒れ狂う中、フロイデらの突出した戦力も数の力に埋没していった。


「ジュエル様、ラウル大司教より伝令が参りました」


 群がる巨人達をゲマインらと共に退け、それを足場に周囲を見回したジュエルに、群がる敵の一瞬の隙をついて声がかかった。

 指摘された方向を見ると、主神教の旗を掲げた騎士が駆け込んでくる。


「聖騎士様、大司教様より祝福解放の儀、滞りなくとの報告です。順次解放される祝福の拠点として、負荷に備えよとおっしゃっていました」


 息を上げながら一気に報告した伝令が、改めて戦場を見回して身震いする。数人放ったであろう伝令も、巨人や兵士の死骸の隙間に旗を埋もれさせていた。


「御苦労、そのまま我が隊に同行されますか?」


 と問われて力強く頷く。戦場の真っただ中を横断するよりも、聖騎士の側にいたほうが安全だと思ったのだろうか? だが、戦火は本陣たるジュエルにも及び、既に幾度となく戦闘は繰り広げられていた。


「ジュエル様、光ってるワンウ」


 ウーシアの指摘にわが身を見たジュエルは、鏡状の鎧に光点が発生するのを見た。光はすぐに太く、強くなり、光線は範囲を広げ、粉塵を切り裂いて主神教徒達に降り注ぐ。


 それを皮切りに、出陣時にラウルの祝福を受けた者達が淡く光り始めた。光は身の内に力を与え、傷ついた兵士達を癒し始める。即座に、強固にーー光と歓声に包まれた戦場に、主神をたたえる聖歌が響く。目に見える奇跡の発露に、歴戦の騎士達も涙を流し、否応なく戦意がみなぎった。


 祝福を受けた聖軍は、負け知らずの無敵軍団となる。光に包まれている間は全ての穢れと傷が一瞬にして回復していった。それは骨が見えるほどの傷をうけようが、切断された手足を無理やり付けようがーー


 神の力は人間の限界を超えさせ、戦闘が終わるまで、疲れを忘れさせ、恐れを封印する。


 光る暴力の群れと、数に物を言わせる圧力。他に対して残酷な精神性の塊同士は、形を変えて蠢き、絡まり合った。




 加熱する戦場の地下に埋もれた転生ゴブリンは、蚊帳の外とばかりに仮死状態のまま丸くなる。

 軍師によってスポットと命名されたそれ等は、くノ一が仕掛けた場所以外にもさらに数か所、戦場を囲むように点在していた。


 点と線が囲う中にすっぽりと納まった戦場、その外部からポインターへと複数の黒い矢が放たれる。

 それは短命のバッドステータスを魂に刻んだ、黒ゴブリン達の命の矢だった。


 瞬間、爆発的に広がった闇が戦場を包む。空から俯瞰すれば、きれいな円と、中を彩る幾何学模様が見えたであろう。


 暗転する世界の中で、ドクン・ドクンと脈打つゴブリン達の血管が、生き物のように表皮に浮かぶ。

 巨人達も与えられた力の痛みに吠えながら、増加する魔力を発散した。


 光と闇の力は拮抗し、軋みをあげながら互いを擦り付けあう。その境界で潰される肉同士の臭いや熱が、麻痺した五感を更に潰しーー高熱と低温、喧騒と静寂は同義になった。


 光の侵攻を堪え続けたジュエルは、光と闇の摩擦に滅する主神教徒達に手を伸ばす。

 だがそれは叶わずに、己の手の延長線上の教徒達を勢い付け、さらに磨耗させた。


『どうすれば良いのだろう、どうすれば』


 迷いに答えてくれる者は無く、ただ狼狽だけが光の中に浮かぶ。それもすぐに光に攫われて消えると、溢れる光に溺れたジュエルは、断ち切るように自我を失った。





 光と闇の食い合う戦場、その明滅を俯瞰する龍達もまた、世界を傍観する余裕など無かった。


 戦闘龍達によるドラゴン・ブレスが幾筋も空を焼き、迫り来る飛竜に浴びせかけられるが、超高温をも凌ぎ切った自爆竜達は、致死量のバリアーを暴発させると、体に巻きつけた鉄片をまき散らした。


 誘爆も含め、数多くの龍が負傷し、ある者は翼を痛め、落下した衝撃で動けなくなり、ある者は目を潰して自ら地面に激突する。


 戦闘龍の大将であるミュゼルエルドは、敵の増援に歯噛みすると、


 〝フチよ、長く熱いのをいくぞ〟


 と差し込まれた神経針を通して誘導する。即応したフチは、魔力を変換するために水晶球に手をかざした。


 同期した魔力が水晶球を通り、ミュゼルエルドの口からは蜃気楼が立ち昇る。

 鉄を焦がすような臭いとともに、ミュゼルエルドと水晶球が七色に光った。


 光はミュゼルエルドの体表を滑り、末端の爪を発光させると、力が骨を伝い、口腔の龍炎を後押しする。


「ヒイイイイィィィ………」


 高音域の掠れた音がミュゼルエルドの内部に篭り、発光した全身をくねらせながら、苦痛の内にドラゴン・ブレスを吐き出した。


 まるで吐瀉物のように乱れた軌道を描きながら、しかし重力に逆らって力の赴くまま枝分かれする。

 生きているように獲物を求める炎が、次々と自爆竜を包み込んだ。


 さらに貫通した炎は後続を貫き、爆風が地域一帯を揺らす中、それでも照射され続けるドラゴン・ブレスは輝きを増す。


 地上では聖守護力場ホーリー・メイルの光が膨張し、光の帯に同期すると、聖軍全体の光量が増した。

 同時に闇を支配するポインター達からも命の黒矢が放たれ、幾何学模様の交差点にいるゴブリン達を貫き、供給される力が増加する。


 長息の龍炎が途切れると、難を逃れた自爆竜達がミュゼルエルドやジュエルを目指して殺到した。


 龍人族の飛竜部隊が間に入ったが、数匹を退治した段階でバリアーの妨害に屈し、体当たりを食らうと、誘爆した自爆竜の作り出した空間に他の自爆竜が滑り込む。


 フチが必死に七色の光線を放ち、次々と襲い来る自爆竜を撃墜するが、それを支えるシンハの全身からは湯気があがり、歯を食いしばる様子からも限界は近い様子が見て取れた。

 ミュゼルエルドは念話でラウルに確認を取るが、聖軍全体に祝福の力を発揮している彼が、ドラゴン・ブレスに協力することはできないようだ。


 〝しっかり掴まっていろ〟


 搭乗する全ての者に念を発したミュゼルエルドは、肉鞘にくさやを剥き、種族の誇りである剣爪を露出させると、魔光を尾引かせながら風を切った。


 〝自爆竜の弱点を教えるわ〟


 神経針を通じて、フチの思考が流れ込む。視界はみるみる詳細な情報をはらみ、目に映る自爆竜それぞれの特徴が理解できる。


 両手両足20本の線が上空を切り裂き、自爆竜の急所を切り裂き、貫き、剥がす。躍動する巨龍は、眼を回すラウルやフチ達を意識の外に、久し振りに振るう双鎚紋の刃の切れ味を堪能し、喜びの咆哮をあげた。

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