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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
最終章 聖戦と巨人戦士
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聖なる進軍

 〝聖戦〟に出陣する軍勢を一目見ようとする民衆で、聖都の大通りから裏路地までが人で埋め尽くされていた。


 一際大きな声援を受けるのは、この戦の象徴たる聖騎士ジュエルと、新たに〝聖騎士団〟として認定された神殿騎士団を中心とした軍勢。そして隊を寿ことほぐ神殿楽団の行進である。

 そのすぐ後にオルフロート率いる部隊が続き、数千の銀騎士を従える〝聖軍〟の姿は、神話の世界のように浮世離れし、妖魔の軍勢と戦うという主神教の大義名分を象徴していた。


 その頭上を飛び過ぎるのは、先発部隊として拠点確保に向かう龍の軍勢である。龍人を乗せた飛龍部隊などの、大小百を超える編隊が晴れ渡る空に展開すると、その迫力に飲まれた民衆は言葉を忘れて、しばし空を見上げた。


 再び彼らが意識を地に向けた時、悠然と歩む剣龍ミュゼルエルドに跨った大司教ラウルが現れ、歓声は祈りへと変化する。地を歩む龍の上から、祈りに祝福を返すように手をかざす。出陣式で軍全体に主神の祝福を授けたラウルからは、余波のような温かな光が放たれていた。


 実在し、ご利益をもたらす神の威光は、聖都の住民や、今回のために遠くからは巡礼の旅をしてきたものに深い感動をもたらす。しかしその中には神のご利益というものに対して嫌悪を抱く者もいた。聖騎士や大教皇に対し、敵意に近しい感情を持つ男ーー


「そんなに険しい目付きをしいていると、異教徒とみなされるぞ」


 不意に声をかけられた男は動じることなく、視線を揺るがせもしない。平民の姿に変装してはいるが、間違いなくこの男こそが〝紫間者〟と呼ばれるシウリ伯爵の懐刀であった。ラガンの他に追従している信兵達が、緩やかな包囲網を敷く。それを目の端に入れた紫間者は、


「我が主が大教皇に随行し、我々はその警護に当たっている。許可証を提示すべきか?」


 と懐に手を入れた。その瞬間に高まる緊張、周囲に散らばる紫間者の手の者も気を張り巡らせ、場の圧力が増した。その時、遠方まで届いた祝福の波が緊張を解かせる。


 瞬間、顔をしかめた紫間者は闇に溶けるように姿を消した。しばらくその場を動かないラガンに、部下が声をかけようとするが、無言で制されると静かに散って行く。


 大きな戦に、本来守護すべき大司教と、個人的保護下に置いていた聖騎士が並んで参戦する。今のラガンは子連れの熊のように殺気立っていた。


「ここからが正念場だ。我らの働きいかんで殉死者の数も変わってくる」


 味方陣営も一枚岩ではない。戦場において裏方の役割は肥大する。天を仰ぎ、


『お主の孫は立派な聖騎士になったぞ。後の事も俺に任せろ』


 と亡き親友に誓いを立てた。エメルを謀殺した怨敵、紫間者とその主の姿を脳裏に焼き付けながら。





 *****




 聖軍は綿密な計画の元、進路国との協力関係によってスムーズな進軍を見せた。各地で多くの貢物を献上され、兵站などは出発時よりも増えているほどである。

 すべては周辺諸国における主神教の影響力と、勢力を増すゴブリン軍に対する恐怖、そしてシウリ伯爵の手際によるところであろう。


 権力と金の使いどころにかけては天才的な才能を発揮する。敵対する者も認めざるを得ない存在ーーシウリ伯爵の乗る黄金馬車が隊列を離れた時、部下に告げられ遠望したジュエルは複雑な思いで見送った。

 祖父を追い詰めた元凶ともいうべき存在にして、主神教団、そして世界中に影響力を持つ男。祖父の理想を実現するためには、後々障害となるであろう、避けては通れぬ存在。


 〝今のうちに我が世の春を謳歌するがいい〟


 硬い表情のジュエルに付き従うウーシアは、


「民衆の前では率先して従軍、街を離れた途端方向転換するなんて、呆れた奴だワン」


 とぼやいた。周囲の者もそう思っているのだろう、近衛兵団の表情が若干緩む。彼らは今回の〝聖戦〟において、象徴ともいうべき聖騎士を守護するために結成された〝聖騎士団〟の中枢であり、神殿騎士の他にも聖職者や聖都の魔術師ギルドから精鋭が集められた隊は、総数五百を超え、先のゴブリン討伐以来増加し続けていた。


 新たに組まれた組織は、その多くが先のリリ・ウォルタ離宮護送の際に活躍した、神殿騎士団第二大隊を中心に編成されており、実質的指導者である聖騎士軍〝副団長〟を中心に練兵も十分である。


 仏頂面で前方を見据える副団長は、


「それで良い、あれに戦場までついて来られては足手まといだ」


 とウーシアに言うとはなしに口にする。


「ギンスバルク副団長の言う通りだ。それにあのしたたかさは見習いこそすれ、馬鹿にできるものではないぞ」


 と聖騎士団団長のジュエルが告げる。軍の運用は実質副団長に任せられているが、ギンスバルグも今や目上の立場となったジュエルにかしこまった。周囲の反応も、普段は居丈高なギンスバルクが頭を下げる姿を歓迎している様子である。それを見たジュエルも、普段どれだけ嫌われているんだ? と思いつつ表情には現さねい。


 練兵と軍の運用管理にかけては定評のある彼から学ぶ事は多い。なるべく多くの知識を得ようと言葉をかけるジュエルと、敬虔な主神教徒であり、聖騎士という教義の象徴的存在を崇めるギンスバルクは、ある意味で急速に打ち解けていった。


 聖騎士団を中心とした陣形の先端から神殿楽団が切り離されると、いよいよゴブリンの勢力圏内に突入して行く。盛大なパレードは変質し、急速に軍隊としての緊張度を高めていった。


 信兵達の斥候兵やウーシアが緊張した顔で周囲の気配を探り、ギンスバルクは光の球を上空に打ち上げる中、進軍は進む。先行していた龍部隊が起こしたであろう火災が、遠くの集落から大量の煙を上げていた。そこには既に人やゴブリンの気配は無く、遺骸の焼ける臭いが充満していた。


「谷に差し掛かったら一旦休止、全隊を整えてから一気に通過するぞ」


 巨大な峡谷を越えると、開けた土地がゴブリンの支配する都市まで広がっている。報告によると、増殖したゴブリンは広大な平原に溢れかえっているらしい。龍族という優秀な先発部隊があるとはいえ、ここまで何の障害も無く来れた事がかえって不気味だったギンスバルクは、用心のために光球を上空高くに進めると、そのまま前方に射出した。


 見る見る迫る峡谷と、その両側にそびえる断崖。そこには先発隊の龍達が関所を作りつつ羽を休めていた。さらに進んだ平原には、無数のゴブリンが地表を黒く染めている。


 ギンスバルクは魔力の範囲が限界に達した事を知り、視界の中から目立つ存在を探そうと光球を進める。あわよくば信兵マルセイの彩光魔法によって示された、背曲がりのゴブリンでも発見できないかと低空飛行に移行しながら。


 有象無象のゴブリン達は、光に群がる羽虫のように光球に群がるが、知性をもって撃ち落とそうとするものは皆無だった。中には人間から奪ったであろう農機具や武器を手にする者もいたが、それを突き上げるだけで、投擲して来る者もいない。


 その様子をじっくり観察したギンスバルクは、地形の中に妙な影を発見した。あれは塹壕か? と思って、平原と山岳部の狭間に光球を放った時、突然放たれた矢に射貫かれた。


 視界の爆ぜたギンスバルクは目を覆いながら、視界を回復させようと自らに回復魔法をかける。その時、光球魔法を通じて精神にもダメージを受けている事に気付いた。


「これは魔法……いや呪いの矢か?」


 と呟くと、駆け寄ったジュエルが、


「副団長! 大丈夫ですか?」


 と手をかざし、回復魔法を重ね掛けしてくる。聖騎士となって飛躍的に上昇した神聖魔法は、疲弊したギンスバルクの精神を一瞬のうちに治癒した。


「ありがとうございます、平原を占拠するゴブリンの中に、呪いの矢を放つ者がいます。しかも神聖魔法の結晶である光球を打ち破り、術者にダメージを与えるほどの……」


 それを聞いたジュエルは、顔を曇らせると、


「呪いの矢、まさかあの時の。 覚えていますか? 死刃のウンドの最後を」


 そう言われてギンスバルクも思い出す。リリ・ウォルタ護送の際に現れ、命を賭して散った暗殺者と、その手口を。


「まさか、今受けた矢も」


 と、貫かれたように感じた額をなでると、消し炭のような黒い残滓が弾け、空中に溶けて消えた。


「命を賭せば、誰でも強い呪いをかけられるとしたら……」


 平原を埋めるゴブリン共の数を思い出し、ぞっとするギンスバルクは、神経質に消し炭のついた手袋を拭った。

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