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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
最終章 聖戦と巨人戦士
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戦前の聖都

 〝聖騎士〟ジュエル・エ・ポエンシャルは、一人だけになった仲間を従え、聖都の大聖堂前広場に立っていた。流線型に輝きを放つ聖騎士の鎧をぬるい風が撫でてゆく。


 獣の臭いと灯火の油香が、薄曇りの月の下で息を潜める人々の気配を伝え、戦前の夜を余計に寝苦しくしていた。


「ジュエル様、そろそろ寝室にお戻りくださいワン」


 一歩引いて立つウーシアには、より克明な情報が嗅ぎ分けられるのだろう。その鼻をもってしても、バッシの行方はようとして分からなかったが……


「とうとう明日だな、少しは期待していたのだが、あいつも間に合わないとは……そう思ってしまう分、昔よりも弱くなったか」


 ジュエルが珍しく弱気な言葉を呟く。だが、それを聞いたウーシアはすこしの安堵感を覚えた。最近〝聖騎士様〟ともてはやされ、戦においては旗頭はたがしらにと祭り上げられ、重圧がかかりすぎている。


 弱音を吐く隙もないほど過密な予定を組み上げられ、戦闘時以外は政治的、宗教的な儀礼か、民衆に向けた戦意昂揚の演説などに費やされる--本人が望んだ結果とはいえ、急すぎる立場の転換に、精神が張り詰めて、休む間も無い様子であった。


 〝戦時特例、緊急措置としての聖騎士〟


 という訳のわからない称号を得、神殿騎士団と共に数度の戦闘を経験した。その称号も、大掛かりな作戦が失敗した時の教会側の言い訳のようで、ウーシアは気に入らない。


「ジュエル様はジュエル様だワン。昔よりも洗練された今のジュエル様の方が素敵だワフ」


 素敵を強調するウーシアが、八咫の鏡を差し出す。そこに映る自分ジュエルの姿は、余りにも立派で、内面と乖離しているように感じた。しかし瞳だけはポッカリ空いた虚ろのように黒い。陰なる自分を現す鏡像をグッと睨み返すと、


「そうだな、私は私だ。やりたい事をやるためにここまで来た。ここまでは出来過ぎだ……あいつらがここに居れば、もっと上出来だがな」


 と言って聖戦鎚を握りしめた。鎧の変化と共に、繊細な金細工模様の鎚は重みを増し、しかし強化された腕力にとっては軽くなったように感じる。その蒼銀の頭を左手にポンと打つと、持ち手を鎧の背にかける。不思議な力で引かれ合う両者は、浅い溝によってカチリと固定された。


 野望の第一歩としての聖騎士認証、そしておあつらえ向きの動乱、ここで民衆に認められれば、政治の世界に飛び込んだ時の力となるに違いない。


「リロは捕らえられているけど、一度感知してからは霊感で繋がっているワン。だけどバッシは……」


 ウーシアは鼻をクンクンと動かすと、世界を分け隔てぬ大気にバッシの形跡を探った。あの匂いは鼻の奥にこびりついて、一時も忘れることはない……それを見守るジュエルは、今夜こそ変化の兆しを示すかと、ウーシアの言葉を待った。


 鼻と同時に耳も動く。霊感の端に微かな兆候が引っかかるが、それがバッシのものであるとは断言できなかった。


「……分からないワン、でもバッシの事だから、しぶとく生き延びているはずだワン。剣聖ウォード様と同じ力を持つ男が、そう簡単にくたばる訳がないワンウ」


 と断言すると、ドンと豊かな胸を叩いた。ジュエルにも届く身長になったウーシアが、頼もしい笑顔を見せる。


 その気遣いに感謝したジュエルは、自身の変化に気付いた。聖騎士になれたとはいえ、中途半端な立場と、重すぎる責任を背負わされた現状……以前ならばなお一層の武勲をあげよう、地位を高めようと焦っていただろう。


 だが今は、不思議と気持ちは凪ぎ、沸々と湧き上がる意思の力が全身を満たしている。その思念に聖騎士の鎧が反応すると、鏡面に映した闇夜に蒼灯の深みが加わった。


 ゴブリンの女王の軍勢がはびこる都市。そこには旧魔法王国の魔導師や、リロを封じた悪魔、そして圧倒的戦力でアレフアベドを蹂躙した人造巨人兵団や、その他予想もしない兵力も控えているはずだ。


 攻め入る自軍も、各地から集められた主神教徒達によって充実している。剣龍ミュゼルエルド率いる龍の軍勢も到着した。そこに剣聖の姿は無かったが……


 遠くに聞こえる巨龍達の息吹が、大戦前の興奮を含む街を象徴していた。


 獣臭い空気の中、大きく伸びをしたウーシアに、


「これから厳しく長い戦いになる。それも権力の渦に巻き込まれる形で……それでもついてきてくれるか?」


 問いかける横顔は、先ほどの弱気とは打って変わり、生命力に溢れていた。回り込んでその目を正面から捉えたウーシアは、


「もちろんだワン。これからの戦いにこそウーが役に立つワンウ」


 と務めて明るく答える。


 数日後には進軍の先頭に立たねばならない。その英気を養おうと、二人並んで神殿騎士団兵舎へと歩きだす。


 久しぶりにお互いの手を取ると、皮膚感覚をも再現する聖騎士の手甲に、眠た気なウーシアの温もりが伝わってきた。





 *****





 聖都の中枢である大聖堂に、一台の馬車が近づく。それは夜目には眩しいほどに白く、彫金の豪華さにおいては、他に類を見ない意匠が凝らされていた。


 その重量に、頑強に組まれた石畳も痛々しい音をたてる。牽引するのは、綺麗に結われたたてがみを持つ8頭の馬。揃いの馬具を纏い、一頭一頭が立派にも関わらず、飾り物のような没個性を感じさせた。


「あれは聖騎士殿ではないか?」


 と呟く男。反応した側仕えの一人が、車窓から女性達を確認すると、


「はい、あちらに見えますのは、この度、戦時特例聖騎士に任命さた、ジュエル・エ・ポエンシャル様でございます」


 と答えた。見る間にジュエル達の影が大聖堂に隣の兵舎に吸い込まれていく。

 つまらなそうに、


「戦時特例聖騎士、か。教団の考えそうな称号だな」


 とつまらなそうに視線を逸らせた。男とポエンシャル家には〝多少〟の因縁がある。権力を与えすぎると厄介な存在になりかねないーーと思考に沈む主人を囲む従者達は、小さくなった馬車の振動に、大聖堂への接近を知った。


 周囲を固める護衛達の馬が、忙しなく行き来する。その数は要人警護にしても物々しく、戦の準備をする神殿騎士団にとっては邪魔以外のなにものでもない。


 にも拘わらず、大聖堂を守る神殿騎士団は、先触れの使者と共に、一行を丁重に迎え入れると、馬車は大聖堂の正面玄関を過ぎ、滅多に開かれる事のない要人専用の大扉へと吸い込まれて行った。


 厳重な警護のもと停車する馬車。煌びやかな装飾を凝らした扉から降りてきたのは、毛足の長い絨毯を広げる従者である。その上を、両脇を他の従者に支えられるようにして降りて来たのは、やや張り出した腹部を緩やかな絹の服に包んだ男であった。


 出迎える神殿騎士が両脇を固める前で、筋骨隆々たる日焼けした肉体に純白の絹を纏った従者を、宝飾品のように両手にした男が進む。


 対照的に白い顔が純白の衣と一体化し、非現実的な存在感を際立たせた。


 その周囲には魔導鞘ソーサリー・パッドが浮かび、鈍く潤んだ魔法石を覗かせる。


「これはこれは、シウリ伯爵自らお越し下さるとは、ご足労痛み入ります」


 その奥で、礼服を着た大司教が補佐官を従えて恭しく出迎える。

 立場的には主神教指導者たる大司教の方が圧倒的に上なのだが、目の前の男は近隣諸国にも強い影響力を持つ大貴族であり、教団にも多額の寄付を献上してる。


 原則非武装である聖堂内に魔導鞘を持ち込み、宝飾品扱いとさせるほどの権力があった。


「主神軍の編成、まことに鮮やかな手配でございましたな、大司教殿」


 最奥部の来賓室に腰を下ろしたシウリが、供された茶の香に長いまつ毛をさげる。それを微笑で見守る大司教ラウルは、


「シウリ卿のご尽力が有ればこそでございます。私は書簡をしたためただけ、実際は皆に仕事を押し付け、ここでのんびりお茶に興じているだけなのですよ。それと、主神軍という仮称は聖騎士軍と改名されました」


 と手で温めた紅茶の香りを楽しんだ。


「尽力などと、私は皆の幸せを祈っているだけなのですよ。主神教徒全ての幸福を」


 ホッホッホッと笑う目は、しかし笑っていなかった。濁り倦んだ目は感情を失ったかのように焦点をぼかしている。その視線をラウルに向け、


「聖騎士軍ですか、けっこう、けっこう。まさかこの時期に聖騎士様が顕現するとは、これもまた天啓というものでしょうなぁ」


 と嬉しそうに笑った後、真顔になって、


「我が愚息が生きていれば、軍を率いてお供させるところでしたが、あいにく冒険者組織内の諍いに巻き込まれて呆気なく死んでしまいました。まあ生前に離縁していましたから、正確には身内とは言えませんが」


 と告げた。そこには感情がまるで込められていなかったが、それだけに言外に込められた圧力は無視できない。


「それはご愁傷様でした。シウリ卿のご子息といえば、ご領地にいらっしゃるお二人以外の……」


「ええ、末の息子、テオドールという大馬鹿者でしてな、出来の悪い息子ほど可愛いと申しますが」


 目を伏せたシウリがカップに滲む灯りをすすると、


「とどめを刺した者の情報が入ればお教え願いたい。今回の聖戦を前にしては些事に過ぎ、はばかられますが」


 再び上がった視線がラウルを射貫いた。ラウルは信兵長ラガンから、テオドールを始末した冒険者の報告を受けている。その者が聖騎士ジュエルの所属する冒険者組織クランの幹部である事もーー


 ラウルが承知している事を分かった上で、事を蒸し返すシウリの真意は、濁った目にも、むくんだ手足にも表れなかった。


 シウリは今回の出兵に多額の資金を投じている。もちろんその見返りは戦勝の折に分配される予定だが、それ以外にも今騒動に関与し、網の目のような利害関係を形成している事を、ラウルは承知していた。


 殺されたテオドールにしても、狂信団に加入して真国側に組していたし、その他きな臭い動きを隠そうともしない行動は、そのまま無言の脅迫としてラウルや他の勢力を圧迫している。


 ジュエルに繋がる冒険者組織に牽制を入れるのは、聖騎士の使い道にも関与する、という言外の脅しだろうか? ラウルは知らぬ風に、


「それはすぐにでも、分かり次第お伝えします」


 と告げ、おかわり茶を淹れた。まだ話し合いは始まったばかりだ。彫像のように控えるシウリの従者が、屈強な肉体を縮める空間に、薫り高い湯気が漂う。


 数日後の遠征に自ら赴く大司教は、長い夜を思って倦んだ気持ちを湯に注ぎ込んだ。遠くで龍達の息吹と、興奮した馬のいななきが聞こえる。


「馬も興奮しておりますが、私もジッとはしておれませんでな。まずは兵站の手配と、補給路の確保の約定を、近隣国に取り付けてまいりました」


 シウリが従者に魔導鞘を操作させると、空中に描き出された魔法紋が形を変えていく。それを見た教団関係者は、約定を手書きに起こし直すと、次々にラウルの元へと書状を提出していった。


 紅茶を注ぐ間に、書類は山となって執務机に積み上がる。前哨戦はすでに始まっているのだ。音にならないため息を漏らすラウルと目が合った時に、初めてシウリの目が笑った。


「これほどの準備をなさっていたとは、ご尽力痛み入ります」


 戦は準備段階で勝敗が決まるという、しかしシウリという男には、どちらの陣営が勝っても得しか残らぬような計算が組み上がっているのだろう。


 この騒乱自体を操っているとも言える男の目尻が下がっていた。ここからの交渉事は、実戦よりも気が抜けぬものとなる。


 腕利きの教団幹部も気を引き締めて書類と対峙している。ラウルは戦地で最前線に立つジュエルや神殿騎士達を想起すると、第一の戦場である書類の山に向かっていった。

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