表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
最終章 聖戦と巨人戦士
164/196

集まる者達

 巨大な産卵器官から絞り出される卵が、粘液によって広大な敷地に産み付けられていく。天井まで敷き詰められたそれは早ければ数日で孵り、中から生まれるのは〝卵生貴種〟種外の雌に生ませた胎盤胎生の劣種とは違う生粋の黒ゴブリンであった。


 孵化うかし、穢れを拭う間もなく集られた赤子達は、産卵器官に繋がった女王の元に運ばれると即座に選別が行われる。精査などする必要も無かった、女王は托卵期から子の状態を把握しており、思念の通じた世話係のゴブリンに指示を下すのみである。


 爆薬小鬼のバッドステータスである【短命】を受け継いだ通常の黒ゴブリンは、大きなカゴに放りこまれると、労役ゴブリンによって一番大きく不潔な飼育小屋に運び出され、その他変異種は別枠に作られた小屋に運ばれていった。


 その中でも女王が自ら手に取り、己の栄養を分け与える個体がある。そうしながらマーキングを施し、女王の意思を尊重するよう躾られる存在ーーそれは異世界からの転生者達であった。


 彼ら、彼女らは、生まれた瞬間から前世の記憶を持つ者、ある程度知能が発達した段階で突然覚醒する者と様々だが、ほぼ全てが飛びぬけた異能を持っており、その力は女王のためにいかんなく発揮される。いわばゴブリン軍のエリート層であった。


 急速に勢力を伸ばすゴブリン軍の権勢を支える屋台骨ーー生まれつき前世の記憶を持たない者は、管理者である教授によって、そのきっかけを封印される者も多い。ここにもその内の一匹、生まれつき筋骨隆々の体を持った個体が、飼育係に囲まれていた。


「最近は戦闘特化系ばかり、思念波の通じにくい劣等種はやり辛いですわね」


 飼育助手のメスゴブリンがつぶやく。それに賛同した他の助手達を見た女は、暗いまぶたを下げて内心を隠した。


「そうね、それだけ激しい戦が近づいているってことかしら」


 女の言葉を聞いたメスゴブリン達は「いや~ね」などと噂話に花を咲かせ始める。


 〝思念系〟と呼ばれるゴブリンの女王と思念波の強い繋がりをもつ者達は、転生者の中でも特権的な地位を与えられている。

 同じ転生者として女王を守護する分において、身分の上下など関係無いと思う女だが、それを表に出すことは無かった。それは自らの立場を危ぶませる恐れがあるからだ。

 ほかの思念系達も、戦闘能力に特化した転生ゴブリンに脅威を感じているからこそ、差別化を図っている。その頂点ともいうべき女に口を挟める道理はなかった。


 女は〝姉様あねさま〟と呼ばれ、女王の側近としては〝軍師〟に並び立つ最高位にいた。思念波を操る能力は女王に次ぎ、幹部候補である転生ゴブリンの良き飼育者として、皆から一目置かれる存在である。


 一方軍師とは、姉様と同時期に生まれた最古参の転生者であり、知能に優れたゴブリンである。身長はそれほど低く無いにもかかわらず、背骨は窮屈に曲がり、下からのねめつけるように睨みあげる目には、陰鬱な光が宿る。

 彼を最上位たらしむるのは、異常なまでの執念と、豊富な異界の知識であった。すぐに教授と打ち解け、様々な実験や戦略を実行し、ゴブリン軍の勢力拡大の原動力となっている。


 その他にも主要な転生ゴブリンがいる。特に秀でた能力をもつ四体のゴブリンの中には、教授になびき、女王をないがしろにしがちな軍師を嫌う者もいた。


 戦闘に立って軍勢を指揮する〝戦士〟と〝魔法使い〟は軍師の戦略の恩恵に預りながらも、彼とは緊張状態にあり、神経質で潔癖な軍師を軟弱者と嘲って憚らない。


 それに引き換え、姉様や軍師に次ぐ思念の力を持つ〝魔法戦士〟は軍師直属であり、戦士ほどの体力や膂力は持たないが、魔法を絡めた戦闘能力や軍の統率には引けを取らなかった。


 そして〝忍〟と呼ばれる、黒装束に異様な執着をもつ隠遁能力に特化した者は、態度にこそ現さなかったが、命令実行率に秀で、軍師の戦略には欠かせない存在である。


 一見バラバラに見える彼らだが、女王を頂点として、姉様と軍師、上位四体、転生ゴブリン、卵生ゴブリン、胎生ゴブリン、というヒエラルキーが確立した軍隊は、女王の思念一つで動く巨大な生命体のように機能し、圧倒的な繁殖能力で支配地を拡大し続けていった--全ては闇の森での繁殖から数年内の出来事である。





 *****





「たったこれだけか」


 生き残った部下を前にしたフロイデが、拳を握り締めながら思わず漏らす。人造巨人兵団に蹂躙され、狂える血流に侵されたアレフアベドから撤退することができた者は、住民を含めてほんの僅かにすぎない。その後も自力で脱出してきた者達が合流したが、合わせても一部隊を維持できないほどであった。


「そうだね……沢山の犠牲が出た。僕たち街で」


 並び立つ相棒が自らの腕を抱えながらつぶやく。昔から怒った時ほど静かになる。フロイデは、相棒が芯から怒っている事を理解した。その怒りは誰に向けられるべきか? 神殿騎士団団長のオルフロートと面談、協議したフロイデは、


「巨人兵団とゴブリン軍の繋がりを確認した。これは主神教団の正式な見解だ」


 と告げる。禿鷹という組織の情報網で裏取りを得ていたハムスは、黙って頷きを返した。


「義勇兵の集まりはどうだ?」


 フロイデは、ギルドマスターであるハムスにある依頼を出した。それは領地を奪われた意趣返しの戦に参加する義勇兵の募集である。

 伝説的冒険者であるフロイデが私財を投じた破格の報酬に加え、ハムスもマスターの権限を行使し〝特例措置としての1ランク昇格〟を参加特典とした。


 聖都というギルド圏外において、周辺諸都市のギルドをも動かし得たのは、彼らの伝説的勇名と人脈によるところが大きい。後に禍根かこんを残すほど前例のない采配だったが、ハムスの怒りがフロイデに負けないほど激しいことを、如実に表している。その気持ちに反応したのか、我先にと参加表明した者の中には、大物冒険者パーティーの姿もあった。


「私達の所に来ただけでも百は超えているわ。本当に全員の1ランク特進なんて保障できるの?」


 背後の女が疑問を口にする。集まった中でも一番の大物冒険者〝ワイズマン〟ゲマインだ。彼女は特別に顧問としての役割を担っており、大門軍団を基盤に集まった冒険者を束ね、戦闘集団として機能するように調整していた。


「それは大丈夫、少し前に大司教とギルド総会の承認がおりたから。僕に万一の事があっても、彼女が証人となって、次代のマスターが契約を履行する手はずになっているからね」


 と言って指さす先には、小さく手を振るアレフアベド冒険者ギルドの受付嬢、エルルエルドの姿があった。その手元には分厚い契約書を綴った本が抱かれている。


 フロイデはゲマインを一瞥すると、


「出陣の日は近い。急造軍隊を動かすのは骨が折れるが、よろしく頼むぞ」


 と血走った目で告げた。疲労が重なって、ろくに寝られない状況にもかかわらず、その目力は歴戦のゲマインをも圧し、魅了する。〝この人の力になりたい〟と思わせるカリスマ性があった。


 急造部隊に何ができるか? と疑問視する神殿騎士団において、彼らに期待する者は少ない。だがこの〝聖戦〟における象徴ともいえる聖騎士ジュエルは、いまだにゲマインの冒険者組織クランの一員であり、冒険者ギルドに加入してる。

 さらに神殿騎士団団長のオルフロートとフロイデは旧知の間柄である。つまり神殿騎士団としても、たかが冒険者集団と侮ることのできない存在だった。


 フロイデにとってはいまだに狂気の血に汚され続ける領地アレフアベドの奪還と、避難領民の聖都居住権のかかった戦である。


「迎え入れる冒険者を義勇兵としてまとめ、共に戦う力とできるかどうかは、お前達の頑張りにかかっている」


 部下達を見据えながら、噛んで含めるように一人一人に話しかける。生き延びた者の大半が、冒険者として長年フロイデと交わる歴戦の猛者であった。


 彼らの倦んだ目に浮かぶのは、冒険の果ての終の住処を奪われた者の放つ、粘りつく怒り。そして難易度は高いが、やりがいのある依頼クエストを前にした冒険者としての熱。


「冒険者に手を出すとどうなるか、その身をもって思い知らせてやる」


 最古参戦士の言葉が全員の気持ちを代弁し、賛同したフロイデが、


「戦ってアレフアベドを取り戻すぞ」


 と力強く宣言すると、後に続く怒号のような雄叫びが聖地に轟き、明けの薄眠りにつく兵馬達を脅した。





 *****





 フチを背負ったシンハが崖にたたずむ上空を、無数の飛竜が飛び過ぎていく。その背には武装した竜人族の戦士団がめいっぱいに搭載され、外に向けるやじりの反射光が目に刺さった。

 その中心部から一際大きな個体が高度を下げると、大きく羽ばたいて頂きに降り立つ。その威容は見る者を圧倒するが、フチは、


「もう少し上手く飛べないの? 相変わらず不器用ね」


 と粉塵をあげて着陸した者に抗議した。それに対し、


 〝すまんな、私は上手く飛ぶ事を数十年前から諦めたのだ。その代り速く飛ぶ事にかけては飛竜にも引けを取らんぞ〟


 と巨大な思念を放つ。戦闘龍の大将であるミュゼルエルドは、鼻息を発しながらシンハの背負う籠を見下ろした。


「まあいいわ、それで私達を呼び出した理由は何なの? まさか自慢話のためじゃないでしょう?」


 と息吹きにさらわれそうになったフチは、シンハと同期した神経針から無言のまま一本の足に魔力を通す。


 〝そうだな、お互いに忙しい身だ、ゴブリンの巣に攻め入るにも、準備がいるだろう。女神が絡んでいる以上、悪魔たちの妨害も熾烈になる。ラウルとも協議せねばなるまい〟


 そう言って頭部を下げたミュゼルエルドは、シンハの伸ばした多脚の神経針を首の後部に受け入れた。針を通して伝わって来る情報を読み取るフチ。信頼関係が無いとできない行為はごく自然に行われ、同行するシンハも手馴れた様子でそれを見守っている。


「そう、あなたもとうとう聖龍になる資格を得たのね。あの娘が聖騎士になったように……剣龍種にとっては初めての有資格者。同時代性……今だからこその現象かしら」


 満足そうにつぶやいたフチはしかし残念そうに、


「でも今の私には承認者としての資格がないわ。剣聖を認めた後に奪われた秘宝は、いまだに行方不明なのよ。千里眼……片割れであるこの小玉にも反応を示さないの」


 と、背負子に固定された玉を見せる。そこには秘宝と対を成す虹色の水晶球が固定されていた。巨大な龍にとっては鼻の孔よりも小さいそれに鼻面を近づけると、立ち昇る魔素を吸引する。


 〝大丈夫だ、いま配下の龍人が代替となる品の奪還に向かっている〟


「代替の品? この世に二つとない神代の秘宝。並ぶものなど存在するはずが……」


 〝あるだろう、この世に規範を造りし神龍の秘宝〟


 その言葉を放ったミュゼルエルドは満足気に鼻を鳴らすと、


 〝その時は近い、準備を頼むぞ〟


 との思念を残して、同族達の待つ上空に飛び去って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ