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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第四章 聖騎士団の受難
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ピノンという存在

最終章としていましたが、第四章と改めまして、一旦今話で切ります。

 〝傷ついた子供〟という存在は、世にありふれている。

 戦乱は常であり、最弱の存在は常に虐げられ、顧みられる事は無い。その中で幸か不幸か生き残ったものが、新たな弱者を虐げ生き延びるのだ。

 そこに何ら疑問を挟む余地は無く、連綿と積み重ねられた不幸が層を作り、酷な現実をより強固に縁取ってゆく。


 地層から排気される呪いに曇天も手伝い、地上には不穏な空気が重く堆積する。その最下層に澱む影は、いつからそこに存在していたのか、滲むようにうずくまっていた。


 水桶に入れた手をゆっくり回すように、攪拌された渦が一つの方向を形造る。促され、小さな体を起こした時から、微細に空気を揺らす音が「インイン」と波形を作り、零れ落ちた血の臭いがゆるく漂った。


 幼い綺麗な血と、それを外界にさらす傷に惹かれ、さまよう〝それ〟は、数々の暴力と、それによる死を見続ける事により自我を形成していった。


 観察する者が死ぬ度に、硬質な音が〝それ〟を断ち、再び別の場所に影を落とす。取り憑き、断ち切られ、関わり、断絶し……その間隔が早く強くなるとともに、血の臭いも濃縮していった。


 そして徐々に〝それ〟自身が傷の原因を担うようになると、準備期間は終わりを告げ、粘るような闇を無作為の母体に宿らせる。


 初めて親を得た〝それ〟は〝ピノン〟という名前をもらい、元気な少年に育った。だがそこに死の影が全く無かったと言えば噓になる。


 近所の老人が亡くなる時は、誰よりも早くそれを察知し、家畜の孕んだ仔が腹中で死んだ時は、遠く離れた住居からでもそれを告げた。その度に、


「なんだかキンキンって音がする」


 という子供に、母は、


「気味悪く思われるから、よその人には言わないように」


 と言い含めると、自身は少しも気味悪がらずにピノンを大事に育てた。父の姿は無く、いつも二人だった。その事を疑問として口にできる歳になる頃、母は左手の薬指にはまった銀輪をさすりながら、無言で悲し気な瞳を落とした。それだけで少年は何事かを察し、口を閉ざす。全ての疑問に真摯に答え続けてくれた母の、唯一の拒絶だったから……



 〝それ〟が〝ピノン〟となって初めて束縛から解放された日、その指には母の銀輪がはまっていた。右手には使い古された牛刀、血濡れたそれは、村人達の骨に当たり、先端が折れている。


 気持ち悪い事なんてないのに……死の予言を隣のおばちゃんに告げたら、その家に住む婆さんが、その日の内に亡くなった。


 噂はさざ波のように広がり、ピノンは忌み子と呼ばれるようになった。彼を庇っていた母も村での地位は低く、やがて村八分にされると、食べるものにも事欠くようになる。


 ある日、ピノンは母親の中に、硬質な音を聞き分けた。「キンキン」という音が、少ない食料をもピノンに分け与える母親の中から、止まらず聞こえる。


 迫る終末を知ったピノンは、村人たちに助けを求めた。だが一度無視を決め込んだ大人達は冷たく拒絶し、子らは石を投げつけてピノンを追い払った。沢山の人間の中で、完全に孤立したピノンは、盗みに入った倉庫で捕まると、木に吊るされ、母親も引っ立てられる。


 お定まりの私刑リンチの始まり。その輪の中で、ピノンを庇った母が我が子に飛びつき、庇い、暴行を受ける。


 〝キンキン〟


 とうるさく響く母の鼓動が、いつしか、


 〝インイン〟


 とピノンに囁き始める。インイン……因……因果、因業、因縁……陰……陰悪、陰暗、陰滅……淫……淫行、淫虐、淫祀……


 たてまつる神の不在に、ピノンの影が伸びた。庇う母の指が目を覆っている。そこにはまる銀の指輪に、暴徒の振るう牛刀が当たり、傷を作る。光がさした瞬間、突き飛ばされた母は、言葉もなく横たわると、勢い余った暴力がピノンにも伸びた。


 〝インイン〟


 そうだ、分かっているはずだ。お前達は恐れている。村人たちの目の中の恐怖を鋭く見分けたピノンが、仰向けに笑う。


 〝インイン〟


 もはや硬質な音は、ピノンを囲む全員から鳴り響いていた。


 〝インイン〟


 陰暗な淫虐の因果が、因業による淫祀を呼び、陰滅する。


 〝インイン〟


 と訴えるのだ。動かぬ母の躯が、栄養を失った細躰が、恐怖に駆られた男の靴底がーー


 暴力が視界を埋めた瞬間、母親の薬指から発生した円刃が、喜びに打ち震え、母親を切り裂いて飛ぶ。


 円刃は一筆書きに村人たちを切り裂いたが、トドメはさしていない。その内の一人にゆっくり近づくと、男が落とした牛刀を手に取った。猟師の親父だ。いつも率先して石を投げるのは、その子供である。


 完全に怯えきって後退る、その太ももには、大きな裂傷が走り、太い血管からは止めどなく血が溢れた。


「子供は傷つきやすいんだよ? 暴力はいけないなぁ」


 言葉と刃で教え諭す間に、痙攣を起こした男は死に絶えていた。その他の村人たちも、一様に脆く、ピノンのお説教を最後まで聞き終える者はいない。不満足に手元の牛刀をぶら下げ、滴る血の落下を観察する。


「ずいぶんだなぁ、こっちは死ぬかと思ったのに。ねぇ、お母さん」


 それは死体に向けられた言葉であったが、代わりに指輪の傷が、


 〝インイン〟


 と答える。その振動にさらなる言葉をかけながら、燃える村を後にしたピノンは、目の前に広がる自由と、村中からかき集めた金銭とを鑑み、踊るように歩を進めた。


 ようやく動き始めた人生にーー母親という供物を、自らの手にかけた栄誉にーー万能感が心を満たす。


 その時、最初に澱みを攪拌した手が優しくピノンを撫でると、その祝福が指輪の傷に力を授けた。


 心の傷を作り、広げ、育てあげて、潰す力を。その力を発揮する道は、目の前の世界に無数に広がっている。有り余る可能性にゾクゾクするような気分を鼻歌に変え、少年の旅が始まった。





 *****





 地に置かれた巨大な睡蓮の花はバッシの身長を超え、肉厚な花弁には浄化された力が輝いて、鋼の葉脈を循環した。それは急速に縮むと、地面に首なしの躯が現れる。

 硬く握られた血剣からも力を吸い上げた花は、バッシの手のひらに収まると、舌なめずりをするように熱を排気した。


 小さくなった花弁の中で、ピノンの指輪が溶け、金が鋼に混じりあって色を失うと、沸騰して全てがおぼろと消えた。だがその儚さに反して、全てを吸収、理解したバッシの中に、ピノンとシオンの生命が刻まれる。それは薄い膜に隔離された銀光の世界に漂い、血煙と金環に形を変えた。


 貪欲に全てを飲み込む鋼の精霊、その内腑では、睡蓮火、オリハルコン、神聖魔法、流動真銀ライブ・ミスリル、龍装、血煙、金環、そして神龍の宝玉という超常の力がごった煮となって、消化不良を起こしている。だが合身したバッシも貪欲にそれらを意識すると、力を馴染ませるように息を整えた。


 肺を熱する炎の残骸が、風に吹かれて一際大きく火の粉を散らす。その中で、生き残りのドワーフ達が、精神魔法の残滓に頭を振るっていた。


 龍人達は、地面に倒れ伏すゴウンに群がったが、単に魔力切れによる昏睡であると知り、保護するように外套をかけて輪を作る。二体の巨大な若龍も、柔らかく着地すると、輪の外に加わった。


 龍人達は傷を負えども、誰も欠ける事は無かった。それに比べドワーフ達は……


 バッシの視線を受けたノームは事の納まりを知り、一つ頷いた。リグスは即座にドワーフ達を束ねると、生き残りの所属と名前を確認させる。その数は20人に満たず、民間人も多数犠牲になっていた。


 その中にあって、バッシに噛み付いて来た女性に肩を借りたブロトが、負傷した腕の手当てを受ける姿を確認して、ほんの少し気持ちが安らぐ。

 ノームは神聖魔法の行使に忙殺され、リグスは後続部隊を招き入れて、戦後処理の号令にせわしい。


「バッシ殿、少しよろしいでしょうか?」


 と呼ぶのは、一人輪を離れた龍人だった。うなずき後に続くと、輪の中心部、ゴウンの元へと誘導される。


「バッシ殿、お願いしたい事がございます」


 疲労から半分しか開かない目を向けるゴウンが、擦り切れた声をかけた。


「願いとは?」


 仰向けに寝かされたゴウンの口元にかがみ込んだバッシが聞くと、


「バッシ殿が取り込んだ龍神の宝玉についてです」


 と言われて、内なる力を意識した。龍神の宝玉というだけあって、バッシの軛を打ち消した玉は、際立った力を放っている。

 到底消化などできそうにない力……返せと言われれば、隔離可能である気がした。


「それを届けて欲しい所があります」


 意外な言葉に返答が詰まった。返すのみならず、送り届けてほしいとは、一体どうした事か? その疑問が表に現れたのか、ゴウンは、


「龍神の宝玉は、魔力が強すぎて剥き出しには運べません。しかし運搬のために聖龍より預かった封印の力は、闇百足との戦いで全て使い果たしてしまいました。ここで私の力が回復するまで待てれば良いのですが、すぐに宝玉の力を必要とする事態が迫っております」


 と説明した。力なく震える手がバッシの手を取り、祈るように包み込む。傷だらけの鱗は血に湿っていた。


「その事態とは?」


 胸騒ぎを抑えながら尋ねる。先程から解析を始めた感覚鱗が、視神経に干渉してうるさい。ポコの示唆する解とゴウンの言葉が重なった。


「〝聖騎士の軍による妖魔の女王との決戦〟です。すでに二匹の若龍以外の戦闘龍は、その準備に向かいました。届けて欲しい相手は戦闘龍の将、剣龍ミュゼルエルドです」


 〝聖騎士〟


 という言葉が、バッシの胸を締め付けた。


「聖騎士……それはジュエルの事か? ジュエル・エ・ポエンシャルは聖騎士になれたのか!?」


 との問いに、


「おう、お前さんの仲間は、ついに聖騎士になりおったぞ」


 と後ろから声がかかる。振り向いたバッシに、手荷物を放り投げたノームは、


「そいつは保存食料と水じゃ、酒は無いぞ」


 と言って、ガハハと笑った。その気持ちを受け取ったバッシが頭を下げると、


「そんな事をしている隙があったら、サッサと龍に乗って行かんかい」


 と怒鳴り、また笑う。振り向くと、しゃがんだ若龍が背中を見せていた。


「お願いできますか?」


 と問うゴウンに、頷いたバッシは、龍の背を駆け上ると、首にある窪みの部分に跨った。


「ご武運を!」


 祈りを受けた若龍が翼を広げる。力強い羽ばたきは、残り火となった黒百足達を吹き飛ばして重い体を浮かせると、風精を掴まえて上昇していった。

しばらく準備期間を置いて、最終章を投稿予定です。私用の為に時間がかかるかも知れませんが、完結まで書き上げる予定ですので、宜しければお付き合い下さい。

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