解体抽出
「闇百足は、お前は私の相手では無い、と言い続けていました」
リグスの言葉に顎髭を撫でたノームは、
「ほう、相手では無いとな? 我らブリストル戦士団が相手ではないと?」
不可解な口調で答え、作業を見つめた。これも縁か……ゴウンの報告によれば、バッシが現れた事で、悪魔や闇百足、そしてバッシが追いかけた何者かの思惑がズレ出したようにも思える。
その上で相手ではないとは、どういう事か? 百足と聞いたノームには、リリ・ウォルタが最後に相手取ったという、擬神を呼び出した大赤百足の存在が想起された。
お前の相手は私ではない、とすれば、またもや擬神への供物としての闇百足なのか?……そこまで思考が進んだ時、解体作業のために櫓を組み始めた職人長に、
「待て! 解体用の足場は一旦中止」
と命令を下すと、
「ゴウン殿、この闇百足を殺さずに封じ込めるには、何が必要か?」
と問いかけた。こいつを殺してはならない。その思考をゴルディー神が祝福するように、曇り空を割って、数本の光柱が射した。
「それは……闇龍と百足を分離させる必要があります。元はといえば、我らが秘宝を核とする闇龍。神玉を取り出す事ができれば、この巨体を維持できなくなり、かつ分離するだけなので、闇百足を殺す事にはならないかと……」
ノームの意図を探りながらゴウンが答える。その答えに満足したノームは、
「聞いたかリグス、お主の準備が整い次第、ゴウン殿を連れて、神玉の抽出に向かうぞ」
と命令を下す。すでにドワーフ神官から、回復魔法と魔力譲渡を受けたリグスは、休息もとらずに用意された鎧を着込み始めた。
呆気にとられるゴウンに向かい、
「神玉の在り処は掴めますか?」
と尋ねるリグスは、急速な回復の副作用として、疲労を滲ませた目を、工兵兜の面頬で隠す。その奥に滾る眼光を見たゴウンは、
「分かります、そのための魔法陣も用意してあります」
と白い息とともに数々の魔法陣を吐き出していった。複雑な紋様が歯車のように噛み合うと、空中に浮いて漂う。フワフワと浮かんだ球は、結界石の側を透過すると、幻のように闇百足の体内に消えた。
「聖龍様の魔法です、これで我ら龍人族には、神玉の在り処が常に認識されるようになりました」
ゴウンが部下達を指し示すと、結界を維持しつつも全員が頷く。それでは、と足場に向かうリグスが、
「我らはこれより闇百足体内の核の奪取に向かう、工兵部隊、神聖魔法要員は足場に整列! その他の者は、ノーム様指揮の元、作業の警護に当たれ!」
と号令を発した。それに被せるように、
「いや、ワシには他にやる事がある」
と異を唱えたのは、他ならぬノームである。
「お主らは獄火というものを捉え間違っておる。どんなに強力な結界を張ろうとも、獄火を抑え込む事はできぬ……あれは神の動力じゃ」
そう言って、結界を赤く染める闇百足の頭頂部を示した。巨大な結界石は余力をもって闇百足を押し込めているが、龍人達によるとその魔力は急速に目減りしているという。時限式の簡易結界のため、結界石の磨耗は避けられなかった。
「では……」
と絶句するリグスに、ニヤリと笑みを返したノームは、
「ワシも同道する、獄火を制する事ができるのは、神の鎚を振るうこの右腕しかあるまい」
と代々鍛冶長に伝わる神の鎚を掲げて、自慢気に鼻を鳴らした。
いくら剣聖ウォードや睡蓮火のリリ・ウォルタと組んで、世界中を飛び回っていた元S級冒険者とはいえ、一線を退いて数十年、片目は潰れ、肺は長年の鍛冶仕事の粉塵に侵されているはずだ。
ましてや要人を過酷な戦闘に投じるのは、リグスの立場からも到底承認しかねる。しかしノームという男は、一度言い出したらテコでも動かない。
「悩んでいる時間があったら、さっさと行くぞ」
ノームは勝手に工兵達の整列に並ぶと、皆と同じ姿勢で敬礼した。ふ〜っ、と息を吐いたリグスは、
「その代わり、作戦中は私の指揮下に入っていただきます。それでよろしいですね?」
と念を押すと、ニヤリと笑うノームを見て、再度息を吐いた。髭の下でほんの少し口角を上げながら。
*****
慌ただしい準備の後、結界に取り付いたゴウンを先頭に、ドワーフ工兵達は、それぞれに巨大な解体装置のパーツを持ち、護衛兵達と隊列を組んだ。
ノームは先頭付近で一心にゴルディー神への祈りを捧げ、獄火への備えを続けている。
「では、よろしいですか?」
ゴウンの声かけに、無言で頷いたリグスは、一同の先頭に立ち、円形盾の半月窪みから結界の模様を凝視した。
ゴウンの吐き出す白い息と、結界石の魔法陣が噛み合って、巨大な装置のように作動すると、結界の一部が立方体に区切りを作っていく。
そこに先ほどの工兵達が進むと、見事な手際で、巨獣解体用の器具を組み上げていった。
それに反応した闇百足は、狂ったように触手を打ち付け、瘴気の膜を張る。だが、龍人や若龍の完璧な結界操作によって、ことごとくが弾かれ、ひしゃげた肉の音がこもって響いた。
そこに大炎が吹き付け、全隊を真っ赤に染め上げる。
結界に守られながらも、その炎熱の迫力によって、工兵達の腰が引けた。
「やはり獄火は苛烈よのう」
その様子を一人懐かしむように眺めるのは、結界スレスレまで顔を寄せたノーム。彼にしてみれば、冒険者時代の仲間、リリ・ウォルタの手になるタンたんの炎以来の獄火だ。
相変わらずの高火力に、右手の神鎚が反応して疼いた。
ゆっくり差し上げると、結界内側の獄火が微細に揺れる。その手を大きく回すと、渦巻き状にまとまった獄火が、結界に模様を描いた。
その周囲を二重三重の神官団が取り囲み、祈りを合わせてノームを補助する。
「ノーム様と神官部隊を置いて、工兵部隊は前進。ゴウン様の移動に合わせて、闇百足の頭頂部に迫るぞ」
リグスはいざという時に備え、ノームの元にブロトを隊長とする護衛兵を置き、先を急いだ。
足元の結界は不思議な反発で体重を支える。龍人達の負担にならないように金光を抑えると、暴れる触手が結界を打つ振動が遠くに響いた。ゴウンの指示を受けた若龍が、結界を用いて闇百足の体位を操作しようとしているのだ。
闇百足は、軟体動物のように結界の締め付けを逃れようと蠢き、頭頂部から放射される獄火も、踊るように激しく動く。
リグスが結界の重なりに視界を塞がれる前に、離れたノームの手元が七色の魔光を放つのが見えた。獄火を鍛える神の鎚音が、鈍く頼もしく響き渡る。
「リグス戦士長、ノーム様の魔法が獄火を抑え、闇百足を結界に固定できました」
ゴウンの言葉に前方を見ると、多重結界の向こうに、ガッチリと固定された闇百足が見えた。もがけばもがくほど、結界の軛が食い込んでいく。巨大な甲殻の軋む音は、次第に小さくなっていった。
頭頂部を見れば、ノームの神聖鍛冶魔法が、獄火を固定し、超温を丸く鍛え、魔力を変換した球を作っている。その安定した光を確認すると、ゴウンと目を合わせ、
「工兵隊前へ、解体櫓を組め」
と号令を下し、ゴウンも結界を操って道を開いた。素早く展開する工兵達が金属の枠組みを作ると、後方から鈍竜の引く黒い箱が運び込まれてくる。
〝毒物注意〟
と白抜きされたそれを開くと、中から機械式の蓋を持つ円柱が引き出され、滑車によって枠にはめ込まれた。
その後部に中和用の水精装置が組み込まれると、鋭い刃を持つ二本の穿孔器具が刺しこまれる。
〝龍ばらし〟
と呼ばれる、巨大な地龍をもものの数分で解体する器具の威容に、初めて見たゴウンは息を飲む。その上で、
「よろしいですか?」
とリグスの許可を得ると、最後に隔壁としていた結界を解いた。即座に機械が刺しこまれ、毒を注入するための穴開け作業が始まる。機械の末端から伸びる鋼綱が、外の鈍竜による牽引できつく張り詰める。滑車によって効率良く鋼板バネが引かれ、ギアが下りると、バネ装置が硬音に軋むほどの力を溜め込んだ。
リグスの合図で、工兵二人が金槌を構えると、息を合わせて安全装置を殴る。カーンッという高音に続く、鈍い発射音とともに、穿孔器具が打ち込まれると、黒百足の表皮に穴が穿たれた。
「もう少し右側の奥です」
ゴウンの指摘を受けて、工兵が総出で体重をかけ、レバー操作による軌道修正を行う。闇百足の中でしなやかな刃が肉を穿ると、ビクンと反応した闇百足が、封じ込まれた触手を痙攣させた。
器具の内側には溝があり、そこに毒円柱を差し込むと、打ち出し棒を突き込んだ。即座に中和剤としての水精装置がドロンと重水を吐き出す。溶かしては中和して突き崩す、それを何度も繰り返す内に、
「そこまでで結構です!」
強い口調でゴウンが制止した。足元には、中和されてもなお害をなす汚染水が、刺激臭とともに重水溜まりを作っている。
「これ以上やって神玉を傷つけては、元も子もありません。ここからは私にお任せください」
と言われた工兵は、穿った穴を開口器具で固定させると、場をゴウンに譲った。
白い息を吹きつけると、穴の中は魔法陣で満ち、闇百足の肉体に張り付いていく。ユックリと穴の奥まで進行した白の結界は、細かな魔法陣の模様に六角柱を伸ばしながら、猛烈なバラシ毒を避けて奥へ奥へと進んでいった。
神玉というものは、人に制御できるような代物ではない。溢れ出る魔力は、通常一日も持たずに所有者を殺す。それを馴染ませ、核とするために、闇龍は中枢器官に非常に硬い防御魔法を施していた。
その浅黒い防御殻の側面に取り付いた結界球は、硬い殻の継ぎ目を探してくまなく絡みつく。すると、思っていた通り、アイゴとトウケンを変質させたであろう人殻が現れ、境界に肉を挟み込んで壊死した部分があった。
闇龍と百足が急速に同化した故の弱点を、六角柱が容赦なく突き崩すと、軟体生物のように内側に滑り込む。
「ありました!」
ゴウンが珍しく声を張った時、一層激しく抵抗した闇百足が、ありったけの魔力を振り絞り、獄火の光線を放った。




