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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第四章 聖騎士団の受難
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金斧と獄火、閃光

 〝お前の相手は私ではない〟


 ジワリと広がる思念波が、金光の鎧に侵食する。その乾いた声は老人を想起させた。リグス戦士長は直感的に、発生元が闇百足の主、眼前に揺れる人型であると思う。


「分かっておる、だがお主が向かう先は我が王都、断じて許さん」


 わが身に代えても、との気迫を、金光に溶かし込んだリグスの表面温度が上がった。それに誘われるように、容赦ない触手の鞭弾が爆ぜる。空を切り裂く灼熱のスナップは、衝撃波をまき散らすほどにリグスを打った。


 猛雨のような連打に逃げる隙間も見当たらない。さらに瘴気が立ち込めると、すぐに固まり始めた煤が足元が埋め尽くした。


 ドワーフの主神ゴルディーの保護を一身に集め、金光の戦斧をもって触手の鞭を弾き返す。触手同士が縺れた隙間に活路を見出したリグスは、魔光を宿らせた足を煤から引き抜いて駆けた。


 神聖魔法に強化されたリグスの目は、魔の存在を正確に見抜く。だが複雑な魔法陣を前面に展開した人型は、膨大な魔力の裏にその身を隠した。


 右に左に大きく踏み込み、時には飛び込んで触手の鞭を躱す。その眼前で魔法陣が新たな動きを見せた。表面の紋様が流動し、中心部に穴が開くと、濃い影が躍り出る。長い触手を忙しなく動かすそれは、次々と這い出してきた。熱を纏う多脚に、人間を超す胴体を持つ、黒色の巨大百足である。


 〝時間稼ぎ〟


 リグスは自らが果たそうとする役割を、敵方である無数の黒百足に見出した。

 ゴウンが結界石による封印を準備する中、人型の注意を引き付け、獄火の発動を阻むのがリグスの役目である。大量に湧き出た黒百足達の相手をしていては、それすらもままならい。


 明らかに力の劣る黒百足は、しかし獄火を司る闇百足と同じく、奇妙な魔力を秘めているように見える。だがリグスとて立ち止まってはいられない。


 金光の眼力鋭く、即断即決、三本の矢を構えると魔力を限界まで蓄えた。その照準は溢れるように出現する黒百足、ではなく、複雑な紋様を描く魔法陣である。同時に放たれた金線が貫いたのは二つある魔法陣の核と、それによって歪を生じた穴の中央。貫く金線が召喚の穴を縫いとめた。


 法則を崩されて閉じる魔法陣、それでも既に現れた大量の黒百足は、燃える多脚を蠢かせ迫る。先頭の一匹を金斧で断ち切ったリグスは、溢れ出す腐汁の臭気に、不気味な魔力を嗅ぎ取った。


 眼前には一面を埋め尽くす黒が蠢く。小さく神に祈りを捧げたリグスは、湧きあがってくる神の意志を、力の象徴たる斧に再度集束させた。


 激しい閃光の後、振動しながら膨張する金斧が巨大な軌跡を描く。それが目の前の黒を一閃のもとに消し去ると、残骸が打ち捨てられ、腐汁がジワリと足元の煤を濡らした。それでも後から後から迫る黒百足を退治する内に、リグスは泥濘ぬかるむ体液に半ば埋もれていく。


 この体液には何か仕掛けがある。


 と看破していたリグスは、黒百足達の一瞬の隙をついて全身に纏った金光を放つ。リグスの気合一発、光は球を描き、周囲の腐汁を弾き飛ばした。


 周囲には、粘りをもって堆積する黒百足の残骸が、大量の瘴気煤と混ざり合って厚い壁を作る。それはあっという間にリグスの身長を超え、壁上を新たな黒百足が進行してきた。


 群れなす黒の絨毯に運ばれるのは、肥えた体を蠢かせる艶めく白の巨虫。


 リグスの斜め上に到達し、収縮と膨張を繰り返す表皮に、焼ける黒百足の触手が巻きついて焦げ色の線を描く。溢れ出る純白の内容物は、クリームのように黒百足に浸潤すると、もうもうたる煙を生み出して爆発した。


 白虫は一匹ではない。同時多発する爆発は、煤の飛来物を生み、闇百足の体表にあるものを吹き飛ばして燃える。その後ろに続いた黒百足は、リグスのいた穴を埋め尽くすように白虫を放り込むと、離れ際の触手でその身を焼き切った。


 度重なる爆発は確実にリグスの防御を削り、身に纏う金光の輝きが霞みを帯びる。しかしリグスは足を止める事なく、煤の側面を削り進んだ。


 その後ろに黒百足達が群がる。地面代わりの闇百足表皮を断ち切り進むリグス。触手も絡めた攻撃を退けたリグスは、とうとう白虫を担いだ黒百足の大群と、触手の群れに取り囲まれてしまった。


 結界石は時折闇百足の周囲を旋回するが、いまだに封印の気配はない。腐汁まみれで喘ぐように肩を上下させるリグスの頭上に、三匹の白虫が投下されると、輪切りにされた胴体から、クリーム状の体液が降り注いだ。


 金光を放とうとする意識を、闇百足の、


 〝お前の相手は私ではない〟


 という強烈な思念波が妨害する。一瞬の空白に、体液を被り、煙を上げた全身が熱を帯びて爆発した。


 リグスは神に祈る間も無く全身を焼かれ、息を求めて炎と煙を吸い込んでしまう。肺を煤だらけにしたリグスは、しかし眼光を曇らせることなく、金光を保とうとして倒れた。

 喉は焼けただれ、指一本動かすことも叶わず、ただ自重だけを汚れた体表に押し付ける。


 腐汁が口に流れ込む。それを吹く力も無いが、それでもなお神への祈りを捧げ、最後まで戦う気力を捨てないーーすると、その祈りに答えるように光が覆い、超常の力が穢れを滅し、手酷く負った火傷を治癒していった。


 むせて燃えかすを吐き出したリグスは、遠隔地への治癒魔法という離れ業を行ったであろう神鎚ノームの存在を確信し、感謝しつつも、己の使命を完遂しようと金斧に祈りを捧げた。


 〝大き過ぎるものを切るにはコツがある〟


 大きくて硬いものを切る時に、ドワーフの石切職人達が行う伝統的な手法……筋をつけ、穴を穿ち、楔を打ち込む。硬いものは切るよりも、割る。


 リグスの戦闘痕こそが筋、穴は爆発によって付けられている。そしてくさびは……


「我が右手に」


 金斧に集められた熱は金属の臨界点に達し、魔光が花火のように爆ぜる。並の業物ならばとっくに融解するであろうそれは、ノームの鍛えし双鎚紋の戦斧にとっての許容内だった。それを力一杯に地に突き立てると、硬く分厚い闇百足の表皮に、巨大な亀裂が走る。


 伸びる亀裂にさらなる斬撃を加えると、中にあった闇百足の身が深く傷つく。高温形態に刃を伸ばした金斧は、分厚い粘壁に深く深くその刃を沈めた。


 その段階で始めて、亀裂の周囲で振るわれていた触手がお互いにからまり合い、表皮の代わりを果たすように緊密に編みこまれていく。


 そこに〝主〟たる人型の意識を読み取ったリグスは、狂ったように異物を排斥しようと侵入する触手を断ち切ると、目の前の黒い粘壁にさらなる楔を打ち込んだ。


 強烈な悪意が向けられ、思念波に悪寒が走る。もはや自身リグスの防御に割く魔力は無い。金斧に集めた奇跡の力を振るうと、爆ぜるように断ち進んだ刃が、闇百足の質量に食い込んで、操作不能になった。


 それでも闇百足を断ち切る事はできない。急速に熱を奪われた金斧は、焦げる闇百足の中を収縮していった。リグスを覆う金光も消えかけている。触手は粘壁を分け入る粘っこい音とともに圧するように群がった。最後の抵抗にと、我が身を打ち捨てて足元の黒肉に金斧を打ち込むーーその瞬間、鈍い肉擦れが足場を揺らす。


 リグスを撃たんとしていた触手が、狂ったように絡まり合い、緊密に引き合う。それは全周囲に及ぶのであろう、遠くからも触手同士が絡まり合う鈍い音が聞こえてきた。


 リグスは頭上で硬く結ばれた触手に圧迫されながらも、残る力を振り絞って外へともがく。


 幸い穴を穿った空間は塞がっておらず、触手を断ち切りながら体表に這いずり出る事ができた。そのころには触手の炎熱で借り物鎧の魔法防御は打ち消され、ボロ同然のそれは何もせずともゴロリと落ちる。


 〝私の相手はお前ではない〟


 体表に吹き晒す強烈な思念波、痛みと疲労の極みにいたリグスは、めまいを覚えて膝をつく。その思念の元である人型は、数ある魔法陣を強引に纏め上げて、燃える瞳でリグスを射抜いた。


 視線で殺されたと感じたのは久しぶりの事である。過去の戦を思い出したリグスは、普段鋼の精神に納めた闘争心をむき出しに吠えると、金斧をかざして見せた。


 これは火と生産を司るゴルディ神のもう一面の姿ーー〝原初の力〟を招き降ろす古の祭祀であり、神の奇跡は高く掲げた金斧をこれまで以上に熱する。ノームの補助と得てーー


 人型が集束させた魔法陣も、赤黒が重なり合って重たい黒となり、こぼれ出る炎が己の触手を溶かし、爛れる。


 閃光の中で、炎と光がぶつかり、さらなる閃光を生み出した。


 ゴルディ神の聖地で、最高火力を発揮し得る時期を迎えた金斧が、最高の使い手によって振るわれーー獄火の魔力に弾き飛ばされた。


 グンッと空中に踊り出る。直撃のダメージは金斧が吸収していたが、それを受けた右腕はあらぬ方向に折れ曲がっていた。


 落下するリグスの周囲を、高速の結界石が横切る。内包する光は、消費をいとわぬ魔力によって、先ほどよりも幾分増していた。


 獄火は折れ曲りつつも、天を突いて雲を裂き、余波がリグスを弄ぶ。結界石の高速移動帯に激突しそうになったリグスは、その中に仕込まれた白息の結界球の柱に引っ掛けられて、空中を暴力的に振り回された。


 もはや抵抗する力もないリグスは、闇百足を一周する遠心力に胸を悪くすると、白息の結界に守られながらも、振り落とされた地面に叩きつけられる。


 すかさず駆け寄る部下達、その介抱を受けたリグスは、最重要警戒の輪に囲まれるゴウンの元へと引きずられた。


 火酒を含む回復ポーションが、吞むよりも多く振りかけられると、痛めた箇所が熱を持ち修復していく。腕が変に再生しないように押さえる部下達の向こうに、


「結界はどうなった?」


 と尋ねると、


「リグス様のおかげで時間が稼げました。これで石が消耗するまでの間……一刻ほどは闇百足を足止めできるかと思います」


 あくまで憶測ですが、とゴウンが答える。その明晰な自己分析に好感を抱いたリグスは、信頼に足る相手とみて敬意を表し、


「お陰様で民を救うことができます」


 と敬礼した。慌てたゴウンも自国の返礼を返すと、


「しかし、まだ一時的な封印を終わらせたばかりです。効果時間切れまでに、どうなさいますか?」


 と疑問を口にした。それを待っていたように口を開いたノームは、


「我らブリスルキングダムの誇る解体術の前には、どんな魔物も形なしじゃわい」


 と断言した。平服するリグスに「ご苦労」と声をかけ、大活躍した双鎚紋の金斧を満足気に見ると、


「取り掛かれ!」


 と後方部隊に号令を下す。神の鎚に追従したドワーフ達は、巨大な重機を鈍竜に引かせて、若龍達の封じる結界にせまった。


「我らの前に動きを止めた者は、そこで一巻の終わりじゃ。ゴルディー様の火入れ月に、とんだ供物が添えられたもんじゃわい」


 下卑た笑いを浮かべるノームを見たゴウンは、結界に群がるドワーフ達のあまりの手際を呆然と見守った。

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