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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第四章 聖騎士団の受難
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血魔人VS鋼巨人

 ブリストル・キングダムに潜るための正規の門は、地竜の餌場から離れており、向かっているのは逆方向であった。どこかに通風孔などが有り、それを伝って降りるつもりか? と推測しながら赤岩を登り切ったバッシは、目の前に広がる光景に慄然とする。


 そこには赤黒い平面が浮かび、薄日に影を落としていた。現れたということは、消えることもできるということか……みるみる範囲を狭める面に覚悟を決めたバッシは、勢いをつけて飛び込む。


 赤い空間に視界が塗りつぶされ、息をとめる肺に圧がかかった。一瞬〝しまった〟と思うと、動揺が増幅して、後悔の念が頭を締め付ける。落ち着こうとしても血の臭いが濃縮し、脈動が頭蓋から全身へと踊り伝って、意志を破壊した。

 だが、深部まで達した血の脈動を養分として、鋼睡蓮が萌芽すると、爆発的に開花した衝撃が空間全域を搔き乱す。


 揺れる空間によって、静止する面が意識される。そこに萌える鋼睡蓮の花弁を伸ばすと、取りついて一気に飛び込んだ。


 背後で異空間が音も無く閉じ、張り詰めた精神の一部が解放される。立ち上がり、周囲を警戒しながら滴る血のイメージに体を拭うと、乾いた手触りの睡蓮火を撫でた。


 魔力が煙る焔に淡く照らし出されたのは、地下室らしき空間。広さに見合わぬ淀んだ空気に満ち、人の気配は感じられない。中央には大きな石碑があり、そこには獰猛そうな龍の彫刻が施されていた。それを見た瞬間、バッシを包む龍装が逆立ち、厳しく張り詰める。


 キチキチと契約主すらも害しそうな緊張に驚いたバッシが石碑を見ると、読めない文字が角々しく彫り込まれていた。視界に感覚鱗のポコが垂れ下がり、


 〝地龍、鎮魂〟


 と皺文字しわもじで訳す。その時ここが龍装の元となった、建国時に退治されたという地龍の住処であることに気づいた。なぜこんな人気の無い所に出現したのだろうか? シアンは不特定多数が集まる場所を目指して移動している、と確信しているバッシが疑問に思うと、頭部から垂れ下がった感覚鱗がしわを変え、


 〝聖域〟


 と刻んだ。ブリストル・キングダムにかけられた結界の効果だろうか、と納得したバッシに、


「お前が〝邪魔〟しなければ、もっと上手く潜入できたはずだがな」


 という声が響き、中腰に構える。いまだに消えない血臭が、至近距離でシアンと相対した時とは違った反応を示している。かといってそう遠くには居ないはずだ。


「そうだ、私はそこには居ない。追って来れば〝殺す〟」


 血臭が濃度を増し、バッシの精神を汚染するが、今回は鋼睡蓮の放つ紫銀の光が前もって防御した。その事を察知したシアンが、少しの焦りをもって離れていく残留思念を感じる。


 精神魔法の弱点であろうか、操作のために繋がった意識が、受け手にも逆流してくるのだ。もっともその時点で精神を乗っとられていれば意味はないが……そのまた逆に『声を飛ばす事ができるのか?』という一瞬の思考もシアンに筒抜けになったであろう。


 追わないわけにはいかない。暗がりで淡く発光するポコの感覚鱗に従い、墓所から伸びる地下道を走る。

 以前、地龍はかなり深い場所で発見されたと聞いた。ドワーフ達の住居までは距離があり、シアンはそう遠くない場所に居るはずだ。だが万が一、再び異空間を飛ばれたら、取り逃してしまうだろう。


 長い通路の端に影が躍ったように見え、全速力で角を曲がる。と、目の前に赤黒い空間が広がり、行く手を阻んだ。


 鋼の大剣を現しながら右手を振り抜く。紫光によって切り裂かれた壁と異空間の狭間が揺らぐと、赤黒い空間は呆気なく消滅した。だが、その先に進もうと足を踏み入れた瞬間、真横に張られたもう一枚の平面から、真っ赤な刃が伸びる。左に身を捩って刃を打ち合わせると〝ドクン〟と頭を締め付ける脈動とともに、


「お前は〝弱い〟」


 という言葉が四肢から力を奪った。昇級試験であいまみえた時の魔法を思い出すが、今のシアンが放つそれは、紫銀の光に守られた精神に拮抗する威力を備えていた。

 赤い剣と言葉が共鳴し、魔法の威力が跳ね上がる。その考察を裏付けるように、赤黒い空間から、


「そうだ、私と盟約を交わした〝血の神剣〟はお前の精神を〝斬る〟」


 と圧力が加わると、さらに斬撃が襲った。一撃ごとに余波が襲い、血臭とともにバッシの思考を狂わせる。その追い詰められた表情を見下すように空間が移動すると、真上からメッタ突きに血の刃が降り注いだ。それはバッシにとって、回避する事も、切り払う事もできるはずの速度であったが、


「お前は〝避けない〟」


 という一言によって不可避の刃と化した。バッシの全身を鋼睡蓮混じりの龍装が覆い、身の厚みが倍加する。そこに埋没するように真っ赤な切っ先が穴を穿つと、鋼睡蓮によって溶けた刃を引き抜いたシアンは、舌打ちをするように異空間の中で先を急いだ。


 確かにバッシを貫いた、その手応えは衝撃を伴って、シアンの心を満たしている。ドワーフの集落まで飛ぶことは無理でも、当面の敵が始末できれば、後は急がずとも良い。それだけの力が今の自分にある事を、バッシとの戦いでも確信できた。


「……逃がさない」


 流れ込んできた思考に驚き、振り返ったシアンは、足首に絡まった綱を発見する。すぐに血の神剣で断ち切ろうとするが、鈍った刃はいまだ再生の途中で、引かれる綱に傷一つ付ける事ができない。ならば精神魔法でバッシを縛ろう、と口を開いた途端、シアンの胴体まで伝い伸びた鋼が、形を成す前の魔法を崩した。


 そのまま引きずり出されたシアンの目の前に、血を流すバッシが襲いかかる。血臭の軛と、それに誘導された精神魔法の重ね掛け、さらに直接神剣を突き入れられ、心的外傷トラウマを負った動きは緩慢だったが、銀の閃光と共に振り抜かれた大剣は壁ごとシアンを切り裂いた。


 咄嗟に赤黒い異空間を盾のように構えたが、シアンは掠っただけでも深く切れ込むバッシの剣質に恐怖を覚える。精神的支配下にあるバッシが、更なる斬撃を見舞うと予知したシアンは、その刃筋に盾を構えると、カウンターに剣を見舞おうと神剣を引き寄せた。


 その時、不意に異次元の盾が薄まる。足から伸びた蔓が空間の発生を妨害したのだ。


「〝れ〟る」


 咄嗟に言葉をつないだシオンに、逸れつつ刃が迫る。盾を削ぎ、神剣で辛うじて受けたそれは、魔光を散らして頭上を過ぎた。


 斬り返す刃を、予知と異界の盾、さらに神剣と言葉を繋いで避ける。足を取る綱の妨害によって散らされ、鋭い剣戟に力負けするも、バッシの鈍さもあって何とか凌いだシアンは、近接戦闘は危ないと距離を取ろうとした。


「お前は〝鈍る〟〝鈍る〟〝鈍る〟」


 言葉を重ねながら、体と綱の間に全力の異空間を生み出す。バッシ本体の防御に力を注いだ鋼睡蓮は、シアンに対する意識が緩み、瞬間、シアンが切り離した錆色の衣ごと綱の捕縛が外れた。


 距離を取ったシアンは、ここぞとばかりに〝鈍る〟を乱れ打ちすると、遠巻きにバッシを観察する。バッシの内なる鋼睡蓮は精神魔法を退けたが、鼻の奥にこびりついた血臭の影響は、根深く魔法を誘引し、言葉が足を捕えた。


 どうしたら良い? もつれながら腕でバランスをとるバッシの視界を、感覚鱗が覆う。両眼球に細分化した花弁が伝い伸びると、一瞬の間に膨大な情報が流れ込んだ。それは到底人間の脳が耐えうる情報量ではなかったが、全身を覆う鋼睡蓮が活性化すると、睡蓮火の熱が全ての負荷を消し去る。


 剥がれる感覚鱗に視界が甦る頃、鈍り続ける頭の中で次第に浮き上る血臭の正体ーーそれは〝教授の軛〟であった。

 バッシの全細胞に刻まれた呪いが、シアンの精神魔法にも効果を及ぼしている事実。その対処法は、ウォードが将軍に渡した聖なるオーブにあると理解するーーならば今のバッシにはシアンの精神魔法に抗する術は無いのか? 否、一つだけその可能性がある。


 バッシはシアンに筒抜けになっている現状から思考をボカしたが、気力は萎えるどころか、焼き締められる鋼のように、洗練されていった。


 微細な鋼睡蓮は、いまだに眼球の神経へと花弁を伸ばし、その葉脈を通じて鋼と化した精神が同期する。精神を鋼睡蓮に、つまり鋼の精霊に移譲すると、バッシは外装たる鋼睡蓮が操る肉人形と化した。


 シアンは思考の変化を敏感に察知しながらも〝鈍る〟と言葉の牽制を続ける。その手応えが明らかな異変をしめした瞬間、バッシの周囲に無音で張り巡らせていた赤黒い空間を発動させると、自身も真横に展開させた異空間に半身を入れ、血の神剣を突き入れた。


 瞬時にバッシの上下左右、六面全てから、血刃が繰り出される。密度を上げた刃は空間を真っ赤に染め上げ、シアンが神剣を引き抜いた時には、血煙が通路に拡散するほどであった。


 剣を引き寄せたシアンは、あまりにも軽いその剣身に目を落とすと、ドロドロにとけた刃が地面に滴り落ちる。あの厄介な綱の効果か、と眉間にしわを寄せ、新たに刃を形成しようとした視界の端を、淡い光が掠めすぎた。


 咄嗟に赤黒い盾を展開したシアンの目の前で、鋼睡蓮の花弁が伸びると、盾との間に滑り込んで分解していく。まるで捕食されたような光景の中で、一つのつぼみが出現すると、その存在感に圧倒されたシアンは、


「お前は〝止まる〟〝止まる〟〝止まる〟」


 と精神魔法の言葉を放った。その言葉も虚しく、緩やかに形を変えた鋼睡蓮は、シアンの目に見事な大輪の内側を晒した。

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