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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第四章 聖騎士団の受難
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ひびき

 一般人を引き連れたブロトは、一旦岩陰に身を潜めながら、闇百足を見上げていた。左手は女の背中をさすり続けている。


「仕方ないよ、お前は悪くない」


 となだめても、


「でも……でも」


 と泣きじゃくる。周囲にはドワーフの男達が集まり、思い思いの武器を構えるが、巨大な化け物に携行できる程度の得物が通用するとは思えず、抵抗しようという気力も萎え、どうしたものかと唯一の職業軍人であるブロトにすがりついていた。


 ブロトが決断を迫られ、掠め飛んでくる触手や瘴気を避けるため、地竜の餌場端にある大岩に移ろうとした時、瘴気を爆ぜながら龍炎が迫ってきた。


 〝焼かれる!〟


 と皆を庇って背を向ける。その周囲を白い被膜が覆うと、包み込む炎熱は足場を溶かしながら散った。


「ゴウンさん」


 姿は見えずとも、彼女の結界に守られているのが分かる。そして膜の向こうに見える、頼もしき味方達の姿もーー


「戦士長!」


 そこには、この状況でもっとも頼れる存在、戦士長のリグスがいた。後ろには完全武装の騎竜戦士団が付き従っている。事態を読んでノーム様が配備してくださったのだろうか? 喜びのあまり皆で駆けつけると、


「ブロト、状況を報告せよ」


 と尋ねられる。こみ上げる感謝の言葉を飲み込んだブロトは、近くの退避場所まで移動すると、ありのままに見た事を報告した。


 一通り事の経緯を聞いた戦士長は、率いてきた50弱の騎竜戦士団と、視界に収まらぬほど巨大な闇百足を見比べた。一般人を退避させ、送り届ける兵士に増援の指示を下すと、騎竜したブロトも率いてゴウンの元へと駆けつける。正にその時、上空から全触手が殺到する轟音が鳴り響いた。





 *****





 轟音の後、無数の触手の蠢きが、雷鳴のように残響した。大量の粉塵を抱えた粘液がドウと落ち、分厚い岩場を割れんばかりに震わせる。

 それを膜の外に聞くバッシは、想像を絶する攻撃範囲に避ける隙もなく、銀光の世界に身を退いていた。


 この状態をいつまで保てるかは、バッシにも分からない。それは一体化により交信を絶った、鋼の精霊の置き土産のような能力発動であった。はじめて五体満足なまま、明瞭な意識をもってミルク状の空間に揺蕩たゆたう。膜一枚外の世界を静観しながらーー


 〝わ~、こんな風になってるんだ、闇の世界とは大違いだね〟


 稚気をまとった言葉に絡みつくように、指輪からは「インイン」と音波が広がり、ミルク状の空間を揺らす。危うく均衡を保っている現状、それを揺るがしかねないピノンに対し、


「虚身の後は虚音か、お前の正体は分かっているぞ」


 と鋼睡蓮で封じた指輪を手中に収めた。締め付ける表面に睡蓮火を這わせると、浅く、しかしハッキリとした傷が知覚され、薄く引っかかる紫光が、微量づつだが亀裂に染みこんでいく。


 防御反応のように一際強く響きを放つと、それきりピノンは反応しなくなった。


 こんな事をしている暇はあるのか? バッシには検討もつかない。だが目の前の闇百足には、むやみやたらと突撃できないほどの、圧倒的な質量が備わっている。一個人の攻撃など届きそうもない、それこそリロの獄火級の威力が必要だと思われた。


 その時、唸る闇百足と、立ち昇る瘴気の向こうに地上が見える。そこにはゴウン達の操る結界石や、さらに向こうから駆けつけるドワーフ戦士団の姿があった。


 このままでは危ない、と思うと同時に、境界である薄い膜が揺らぎはじめた。ピノンの気配は消えたにも関わらず、鼻孔の奥には血の臭いが沁みて疼く。その時、不意に〝血の臭いの元凶を探れ〟との天啓が閃いた。思考がまとまらぬ間に、足元から銀光のミルクが剥がれていく。


 ほぼ落下する感覚で現世うつよに戻ると、足を下ろしたのは先ほどと同じ地点ーーだが、幸いにも闇百足はわずかに屈曲し、先端部近くに出現することとなった。自然と先端部に向かって駆ける。なるべく音を立てないように、しかしいつ騒ぎ出すか分からないピノンが沈黙している間に、少しでも速く。


 バッシに確たる策がある訳では無かったが、闇百足の頭部に揺れる老体は明らかな弱点に見えた。そこを目指して煤の斜面を足爪で掴まえ蹴り込む。目の前には触手が林立しているが、指輪の音波が静まったバッシを狙うものは無かった。


 瘴気に霞む人型は、血や体液を滴らせ無機質に揺れて見える。その首元に鋼睡蓮の綱に連なる鎌鉈を放ち、一気に締め上げながら飛ぶように移動すると、すれ違いざまに鋼の大剣で斬りつけた。


 勢い飛ぶ首を視界の端に、異様な手応えを覚えたバッシが、斬りつけた胴体を見る。そこには人と思えた肉の塊が綱に引かれて倒れていた。背後から人の気配ーーと同時に斬りつける。その手応えはまたも同じ、骨を感じぬ肉塊のものであり、断面から瘴気が噴き出すと、跳び退った先にバッシが見たものは、辺り一面に揺れる肉の人型であった。


「お前の相手は私ではない」


 空洞化した頭部から、しわがれた声が響くと、一斉に同じ言葉が漏れ、笑うように揺れる。


 距離をとったバッシが、背面に迫る一体を斬りつけると、またも瘴気を噴出させながら、バッシの方に倒れかかってきた。ゾワゾワと音を立てる空には、いつの間にか大量の触手が覆い尽くしている。


 今度こそ逃げ場が無い。だが諦める事なく、絡みつく肉塊を斬り、綱を手繰って触手の根元に向かうと、炸裂音と共に視界が開けた。

 隙間を駆け抜けたバッシの眼下には、集団で機械弩を構えるドワーフ戦士団が、矢離れと共に新しい矢をつがえている。


 横っ跳びに避けたバッシに、またもや束となった触手が炎熱を纏って襲いくるが、純白の結界球がそれを阻んだ。


 〝お前の相手は私ではない〟


 濃厚な血の臭いと共に、バッシの中で老人の声が残響する。その解は不意に現れた。数体の肉人型がギュッと圧縮すると、赤黒い空間が面を作る。その表面を不思議に静観していると、攻撃を受けた闇百足が回転し、傾いた平面から一滴の血が零れ落ちた。


 空中で膨れるしずく、それを見たバッシも闇百足の表皮を蹴る。その頃にはすでに確信があった。この血滴こそが相対すべき敵であることをーー最前から嗅ぎ取っていた血の臭いは、ピノンの指輪から感じていたものではない、目の前を落ちる滴のものだーーそう確信できるほどに鼻腔の痛みは鈍く沁みた。


 血滴が岩場に弾ける衝撃は、周囲になんら影響を与えなかったが、ドワーフ達による爆発の余波よりも激しく、バッシの意識を揺さぶった。睡蓮綱を駆使しての柔らかな着地と同時に、抑え込んでいたピノンの指輪がブルッと震える。それに反応するかのように、血だまりの中心が起立した。


 真っ赤な造形物の頂部で銀鎖が光る。それに向かって弓を引いたドワーフに、


「手出し無用、百足を頼む」


 とバッシが声をかけると、その意図を察したリグス戦士長は無言でうなずき、戦士団を率いてゴウン達の元へと駆け去る。


 目の前の鮮血の塊は、急速に錆色を纏うと、均衡のとれた男の姿に変ずる。その顔はバッシも見慣れた男のものであった。


「シアン?」


 意外な男の面影に声をあげると、整った顔に、切り取ったような笑顔を見せたシアンが表を上げる。より一層強まる血臭、封じ難く振動する指輪に、


「へぇ、そこに封じられてるんだ。予定が狂ったか」


 と、滴る血を震わせる声は、若く澄んでいた。


 背後では、激しさを増す戦火が大気を揺らし、蠢く闇百足の触手が地響きをたてる。爆風に押されるように一歩踏み出したバッシを見上げたシアンは、


「僕は君と遊んでいる暇はないんだ〝狂え〟」


 と告げると反転して走り出した。その言葉自体が質量を持つようにバッシを縛ると、一瞬めまいを覚えて地を踏み込んだーーつもりが、その意志は別の部位に働き、受け身も取れずに転倒する。体の位置関係が分からないままシアンを見失う中、全身を鋼の睡蓮火が覆うと、紫光と銀光が混ざり合い、感覚を取り戻していった。


 ひざまずき、それでも焦点の定まらない思考を、濃い血臭が引き戻す。臭いは記憶の棚をこじ開け、過去の戦場で、教授に操られたゴブリン達の残虐性や、最近見た肉男達の姿を想起した。


 追憶にあっても身震いするような光景に、龍装を逆立てるバッシが地面を蹴る。奴は人を操る能力を飛躍的に進化させている、そしてこの地下にはドワーフの大都市が広がっているのだ。一瞬、一言で身体操作を狂わされたバッシは、数万人のドワーフをも操るであろうシアンのパワーを確信した。


 しかし、姿を見失って地理にも疎いバッシは、血の跡が途絶えた後、追跡に迷う。血の臭いは濃厚に存在を示唆するが、細かな場所までは分からない。

 ウーシアが居てくれたら……と得体もない思考を浮かべながら、地面の痕跡を探ろうと感覚鱗を垂らすが、血臭が脈打ち、勘が鈍った。


 その時、視界に映る感覚鱗の表面に、シワのような文字が浮かび上がる。


「直進、大岩、左」


 知育魔本ポコか! 思わぬ援軍に喜び走ると、薄くめくれた次のページに、


「赤岩、登」


 の文字が浮かび上がる。銀光に加速したバッシは、飛ぶように駆け去っていった。

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