急転着花
「さて、ここにいる方々が、人族の子供に対するトラウマを抱えている全住民ですね」
あれから丸二日をかけて、マーヤ婆の協力のもと、ブリストル・キングダム中を駆けずり回ったブロトは、忙しいさなかに呼び出しを食らって、文句たらたらのドワーフ達をなだめていた。
「ゴルディ神に奉納する神酒の仕上げ日だぞ、ここでしくじったらどうしてくれる」
ノームの命令で残りの職人を総動員しているから大丈夫だ、と何度説明しても取り付くしまもない。職人気質の頑固さはこの国では当然のことであり、十人以上のドワーフをよく分からない理由で集めたら、文句が噴出するのも致し方なかった。もみくちゃにされるブロトは、しかし皆から好かれているのだろう。
「今度酒おごれ」
などと絡まれながらも、時折笑顔が見える。愛想笑いのブロトを呼び寄せたゴウンは、
「これだけですか? ずいぶん少ないように感じますが」
と尋ねた。この規模の都市にして十人強という人数は少なすぎる。都合が良すぎて、漏れがあるのではないかと疑われたのだ。
「ドワーフ、特にブリストル・キングダムに住まうものは、ほとんど都市を離れずに一生を過ごします。この都市の内部まで訪れる他種族は極まれ、これでも北区の端から南区の端までかき集めたほうなのですよ」
この二日間というもの、方々で邪魔者扱いされながら、マーヤ婆の指示で駆けずり回ったブロトは、凝り固まった首を回しながら告げる。そんな時でも責めるような色を見せないこの男を、ゴウンも気に入りだしていた。
「もちろん抜けが無いとは言い切れません、ですので臨時雇いでマーヤ婆を筆頭とする婦人探索隊が、引き続き捜索を続行しております」
と告げられては、それ以上詮索のしようもなかった。ブロトを促して個々の情報を聞き取ったゴウンは、集められた者に簡単な質問をしていく。それがすむと、
「それで、どうされますか? この者達の周辺に悪魔が出現するならば、街の外に避難させれば、当面の安全が図れますが」
と言ったブロトを、信じられないといった顔で見たドワーフ達が、一斉に非難の声をあげる。だが今度は一顧だにしないブロトが、
「我らが先祖代々守り抜いてきたブリストル・キングダムに、悪魔などという穢れた者を侵入させるわけにはいかない!」
と宣言すると、普段は柔和な青年の意思の強さに、皆一様に黙り込んだ。その言葉に打たれたのはドワーフばかりではなく、ゴウン側もハッとしたように顔色を変える。ブロトが龍人の鱗顔にも顔色があるのだな、と変なところに感心していると、ゴウンは龍人を集めて相談し始めた。
「悪魔の性質として、より深く傷つけた者に引かれやすい、というものがあります。今聞いた限りではこの方々は大丈夫でしょう。ですが我々と距離を取るわけにはいきません。離れればその影響も散ってしまいます。せっかく都市内に結界を張りましたが……ここを危険に晒すのも、本来の使命と離れてしまいますね」
と言ってまた思案するゴウン、いまいち事態の掴めないブロトは、
「お互いに距離を取れなくて、街中に居ると危険ならば……」
と考えをこぼすと、
「そうね、皆で街の外れに移動しましょう。どこか良い場所はありますか?」
と問われた。今度はブロトが悩みはじめると、一人のドワーフ女が、
「よく分からないけど、地竜の餌場なんかどうだい? あそこなら街から離れているし、なにがあっても地盤も強固だわよ」
と言って、ブロトとゴウンを交互に見た。
*****
地竜の餌場ーーそれはドワーフ達が使役する騎竜の原種、野性の地竜が最初に生息していた岩場だった。今現在も少数の地竜が生息しているが、強大な力を持つものは数百年の内にあらかた駆逐され、ひっそりと隠れ住まうものは、ドワーフの気配を察知すると逃げ出す程度である。
許可を取ったゴウン達は、近くの龍窟に待機させていた二匹の若龍を呼び寄せると、その間に天幕を張って自陣とした。四人の龍人達は龍に乗せて運ばれてきた祭壇を組み上げると、都市内で構築し、しまい込んだ結界を丁寧に張りなおしていく。
「なんで私達の側には悪魔が出ないって言えるんだい?」
地竜の餌場を提案した女が尋ねると、ゴウンは祭壇から視線を移し、
「私的な内容で、本来ならば他者に話す事ではないのですが」
と前置きして曇天の空を見上げた。気を利かせたブロトが席を外そうとするのを気配で察したゴウンが、
「今後の警備に関わりますから、お聞きください。その根拠とは、私や今回同行している龍人につけられた心の傷が、他の皆さんに比べて深刻なものだからです」
と、ガルムの件を、話しても良い範囲で伝えた。そこには負傷した龍人のその後や、ガルムが犯した罪を償うために、龍人族全体が負った労苦も含まれている。
ゴウン自身も義兄の不始末を償うために、二十年余りの歳月を費やしてきた。その思いは隠そうとしても言外に溢れ出る。
それらを聞き終わったドワーフ女は、目を真っ赤に腫らして、ガルムやそれをそそのかした悪魔に文句を言った。それを静かに受け止めるゴウンの耳元に、
「でもさあ、僕はガルムの望みを叶えてあげただけだよ?」
ーー不意に少年の声がかかる。弛緩した空気が一瞬にして引き締まると、ゴウンの爪が走った。無理に喚起された魔力が空気を切り裂き、死角となった背部を薙ぐ。
「それにあんなノロマな術式じゃあ、僕は捕まえられないよ?」
音も無く避ける少年の言葉と同時に、祭壇の地面に落ちた影から真っ黒な触手が無数に伸びる。頑丈な龍骨でできた骨組みに複雑に絡みつくと、一瞬にして砕き、闇に引きずり込んだ。激しい擦過音が破片と共に飛び散り、周りを囲んでいた龍人達は、身を庇ってたじろぐ。
ブロトは武器庫から特別許可を得て持ち出した、機械式弩の安全装置を解除して照準器を覗くが、宙を踊る触手のでたらめな動きに、狙いを定められない。
双璧をなす若龍の一体が咆哮をあげて闇龍に咬みつくと、もう一体は煙を上げる顎をピノンに向けた。だが闇龍の触手は若龍の頭部に絡みついて、引き倒すと、それに巻き込まれたもう一匹の若龍は喉をせり上がってくる炎気を飲み込み、熱い唸り声を上げる。
続いて放たれた龍の咆哮には、浴びた者の鼓動を止めるほどの、魔力的威圧がこもっていたが、闇龍には全く影響を与えられず、逆に絡みつけた触手から若龍の精気が吸い出されると、抵抗むなしく触手を外せない龍の顔貌が、頭蓋骨の形に陥没してゆく。
その時、若龍を捕えていた最も太い触手に、ブロトの放った特殊太矢が突き立ち、鏃に封入されていた神聖魔法が闇を貫通すると、千切れた勢いで頭を振るった若龍が、触手の縛を逃れた。
その局面を静観していたピノンが、
「罠にはまったみたいで面倒くさいなぁ、帰ろっかな」
と苦笑交じりにつぶやくと、側までにじり寄っていたゴウンが、
〝義兄の仇〟と呼気深く魔力を錬成、「ふうっ」と白息の魔法陣を吐き出す。その四方からは、龍牙鎚を構えた龍人達が詰め寄った。
「そんな結界じゃあむりだって~、ほらサク~っと」
黒の戦輪を出現させたピノンが、ゴウンの白息の魔法陣を切り裂く。祭壇が生きていれば総合力で抑えられたかもしれないが、単体ではあっさりと断ち切られてしまう。だがそれを凝視し続けたゴウンは、
「この事態を予期せぬと思ったか?」
と切断された魔法陣を展開して、ピノンに絡みつかせた。四人の龍牙鎚は地面を叩く、その瞬間、広範囲に隠されていた結界石が浮かび上がり、闇龍ごとピノンを照らし出す。
「うわ~、こんなにおっきい結界石なんてあるんだ、高そう」
大小様々な魔石を加工した結界石が、龍人達の描く魔法陣に沿って浮かび、立体的な封牢を作り上げて行く。一際大きな結界石を左右の若龍が掴むと、魔力の流れが光となって球を描いた。
「これはっ!」
第二矢をつがえていたブロトが、あまりにも巨大な結界球を見上げて、呆けたように手を止める。
球の大きさは地竜の餌場を埋め尽くすほどに広がり、その半分ほどを占める闇龍が地中より引きずり出された。のたうち、瘴気を吐き出しながら、結界球の内側に触手を打ち付けている。
「なんて大きさだい?」
隣の女ドワーフも呆気にとられて呟きながら、他の者の手を引いて、
「今のうちに早く逃げよう」
と走り出そうとした。そこへ、
「待ちなさい! あまり離れては、転移の悪魔が逃げてしまう」
とゴウンが警告を発するが、結界球構築に意識を集中させるために、顔をそらせる事もできない。
ハッと気付いたブロトが、女を止めようとするが、意外な素早さを見せた女は、周囲の警告も聞かずに逃げのびるーーその影に他者の影が重なった。二重の影から腕が伸び、輪を弄ぶと、何気なくという風情でそれを放つ。
ゴウンを切り裂く戦輪が、空中で甲高い音を発する。龍鱗を斬った感触に影から顔を覗かせたピノンは、ゴウンの生首を見ようとした。
「なんだ、お前から会いに来るとは、都合が良いなピノン」
そこには腕に戦輪を生やしたバッシが、ゴウンを庇って分厚い龍装をかかげている。
「なっ、何故おまえが!?」
一瞬の動揺が声に現れると、舌打ちしたピノンがバッシを睨みつける。その顔貌は愛らしさが崩れた故に、醜悪さが一層際立っていた。
「何故って、これから聖都に向かうところだ。道すがら情報を集めようと思ったんだが、なんだかこみいっているみたいだ、なあブロトさん」
笑みを浮かべるブロトが快さいをあげる。一方でゴウンは見知らぬ助っ人に戸惑いつつも、ブロトの様子から強力な味方の出現を察知すると、再度結界に力を注ぎ込んだ。
「こいつは大事な物なのか? お前は指輪を後生大事にしていたが、こいつの模様はそっくりじゃないか」
バッシの腕に食い込んだ戦輪が回転しようと力を込め、生き物のように振動するのを冷静に見る。表皮に浮き出た鋼睡蓮の花弁が戦輪に絡みつき、魔力を紫光で分解すると、拮抗した保護魔法が戦輪を元の指輪に戻していった。
「怒る事はないだろう? お前が投げつけた物を拾ってやっただけだ」
バッシの挑発に、負のオーラを滲ませたピノンの視線が突き刺さる。指輪を閉じこめた拳を突き出したバッシは、
「ほら、返すよ、取りに来い」
と、小さな子供に物を渡すように屈んだ。後ろでは龍人達の新たな結界が完成しようとしている。高まるプレッシャーに、機械弩をピノンに向けたブロトは息を詰め、引き金にかけた指に力がこもる。ふっと息を吐いたピノンは、
「いいよ、それはあげる」
と視線を逸らした。緊張の糸が切れるように弦が解き放たれる。瞬間ーー掻き消えたピノンがドワーフ女の背後に現れ首を締め上げた。背後では仕込み矢の爆発、ピノンはその場に居るもの全てがショックを受けた事を確認した。




