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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第四章 聖騎士団の受難
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閑話 フロイデとハムス(下)

 それは大量の粘液に包まれた、巨大な骨格を持つ肉塊であり、分厚い硬皮を包む大量の有機物には排泄物が混じり、未消化魔獣の残骸や龍人の手足がはみ出していた。


 ーーそれら全てが怒りの咆哮とともに吹き飛ぶ。


 ゴウンも咆哮をあげていた。負傷者により四方の陣が崩れ、三角形を形造る龍人達も雄たけびをあげて結界を押し上げる。素早く抜刀したフロイデは、全身鎧に魔力を充実させると、結界とともに最前線を堂々と進む。その姿は周囲の喧騒に反して冷静だった。その後ろには魔剣を抜いたトウケンが影のように付き従い、こんに水精を纏わせたアイゴはキラキラした目で最後尾を固める。


「何かあったらすぐに治すから、思い切りやっちゃってね」


 気軽なアイゴの声に、脱力したかに見えたフロイデの体がぶれると、結界を飛び出す野太刀が龍の胸部を切り裂いた。さらにその分厚い刃を斬りあげると、魔力同士が拮抗して火花を散らす。


 それを押しつぶすように前腕が振るわれると、超重の地響きが迷宮を揺らした。水柱が吹き飛ばすように放たれると、その流れに乗ったトウケンが龍の足元で魔剣を振るう。それは切りつけるというよりも、表面をはたくような軽い接触。そうして魔剣から代謝される呪粉を、水に溶かしこんでいく。


 それら全てを薙ぎ払うように、いまだ龍人だった頃の名残の、長めの腕がふるわれる。龍による不可避の一撃は、ゴウンの結界に叩きつけられた。

 苛立つ龍の口から煙が立ち昇る。最も警戒すべき龍炎ドラゴン・ブレスの兆候に、全員の緊張感が集極した瞬間、宙に放たれた短剣から、千を超える幻影剣が生み出された。


 次々と着弾する幻影の線が、龍を地面に縫い付ける。そこに走り込んだ龍人達は、一斉に龍牙鎚を振り下ろした。


「まだ龍化が馴染んでいない、今が叩き時だ」


 叫びながら最前線に躍り出たゴウンが、白い息の表面に、幾重もの魔法陣を生み出していく。龍牙鎚によって穿たれた傷口に流れ込む魔法陣。その魔力が柄に仕込まれた四つの玉を輝かせると、龍の咆哮は悲鳴に変わり、その声すらも魔法陣に吸い込まれていった。


 龍人達が苦悶する破戒龍を痛ましげに取り囲みつつ、なおも力を注ぎ続ける中、冒険者達はすぐさま攻撃対象を迷宮核に移すと、フロイデを先頭に隊列を組む。


 アイゴの放った牽制の水柱は、核から十メートル以上離れた所で弾かれるように蒸発した。そこに幻影剣が幾千と注がれ、トウケンの呪術を纏った魔剣がーーさらにフロイデの打ち下ろしがとどめを刺すーーだが、トウケンの呪術煙を切り裂いた光が場を浄化すると、そこには何事も無かったように迷宮核が浮かんでいた。


「効かぬか、続けても意味が無いな」


 己の刃で触れた物の性質は概ね理解できるフロイデが、神玉の核を斬った太刀の切っ先をかざす。魔力のコーティングが一部溶け、変質して循環に支障をきたしていた。それに魔力を通して刃先を整えながら、


「お前らの仕込んでいた水呪みずのろいはどうだ?」


 と聞けば、集中し続けているトウケンが荒い息の中で、


「龍と核の繋がりを呪いで断つ事は、辛うじて……」


 と言った矢先に、核の閃光が龍との間に絡みつく黒い水を蒸発させる。


「できてない、な」


 硬直したトウケン達を水の被膜が覆う。その頭上を太い光柱が貫くと、封じられた龍を直撃した。その場に居るもの全てが、一瞬にして焼かれたと錯覚するほどの魔素。一瞬の静寂の後に余波が全身を圧迫する。


 龍の間近にいたゴウンは弾き飛ばされ、他の龍人も弾かれ血反吐を飛ばす。ビリビリと痺れる毛穴の感触に、犬歯を剥き出しにしたフロイデは、熱い息を吐き出しながら龍に向かって駆けだす。それを見たハムスは、


「核の方は任せるよ」


 と言うと、トウケンとアイゴをその場に残し、無謀な突進に身を任せようとする相棒を追った。


 龍は完全に立ち上がり、周囲を怒りの視線で睥睨すると一瞬息を吸い込む。灰色の鱗は仄かに燐光を纏い、変形していた背骨は一本の柱のように巨体を支えていた。そこに流入する核の魔素に、ハムスの本能が警鐘をならす。止まりたがる体を強引に進めると、幻影剣を横向きに多数展開した。


 それを足場に宙を駆けるフロイデとハムス、龍炎が空間ごと焼き払う中を、すんでのところで避け進む。掠る熱気にまつ毛は焦げ、生まれた気流が身をさらった。薄くなった空気を迷宮が補充する。大量の煙もすぐに換気されていき、振るわれた爪の奥には、炎の揺らめきと共に龍の瞳が覗いた。


 そこにありったけの幻影剣をぶつけ、さらに足場を増やして、瞬間移動のように駆け巡りながら、龍の反応を冷静に分析した。


 龍化が急速に馴染みつつある、それは先ほどの龍炎発動までの溜めの短さからも察知できた。ならば全力で仕留めにかからねばなるまいーーハムスは足場の剣に反動をつけて加速すると、交差して追い抜くフロイデのためにしっかり走り込める道を作った。


 そうしておいて、龍の肢体を幻影剣を放ち続けて束縛すると、広げた胸部に今や光線と化した幻影剣を突き刺す。


 龍の表皮が熱に変色し、苦しみにのたうち廻るが、絶妙な位置にさらなる剣をうちつけ束縛を続ける。迷宮核からのさらなる魔力支援を受けて発光する龍に、野太刀を構えたフロイデが突進した。


 放射される熱が視界を歪める。敷かれた幻影剣の道が超質量の尻尾によって砕かれるが、お構いなしに進むフロイデの足元を新たな幻影剣が補った。踏み込みに足場がくだける、そこを狙った龍の爪がフロイデをさらった、と思った瞬間ーーさらなる飛び込みと共に野太刀を降り抜く。


 硬質な破砕音が耳を打ち、光が龍の胸部から漏れた。沸騰する音とともに、龍の血が噴出すると、ゴポリと吐き出された光の渦が空中で拡散する。その余波に撃たれたフロイデとハムスは、まともに地面に叩きつけられると、全身を強打して息を飲んだ。


 龍の口から溢れ出す光のブレスが、幾つもの渦を作り出しながらとめどなく流れ出る。自身をも溶かす高温に、迷宮の床も耐え切れずに溶けながら力の泉を形成していった。その中で骨格を露出させた龍が、力の方向を捻じ曲げながら、憎悪に燃える瞳を向ける。その先には、龍人達を従えたゴウンが立体魔法陣を形成していた。


 〝龍人よ、邪魔をするな〟


 圧倒的な魔力を得て、龍の思念がそのままぶつけられる。その間にも泉は広がり、力の渦は爆発力を内向きに集束させていった。


「ガルム義兄さん、あなたの気持ちは分かります」


 不思議と響くゴウンの言葉に驚いたのは龍人達ばかりではなく、ガルムも気を取られたように思念の嵐を弱める。


「あなたのご両親の死に関しては、龍人族の中でも問題になっています。我々龍人は龍族の奴隷ではない。剣龍ミュゼルエルド様を擁した奴隷奉公撤廃の動きも、実を結ぼうとしています……」


 聞き入っていた龍は、巨大な力を気力で制御しながらゴウンを見つめる。


「この結界に神玉との盟約真言を吐き出してください。そして国に帰って一緒に戦いましょう。我々がサポートいたします」


 と言って、白く光る魔法陣を差し出した。それを見つめる龍の思念が完全に凪いだ……と思った瞬間、色を変えた瞳孔が急速にすぼめられると、


 〝俺は老いたる父母を死地に追いやった、彼奴きやつに一撃を加えればそれで良い!〟


 と手足を乱暴に振り抜くと、思念波が嵐のように吹き荒れた。それに影響を受けた力の渦も不安定な軌道を描いてゆっくりと動き出す。


「待って!」


 とすがろうとするゴウンの肩を掴んだフロイデが、


「奴はだめだ、できる事が有るなら早くしたほうが良い」


 と促すと、一瞬詰まった後で、口を硬く引き結んだ。龍人達の鎚が発光し、再び強力な結界を形成しようと力を溜める。ハムスは時間を稼ごうと幻影剣を渦にぶつけるが、脆くも弾き飛ばされた。


 荒れる龍の肉体と打ち合うフロイデ。全身鎧の魔力被膜が光に触れる度に揮発していく。それを意に介さず突進して斬りつける。龍の肉体もボロボロに劣化していったが、迷宮核からの魔力支援ですぐに再生していった。


 ジリ貧の状況で待つのは、後方に残した二人の冒険者の合図。


「待たせたわね!」


 とアイゴが叫んだのをきっかけに、ありったけの斬撃を振るったフロイデを龍炎が襲った。


 幻影剣の足場の反動でフロイデが跳ぶと、龍人達の結界が龍炎を封じ込める。それを強引に焼き切ろうとした龍への魔力支援が途切れた。

 アイゴとトウケンが取り組んでいた、迷宮核と龍への呪術干渉が効を奏し、盟約による繋がりを一時的に遮断したのだ。


 ゴウンの口から紡ぎ出される白い息が、糸のような軌跡を描き、龍人達の生み出した結界に吸い込まれると、途端に魔力のバランスを崩した龍は、己の吐き出す龍炎を制御できずに、力の渦に炎を巻き取られていく。


 その首をフロイデの野太刀が縦一文字に断ち落とすと、渦の中心となる龍を、ゴウンの白糸と魔法陣が追跡し、落とした首を包み込んだ。周囲を溶かして現れた光に魔法陣が薄れていく、そこに向かって走り寄った龍人達の鎚が打ち付けられた。


 澄んだ音を発する鎚によって封印が留められ、反発する渦の力を収めるようとゴウンも力を振り絞る。そこに襲いかかる龍の爪を、幾千もの幻影剣が貫き飛ばし、フロイデの一閃が背骨ごと胴体を断ち切った。


 一面に広がる熱い血から高濃度の魔素が揮発し、胸を悪くする空気に口元を覆う。急速に萎んでいく龍の肉体、その残骸と体液の下に埋もれて気を失ったらしきガルムが、淀んだ空気の隙間から見えた。


 一際甲高く響いた白糸の結界収縮に、皆の意識が集まる中、


「やった〜!」


 と突然上がった歓声に振り向くと、迷宮核を覆い尽くした黒い水を操り、トウケンとともに喜びを分かち合うアイゴが、満面の笑みで水球から伸びる黒い触手と戯れている。


「こんな神玉ものが手に入るなんて、信じられない幸運よね。この子は……闇龍って呼ぼうか? 貰っても良いよね?」


 一瞬文脈が理解できずに、呆けた空気が流れる。と、すぐさま事態を察したハムスが、牽制の幻影剣を放つが、一足先に黒水球の中に引き込まれたアイゴ達は、迷宮の地面に染み込むようにかき消えてしまった。


「悪……魔……」


 ガルムの残骸に結界保護を試みるゴウンは、義兄の言葉に耳を傾けた。


「悪魔に……傷をつけられた……気を付けろ……奴は、どこにでも……現れ……る」


 言い終わるとゴウンの手を掴み、ゴウンも無言で掴み返す。足元から進む炭化が全身を犯すと、手元からホキリと折れて血だまりに浸されて染みになった。無言で見つめるゴウンは手の中の灰を口にすると、静かに起立する。その周りに集まった龍人も沈痛な面持ちで見つめる中、まんまと出し抜かれたハムスは、


「やられたね~、鮮やかに」


 と封じ難い殺意を短剣に練り込んだ。咆哮をあげる相棒を横目に見ながら。


次話より、本編再開します。

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