閑話 フロイデとハムス(中)
「我らとて龍人の執行部員、この場はお任せ下さい。ただし魔力の節約のために全力で駆けますから、ついて来られない場合、命の保証はいたしません」
ゴウンが各人を見回すと、一呼吸置いてから息を吐き出した。両手のひらに受けるそれは、見る見る白い光に変じると、立体的な魔法陣を描き出していく。
それに応じて龍人の構える龍牙槌が淡く光り、四人を中心に魔法陣が展開すると、全員を包み込む半球形の結界が生まれた。
駆け出す龍人達に置き去りにされないように、冒険者の四人も走る。ガラス質の岩場が魔獣の皮革でできた靴底を熱するが、それが劣化する前に、どうにか洞窟に進入する事ができた。
迷宮内は特殊な力によって、外にある熱が全て遮断されており、人心地つく事ができる。
「あぶな~、もう少しで靴底がいかれるところだったよ」
と声を上げるハムスは、陽気な声とは裏腹に、様々な器具を取り出しては周囲を調べ上げ、迷宮の性質を読み解きはじめる。
「本当にできたての迷宮みたいね」
壁に魔響楔を打ちつけて反応をみるアイゴがつぶやいた。広がった魔力紋は5センチほどの小さな円を作って消えていく。これが一年でも経過した迷宮ならば、視界いっぱいに広がってもおかしくはない。
「色味からしてもそれほど魔素は濃くない、破戒龍以外にはさしたる障害は感じない、けど……」
龍人を見たハムスは、ゴウンに意識が向くのを感じた、龍人同士で何か密議を交わしたものか、検討中といったところか?
「言いたくない事は言わなくてもいい。だがこの依頼を成功させる気があるなら、その確率を上げる努力はすべきだろうな」
フロイデの言葉が龍人達を打つ。悔しいが、こういう時のフロイデの言葉は、皆の気持ちを引き寄せる力を持っていた。ハムスもそれに魅了されて、ここまでついて来たのかもしれない。普段はそれ以上の尻ぬぐいをさせられるが……
言葉無くゴウンがまばたきする間に、ハムス達は迷宮の調査を進める。ちょうど一区切り終わって戻って来た時に、意を決したゴウンが重い口を開いた。
「この迷宮に逃げ込んだ破戒龍は、私の義兄なのです」
〝ついに言った〟と周りの龍人がピクリと反応する。
「ええっ! 龍人って龍になるの?」
とアイゴが食いつくのをトウケンが抑える。咳払いをしたゴウンは、
「通常ならばあり得ません、我らは類似種ながら、龍は隔絶した世界の住人、劣等種でも我らの数十倍の寿命を誇る、完全な別種です」
「でも、君のお兄さんは龍になったんだね?」
とハムスに聞かれたゴウンは、手のひらを握りしめながら、
「そう、龍神の秘宝〝神玉〟を奪い、どのような手段かは分からないのですが、龍の姿に変身して、隠れ里を脱出しました。その際に多くの同胞を殺害して」
歯嚙みの硬質な音が迷宮にひびく。周囲の龍人もその時を思い、体を拘縮させた。その内の一人が、
「私は見た、悪魔を乗せて飛び去るガルムの姿を。あの悪魔にそそのかされたに違いない、ガルム兄さんがあんな大それた事をするわけが……」
と悔しさの滲む声を漏らす。
「その悪魔っていうのが、この迷宮の主だと考えている訳か」
フロイデの言葉に龍人達がうなずく。それを裏付けるように、ハムスの魔具に重大な信号が浮かび上がった。
「在主迷宮だね」
石板には魔族の印が赤々と灯り、それは誕生一年未満の易種迷宮が、一気に難攻不落な高度迷宮に確定した事を表していた。
*****
およそ地下三階層にも到達しようかという頃、もはやどれほどの時間が経過したか、分かる者は居なかった。
少なくとも三度の食休憩を挟み、二度の仮眠を取っている。だがそのことごとくを罠が邪魔した。
在主迷宮のいやらしさは、侵入者に対応して、罠やモンスターを自在に配置展開してくる所にある。
それは迷宮を生み出した悪魔や魔人が、直に迷宮核を操作する事によって、微細なコントロールを行なっているとされていたが、詳細は不明だった。なぜなら過去数百年に渡る迷宮探索において、在主迷宮の攻略、そして主人たる悪魔達の討伐はなされた事が無かったからーー
「俺たちが最初の討伐者になる……って勢いは、もう無いな。食料はともかく、回復薬が底をつきそうだし、疲労の蓄積が危険なレベルになってきた」
と言ったフロイデは、慣れない在主迷宮の探索に神経をすり減らされ、危険な罠やモンスターの連続に負傷した龍人達を見た。彼らを支えているのは、破戒龍を滅ぼすという使命感のみであるが、精神論で突破できるほど在主迷宮は甘くない。
事実、龍人の一人は、体内に侵入した器具のせいで、足の傷口から血が止まらずに衰弱し続けている。さらに複雑な返しの付いた刺突器具を取り出そうとすると、タイミングを見計らってモンスターが襲来して来るのだ。
「今までにも何度か在主迷宮に迷い込んだが、ここまで陰湿なダンジョン・マスターは初めてだ」
疲弊し艶を失った龍人を見ながらフロイデが愚痴る。
「それだけ敵も本気だってことさ。見てごらん、悪魔の反応が薄くなってるよ。僕たちが近づいたから逃げ出す算段を始めたんじゃないの?」
とハムスが魔具を見せると、赤い光点は確かに薄まって見えた。
「ええっ! じゃあダンジョンが変質するってこと? 悪魔が逃げたら破戒龍は?」
アイゴが悲鳴を上げると、ゴウン達も「どうなんだ?」ハムスに詰め寄る。
「大丈夫だよ、どうしても悪魔が討伐したかったら急がないと、異界に逃げられるかもだけど、今回の依頼は破戒龍の討伐でしょ? 多分ここの新たな主として迷宮核に定着させられるんじゃないかな」
となだめるが、深刻な表情のゴウンは、
「思うよでは困る。それに神玉はどうなる? 悪魔がガルムを害して、神玉を奪い去る可能性は無いのか?」
と詰め寄ると、その様子に興奮したアイゴが「そうよ、そうよ」と乗っかり、すかさずトウケンに叱りつけられた。
「分かっているなら先を急ごう。そこの人、大丈夫か?」
剥がれた鱗に覗く金属片からは、とめどなく血が噴き出し、締め付ける布からも、青黒い血が滴り落ちてくる。それを睨みつけた龍人は、意を決したように気合を入れると、龍牙の槌を己の脛に振り下ろした。
絶叫と共に分断される足を捨て置き、千切れた切り口を縛り付けながら薬品に突っ込むと、容器ごと縛り上げていく。
そうして足を失った龍人を一番大きな龍人が背負うと、ゴウンに頷いた。
それを合図にハムスとトウケンが音も無く迷宮の先を行く。重い腰を上げたフロイデは、後方から追いかけて来るモンスターの足音に耳を傾けながら、曇った顔のゴウンを促した。
*****
ほどなくたどり着いた、行き止まりの空間は、出来立ての迷宮らしく、殺風景な伽藍堂の中に、力を封じた玉だけが浮かんでいた。
その周囲には色濃く残る転移の魔法陣の残留紋、そして足台にされたのか、巨大な龍が魔法陣の真下に身を沈め、嘔吐物と共に熱い蒸気を吐き出している。
「ガルム!」
ゴウンの呼びかけにも反応を示さない龍は、迷宮核の輝きと共に目を大きく開くと、薄暗い空間を眩しく照らす閃光を放った。鈍く漏れる唸り声が腹に響く。
「光属性!?」
看破するアイゴの興奮した声に、
「ばかな、ガルムは風の部族だ。操風術に優れてはいたが、光属性は族長しか操れないはずだぞ」
とゴウンが返す。その言葉を裏付けるように、広げた皮膜状の翼からは、暴風が吹き荒れ、小さなハムスは飛ばされそうになってフロイデに掴まった。
「神〜! 玉〜!?」
体全部を使ったハムスの言葉を聞く前に、龍人達の張り巡らせた結界が一行を包む。フッと足を地面につけたハムスは、恥ずかしそうに体を払った。
「光と風か、しかも暴走気味じゃないか?」
トウケンの指摘通り、風も光もデタラメに周囲に放射され、傷つきにくいとされる迷宮をなます切りにしていく。空恐ろしくなる魔力に、神玉と呼ばれる秘宝の力を想起させられた。
「悪魔とやらは逃げた後か、転移紋もすぐにかき消えた。でも神玉は無事そうじゃないか。もっともあれがそうならば、迷宮核として利用されたようだがな」
フロイデの指摘を待たずとも、その場にいる皆が迷宮核の異常な存在感を肌で感じていた。
ハムス達も懸念してはいたが、貴重な神玉を迷宮核に使い捨てにする可能性は、どこか捨てていたところがある。つまりは悪魔の所業を推し量るなど、どだい無理な話なのだ。
「この光は防御しきれないかも知れません、我らの玉と性質を同じくし、かつ威力は天地の差がありますゆえ」
玉の汗を浮かべる足を失った龍人が、結界を作る龍牙槌の宝玉を示す。確かに同じ性質ならば、秘宝に優るものはあるまい。
地響きと共に這いずり来る破戒龍が、ゴウン達の結界にぶつかって咆哮を上げる。
「まずいぞ! 気づかれた」
ドロリと回転した巨大な眼球から光が消えると、憎悪を内包した眼が、真っ直ぐゴウン達に向けられた。




