閑話 フロイデとハムス(上)
「まぁた勝手に依頼を受けたのかい? やっと前の依頼が解決したばかりだってのに」
小さな体を大きく使って怒りを表明するハムスは、相方の無謀な行動に呆れつつも、いつもの事とどこかで諦めていた。
長年連れ添った相棒であるフロイデという男は、豪快で気風の良い男である反面、細かい計算などは苦手で、その場の雰囲気で依頼を簡単に請け負ってしまう事がある。というか、ほとんどがそうだった。
この時も大規模な探索隊を率いて、黒の森と呼ばれる闇の魔力に満ちた土地の調査から帰ったばかりである。その報告に寄った冒険者ギルドで、報酬受け取りの手続きを済ませたハムスは、相棒の居るカウンターがやけに盛り上がっている事に一抹の不安を覚えたのだ。
その不安は的中した。
「破戒龍の討伐!?」
「そうだ名前も有るぞ、ガルムと言うらしい」
満面の笑みで答える相棒に溜息をつくハムス、だがそれしきの事では、何も感じないのがフロイデという男である。
「龍の世界も大変らしいな、今回はこの女が依頼者として同道するらしい」
と言って紹介されたのは、先程からハムスも気にしていた、特徴的な銀縁の肩当てを身に付けた龍人族の女性ーー
「ゴウンと申します、ご高名なフロイデ様とハムス様に依頼をお受けいただき心強い限りです。よろしくお願いいたします」
と硬質な口調で告げた。肩当と同じ深い青色の鱗目も整い、どことなく気品を感じる容姿だが、胸や尻はしっかりと女性らしさを主張している。
『また女絡みか、トラブルにならないと良いが』
フロイデの女好きは有名なのだ、気安く依頼を受けてしまう要因の大部分が女絡みである。最近ではそれを知った依頼者がわざわざ女を使って依頼を持ってくる事も多く、たずなを引くハムスは辟易していた。
「竜人族の上位種たる龍人が派遣されるとは、一筋縄ではいかない事態だろうね」
ハムスの言葉にうなずいたゴウンは、
「ご推測の通り我らの手に余る事態となっております。単に戒律を破った龍種の討伐ならば、部外者の手を煩わせる事もないのですが……」
と顔を曇らせる。その肩を抱き寄せたフロイデが、
「そこらへんの詳しい事情ってやつを酒場で聞こうじゃないか」
と豪快に笑った。さっき荷物を下ろしたばかりのハムスは、能天気な相棒に殺気を放ちつつも、個室を用意できそうな酒場を2・3検討する。
「まあ一先ず事情とやらを聞こうかな」
と言う頃には、依頼の予測に合わせて数人の冒険者を思い描いていた。
*****
依頼の内容は、戒律を破り逃走した龍の討伐を援助するという、いたってシンプルなものだった。どんな戒律を破ったのかは、部外秘とのことで一切教えてくれなかったが、龍人族の執行人が俗社会に出張って来る事からも相当の事をしでかしたらしい。
問題はその龍の逃げ込んだ先である。
「ハルベルト山地か」
思わずため息をつくハムスに、伏しがちのまつ毛を上げたゴウンは、
「入口までは我々が運ばせていただきます」
と険しい道のりの安全を保障した。龍種が運搬を保障という事は、この世で一番安全な長距離移動が確約されたようなものである。問題は……
「あそこらへんは攻略難易度の高い迷宮が密集している。しかも〝迷宮を司るもの〟が現存するといわれる新興迷宮地帯だ。おそらくその龍も、迷宮を成す者に取り込まれたのだろうね」
角器に注がれたワインをあおると、催促のために横倒しに置いた。かなり食の進んだハムスは、冷めた肉片をつまみに飲みメインに移行しているが、向かいに座るフロイデはまだまだ食べ足りないらしく、ハムスの角器におかわりを注ぎに来た給仕に、追加の肉を注文している。上品に肉を切り分けながらも、ゴウンもまだまだ食べそうな勢いだ。さすがは肉食種、それを嬉しそうに眺めながらフロイデも火酒をあおる。
「龍魂の契りによって居場所は分かっているのですが、あいにく迷宮には不慣れでして、執行部の龍人が冒険者を雇って探索に出たのですが……」
「あの一帯は並のパーティーでは歯がたたないだろう、逆によく同行したもんだな」
フロイデの言葉に答えにくそうなゴウンに代わり、
「龍種を信仰する人間も多い、また恩義を受けた冒険者もいるだろうね」
と告げると、黙ってうなだれた。そんな湿っぽい雰囲気を嫌うフロイデが軽い口調で、
「で? どいつと組んで行くつもりだ? 同行する龍人はゴウンの他に手練れが四名、新興迷宮は大概狭小と相場が決まっているが」
とハムスに話しかける。
「そうだね、そこに僕達を含めて計七名、それだけでも多いくらいだけど、迷宮に慣れた者をもう二名は加えたいと思う」
「あては有るのか?」
「そうだね、龍といえばあの子でしょ? そしてあの子が来れば当然彼もついてくる」
と言われて口角を上げたフロイデが、
「奴らが暇かどうか、さっそく人をやって来い」
と言えば、
「ここに来るまでにすでに人をやってるよ、そろそろ返事を持ってくるはずさ」
と答えた相棒を「さすが〜!」とこねくり回す。嫌がりながらも笑顔のハムスを見て、手際の良さに目を見開いたゴウンは、個室のドアをノックする音にフォークを置いた。
「待ちきれなくて、本人達が来たみたいだね」
頭を撫でる大きな手を掻き分けながら、ハムスが来訪者に、
「入っておいで」
と告げると、まってましたとばかりに飛び込んで来た女が、
「きゃ〜っ! 龍人の執行部員なんて初めて見わ〜! 凄い! ねぇこの肩章って特級部員の証じゃない?」
とゴウンに絡みついた。後ろから来た男が、
「またそんなに見境なく飛びつくと嫌われるよ」
となだめる。二人共もっさりとした外套を羽織っているが、声からしてそれほど年齢はいっていない雰囲気であった。
龍は別格のモンスターとして、冒険者からも信望される存在だが、なかでもこの女は竜人族の集落に滞在したり、龍自体を拝むために迷宮通いを敢行するほどの龍マニアである。
ハルベルト山地にも何度も赴き、目当ての龍種を探しては、命からがら帰還していた。
水魔法使いでありながら、龍種の棲む高度な迷宮に順応した身体能力は高く、棒術では並の戦士を凌駕し、登坂能力やスタミナはハムス達ですら舌を巻くほどに卓越している。
それについて行ける男も、呪術師でありながら魔剣を操り、フロイデやハムスと何度も迷宮に潜った経験があった。
「お前さんには涎ものの依頼だろう? どうだ、命がけになるが、俺たちと引き受けるか?」
と事情を説明したフロイデが問えば、間髪を容れずに答えようとする女を抑えた男が、
「報酬次第だっ! こちらも慈善事業をしてる訳じゃない。どれくらい払えるんだ?」
とゴウンに詰め寄った。それに反応したハムスがニッコリ微笑むと、
「金が良いかい? それともこれが良いか?」
と前金がわりに受け取った物を差し出す。それは光を受ける角度によって色を変える、手のひら大の美しい龍鱗だった。
「これはっ! 白龍の鱗……しかも生え変わりの一番鱗じゃない?」
と女が飛びつく。依頼を受けないと渡さないとばかりに引かれた手を凝視しながら、
「トウケン、この依頼受けるわよ」
と反対を許さぬ口調で告げた。一瞬ハムスを睨みつけるトウケンと呼ばれた男は、同種の憂いを小人の目に見つけて、相棒であるフロイデを見、その後自身の相棒である女を見ーー
「はぁ〜っ」
とため息をつくと、
「アイゴにそれを見せちゃあ、何を言っても無理だろうな、ただし事前準備の費用と成功報酬、それに危険に見合った手当も貰うよ」
と告げた。早速アイゴに白龍の鱗を渡したゴウンは、
「もちろん、これは前金代りに贈呈いたします。成功報酬は20金、もしくはそれ相当の龍鱗となります。ご了承いただけますか?」
と告げると、またもや目を輝かせたアイゴが、
「20金相当の龍鱗! どんなのを想定しているわけ? まさか金龍とか、白金龍とかも有る?」
と報酬はすでに龍鱗と決定したとばかりにゴウンに飛びつくように話し始めた。その様子に再度ため息をつくトウケンの肩を叩き、
「お互い難儀な相棒で苦労するよね」
とハムスが労うと、
「全く、弱みが分かりやすいし、コントロール効かないし。誰かさんのおかげで毎度良いように使われるよ」
と肩を落とし、お詫びにと隅に移動した二人は、普段からの苦労を愚痴り合いながら、龍人のおごりでタダ酒をしたたか飲んだ。
*****
ハルベルト山地までの道のりは、飛竜に乗ってひとっ飛び。龍人の操る最高級飛竜の乗り心地は快適で、以前に乗った低級竜の飛び籠とは隔絶した乗り心地を提供した。
だが降り立って体をほぐすと、寒さと空気の薄さを実感する。少し動くだけでも息が上がり、心臓は早鐘を打つ。高地特有の現象に、旅慣れた冒険者達もしばしの休養を必要とした。
高地に順応するために一日を費やすと、英気盛んな龍人族の戦士達が、いよいよ命がけの迷宮探索という事で円陣を組んだ。
隊長であるゴウンを中心に、戦士の装備に身を固めた四名の龍人が息を合わせて咆哮をあげる。その魔力が湯気となって上昇すると、ゴウンの息を受けて発光、火柱が空気を焼いた。
「おうおう、凄いな。あまり目立つと警戒されるぞ」
とフロイデが笑みを見せつつ感想を漏らすと、
「執行部恒例の合気の儀式よ! 感動だわ〜、本物が見られるなんて。ああして気持ちを一つにするのね〜。だって龍の討伐なんて命がけどころじゃないもの!」
と興奮状態のアイゴが涙をにじませながら頬を上気させる。
「じゃあそれまでの道案内はしっかりしてあげないとね。ダンジョンマスターが居る可能性も有るんだ、死の迷宮だよ、気を引き締めるのは僕達も一緒さ」
ハムスの言葉に全員が頷く。無表情の龍人も、潤んだ目を拭きゴウンの前に出ると、古龍の爪牙を錬成し、龍玉と組み合わせた龍牙鎚を掲げて整列した。
興奮するアイゴを抑えつけたトウケンが、火の玉を召喚しながら目的地に向けて丘を超える。
「へぇ〜、こんな所にまで迷宮が有るんだ。私が前に来た時はーー」
アイゴはそこまで言うと、一変した風景に言葉を失った。丘の向こう側は高温の炎で焼かれた岩場がガラス質と化し、滑らかになった表面には、太陽がギラギラと眩しく反射している。
見渡す限りの焼けた岩板、その入り口に足を踏み入れると、硬質な踏み応えと共に、遠方で龍炎が吹き荒れた。
「あれが一番怪しいと踏んでいる、迷宮の入り口です」
とゴウンが指差すのは、なだらかな丘の側面にいくつも空いた洞穴の中でも、一際異彩を放つ大穴である。
「どうやってあそこまで行くつもり?」
先の龍炎をきっかけに、目の前に吹き荒れる炎の乱舞
、それは無数に空いた洞穴一つ一つから、ガラス質の空き地に向けて吐き出された龍炎の大火だった。




