閑話 大男《ズオンズ》と緑女《ポメラ》
魔法王国の実験体には、この世のありとあらゆる生き物が混ぜ込まれていた。ズオンズは魔導生物である生体魔像の研究課程に作られた合成生物である。
骨格強化の一手段として、角質強化を促進するために、限界値を超えた魔力を与えられた結果生まれた奇種。元の素材は分からないほど複雑に交配されているが、その巨体から何らかの種の巨人が含まれている事は想像に難くない。
彼が魔法王国の軛から逃れたのは、全くの偶然と、差し伸べられた救いの手のおかげだった。
全くの偶然は、戦闘的優先度の低い地域に置き去りにされている間に、魔法王国が崩壊した事であり、救いとは、以降行動を共にするポメラに見出された事である。
一般的に〝緑の女〟と呼ばれる植物人族の中でも、最も原種に近く、魔法王国が培養する際に祖とした者の一人。溜め込んだ魔力で地下に逃れ、魔法王国が隆盛を極める前に支配圏から逃れて、敵対勢力に組した女がポメラである。
当初ベイルに寄生しようとし、かりそめの肉体を失うほど激しく対立した二人は、以後コンビを組みながら魔法王国の瓦解にも力を発揮した。いよいよ魔法王国が崩壊する前夜、今後を憂慮したポメラはベイルとも相談した結果、使われなくなって久しい、紛争地帯から外れた拠点に身を隠す事にしたのである。
獣すら入り込めぬ植物系モンスターが支配する森の中にあって、その魔精を集積するように組まれた石碑、その地下に広がる空間は、植物を操るポメラにとって最適な隠れ家となるはずだった。
その最深部、二重扉の先にある窪みに嵌まっている物を、生ごみとして処分しようとしたポメラは、
「イデデ……イデエヨゥ」
という野太い声に驚き、箒状に広げた手を止めた。さらに盛大になるお腹の音を警告音と間違い、攻撃しそうになる。その手を止めたのは、大男の太眉が見事な八の字を描き、手足を拘束された格好が、まるで出荷される家畜のようだったからであろうか。
おかしさの込み上げたポメラが「ぷっ」と吹き出すと、
「エヘヘ」
と笑った大男には悪意を感じられなかった。
事実、この大男は攻撃性を高める薬物投与にも反応を見せず、戦闘要員失格の烙印を押されて、辺境の一施設に打ち捨てられていた。本来は高度に混ぜ込まれた血の作用で、各種薬剤や魔法に耐性を持つ中々のスペックを誇る実験生物だったのだが、華々しい戦場の英雄達と比べると、霞んでしまうのも致し方あるまい。
ほとぼりが冷める間、この施設に身を潜める予定であったポメラにとっては良い暇つぶし。その間に様々な事を検証した結果、皮膚の角質を増殖させて、鋼鉄状に変質させる能力と、体に見合った怪力のみならず、意外にも身軽な事も分かった。
〝ZO-Z〟
と雑に彫られた認識番号は、この実験生物が最終段階まで研究され、廃番になった証でもあった。
ズオンズというあだ名を気に入った男は、ポメラを姉のように慕い、やがて自由を得られた時には一緒に組んで世界中を冒険しようという夢を語り合った。
「でも夢はしょせん夢って事ね。どうやらお迎えが来たようだわ。しかも望まぬ方の、ね」
ポメラの伸ばした根は、周囲の森林の樹木と同期して、侵入者の存在を即時に知らせる。だがそれすらも逆手に取られて、どうしたことかポメラが察知した時は、既に石碑の側まで相手は迫っていた。
「ドウシタ? ユメ、ダメカ?」
ポメラのただならぬ雰囲気を察知したズオンズは、悲しそうな表情で指紋に馴染ませた鉄粉を擦る。そうして作り出した火花で遊んでいたところだったが、ポメラの視線を受けてその手癖をやめた。
「ここまで近づける奴はそう居ない、私達を狙っているなら、覚悟を決める必要があるわね」
と言うと、ズオンズのそばでつま先立ち、頬に口づけをした。驚くズオンズに、
「私が来なかったら、あなたも狙われることは無かったでしょう? 巻き込んでごめんなさいね」
と言うと、
「オレ、ウエジニシテタ、アヤマル、ナイ」
と言って、盛大な火花を散らして太い指を打ち鳴らした。ハッと顔を上げて見るズオンズの顔は気迫に満ちて、ポメラの心に火が灯る。
「そうね、どうせ散りゆく命なら、最後に一花咲かせるのも悪くないかもね」
もう一度、今度は唇を重ねあうと、全身から光る花粉を舞い上がらせる。
「盛り上がっているところ悪いが」
冷たい声が空間に響いた。知らぬ間に侵入されていた事に身を硬くするポメラ達に、
「殺す気ならば、とっくにやっている」
と告げたのは、信兵長のラガンだった。殺気立っていたポメラが「へ?」と力なくつぶやいて固まると、ヒョコっと顔を出したベイルが、
「まったく~、森全体を支配しちゃあだめじゃないか~。逃げ出した森の魔獣が近隣に迷惑かけてるから~、害意が無い事を説得するのに苦労したよ~? 仕方なくポメラの担当官だったラガン様にご足労いただいたんだから~」
と肩を上げ下げする。
「じゃ、二人で冒険の旅にでかけよう!」
と声をあげてごまかそうとするポメラに、ズオンズも嬉しそうな歓声をあげる。
「ちょっと僕に感謝は~? お偉いさんとの同道に気苦労したんだからね~」
という物言いにギロッとベイルを睨みつけたラガンは、小さく息を吐き出すと、
「植物支配も隠遁もなっていない、もう一度修行のし直しだな」
と植物結界を無効化した聖樹の葉をしまうと、途端にポメラの感覚が戻ってきた。本来の力を取り戻したはずのポメラは、ラガンの命ずる修行の過酷さを思って髪をシュンと萎び垂らす。
何も知らないズオンズだけが、瞳を輝かせ周囲の面々を見回していた。




