閑話 欠け刀のシンハ
欠刀ーーシンハの故郷では、戦いに敗れ、身体または精神を欠損した者達をそう呼んで蔑んでいた。欠けた刀には使い道がない、つまりは戦場にでては勝つか、死ぬまで戦ってこそ、戦士の本懐であるという価値観であろう。
今のシンハは正に欠刀だった。同盟していた国の尖兵として、隣国である魔法王国との戦争に参加し、手酷い敗戦を喫した。
命からがら逃げ延びた時には、左腕を肩口から失い、両膝は砕けて歪に結合。引きずり歩くにも痛みを伴い、一生続くであろう身体の不具合に、徐々に精神も衰退しはじめている。
集められた負傷兵達は、治療もそこそこに打ち捨てられ、救護兵も助けるというよりも、重傷者に請われて心臓を一突きにとどめを刺して回るのが主な仕事内容というありさま。
その中を一際目立つ大男が進む。分厚い外套の背部は大きく盛り上がり、地を踏む足は二本では無い。蜘蛛のように広がる多脚が器用に負傷者達を避けて行く。その先端が、うらぶれて俯き座るシンハの目の前で止まった。
「そこの者、表を上げよ」
野太い声がシンハにかえられるが、息をするのも億劫なシンハはろくな反応もできずに、うなだれたまま不思議な足先を見るとはなしに見ていた。
「抜き身のシンハとは貴方の事ですね?」
背負われた布越しに細い声がかかる。どうやら女性にしても小さな体躯らしい、子供にしてはどこか年季を感じさせるものだった。
「抜き身というより抜け殻だな、これでは」
男の声に引っかかりを覚えたシンハが顔を上げると、嬉しそうに笑う皺だらけの顔。乾ききったと思っていた心が、カサリと擦れたように熱を持った。
「仕方ないですよ、戦場の英雄とはいえ全滅に近い敗戦を、将軍の近衛兵として最後まで戦い抜いたのですから。しかも上級司祭すらも匙を投げるほどの怪我の定着。あの戦場を生き延びただけでも誇るべき偉業です」
女性の声が耳に優しい。男も一つ頷くと、
「そうだな、あれで私の寿命も尽きた。力を使い果たしたのは、こいつと同じかそれ以上だ」
と緩く手を握りこんだ。微細に震える手は意思に反して力を込められず、手の中には小さな空間があって引き締められる事はない。
「時にシンハよ、貴方の腕や足の代わりが有るとしたら、貴方はそれを使いたいと思いますか?」
女の声は最初暗号のようにシンハの耳を滑ったが、次第に残響のように意味が心を満たすと、思わず声を上げようとしたシンハは咳き込んだ。それをジッと待った男は、屈み込むとシンハの耳元で、
「俺はもうじき死ぬ、代役になれそうなのはお前くらいだが、これを受け継ぐ気はあるか?」
と言うと、外套を脱いで見せた。その背部には籠状の背負子が担がれており、中には妙齢の小人女性が鎮座している。その目の前には目を引く水晶球が魔光をたたえていた。
「虹蜘蛛……か……」
ひからびた声が戦場でのフチ達の二つ名を唱える。七色の後光を虹に、多脚を蜘蛛に例えられてのあだ名に苦笑いの男は、
「そうだ、この戦場で我が肉体は深刻なダメージを負った。敵によってではない自らの魔力によって」
そう言うと男は自らの腕をまくって見せる。魔力に光る刺青が筋道を作る腕は、内部からの火傷でケロイド状に歪んでいた。
「あの力か……」
戦場で見たフチの後光、虹に例えられたその力は、巨人すらも瞬時に焼き殺す火力を見せ、同じ戦場に居たシンハを戦慄させた。
「そうだ、生き延びるために許容量を超えざるを得なかった。お主が手足をいかれたようにな」
と説明する男の顔は満足気であった。
「どうだ? 時間がない、お前を推薦したのは俺だ。フチ様の身体候補は既にいるのだが、こいつを託せるのはお前しかいないと思っている」
と言うと、腰元から長大な曲刀を抜き放った。実戦に晒された刀身は独特の光沢を放ち、吸い込まれるような感覚に陥る。その柄頭には、余りにも有名な鍛冶師の証、双鎚紋が彫り込まれていた。
双鎚紋の曲刀、戦士ならば一度は振るってみたい得物である。震える手を曲刀に伸ばすシンハ。その手を暖かく包み込んだ男は、
「頼んだぞ」
と小さく呟いてこと切れたーー
それから十数年、今でも魔法王国の残党を追いかけるフチの手足として、曲刀を振るい続けているシンハは、先代の手足である男の声が耳にこびりついている。義手となった左腕をさすると、疑似神経が温もりを伝えてきた。両膝に埋め込まれた神経針は、背骨で繋がった多脚と相まって、フチの魔力の影響を受けている。
後どの位動けるのか? フチの使命である〝古代小人種の秘宝の奪還〟がなる日もそう遠くはないだろう。だがその前に秘宝が悪用され続けている事態をどうにかしなければならない。
熱を持ち、水の溜まった膝に喝を入れたシンハは、背負子を担いで神経を接合すると、フチの寝室へと歩き出した。
短めの閑話なので、もう一話投稿させていただきます。




