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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第四章 聖騎士団の受難
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聖騎士誕生

「何だこのもやは?」


 と目の前に広がる深紅の煙を見ながら問うフロイデに、


「血が焼かれて生まれた瘴気だよ〜、吸い込んだら発狂するかも〜」


 と双短剣による液体の分析を終えたベイルが警告する。


「お前の結界で何とかならんのか?」


 と今度はジュエルに詰問するが、これまで受けて来た瘴気と違い、徐々に浸潤してくるそれは聖守護力場ホーリー・メイルの結界をもってしても、完全に防ぐ事ができなかった。


「彼女は正式な聖騎士ではありません、仮の聖守護力場ではこれ以上の出力は得られないでしょう」


 とハムスに断言され、うつむくジュエル。フチに魔力操作を補助されても所詮はこの程度、自身の至らなさが歯がゆく、身がよじれるような思いだった。


「私とシンハの力で侵入する瘴気を分解処理してみます、ベイルはこの脚に触れて魔力操作を助けて下さい」


 と告げたフチは、シンハと共に後光を微細な放射状に変質させ、汚染された結界内を浄化し始める。同時に後ろに伸ばした脚から神経針をのばすとベイルに射ち込んだ。「ひぇ~っ」という小さな悲鳴の後、三者による共同作業が始まる。


 結界内から光彩魔法を通して外を分析していたマルセイの目には、浸潤してきた瘴気が晴れたおかげで、粘液が満ち結界の底面以上に水位を増した様子が見えた。


 その時、上空のミュゼルエルドに向けて真っ赤な渦を纏う土嵐が放たれ、一段と高度を上げて回避した剣龍と大司教は、アレフアベド上空を旋回しながら機を伺う。

 彼らにしてもブレスの影響で発生した瘴気には即座に対処できず、一旦距離を取るしかないらしい。


「ならば! この場で承認できないかワン? 丁度ギルド長と王様が居るワンウ。この場でジュエル様を聖騎士に承認できれば、結界も強化されるはずだワン」


 と訴えるウーシアにジュエル自身が驚いて、従者たる彼女を見る。その目は活き活きと〝やれるはずだ〟と語るように輝いていた。


「聖騎士の認定、特にジュエルの場合は、冒険者ランクが絡んでいます。特例的に一時認証としてのSランクならば……」


 と相棒であるフロイデを見るハムスは、大きな頷きを得て、


「有り得るだろうね。反対勢力の副マスターはカースの一件で潜伏したと思うし。既にA級審査は通っていたんだ。緊急時特例としての一ランク昇格は、過去にも例が有る……僕たちのパーティーさ」


 と告げ、喜んだウーシアが瘴気の中で浮かれはしゃぐ。


「だが、聖騎士になるには大司教様と王族の認証がいる、しかも一国の王族では足りぬ。二国以上の王もしくはそれに類する者の列席が最低条件のはずだ。俺は領主であって王では無い。冒険王というのは、俗称であって地位ではないぞ」


 と言うフロイデに望みを断たれたウーシアは耳を垂れ下ろす。


「ならば私が承認しましょう」


 と声を上げたのは意外にもフチだった。


「古代小人種の女王として、ジュエルの聖騎士承認を支持します」


 驚くウーシアは更に、


「ウーシア、ヤマタ王国の支配者、カニディエ氏族のお前に、私の聖騎士たる地位を承認してくれないか?」


 と思ってもいない懇願を受けて、主人たるジュエルを見つめる。そんな事は可能なのだろうか? 首を回してハムスを見ると、首を傾げながらも、


「この場でできる事はやり切るしかあるまい。どうやら瘴気の浸潤もあれが来たら本格化しそうだ」


 と指差す先には、ドロドロに溶けたタイタンの肉体が、煙を上げながら粘液を纏って回復しつつあった。

 その腕部分に渦巻く土嵐に結界を突破されれば、一気に瘴気に侵されてもおかしくはない。ジュエルの魔力も無尽蔵ではなく、どれほどの攻撃に耐えられるかは自信が無かった。


「どうやって大司教様にお知らせしますか?」


 と問うシンハに無言で答えた信兵長は、懐から信号筒を取り出すと、魔力を込める。

 発光する筒の先から魔力紋が天に向かって放たれると、龍の咆哮が響き渡り、巨大な影が結界に飛来した。

 それを受け入れるジュエルは、喜びと期待に打ち震える。念願の聖騎士になれるチャンスがこんな機会に転がり込んでくるとはーー


 だが、結界の天蓋を緩めて大司教を受け入れようとした時、微細に侵入した瘴気が鼻から肺に混じって、ジュエルの心臓と脳を犯した。



「ドクン、ドクン」


『お前は聖職者足り得る、何者かとなったのか』


 ーーわずかだが脈動が頭に響くーー



「ドクン、ドクン」


『お前は聖騎士という力を得て何を成す? 己が理想を、欲望を実現するつもりか』


 ーーそれが次第に大きくなると、頭を締め付けるような力となったーー



「ドクン、ドクン」


『神の奇跡を利する者が聖職者として、この世に何が成せるのか』


 ーー言葉が突き刺さり、拍動が急激に上がっていくーー



「ドクン、ドクン」「ドクン、ドクン」「ドクン、ドクン」



 耳鳴りが視界を歪ませ、降下して来る巨大な龍が数倍恐ろしいものに思える。忘れかけていためまいが甦り、身体の位置関係すら掴めなくなってよろめいた。



『私は』


 薄い空気を何とか飲み込んだジュエルが、溺れたように手を伸ばす。


「私は神を利する、神も私を利すればいいっ」


 泡を吹きながら開き直って叫ぶと、りきむ背中に柔らかな温もりが触れた。


「大丈夫だワン、ジュエル様の事は誰が認めなくても、ウーが認めるワン」


 しっかりと力の込もった手が肩を抱く。触れた手のひらから水面に広がる波紋のように伝わる感情、目を瞑るとフチから預かった脚を通じてウーシアの霊感嗅覚が流れ込んできた。


 瘴気汚染による混乱がウーシアの霊感によって正され、身体を支えられたジュエルは、従者の促しを受けて目を開けるとーー聖守護力場の静かな光の中で、神妙な顔のウーシアとフチ、そして剣龍ミュゼルエルドから降り立った大司教ラウルの柔らかな笑みを見た。




 その時の記憶を尋ねられた者は皆、


「よく覚えていない」


 と証言したと言う……一瞬静まり返った場に、


「神殿騎士ジュエル・エ・ポエンシャル、汝を主神ハドルの御名において、聖騎士と承認する」


 大司教ラウル、古代小人種女王フチ、そしてカニディエ氏族のウーシアの声が重なった次の瞬間、この世に〝聖騎士〟ジュエル・エ・ポエンシャルが誕生した。




「ドクン、ドクン」


『許すために力は要らない』


 ーーーーこれは私の思考だーーーー



「ドクン、ドクン」


『神の力を示すものは何故に力を与えられるのか?』


 ーーーーこれも私の思考だーーーー



「ドクン、ドクン」


『神同士の対立と拮抗、それ故に力を振るうならば、それは正義か?』


 --ーーこれもーーーー



「ドクン、ドクン」


『自問せよ、汝のなすべき事を』


 ーーーーこれは?ーーーー


 瞬間、光の柱が注ぎ、ジュエルの全身を包み込んだ。溢れ出る歓喜と苦悩、自意識を超えた情報量にジュエルの頭脳は停止したーー




 神の質量と解放とともに息を吹き返す。目の前に広がる世界はそれまでと変らなかった、呆気ないほどに。だが己が体内に循環する魔力は、それまでとは全く異なる仕組みに変換されている。外部の魔力を己が物とするような不思議な感覚に、慣れないジュエルは深く息を吸い込むと、青く光る魔素を吐きだした。


 頭の先から足爪の先までを覆う聖騎士の鎧は、継ぎ目の無い鏡面となってジュエルの裸身を包み込む。その表面に理解の及ばぬ文字が青く浮かび上がると、図形のようなものを纏って流れ始めた。


 神聖文字で描かれた文言は、余人にはうかがい知れぬ奇跡を示しながら、手に持つ戦鎚や盾をも覆う。頭に残る文言のイメージをなぞると、光に分解された鎚と盾は鎧の鏡面に吸い込まれて消えた。


 全ては神の御心のままに。


 新たに生まれ変わったジュエルは、不思議と今まで通りの思考に落ち着くと、教会での祈りの言葉を口にしていた。結界に手を伸ばした瞬間に、周囲を覆い尽くした深紅の粘液を吹き飛ばしながら。

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