雷巨人狩り
七色の後光は一番手近な巨人を捉え、流し込んだ魔力が血肉を沸騰させた。その後三本に分かれた光線はそれぞれに巨人を撃ち、絶叫と共に骨や毛の焦げた臭いが辺りに充満する。
突然複数の仲間を失った他の巨人達は唸り声をあげてフチに殺到した。
先頭を行く一体の真横に現れたウーシアは、頸動脈に具現化させた霊剣の刃を引くと、宙に真っ赤な血花を咲かせる。流れるように振られた反対の手からは、遠心力の乗った投魔石が放たれ、フチに迫った一体の膝裏を弾いた。
「全然っ」
フッと掻き消えた体が、別の一体の側に現れると、既に霊剣は巨人の心臓を貫いている。
「バッシとは」
踏み足鋭く半転しながら剣を引き抜いたウーシアは、
「違う」
そのままの勢いで跳び上がると、空中に身を滲ませた。
その間にフチの後光が残りの巨人達を撃つが、一体の巨人が仲間を盾に生き延びる。その爪は毒々しい青紫の魔光を放っていた。
「後は頼める?」
カーンの間近まで迫ったシンハの背中から、フチが声をかけると、魔爪によって霊体を斬られそうになったウーシアが、
「殺れるワン」
と霊剣で受けながら答えた。
カーンは既に数発の魔雷を落とし、身に迫る小虫のようなシンハ達を撃とうとしたが、そのことごとくをジュエルの聖守護力場に防がれると、口腔内から「バチバチッ」と苛立たし気な唸りを発した。
今のジュエルには相手の魔法の強度が手に取るように分かる、そして自分がどれほどの魔力を込めて結界を張れば良いか瞬時に判断できた。
迷いの無い余裕は、力となって全身を躍動させる。
シンハよりも先行したジュエルは、青い弾丸となってカーンの足に激突すると、カーンの身に纏う魔雷が聖守護力場に弾かれて散った。遅れて振り抜いた聖槌でさらなる打撃をみまうと、膝折れたカーンの頭部に、シンハの曲刀が迫る。
その殺気に反応したカーンが左腕を爆発させた。三つ雷紋を消費した魔雷は、己の肉体もろとも空間を焦がし、巨人のカーンをして反動にのけ反らせる。
至近距離でそれを受けたシンハは、フチの後光でも相殺しきれない爆風に吹き飛ばされ、空中を舞った。それを目で追い、前腕による追撃を加えようとしたカーンの膝が打ち砕かれる。真下で魔雷の爆発を受けたジュエルが、聖守護力場の重展開で耐えきると、間髪を入れずに聖撃を打ち込んだのだ。
聖騎士の鎧を伝い走る魔雷、ジュエルの肢体は弛緩しつつも、歯を食いしばり神聖魔法の力と同期すると、麻痺する体を回復させながら無理やり戦槌を振るう。
迎え撃つカーンも身の内を走る雷撃に震えながら、しかし巨体からは想像できない速度で黒腕を振るった。それは丁度カウンター気味にジュエルの体に吸い込まれていくーーその刹那、いつの間にか伸びた曲刀が、カーンの太い腕を斬り飛ばした。直後の戦槌が、青い尾を引きながらカーンを打ち据える。
青光が樹脂の塊のようなカーンの腹部を打ち抜き、閃光と共に体液が飛沫となって溢れ出る。断裂した腹部には多数の雷紋が明滅し、崩れながらジュエルに覆い被さった。
フチ由来の極彩色の魔知覚の世界で、濃淡を見せる雷の魔素が一面の花畑のように狂い咲く。誘爆する寸前の、力に満ちた萌芽ーーその隙間を縫うように放たれた後光を、ジュエルの盾に固定した脚が導くと、我知らず発動した聖守護力場がその隙間をこじ開けた。
完全なる結界球がジュエル達三人を閉じ込めた瞬間、目の前が真っ白に輝く。瞼を閉じても透過する光に目を覆うと、それでも痛みを伴う雷光がジュエルの全身を貫いた。
一心の祈りで聖守護力場に魔力を送り続ける。その盾には脚を通してフチの後光の力も加わりーーどれほどの時間目を閉じていただろうか? 肩を叩かれたジュエルが目を開けると、白んだ視界に色が戻ってきた。
「もう結界を解いてくれ、私達も出られない」
と苦笑いしたシンハの背後でフチも小さく笑う。固く握り締めた手を解すと、掻き消えた結界の外はすり鉢状に削れており、さらに結界の球面に圧迫された地面に足が触れた。
「雷の巨人は……」
とジュエルが尋ねると、
「跡形もなく吹き飛んだ。破片はどこまで飛んだか……もしかしたら街の外まで吹き飛んでいったかも知れん」
と答えたシンハが多脚を用いて、器用に窪地を登り始める。ウーシアは無事か? と思い至って、声を掛けようとした時、窪地の淵から顔を覗かせたウーシアが、
「ジュエル様! 無事かワン?」
と飛び降りて来た。重く成長した肉体が元気に抱きつき、
「おおっ」
と受け止める。その温もりに、怒ろうとした気が紛れた。
「お前の相手はどうした? かなり手強そうだったが」
地上に出たシンハが見回すと、ズタズタに引き裂かれた狼巨人がその遺骸を地に伸ばしている。仲間を盾にした者が、敵の盾にされて雷爆に晒されたのだ。その皮肉に肩をすくめていると、
「感動しているところ悪いわね、今の爆発で新手の巨人達が誘き寄せられたわ」
と警告を発するフチ。窪地から這い出てきたジュエルも体の不具合を確かめると、新手の出現に備えて警戒を新たにした。
*****
ハムスとベイル、そしてポメラを肩に巻きつけたズオンズ達は、多勢を引き連れた土魔人の様子に困惑していた。
彼らは進軍の途中で地面に潜り、数十体もの巨人が潜行したまま出てこなくなってしまったのだ。
「奴らは何をしているんだ? 居るのは分かるが、こんな所に潜んで何になる?」
ハムスの疑問に答えられる者は居なかった。
「フチ、ツレテクルカ?」
とズオンズが尋ねるが、
「あっちも手一杯でしょう、このまま害がなければそれで良いけど、そうもいかないわね。ベイルあれを頼むわ」
と肩の根塊から顔をだしたポメラが全身を使って言葉を放つ。それを聞いて、
「ええ〜? あれ疲れるんだよ〜。他に手はないの〜?」
と嫌がるベイルに、ハムスも頭を下げると、仕方なしといった風情で腰元の双短剣を引き抜いた。
「これって調べたらなにかご褒美くれる〜?」
と言うやる気の無い口調とは反対に高まる魔力、飽和状態で熱を持ち始めた双剣に、
「リディム君にバイブス君〜、汚してごめんね〜。君達の犠牲は忘れないよぅ〜」
と地面に剣身を突き立てた。まるでバターを切るように音も無く突き立つ石畳の下で、魔力が線を描き滞留する。それは腕を伝いベイルを駆け巡ると、二剣の間にあるもの全ての情報が一気に知覚された。
膨大な情報に、魔法的な安全装置が働く。その状態のまま〝巨人〟というキーワードだけを一心に念じると、情報が鈍化し、ジワリと吸知の輪が広がっていった。
地面の下に……居た。複数の巨人が空洞を移動して行く。地中に空洞? と思ってその先を調べると、ある地点から先は、明らかに質の違う魔力の障壁によって閉ざされていた。
「巨人達は何かの空洞を移動してるよ〜、この都市の地下に何か有った〜?」
とハムスに確かめると、首を傾げたハムスの髭が揺れる。
「そんな事聞いた事も無い、私はここの生まれでは無いが、生粋のアレフアベド人の長老からも、そんな話は聞いた事がない。タイタンが掘ったんじゃないか?」
と聞き返すが、ベイルの感じた吸知魔法の返しは、強力な魔性なくしてはあり得ない反応だった。
「もちろんそういう能力を持った巨人なのかも知れないけど〜、そんな神様みたいな奴の存在は早々信じられないね〜。第一領主の館を目指しているなら、方向が違うよ〜」
と言われて更に判断に困る。このまま追うべきか、地上に残った巨人を始末すべきかーー
するとフチ達の向かった場所から爆音が轟き、一瞬後に爆風が街に吹き荒れる。ズオンズが鉄板を生成して皆を庇うなか、何が起きたのかと周囲を警戒するハムスの耳に、重量級の足音が響いた。それと同時に複数の足音が近づいて来る。
「あれは雷巨人の発した魔法か? ならばフチ達は無事だろうか?」
と声をあげるも、
「それは分からないよ〜、でもこっちも無事で済むかなぁ〜?」
と地面から双剣を抜き構えるベイル。ズオンズが分厚い鉄板を生成し、鈍い音を立てながら擦り合わせると、肩に宿ったポメラは殻の中に戻りながら、
「ハムス様も頑張れ〜……」
と後半は殻の中に音をこもらせて激励した。呆れながらも魔短剣を宙に解き放ったハムスは、
「やれやれ、今日は頑張り過ぎなんだけどなぁ」
と幻影を伸ばす魔剣を斜めに回転させながら、迫り来る巨人の群れを観察した。
*****
それは両腕に魔力を宿した名前付き巨人をズオンズの鉄板生成連撃で追い詰め、ベイルの吸知の剣術で魔法の発動を阻止し、ハムスの飛剣が数千の幻影剣を突き立てた時だった。
音を立てて倒れる巨人に地面が大きく揺れると、土煙がゆっくりと広がり、崩壊した建物を包んで行く。その余韻をぶち壊すような大音声が
「ハムース!」
とかなり遠方から放たれた。にも関わらず間近で怒鳴られたように耳を刺激されたハムスは、
「フロイデ、やっと来たか。デカ物はあらかたやっつけたよ」
と耳を抑え、苦笑いを浮かべて領主である相棒を迎え入れた。
「ご苦労であった! こっちも巨人を退治しながら来たが、これで全部か?」
騎乗する巨大な馬は、六本足の軍用バジリスクで、血統の枝分かれに薄れたとはいえ、石化の鼻息が毒々しく排気されている。口から覗く気管は列をなし、止まっても「ドル、ドル」と紫煙の重低音を発していた。
「いや、地下に潜った土魔人が巨人達を連れて出て来ないんだ。地下に何かあるのかい?」
と聞かれたフロイデは、あご髭を擦っていた分厚い手を離すと、
「なに、地下だと!? フチはどこじゃ! フチに調べさせろ」
と怒鳴った。彼にしてみれば普通の声、だがそれは聞く者の腹に響くと、ウーシアは思わず尻尾を畳み、鍛えられた騎士ですら思わず身を竦める。だが元凄腕冒険者揃いの近衛兵達は、いつもの事と年季の入った風貌で戦場を観察した。
「フチ様は雷の巨人を討ちに行きました。無事ならばもうすぐ戻る予定です」
と答えたのは、いつの間にか戻って来た信兵長のラガンだった。
「うむ、ご苦労であった。お前がここに居るという事はーー」
「はい、大教皇様が直々にこちらに向かわれております。剣龍ミュゼルエルド様に騎乗されて」
ラガンがかしこまりながら告げるのを聞いたフロイデとハムスは驚きを禁じ得なかった。
それほどの何かがこの街の地下にあるということか。神殿騎士であったジュエルも、事の重大性に認識を改めると、大教皇がやって来るであろう聖都の方角を見上げた。




