聖騎士の思い
巨人達はアレフアベドの街を破壊し、恐慌に陥る住人達を蹂躙し始め、通りは逃げ惑う人々で騒然となっていた。
突然襲いくる魔雷や土嵐は一度に大量の犠牲者を生み出し、勢いづいた一部の巨人達は犠牲者を求めて街中に散って行く。
巨人達の圧倒的な質量と、突如襲いくる魔雷の猛威に晒されたギルドマスター達は、抵抗する余地も無く一時撤退すると、手薄になった外壁アジトの地下通路へと身を寄せた。
「バッシが居ないワン!」
ウーシアの声に、後ろに続いた大男も周囲を見回すが、いつの間に見失っていたのか確かに見当たらない。
「お前の鼻でも分からないのか」
その腕の中で意識を取り戻したジュエルが尋ねるが、ウーシアは首を振って否定するのみ。霊感に由来するウーシアの感知能力でも捉えられないのは、異常な事態である。
頭を抱えるジュエルに、小型化したポメラが植物の根を伸ばして、脳に異常がないか調べた。結果異常はないらしく、
「疲労からくる頭痛みたいね」
と微細な根を回収すると、ズオンズの肩へと戻っていく。だがお礼を口にするジュエルの顔色は冴えない。
『またやられたか』
想起するのは、連れ去られたリロの姿。相次いで姿を消す仲間達に、ジュエルは口を噛み締めて己の不甲斐なさを悔いた。だが現状やれる事ーーいや、やらねばならない事が有る。
「住人達を守らねば、街はどうなってますか?」
その言葉を聞いて顔を曇らせる一同。ギルドマスターのハムスが、
「もう少しの我慢だ、打って出る機会を待とう」
と厳しい表情で水晶球を睨んだ。小人女の操る水晶球には領主の館が映し出され、そこにはハムスの相棒であるアレフアベド領主〝冒険王〟フロイデが、配下の騎士団を伴い、出陣の準備を急いでいる様子が見て取れる。
「領主の軍勢が出陣する時、雷の巨人と土の巨人に先制攻撃されると大きな被害が出るわね」
小人女の指摘にハムスも頷くと、隠れ潜んだ街壁から市街地周辺を遠視した。そこにカースや剣士達の姿はなく、周辺を破壊し尽くした巨人達の物音も遠のいている。
「領主の軍勢が出陣する前に、広範囲にダメージを与え得る二体を倒す。僕とベイル、ズオンズとポメラは土の巨人を、フチとシンハ、ジュエルとウーシアは雷の巨人を仕留めてくれ」
ハムスの言葉に、一緒に組む事になったフチと呼ばれる小人女を見たジュエルは、念のために、
「仲間が見当たらないのですが、私達と居た戦士、バッシの行方は分かりませんか?」
と尋ねたが、
「私も気になっていたけど、一瞬の隙に全く気配を感じなくなってしまったわ。シンハとも話していた所よ」
と曲刀使いと目を合わせた。シンハと呼ばれた男は、曲刀の柄に彫られた双槌紋を指先でなぞりながら、
「双槌紋の大剣使いだ、そう簡単にやられるはずが無い。今はこの状況を何とかするしかあるまい」
と目力を込めて訴えた。力強く頷き返すジュエルに反して、尻尾を丸めて不安を隠せないウーシア。
「大丈夫、終わったら一緒に探しましょう」
と優しく元気付けるフチの言葉に一先ず頷くと、作戦を遂行するために、荒れ果てた街中へと戻っていった。
*****
巨人達は住民を追い込むように街の西南部に移動しており、魔雷の巨人はその先鋒をきって進行しているため、仕留めるには先回りが必要だった。
冒険者の街と言われるだけあって、住民達も無抵抗ではないが、巨人達はそれらをものともせずに猛威をふるっている。その戦乱の最中、街を知り尽くしたウーシアの先導で駆け抜けてゆく一行。
「巨人達は鈍いから楽に追えますね」
と荒い息の合間に漏らしたジュエルに、
「忘れるな、お前たちの仲間であるバッシも巨人族の一種だぞ。感覚に優れた種も存在している。そうした者達を巨体型の護衛につけるのがやつらの常套手段だ」
と曲刀を携えるシンハが注意した。
「奴ら?」
「旧魔法王国の人造兵団、その研究機関〝学院〟の最高責任者。現在は城塞都市ムワンガで人造兵団とゴブリン達を増殖させ続けている張本人〝教授〟とその配下だよ」
シンハの言葉に苦味が混じる、因縁の相手なのだろう。
「教授とやらは、バッシを生み出した研究者の事ですか?」
ジュエルは認識を改めながら尋ねた、確かに聖騎士団の中でウーシアに次いで感覚に優れているのは、バッシである。
「そうね、バッシは彼女の研究機関で生み出されたらしいわ。もっともバッシは目立つ存在ではあったけど、雑兵の一人だったみたい」
背負子に揺られるフチの言葉に、ジュエルは少し心を乱された。出会った当時のバッシを思い出したせいだろうか? 誰にも顧みられずに生き延びてきた男を、さらなる戦乱に巻き込んだのは、間違いなくジュエル自身である。
そして唯一の親友であるリロは、生死不明のまま暗い地下空間に閉じ込められてしまったーー
それら全てが自らの野望によって引き起こされた事態のようで、暗い未来の暗示に気持ちが沈む。その思いを噛み殺したジュエルは、心配そうに隣を走るウーシアに、
「大丈夫、私が絶対に皆を助ける。偉大なる祖父から受け継いだポエンシャルの名にかけて」
と自分に言い聞かせるように語りかけた。近くから聞こえてくる雷鳴が緊張感を引き上げ、全身を包む聖騎士の鎧が気持ちに呼応するように青く光る。
その超力を全身に循環させると、湧き上がる力の発露を求めるようにひた走った。
*****
魔雷カーンの体は、自身の放つ強力な雷撃の影響によって内部から爆ぜ、解れた黒い筋繊維を露出させていた。体中いたる所で黄色い光を放つ雷紋からは、褐色の体液が滴り落ちている。それでもなお高温を発して雷を纏う巨体を遠視したシンハは、
「死兵か……これほど大規模な破壊をもたらし得るものを捨て駒に使うとは、まるで悪夢を見ているようだ。敵の目的は力の誇示にあるのか?」
と熱い息を吐いた。
二階建ての建造物を優に超える頭部には、既に数本の矢が刺さっているが、全く意に介さずに黒煙を上げながら歩を進めている。踏みしめる地面には、溶けた樹脂の足形が糸を引いていた。
「残り火のような命ほど良く燃える」
曲刀男の言葉に頷いた小人女は、
「生半可な攻撃じゃ止められないわね、全身に纏った雷は優れた防御であり、凄まじい速さでカウンターを放つ武器でもある」
と現在のカーンを評した。
「それとあれだな」
シンハの言葉に、ジュエルはカーンの周囲を護衛する巨人達を見る。バッシをもう少し大きくしたような巨人達が数体、特徴的な長耳と高く伸びた鼻を効かせ、警戒を強めていた。
「狼人族の血を混ぜた人造巨人ね、さらに生命力を上げるために丘巨人の血も混ぜてある。いわば仮想のバッシといったところかしら、剣が爪と牙に変わった感じの」
フチが水晶球を通して分析する。その中に捕捉した者は自動的に七色の後光を追尾させられるという、恐るべき能力らしい。
「しかも他の巨人達も近い、もし戦闘になったら応援に寄ってくる可能性もある」
一緒に水晶球を覗き込んだジュエルが周囲を見回した。時間は無いが無理な計画を立てると全滅の可能性もある。もはやこの街に安全圏など無いのだ。
「私の魔法で護衛を撃ち、討ち漏らしをウーシアが斬る、シンハは雷巨人を叩き、ジュエルは魔雷への備えで皆の中心に位置を保ってくれ」
と言うフチの言葉に、
「しかし雷の速度には私の聖守護力場の発動が間に合いません」
とジュエルが異論を唱えると、
「大丈夫」
とフチが背負子に接続された多脚の一つを捻じり外した。
「それを貴女の盾に取り付けて」
と言われ、シンハから手渡されたジュエルは、取っ手にしている魔獣の硬革握りに渡された脚を引っ掛ける。思ったよりも軽い脚は自動的に曲がると、握りに固定された。
「ちょっと痛むわよ」
という言葉を聞いた瞬間、チクリと手首に痛みが走る。見ると聖騎士の鎧を貫いて、脚から伸びた神経針がジュエルの手首に突き刺さっていた。
「大丈夫、魔法的な繋がりだけだから、神経は刺激されても、肉体や鎧に損傷は無いわ」
と説明されても、痛いものは痛い。太い神経針は手首の骨に沿って深々と刺さり、そこから絶え間なく脈動が感じられた。それと同時に、フチの見ている魔力的感覚が伝わってくる。それは普段ジュエル自身が知覚している、神聖魔法由来の感覚とも、タンたんと友人の盟約を交わして得た思念波とも違った、極彩色の世界だった。
「これで繋がったから、脚由来の後光が自動的に貴女の聖守護力場の引き金になるわ」
フチが脚を操作してジュエルの聖なる波動を微細に使用させた。それまで魔力調節の目盛りが〝1、2……〟と刻まれていた所を、小数点を二つも増やしたような繊細な魔力操作に、ジュエルの中で何かが覚醒していく。
「この神経針は元々相手を操作するための魔法なんですか?」
手首の痛みが消えた代わりに、自分の体の一部という感覚もなかった。
「元々もなにも、私とフチの神経を繋ぐための装置だ。安心しろ、力の発動は最小限にとどめてある。奴……」
と言ってシンハが指し示した巨人は、自身の体に帯電していた残留電気を天に放出すると、轟音落雷を呼び、体中の雷紋を発光させた。
「あの魔雷に反応するようになっているから、一歩先んじて力場を展開できるはずだ。今のように無駄に展開しないように気を付けろ」
と、思わず赤角の盾から守護力場を展開してしまっていたジュエルに告げる。
「今ので感覚は掴めました、次からは無駄に魔力消費しないようにします」
と言うジュエルに頷いたフチは、ウーシアに向かって、
「霊化と言ったわね、あの状態でも魔雷のダメージを受ける可能性があるわ。そこを押して撃ち漏らしの巨人達へのとどめをお願いね」
と言うと、色を薄め始めたウーシアが、
「任せるワン、不意打ちは得意だワンウ」
と街の風景に溶け込んで消えた。それを見送ったシンハは多脚を広く構え、魔雷カーンに向けて突撃する。背中ではフチの水晶球が光を放ち始めた。




