人造巨人兵団
逆V字に編隊を組む飛龍達の頂点が、空中に雷撃を垂れ流し、排気する熱による白線を描く。
それは飛龍自身が発するものではなく、鋭い足爪に吊り下げられた、黒い巨人の全身から発生していた。
雲を抜け、一際まばゆい閃きを起こすと、地上の軍勢からも稲光が伸びて、空中で結びつく。
直後の轟音。
瞬時に蒸発し、跡形もなく消失する兵士達。
魔雷カーンと呼ばれた名前付き巨人の能力発露に、小人女の後光バリアーに護られたバッシは目を奪われた。
土魔人タイタンと並んで戦場で最も恐れられた存在。無慈悲な暴力をふるうタイタンよりも、瞬時に相手を滅殺する事から〝慈悲の雷〟と呼ばれていた。樹脂を固めたような黒の巨体に、無数の雷紋を有する者を、今は被害者からの目線で見上げている。
後光はさらに伸びてカーンを打ち据えようとするが、球形に纏まった魔雷に弾かれ、光の先を遠くの飛竜に伸ばした。焼き切れ墜落する他の巨人も目に入らないバッシは、己の体に集まる雷精の気配に焦りながら、
「ジュエル!」
と腕の中で気絶する聖騎士の名を叫んだ。鼓膜が破れるほどの大声にも目を覚まさないジュエル、その瞼が痙攣するーーと同時に、ウーシアをも搔き抱いたバッシは、ありったけの龍装を展開した。
倍ほどの厚みを増したバッシの背中に紫光が立ち昇ると、バッシの中で生成されていた雷精が搔き消える。
その時初めて魔法の力を打ち消す睡蓮火の力に思い至ると、トラウマに縮こまる精神を奮い立たせて黒巨人を見上げた。
〝そうだ、今の俺にはリリの睡蓮火という、守る手段が有る〟
多数の味方は再度の落雷に焼かれ、塵も残さずに消滅した。小人女が守る範囲は確実に狭まり、後光に収まった幸運な者達は奇跡に感謝しながらも、身を竦ませて立ち尽くす。
二人の仲間を抱き上げたバッシは、
「逃げろ! あれは露払いの魔雷カーン、その後に続くのは、将軍……最強の巨人だ」
と警告を発しながら全力で逃走した。生き残り達も、先ほどの魔法を使った者が最強の能力者ではないと知り、怖気づくように駆ける。その眼前に満面の笑みを浮かべたカースが立ち塞がった。
「おやおや、皆さん揃って駆けっこですか? 私も混ぜてくださいよ」
いたぶるように肉男達を振るい、落雷の地走りに動きを鈍らされた者を屠った。後方からは、地面に落下した巨人達が地中に潜っていく、バッシには分かりすぎるくらいに耳慣れた着地音ーー
〝まさか……英雄タイタンは直接討伐したはずだ〟
視認したいが、肉男達がうるさく飛び交い、自立させたウーシアはともかく、気絶したジュエルを左脇に抱えた状態では、対処もままならない。
だが土の飛沫や地面の隆起が、明らかに土魔人の力を示し、波となって後ろから追いかけてくる土の量が、巨人達の体積を示す。その数50は下るまい……
数多の戦場ーー特に人造巨人兵団での戦闘を繰り返してきたバッシの読みは、概ね当たっていた。
土から跳び出た彼らは、目の前の敵を手当たり次第に掴み、弾き、噛みちぎる。なかには巨大な両腕から魔法を発生させて広域を薙ぐ名前付き巨人の姿もあった。
「こいつらよりもやばいのがいるの〜?」
追いついてきたベイルが尋ねるのに、
「あいつらはまだ相手になる範疇だが、将軍は別格だ! 逃げるしか手は無い」
龍装を操りながら地を掻き毟るように駆けるバッシに、ただ事ではないと悟ったベイルは、指笛を「ヒュイッ!」と鳴らすと、仲間達に合図を送った。
それを受けた緑髪の女と大男は、絡んでくる肉男を華麗に避け、または吹き飛ばすと、すぐにベイルの元に駆けつける。そこには大門軍団副リーダーのゼバスの姿もあった。
「どこかに逃れる場所はないか?」
とバッシが移動しながら尋ねると、
「あそこが一番の逃げ道だが、彼らに塞がれている」
と見れば、先ほど脱出してきた外壁倉庫への通路の前に、三ツ子戦士の内、残る二人が潜むでもなく立ち塞がっていた。
そのそばにはカースも戻り、すぐには突破できそうに無い。
「交戦中に挟み撃ちに合うのは避けたい、奴らの狙いはそれだろう」
ポメラは周囲を見回し、逃げ場を探る。次の瞬間、頭頂部から伸びた稲光が焼き付くような閃光を放つと、全身が魔雷に包まれた。
一瞬にして焼け焦げる女、周囲の者達は女から離れて、身を低くする。バッシは地面を伝う雷を紫光で搔き消すと、女を見た。そこには残骸すら残っていないーー
「こいつはやばいよ〜」
のんびりした口調の中にも、危機感を募らせたベイルが首をすくめる。隣に立つズオンズの手のひらから、
「冗談じゃないよ、全く! 死ぬところじゃないか」
と蚊の鳴くような声がした。見れば手のひら大の種の中から現れた小さな緑の女が、絡みつく粘液の中で怒りまくっている。
瞬時に射出された種は、どうやらポメラの本体らしい。すかさず地面から蔦状植物を生やして大男の肩に絡みつくと、中に収まって淡い光を放った。
「こいつは結界を張れる、魔雷から皆を守れるのはこいつぐらいのものだから、何とか意識を回復させてくれ」
とズオンズ達にジュエルを任せたバッシは、ウーシアとベイル、それと火炎を纏うゼバスを伴って、門前の二剣士に向かって駆けた。
すかさず飛来する肉男達に、ズオンズが後方から放った鉄の円板が突き刺さる。切るよりも弾き飛ばす事を念頭に置いた重たい一撃に道が拓けると、その先には小楯を構える二剣士が鋭い視線を放っていた。
霊化するウーシアと、黄金の魔光を発生させるベイル。その二人を置き去りに飛び込んだバッシは、初めから濃厚な銀光の世界を展開させると、飴のように重たい空気を軽くした時の感覚を思い出す。
それは一度覚えた二足歩行を意識せずとも行えるように、自然とバッシの体を前に進ませた。そのスピードに追いつけない二剣士は小楯を操作して先制攻撃を放つが、ギリギリで躱すと大剣を振り抜く。
胴薙ぎを何とか短剣の端で受けた男を、それごと切りとばすと、自らの剣を腹にめり込ませて吹き飛んでいった。晴れる銀光の世界に、瞬間移動してバッシの背中を狙うもう一人の男。切り返しの大剣が間に合うかどうか、微妙なタイミングの刹那、剣を持つ男の右腕が宙に舞った。
吸知の魔剣、リディムとバイブスの狭間魔法によって察知された空間で、完璧な機を読み切ったベイルが手応えを得る。だが次の瞬間、伸びる影に捕まると、腕を無くした男が操作する小楯に押さえつけられた。
すぐに斬り付けようとするが、小楯が絶妙なタイミングで妨害する。男は傷を意に介さないとばかりに無視して、地に落ちた黒い短剣を足で固定すると、地面に向かって思い切り倒れた。
何をしようとしているか瞬時に察知したベイルは、肩から思い切り体当たりを食らわせるが、小楯によって自身を打ち付けた男は、短剣で貫かれようとする。
その背中を肉ごと掴んだバッシは、全身のバネを使って男をひっくり返すと、大剣の柄を振り落とし、男のこめかみを思い切り殴った。
重たい手応えの後に搔き消える体、男を掴んでいた龍爪が空を握りつぶすと、瞬間移動でユルリと抜け出した男が、小楯を呼び寄せた。
そこにゼバスの火炎魔法が吹き荒れる。火炎放射のまま近づくと、真っ赤に光る魔力紋のシミターを振り下ろした。
バッシは腹に剣をめり込ませた方の男に向かい、みぞおちを足爪で抑えつけると、短剣を指ごと切り飛ばして制圧する。男は逆の手で腰元の短剣を引き抜こうとしたが、それも弾き切ると、感覚鱗に触るものに反応した。
遠心力に勢いをつけた肉男が三人分飛び込んでくる。真っ赤に染まった視界の半分を飛び退いて見送ると、地面に倒れた男の上を通過した直後に、男は姿を消した。
〝くそっ! てまどっている時間は無いぞ〟
背中から人造巨人兵団の圧力を感じる。すでに昔のバッシのような先行部隊がここに到着してもおかしくはないだろう。
焦れば焦るほど道は遠退く。カースはベイル達の追撃をあざ笑うかのように回避し、時間を稼ぐためだけに戯れに攻撃を仕掛けてきた。
「くそっ、やばい!」
ゼバスの声に目をやれば、相手取っていた片腕の男が、地面に落とした黒の短剣に倒れこむように、自らを貫いていた。同時にバッシが逃した男も、ウーシアの追撃を避けて自害の刃を心臓に突き立てる。
死刃のウンドの時と同じだ。自ら命を捧げる事で、黒い血の爆発を起こす死兵ーーしかも今回は二人が同時に血の刃を噴出させようとしている。
〝バッシ〟
精霊の声を感知する前に既に動いていたバッシは、銀光の世界を駆け抜けると、男の胸に萌芽する黒の血剣を抜き打った。刃の当たる瞬間に紫の光を放つと、浮き出た光が睡蓮の形に燃え上がり、血剣を燃やす。
同時発動の時にあれほどかかる負荷が、微塵にも感じられなかった。どこかで大剣を通じてリリが魔法を使ったような感覚ーー手応えの無さを感じる。
さらなる一人に、霊化したウーシアが取り憑くと、黒い血剣に具現化した霊剣を刺し入れた。黒の血剣は裂かれながらも上空に伸び、二手に分かれて地面に落ちる。
バッシは急いでウーシアを身の内に庇うと、龍装を全開にして丸くなった。
直後の爆発ーー
身が浮くほどの爆風が左右から容赦なく襲いかかる。だが以前に体験したほどの威力はなく、ウーシアによる分断が功を奏した事を知る。
土煙の向こうには、余裕を持って肉男達を操るカースが見えた。その姿は、大勢の肉男を馬に見立てて鎖に繋いだ、馬車を彷彿とさせる人肉車の上にある。そこに小さな影が躍りかかると、鎖と撃ち合って弾かれた。ギルド・マスターのハムスだ。
彼らは最前より戦っていたのだろう、地面には既に動かなくなった肉男達が死体を重ねている。
だがバッシの目線は、その後ろに釘付けとなった。淡く光を反射する曲線、それと結びつくのは、真っ白な筋肉質の肌ーー銀と白ーー
過日に見たままの巨人が静かに歩み寄ってくる姿に。
「何故だ? 何故あなたが……」
と声も枯れる。戦場では常に後方に控え、決して露払いである魔雷のカーンよりも先行する事の無かった存在。バッシが最も恐れ、戦場で敵として出会う者に、確実な死をもたらすーー白い悪魔〝将軍〟の姿であった。




