三ツ子剣士VSバッシ
ハムスの短剣が回転しながら空を走り、目に見えないほどの速度で肉男の首を掻っ切ると、飛び散るように開いた赤黒い空間に、もう一本の短剣が飛び込んだ。
いや、正確には短剣そのものではなく、短剣から生まれた幻影の剣が、である。
ブレる幻影は途切れる事なく分裂する。それは十や二十どころではない。僅かな隙間に流れ込む、数百、数千の幻影剣、それらは赤黒い空間をズタズタに切り裂き、それでも縦横無尽に飛来しながら空間で打ち合うと、無数の火花を散らして爆ぜた。
その爆風に隔離された肉男を掬い取る、青く澄んだ幻影に肥大化した短剣は、無力化した肉男を地面に投げ出すと、そこにも無数の短剣を青い山となるほど突き立てた。
本体は新たな獲物を求めてハムスの元へと帰還すると、腰の鞘に音もなく収まる。それでいて久方ぶりの活躍の余韻に「カタカタ」と鞘鳴る伝説の剣。その技を目の当たりにしたバッシが惚けていると、小人女の放った七色の後光が地面を焦がし、危うくバッシの感覚鱗をも焼きそうになる。すんでで避けたところに、
「ボーッとするな、双槌紋!」
と曲刀男が喝を入れると、六本足を踏ん張って飛来する肉男の胴を薙ぎ斬った。片手で振るうには肉厚長大な曲刀を、まるで木の枝のように軽く扱う男の一撃に打ち落とされた肉男は、全身の牙を打ち込んでその場にとどまると、傷口の赤黒い空間を小人女に伸ばす。
さらに二体の肉男が空中を〝引っぱられる〟ように襲いかかってきた。
バッシが空中の一体に斬りつける間に、曲刀男は空中の肉男を斬り上げ、地面に斬り伏せた一体を背負子の多足で捉えると、先端から針を飛び出させて地面に縫い付ける。
ジワリと広がる赤黒い空間が拘束を阻害するが、小人女にとってはその瞬の間で十分。閃く後光が赤黒い空間の下に吸い込まれると、肉男が痙攣したように震え、全身に開いた気門から煙を上げて干からびた。
さらに後光の支流を曲刀に絡みつけた男は、空中でさらに糸ひかれ、飛び戻ってきた肉男を迎え打ち、返す刀の速さで赤黒い空間を分離すると、放り出された肉男にとどめを刺す。
銀光と紫光を瞬間発動させて、もう一体を仕留めたバッシは、周囲の達人達の手技に痛む頭を忘れて興奮した。
それと同時に、仲間の安否を確かめるが、守りに優れたジュエルと、回避に優れたウーシアを捉えられる者はなく、やがてカースを追い詰める形で合流した。
「凄すぎるな」
と声をかけたバッシに、
「気持ち悪いワン、満面の笑みだワン」
と若干引き気味の苦笑を浮かべたウーシアが肩を並べる。
「お前の好きな強い奴らが山と居るからな、あの緑髪の女も相当の手練れだったぞ」
とジュエルに言われて女を見れば、妖艶な笑みを見せてコクリと頷く緑の女。揺れる髪束の先端に光る神経針が、魔光を纏って残像を描いた。
肌をほとんど隠さぬ女の肢体に、何となく見てはいけない気になって目線を泳がせると、人肉車の上から睥睨するカースが目に留まる。
その頭上にはいまだに数多くの肉男が赤い糸に引かれ、唸る鎖とともに宙を舞っている。晴天の空に赤が混じる光景は、まるで正常な生活を冒涜する喜びに、叫び震えているようだった。
「分かっていると思うが、私を相手にするなら全員でかかった方が良い。さっきから余力を割いているみたいだが、それは失礼というものじゃないかね?」
振り回す鎖の重量にも微動だにしないカースの言葉は、聞く者の心を揺さぶる作用をもたらす。
「余力というが、そんな余裕は僕たちにはないよ、お空の味方、あれは何だい?」
硬い口調のハムスが口髭を震わせながら目線を切る。空に現れた点はいまや靄のように広がり、空中を進むものの規模を物語っていた。それを迎え討つために、信兵長達各機関の幹部は連絡に飛び回っている。
愉悦に歯を見せるカースは、
「さてね、正直私にも分からんのだよ。とんでもない化け物だって事だけは確かだろうな、奴ら以上に」
と無造作に後方を指し示した。瞬間、バッシは気配に身構える。そこでは三方から忍び寄った影が、同時に抜剣しながら、禿鷹の戦士達と斬り結んでいた。
何故か音の消えた世界で、視覚だけが目の前の惨劇を伝達する。その異様さに仲間を庇ったバッシにも、風切り音一つ立てない短剣が伸びた。
反応する大剣は淀みない一振りで体幹を斬りつけるが、いつの間にか現れた小盾でいなされると、短剣が龍装の手甲を薙いでくる。軸足踏ん張り片手を離して握りを効かせると、急角度で切り返した剣先に相手の体が引いた。
〝速い〟
ブレる剣に手を添えて突きを放つと、盾を合わせて身軽に避けられる。その時、影のように見えなかった黒装束の隙間から、楽しそうに吊り上がる赤い唇が覗いた。
〝女か!〟
と思えば、それまでの柔らかな物腰にも納得がいく、だが発揮された力は女のそれではない。ゆったりとした構えから突然繰り出される突貫、滑るような動きに、周囲から音が消えていく。そこには衣摺れ一つ立てぬ、尋常ではない魔力の働きを想起させた。
伸ばした剣の紫光と共にその無音が欠ける。その瞬間、女の口から、
「ほう」
と間の抜けた声がこぼれ出た。そして何気無くといった風に、鋭い飛び込みと共に膝下を狙って斬りつけてくる。
剣を合わせるつもりはない。それよりも大剣の長さを活かして、速度ののった不可避の剣をみまうつもりだった。だが女の姿がブレて見失うと、瞬間移動した側面から黒短剣を突き込んでくる。
〝バッシ〟
鋼の精霊が発する銀光によって、今度は黒装束の動きが鈍る。
〝全力で〟
と同調濃度を上げるように念を込めると、搔き消える紫光と引き換えに剣身が刃鳴りを起こして閃光を放った。剣筋が銀の軌跡を描いて女の胸部へと吸い込まれていく。だがその時、周囲の音も同時に吸収されはじめた。
目の前で女の姿がブレ、まるで横に引き伸ばしたかのようにひしゃげると、バッシが斬りつけた瞬間に刃後の空間に瞬間移動した。
避けきれなかった衣服がはだけ、女の表情が凍りつく。外衣の中には頭部を残して全身を覆う、鏡面のようなボディースーツが見えた。その胸部に縫い付けられた十字を内包する環状金具が鈍い光を放ち、表面の色が一瞬にして変わると、風景と同化する。
だが擬装して動こうとする女の胸元に一本の線が走り、鮮血がほとばしった。こわばった女の目が怒りに燃え、小楯を構えながら突っ込んでくる。バッシは側面を捉えようと体重移動するが、その時小楯があり得ない速度で目の前に迫った。
避けようとかがんだところに肥大化した盾がぶつかり、巨大な岩を叩きつけられたような衝撃を受ける。
思わずよろけて足を踏ん張ると、目の前には黒い塊が無音で迫っていた。その手になる短剣から不自然に伸びる影への危機感で、反射的に鋼の剣を合わせたバッシの全身から紫光が放たれる。
破魔の光は短剣に絡みつく何らかの影を搔き消し、消されていた音も戻って耳をうつ。その時バッシの感覚鱗が捉えたのは、真横から頭部を狙って飛来する盾の風切り音だった。
短剣と回転する盾に半ば挟み撃ちをくらい、逃げ道は短剣に有利な前方か、押し込まれる可能性のある後方しかない。
刹那に膨張した下肢が龍装を逆立て、拡げた足爪を地面に突き立てながら、合わせにいった剣を最短距離で振る。中途半端な構えから初動が始まったある時点で銀光が混じり、踏み込みと共に振り切った剣先が地面を切り裂いた時には、女を後方に置き去りにしていた。
紫光と銀光、同時発動の負荷に頭が重くなり、周囲の音が遠のく。逆にプチプチと超回復の発動する音が頭蓋骨に響いた。目の前が白く霧がかって、思わず地面に倒れそうになるが、気力で堪えると体ごと振り向いて女を見る。
そこには肩から左胸の一部までを断ち切られた女が、鮮血を噴き出しながらも仁王立ちに剣を構えていた。半身に構えた左肩から先は、綺麗な断面を見せ、脈動とともに迸る血が、地面を濡らす。すると見る間に傷口を影が覆い、出血も止まった。その一瞬だけ女の顔が曇り、強く噛み締めた口がさらに引き結ばれる。
機と見る前に体が動いていた。一刀の元に断ち切る剛剣を女に落とすと、間に割って入る回転盾。だがそれごと押し切ろうと力を込めると、突如現れたもう一つの回転盾がバッシの右手指を押しつぶした。
それでも左手と右親指の付け根で押し込むと、その向こう側にもう一枚の回転盾が現れる。
逆回転の盾に跳ね除けられると、無音の内に側面から伸びる剣をなんとか大剣で受け、大きく跳びのこうとして、絡みつく剣に腕を斬りつけられた。
腕を無くした女を庇うように立ちふさがる二人の人影は、全く同じ容姿をしている。それぞれの操る三つの盾が渦を描きながら迫る様は、猛威に見合わぬ無音がかえって危険度を際立てた。
音を立てて回復する右手指を握りこんで、強引に大剣を構える。避けられないならば、打って出るしかない。だが威圧する盾の向こうには、手練れの剣士が三人ーー
その時、後方からの味方の剣圧に押されたバッシは、気づけば太ももを上げて突進していた。大剣に収束する銀光の世界が目につき、粘つく空間の中、摩擦熱をあげる。その銀光の世界にあってもなお、逆巻く三つの盾が唸りを上げた。
沸騰するような鋼の精霊の思念が、バッシの身体と共鳴して空間の粘りを強めると、盾の動きも同時に鈍ってゆく。
それとは逆に、体に受ける空気抵抗が緩み始めると、三つの力渦の真ん中を突き抜けるイメージに、むず痒いような感覚を覚えた。その瞬間、体の自由を得たバッシの視界がイメージと同期する。
後方では、先ほど感じた剣圧ーーハムスの幻剣が盾に突き立って、爆発を起こす。
だがそれすらも影響を受けぬ速度のバッシは、男の剣士を剣先に捉えた。その姿はブレ、伸び始めるとその場から消え去る。そうして離れた場所に現れた剣士達の最後尾、片腕を無くした女の胸に、後方から剣が突き立った。
血を吐く女と、咄嗟に二手に分かれる剣士達、その姿を追ったのは、女を仕留めたウーシアと、緑の髪の女だった。数合の剣戟を交えると、うずくまった女から発せられる異様な力に威圧される。
「よせ!」「やめろ!」
二剣士の声を無視して、事切れる寸前の女が自身の心臓に短剣を突き立てると、黒く吹き出す血を天に捧げる。それは大剣となって飛び上がり、空中に放物線を描いた。
「爆発するぞ!」
かつてピノンを亡くしたーーと思っていた馬車の爆発が蘇る。あの時よりもさらに太く濃い黒剣が地面に届く。その瞬間に、仲間に駆け寄ったジュエルの聖守護力場が閃光を放った。
直後の爆発。
圧縮された体がずれ、黒い爆風が聖守護結界と摩擦を起こして錆色に視界を埋める。限界点を超えた耳が音を無くした瞬間、聖守護力場が焼き切れた。
吹き飛ぶジュエルを受け止めたバッシは、龍装を全開に胸にかき抱く。取りこぼしたウーシアの声が後方に吹き飛んでいった。
土煙を切り裂いて剣を伸ばした二剣士は、丸くなったバッシを見て、追撃を躊躇する。彼の周囲には保護するかのように睡蓮火が焔の花輪を広げ、襲撃者の命を燃やし尽くそうと踊っていた。ふと上空を見上げ、カースと目線を交わした二剣士は音も無く退散する。
それを不思議に思い、感覚鱗を回しながら防御姿勢を解くバッシ。その周囲からは自然と睡蓮火がかき消えていた。
ポカンと広がった焼け野原に晴天が広がり、爆音にやられた頭に「ヒィィィィ……ン」と耳鳴りが続く。
その時、腰を叩かれて振り向くと、吹き飛ばされたウーシアが呆然と空中を見上げていた。相棒の無事を喜んだバッシは、ウーシアの目の色の変貌ぶりに空を見上げる。
そこには既視感のある風景が広がっていた。
飛龍に掴まれた巨人達の編隊が、空に逆V字を描き、土煙の向こうに一つ、二つ、三つと姿をあらわす。
思考を停止させて傍観する目に、先頭の飛龍が吊るす巨人の反射が入った瞬間、戦慄とともに背筋を伸ばしたバッシは、
「逃げろ!」
と叫んでいた。




