禿鷹
「ピノンは生きているのか」
バッシの大声に顔をしかめたベイルは、
「落ち着いてよ〜、君たちの話を纏めるとそうなるね〜、ずいぶんと手の込んだ仕掛けをうったなぁ〜。だって接触してきたのは何年前だい〜? まだリリが生きていたから、二年にはなるかなぁ〜?」
と変な所で敵に感心した。
「真国って聞いた事ある〜?」
と聞かれたバッシは、ヤマタ国でゴウシュに聞いた話を思い出し、
「転移の女神の……」
と呟くと、一瞬鋭い目つきを見せたベイルが黙って頷く。
「そのピノンという少年は……多分少年では無いね〜、真国でも中心的存在の工作員さ〜。しかも相当手強い相手だよ〜。奴が裏で練った策は数知れず〜、聖都襲撃の黒幕とも言われてるねぇ〜」
聖都襲撃とは、リリを離宮に護送した際、同時に軍隊が攻めてきた件である。当時は大司教ラウルと剣龍ミュゼルエルドの活躍で、隣国の大軍勢を撃退したと聞いたが……そんな事より、
「何故リロをさらう? どこに連れ去ったんだ? すぐに救出しないとリロが危ない」
リロの最後の姿が浮かび、バッシの焦りはピークに達していた。先ほどから握りしめる机は、龍装の爪によって削れ、大きな亀裂を作り始めている。
「奴は僕らにも捕らえられないんだよ〜、神出鬼没でそれらしい転移の魔法痕も残さないからね〜」
と申し訳なさそうに告げると、バッシの手の中で机の一部が砕けた。その乾いた音に皆の口が重くなる。
側で静観していたウーシアが、
「もしかしたら、だけど、何か分かるかも知れないワン」
と青銅鏡〝八咫の光〟を取り出し、
「最後にピノンに目潰ししようと光を当てたら、こんなのが映るようになったんだワン」
と言って仄白む鏡面を見せる。覗き込んだバッシには最初何が映っているか分からなかったが、次第にそれが焦点の合わない風景の一部だと分かった。
「これは……ピノンに当ててからこうなったと? どんないわれのある鏡かは知らないけど、不思議な事は確かだわね」
腕組みをしながら話すゼバスが、後ろにひっそりと立つ男に振り向くと、
「マルセイ、あなたなら何か分かるんじゃないの?」
と問いかけた。だが言われた男は壁に背を当てて黙して動かない。
「だめだ〜、マルセ〜ちゃんは護衛任務に集中しちゃってるから、それ以外の事をしてくれる訳ないね〜。信兵長の許可がいるよね〜」
ベイルは簡単に諦めたようだが、バッシは納得がいかずにマルセイと呼ばれた男に詰め寄ると、
「お願いだ、俺たちの仲間の命がかかっている。分かることがあったら教えて欲しい」
と懇願した。それでも無反応な男は、バッシの荒い息を避けるように体をずらすと、腕を組んでまた壁に背をつける。
グッと拳を握りしめ、詰め寄ろうとしたバッシに、
「マルセイ、その銅鏡を見てやれ」
と後ろから声がかかった。まるで気配を察知できずに驚いて振り向くバッシの目に、近距離に立つ壮年の男の姿が飛び込んでくる。
「ラガン兵長」
その男を見たザバスが身を正すと、ベイルとマルセイもそれにならって直立した。
「誰だワン?」
事情の分からないウーシアが問いかけると、
「ラガン様は〜、僕ら禿鷹の幹部補佐さ〜。正ハドル教会の信兵長、ラウル大司教の右腕と称されるお方だよ〜」
その言葉を聞いて、元神殿騎士のジュエルは直立不動の姿勢で最敬礼をし、
「失礼いたしました、秘密裡の信兵組織とはいえ、神殿騎士団の末席に身を置く者として、挨拶が遅れる非礼、申し訳ありません」
と早口に唱える。そのあまりの変わりように、バッシやウーシアもラガンに正対した。
「構わんよ、信兵長なんていっても、単なる教会の使い走りだ。そうかしこまる事もない」
年月に鍛えられた無骨な顔貌を崩すと、人懐こそうな笑顔を見せる。だが目のあったバッシは、細目の奥の鋭い光に射すくめられた。
「マルセイは光彩魔法使いだから、その光から何か分かるかもしれない」
そういって部下と護衛任務を交代すると、ウーシアの側へと追いやった。ラガンの説明によると、光魔法の一種である光彩魔法は、眼球裏に魔核を形成する事で、受け取った刺激を魔力的に分析できるらしい。
ウーシアから八咫の光を受け取ったマルセイは、淡く発光する鏡面に目を近づけると、それを写し取るように己の眼球をも発光させ始める。
そのまましばらく微動だにしない彼を、魔力を感知できないバッシはまんじりともせずに見守ったが、時折眼球の光が強まると、皆が感心したような反応を見せて驚かされた。
しばらくして目を離したマルセイは、頭痛を抑えるように頭を抱え、八咫の光をウーシアに返した。
「何かわかったか?」
上司であるラガンが尋ねると、
「はっ、瘴気の煤でできた祭壇に、拘束されたリロ・セイゼンのものらしき黒装束がみえました。さらに地上部分を透視すると、おびただしい数のゴブリンの群れが巣を形成しており、彼らの意識の中心を探ると、強力な個体が思念を飛ばしてきて、弾き戻されました。あそこは……」
「城塞都市ムワンガじゃな〜い?」
横手からベイルが尋ねると、
「確かに、戦火にまかれて変容していましたが、あれはムワンガに間違いありません」
とマルセイが答えた。
「突然現れたゴブリンの軍勢が、一国の軍隊を半壊させた後、隣国の一都市であるムワンガに大移動した。そのままそこを根城にしているが……真国の間者によってリロ殿が連れ去られたとは。ゴブリンの軍勢と真国には何か繋がりがあるということか」
というラガンの言葉を聞き終わる前に、
「そこにリロが居るんだな!」
とバッシが部屋を出ようとした。そこへ一歩踏み出したラガンが目の前に立ち塞がると、
「焦りは良くない、単独で敵わない事は分かっているだろう? ある方が君達をお呼びだ、ついて来てもらおうか」
と否を許さない眼光で射すくめ、先頭に立って部屋を出ていった。
*****
重々しい石造りの隠し扉をくぐると、そこには幅広い螺旋階段が地下へと伸びていた。ラガンの前にマルセイが立つと、最前の彩光魔法の余韻か、白い光が闇を照らす。だが円筒状に隙間なく作られた長い螺旋階段を降りた先には、それでも照らしきれない空間が広がっていた。
「やあやあ、お待ちしてましたよ。こちらから出向かなくちゃいけないんだけど、今はここを動く訳にもいかなくてねぇ」
薄暗闇から声がかかる。そして、
「ちょっと待っててね、ここの皆は暗視に長けているから。今すぐ灯りを強めるよ」
と言ったが早いか、壁に据えられたランタンに火が灯った。照らし出されたのは子供と見まごうばかりの小人族、口髭をプルルンと震わせたのは、ギルドマスター〝突然死〟のハムスその人である。
「ここにいるのは皆、禿鷹のメンバーだよ。しかも結構主要な、ね」
と紹介された先には、様々な衣装に身を包んだ人々が、円形の机を囲むように座っていた。
中にはハムスよりも小さな女性や、緑色の肌をもつ者、バッシよりも遥かに大きな体を窮屈そうに部屋に押し込む者もいる。
それまで一切の気配を絶っていた事からも、各々の力量が窺い知れた。
「ほう、双槌紋」
そう声を上げたのは、小人の側に立つ鋭い眼光の男だった。ヤマタで見た曲刀に似た業物を腰にさしており、一見して戦士だと理解できる。その柄頭を見ると、そこにも双槌紋が彫り込まれていた。
「ノームの爺さんは元気かね?」
目のあったバッシは、言いたい事を飲み込んで一つ頷く。その様子を見ていたハムスは、
「彼らは今それどころじゃないんだよ、ジュエル、リロが拐われた事にも関わる事態が起きた。我らはその件について話し合っていたのさ」
と皆の注意を集めると、ラガンの耳打ちを聞いて、
「ムワンガのゴブリンか、そこに獄火の聖女も拐われたと……聖都から奪った金杯もそこにあるとすれば、全ての辻褄が合うな」
とひとりごちた。それを聞いた円卓の面々が騒めく。中でもとりわけ強く反応した小人が、
「マルセイ、来なさい」
と呼び寄せると、手元の水晶球を覗き込ませた。
「ハムス、悪神の反応が強まっています。金杯を頂く祭壇に聖女と虫が据えられ、復活の時期を待っているようですね」
マルセイの反対側から見る、小人の長い睫毛が水晶に触れた。
水晶球の中では、マルセイの光彩魔法が投影されて、煤状の祭壇が映し出されている。小人が身を退けると、それが部屋の壁に投影され、一面に拘束されたリロの姿が映し出された。
「リロ!」
バッシのみならず、ジュエルやウーシアも壁に詰め寄る。黒革一枚隔てた苦悶の表情が大写しになり、喘ぐように口元を開けるが、薄い膜がそれを許さない。さらに赤黒い多足が全身に絡みつくと、真っ赤な百足の触覚が黒拘束着の頭頂部で神経質に踊った。
「ううっ」
とマルセイがうめく、それは百足の顔が見えた瞬間に絶頂を極め、弾かれるように床に身を投げ出した。
「大丈夫か」
と回復魔法を唱えようとするジュエルに、頭を抑えながら片手で制すると、立ち上がって元の位置に戻っていく。相当の負荷がかかったのだろう、その両目は真っ赤に充血していた。
一連の事を意に介さず、バッシは映像の切れた壁を前に立ち竦む。すぐにムワンガに行ってリロを助けねば。自然と握りしめた龍装の爪が「ギギ……」と鈍い音をたてた。
その腕に手を添えるウーシア、目が合ってコクリと頷くと、二人でジュエルを見る。その視線を受けたジュエルも無言で頷くと、ハムスに向き直った。
「分かってる、仲間を攫われて放っておく者は冒険者とは言えん、我らも即動く予定だから、歩調を合わせて欲しい。そのための情報を集める時間をもう少しおくれ」
ハムスの言葉にバッシは答えず、睨み付けるように奥歯を噛んだ。ジュエルはバッシに落ち着くように言い含めると、ウーシアに目配せをして、共に下がらせる。
歩きながらウーシアは右前腕に痒みに似た違和感を覚えた。そこに封印した霊剣を具現化しようとした時、
「何か来たわ」
と水晶を持つ小人の声があがった。




