怒り乱刃を生む
声に驚いたウーシアが、八咫の光に集中していた意識を周囲に向けると、霊感に触れる息吹きを多数感知した。これほどの気配を見逃していたとは……リロ誘拐の動揺があったにせよ、油断したとしか言いようがない。
仲間に警告を発しようとした時、
「お前らの運もここで尽きるのさ」
と一人の女が木立から現れた。三人が身構える前で、悠然と鞭を振りかざすと、
「パンッ!」
と空を切る炸裂音が森に木霊する。女の左目を覆う眼帯には、赤石が妖し気な光を滲ませていた。
鞭を合図に、周囲の森から武装した男達が進み出る。それらはバッシ達を包囲すると、全員がクロスボウを構えた。女の命令一つでいつでも発射する、攻撃の気配に色めく男達の左目も、妖し気な赤光を放っている。
「まあ待て、主催者より先に立っては失礼だ。それに見たところ女が一人足りないようだが……依頼の途中に事故にでもあったのか?」
背後から肩幅の広い中年男が、苦笑まじりに話しかけてきた。後に続くいかにも古強者といったいでたちの男達は、バッシが過去の戦場で嫌というほど剣を交えた傭兵団の姿と重なる。
「彼らは少し遅れているようですねぇ、それまでの繋ぎは我々の腕の見せ所でしょうか? お久しぶりですねバッシ〝剛利衆〟のモウマッカだ、覚えてるかい?」
その後に続いたのは恰幅の良い男だった。緩んだズボンをたくし上げると、脇に挟んだ棒状を持ち替える。その顔を見たバッシには……確かに見覚えがあった。
余った脂肪が顎に段を作り、不潔な表皮はミミズ腫れとアバタで凹凸を作っている。そこに塗り込められた軟膏が、異臭とともに陽光を鈍く照り返す。その男は、バッシを捨て駒にドワーフ鉱山から逃走した、剛利衆のリーダーだった。
「お前の名前など知らん。商人、今度は俺たちの命を商うつもりか?」
リロの件で行き場の無い怒りを滲ませるバッシの言葉を、取り巻きどもと笑い飛ばしたモウマッカは、
「それは良い考えだ! バッシ、お前頭悪いと思ってたけど、冴えてるじゃないか。お前達の命を買い取って下さる方がいる、それは本当だとも。そこにいる犬っころの娘なんぞは、生け捕りでも高く売れるだろうよ」
と言うと、獲物を囲む猟犬のように、手下に間合いを詰めさせた。相変わらず自身は一番後ろに陣取り、手下の中でも最も新参者と思われる連中を、盾がわりに前線に送り込んでくる。
警戒して位置取りを替えようとするバッシ達に、
「元、神殿騎士のジュエル・エ・ポエンシャル。大人しく武器を捨てて、投降せよ。この人数に私が加われば、敵わぬ事は分かるはずだ。魔法使いが居ない今、多勢を相手にお前達ではどうしようもあるまい」
と場にそぐわぬ美声が響いた。不思議と気持ちを動かされる力を秘めたそれに、バッシが紫光を纏わせた大剣を向けると、チリチリと破魔の効果が発揮され始める。
「シアンか」
低く発するバッシの声に、真っ白な装束の男が姿を現す。その顔は、不機嫌そうに引き締まっていた。
「お前がこんな馬鹿な企てにのるとは、ゲマインもさぞや嘆くだろうな。テオドールとは手を切れなかったか」
と問えば、吊り上がった目つきで、
「うるさい! お前達には計り知れぬ政の世界を軽々しく論じるな。所詮ゲマインとて一介の冒険者、テオドール様や私とは住む世界が違うのだ」
と泡を飛ばしながら吠える。さらにこれ以上の話は不要とばかりに、
「お前達は敵わない、我らは強い、我らは速い、お前達は弱い」
とつぶやき出した。子供の戯言のような稚拙な内容とは裏腹に、集団に発揮される精神魔法の威力は脅威である。
明らかに闘争を前提として展開される精神魔法に、ジュエルも交渉の余地は無いと理解したが、
「お前達も、うまい話を持ちかけられたのだろうが、我らと敵対すればただでは済まんぞ。それに見合う利は無いと思うが?」
と聖騎士の鎧を発光させて冒険者達に凄んだ。よく通る声は鎧の効果か、一層力強く聞くものに響いたが、補助魔法の効果が現れ出した冒険者達は、高揚感を隠すことも無く、ギラついた目を向けるだけだった。
充血した目でシアンの言葉を反復しだす集団、ヨダレを垂らす者もいる異様な興奮状態に、薬物に詳しいウーシアは麻薬の使用を疑った。その予感が正しければ、麻薬と精神魔法、これほど恐ろしい組み合わせはない。
それに反比例して弱体化の精神魔法に晒されたジュエルとウーシアは、早くも力が入りづらくなってくる。
バッシがシアンの方に一歩踏み出すと、真正面からの影響を断ち切るように大剣を構え、ジュエルとウーシアを背後に庇った。
体表に吹き付ける声の魔法は、全身に広がった破魔の紫光によって打ち消されるが、相手陣営に向けた効果は次第に影響力を強め、取り囲まれた全方位からの圧力に龍装の鱗が逆立つ。
ほぼ一斉に射かけてくる弦の解放音に、とっさに展開されたジュエルの守護力場が矢を弾くと、バッシの鎌鉈が奴隷兵士の喉に突き立ち、ウーシアの放った投魔石が、隣の兵士の頭を弾き飛ばした。
強化された投魔石の爆風に血しぶきが舞い、目隠しのように拡散する中、走り抜けたバッシは、奴隷兵士の胴を一突きに貫くと、地面に押し付けながら刃を揺らし、旋回の一撃で横の兵士を斬る。
その横では、霞むほどのスピードで突っ込んだウーシアが、奴隷兵士の急所を正確に切り裂き、一瞬で三人の男を戦闘不能に陥れたーーとおもえば、ダメージを受けた兵士達は血しぶきをも意に介さず、すり抜けたウーシアに剣を振るう。
その顔面に剣を叩き込み、ちぎるように吹き飛ばしたバッシの目に、先ほど胴を貫いたはずの兵士が、痙攣しながらも立ち上がろうともがく姿が映った。
異様な生命力……精神魔法にしても、薬物にしても、これほど効果を発揮するとは思えない。迫る奴隷兵士と切り結ぶバッシ達に、遠方から、
「魔薬の操人地獄から逃れる術は無い、我らは強い、我らは無敵!」
と焚きつけるようにシアンの絶叫が響き、一層激化した奴隷兵士達が押し迫った。
そこへ鞭の音が空気を切り裂くと、味方が居るにも関わらず、離れた位置に並ぶ奴隷兵士達が、クロスボウの短矢を一斉に放つ。
正確にバッシ達を狙う矢を弾き、避ける間に、仲間の矢を受ける事も厭わない奴隷兵士が、剣を手に打ち掛かって来た。
命を惜しまず、錯乱もせずに一息に襲いくる敵は、数の分だけ戦力を増し、注意をひきつつ集団の端から切るつもりだったバッシは、間を見出す事ができずに、敵に主導権を握られたまま斬り結んでいく。
低く鋭く剣を繰り出す男に、踏み込みからの上段切りで肩から腹まで斬りつける。崩折れた男を飛び越えるように突きを放つ兵士を、大剣を引き抜きざま下から斬り上げると、分厚く張った龍装の肩当てで吹き飛ばし、後続の兵士を巻き込んだ。
暴力の臭いに誘われるように密集する男達、赤光が森の影に揺れるさまは、見る者に寒気を催させた。そこにジュエルが相手をしていた傭兵団の一部が加わってくる。
ジュエルは大丈夫か? と左奥を見れば、先ほど先頭に立って喋っていた傭兵団の男数名に取り囲まれ、付かず離れずの戦法でいなされていた。対人戦に特化した傭兵団ならではの間合いは、近頃モンスターの相手が多かったジュエルはやり辛そうである。
一方ウーシアの姿は見えない。先ほどからバッシの感覚鱗がとらえるのは投魔石の炸裂音くらいだが射線を辿っても彼女は既に居らず、ただ敵の死体が増えていくのみであった。
頼もしい仲間に安堵しつつ、迫る傭兵団に対峙するが、数の利を活かして付かず離れずの敵は、大剣の間合いの内に捉えきれず、遠距離からのクロスボウによる攻撃や火魔法が集中する。
そうしておきながら、機を見ては集団の息を合わせて、思い切った突貫を仕掛けるのだ。一糸乱れぬ動きを見せる意識の元を辿れば、精神魔法使いのシアンへと行き着くだろうーーだが彼は森の奥深くに隠れて、姿を見せない。
「こっちがお留守だよ」
耳元で炸裂音が弾ける、片目の女が振るう鞭に、思わず右目をつぶった時、死角となった右下方から、数本の剣が伸びた。
左目で捉えた剣は三本、さらに見えない所に潜む剣が二本、それを感覚鱗で捉えると、瞬時に体重を移して見えない二本から遠ざかる。その分近づいた三本の剣の左端の足元を、龍装の足爪で掴み踏み込むと、真ん中の男の胴を薙ぎ払い、そのまま奥の男をも巻き込んだ。
踏み込んだ足爪が男の脛を踏み砕き、吹き飛ばされた男達は右側の二人を巻き込みつつ、斜面を堪えきれずに転倒する。そこに飛んできた鞭を左手で受けると、思い切り引っ張った。
思わずつんのめる女を守ろうと群がる奴隷達、その先頭の男を斬りつけ、地面に投げ出された女の首を踏み砕くと、傭兵団がクロスボウを一斉掃射してくる。
分厚く張った龍装の左腕で頭を庇い、身を低くして前進する。緊密に展開した地龍の鱗を貫通できる矢は無く、重量を増した左手の裏拳と、続く大剣の一振りで、先頭の二人を切り裂いた。さらに距離を取ろうとする傭兵団の端の一人を追い、得物を持ち替える隙に、遠間から飛び込むような袈裟斬りをみまう。
受け太刀ごと断ち切る剛剣に、肩口から脇腹まで一直線に切り裂かれた男が、血しぶきをあげて倒れると、バッシは自然と出た咆哮のままに、集団の端に喰らいつく。
理不尽な誘拐に対する渦巻く怒りに支配され、脈打つように溢れ出る感情のまま、当たり散らすように乱剣を振るうと、押し包もうとする兵士達の虚をつくように投魔石が放たれ、集中を乱された傭兵団は数を減らしていった。
「くそっ! 撤収だ」
傭兵団のリーダーが少なくなった部下達を連れて逃走をはかる。
だがバッシはその後を追うよりも、冷え始めた頭が発する警告にジュエルを探した。そこにウーシアが姿を現し、
「この辺りの敵は引いていったワン、追うかワン?」
と声をかけてくると、
「剛利衆の奴らが見えない、奴ら、特にあの商人は罠を得意とする特殊な魔法使いだ、ジュエルが危ない」
我に返ったバッシは、ジュエルを探しに駆けだした。




