将軍VS剣聖
ヒルモネ山脈の中腹に有る小屋で、白湯をたしなむ初老の男が一人、暖炉にくべたまきを見るとはなしに眺めていた。
淡く揺れる炎は明け始めた薄闇に映え、旧知の女魔導師のそれを想起させる。
「だが睡蓮火の美しさは特別だ、なあリリよ」
形見分けに貰った、彼女が髪留めにしていた紐を撫でる。それは若かりし頃に彼がリリに贈ったものだった。それが今では愛剣の鞘飾りとして、脂っ気を失った指先に絡み付いている。
「お前さんの火がもう一度見たいものだ」
思わずこぼれ出た言葉に、飾り紐がスルリと逃げる。まるで辛気臭い老人の邂逅を避けるように。
男の脳裏に悪戯気なリリの笑顔が浮かび、それにつられるように男の口元も緩んだ。
「子供達を頼む、か……」
リリの最後の言葉を噛み締めると、音もなく立ち上がる。老齢にさしかかった人間の男にしては、太ももは丸太のように太く、長年の鍛錬に鍛え上げられた全身をどっしりと支えていた。
歳月が蝕む体の不調は癒えている。そのためにこの地へとやって来たのだからーーヒルモネ山頂に住む仙人の施す治癒術によって、一時的に痛みを無くした体は、全盛期のように力強く意識を跳ね返した。
迷惑をかけないように下山して来た男、剣聖ウォードは、待ち人の到来に山小屋を出る。
遠望する山間に小さな点が現れると、空に浮かんだ塵は赤黒い染みとなって、迷いもなくウォードの元へと飛来した。巨大な翼を羽ばたかせた翼竜は、足爪に引っ掛けた物を落とすと、速度も落とさずに頭上を飛び去っていく。
落下した白い塊は、柔らかく着地すると、そのまま斜面を登ってきた。急ぐでもなく薄日を反射しながら歩く人型は、高さがウォードの倍近くもあり、しなやかな筋肉には金属の模様が流動している。
〝生体真銀か〟
過去の戦歴からそう読み取るが、彼の能力はそれだけではないと訂正する。近づくにつれて呼吸が冷えてくるのは、高地のせいばかりではないだろう。
「知っていたのか」
野太い声が腹に響く。
「ああ、色々と〝つて〟があってな」
ウォードは表情を変えずに答えると、左手を腰元の鞘にかけた。
「それでも一人か」
「こんな機会は滅多に無いからな」
気負いも無く答えると、一気に距離を詰める。だが未だに抜剣はせずに、眼光だけは鋭く巨人を見据えていた。
巨人も間合いを測るように静観しながら、両手を前に突き出す。そこにはいつの間にか銀色の表皮が集まり、ご来光を赤く反射した。
お互いの刃圏に踏み込まぬ静かな対峙は、第三者が見れば時が止まったような錯覚を起こしたかも知れない。だが両者の内面では、目まぐるしく何かが交錯しーー
それが目に見える形で動いた時、鋼同士の打ち合う高音が山肌を打った。ウォードの抜剣は光を放ち、巨人の掌は冷気を孕み、噛み合って再び距離を取る。
〝やはり形態変化か〟
剣と掌が交錯した刹那、巨人の手刀が明らかに伸びた。それは生体真銀の特徴である、形態変化だろう。それにしてもーー
鋭く突きを放つ、胴をフェイントに、そのまま膝に流れるような軌道を見せた剣身は、膝に集極した真銀に阻まれると、お返しに槍のような貫手が頭部を襲った。
鋼の精霊と同期した空間の中で、紙一重に避けながらカウンターの突きを放つ。みぞおちに突き込まれた鋼の剣は、またもや集まった真銀に阻まれたーー銀光の世界で動けるもの、それは神、もしくはそれに類する未知の力ーーだがそのまま貫けば良い。
ウォードは一切魔力を持たないが、彼の鞘には特殊な効果が仕込まれている。バッシの大剣のように永続的魔法がかけられたそれには、剣に魔力を纏わせる効果があった。ウォードの剣に魔力が乗れば、この世に貫けぬ物など無い。
だが、みぞおちに集まった真銀に極温の冷気が集まると、白い光を放って、ウォードの銀光と拮抗した。
驚愕するウォードの目の前で、魔力を纏った剣が弾かれると、みぞおちから真っ直ぐ伸びた真銀の刃がウォードに襲いかかる。
しなやかに反る剣に乗った力をいなすと、魔力が擦れ合い七色の火花が散った。その反発に吹き飛ばされたウォードは、バランスをとって地に足をつけると、体を痛めぬように力を分散させて転がる。
逃さじと一歩踏み込んだ巨人の手刀が伸び、体重の乗った斬撃を回転しながら受けたウォードの頬を、再び白光の冷気が襲った。
瞬間、銀光を放つと、間近で爆ぜた真銀の刃を躱す。元の時空間に戻った瞬間に、地面を貫いた真銀の刃が、盛大に土煙をあげた。
間違いない、この巨人は鋼の精霊との同期に近い能力をもっている。まさか……ウォードは自身の閃きに身の毛が逆立った。
攻め手の休まらない巨人に押されながら、閃きを確信に変えていく。それは巨人と真銀の精霊との親和性、同調現象を引き起こしているとしか思えない白い光、鍵となるのは冷気……温度変化だろうか?
瞬時にそこまで予測をたてたウォードの脳内を、爆発的な歓喜が駆け巡った。目で追えないほどの速度で迫る真銀の刃を、五感を超越した感覚で捉え、思考を挟む間も無く動作に直結させていく。
その身に銀光が纏わりつくと、伸びる真銀の刃を流れるように躱し、一瞬一点にのみ生まれる隙に剣身を刺し挟んだ。
速度では決してひけをとらない巨人の手数が、ウォードに圧倒され始める。体の真芯を捉えたはずの斬撃が芯を外されると、自身の力を利用されて態勢を崩され、平面を薙ぎ払う長刃と白光は、踏み込みからの密着で回避される。
圧倒的な質量差で押し包もうとしても、水を掴むように溢れ出てしまい、離れようとしても薄紙のように纏わり付いてくる。
ならばと腹部に集めた真銀に極温冷気を纏わせると、ゼロ距離で刃を放つが、数瞬納剣していたウォードが、魔力のこもる居合斬りを打ち合わせた。
再び銀光と白光の拮抗する世界で、虚をついた衝撃が巨人の膝を穿つ。見れば巨人の膝に剣の柄頭がめり込んでいた。
軽い一撃にも、ツボを捉えられた巨人の膝が曲がる。カバーしようと振るわれる双手刀に、合わせたウォードの剣が空間を震わせ、刃筋を空けた。
刹那の一閃ーー巨人の腹が横一文字に斬り裂かれると、青い血とともに内蔵が飛び出す。その切断部が白く輝くと、空間が凍てついた。
瞬間、ウォードは鋼の精霊との同調を強め、銀光の濃度を上げるも、真銀の内蔵が放つ白光には間に合わず、放たれた冷刃がウォードの顔面を襲う。
咄嗟に首を捻って直撃を免れるが、地面に打ち付けられたウォードの左目に激痛が走った。だがウォードはこれを好機と、そのままの体勢で巨人の膝に剣を振るう。確かな手応えとともに膝折れた巨人の頭部に、さらなる斬撃をみまおうとして、左目の奥で弾けた白光に目測が狂った。
頭が割れるように痛い。再び距離を取ったウォードは、剣を鞘に戻すと、片目で巨人を睨みつけた。その腹部と膝につけた傷も、生体真銀の癒着で癒え始めている。だが朦朧とする意識のウォードには、そこまで認識する余裕が無かった。
〝次の斬撃で総てを決める〟
魔力に鞘鳴る鋼の剣と一体となったウォードの全身が、直視できないほどに光り輝く。だが巨人の頭部に集中した真銀が、負けないほどに白く輝くと、ウォードの左目奥が急速に冷え、爆発的に湧き出す〝命令〟がウォードの意識を奪い去った。
場を緊密に縛っていた精霊同士の反発が消え、構えを解いたウォードは、引き締めていた表情も緩めると、棒立ちになる。その側には戦闘体勢を解いた巨人が歩み寄り、そのままウォードの左目に打ち込んだ真銀片との同調を強めていった。
ウォードの頭部に手を伸ばすと、巨人の手のひらに移動した真銀が光り輝く。鋭く呻き声をあげたウォードが、全身の力を失って崩折れると、無言の巨人はそれを見ることも無く、小屋に向けて歩き出した。
そこには、少し前に着地していた紅竜が佇んでおり、折り畳んだ翼を広げて巨人を迎える。赤黒い翼のたてる爆風が、小屋を潰さんばかりに荒れ狂う中、地面に倒れる剣聖を一人残して、巨人は空に飛び立っていった。




