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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第三章 ヤマタ王国と真白の深宮
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ウーシア・クウ・カニディエ

 ビリビリと体表を揺さぶる大咆哮に、安定したはずの漆黒の大地も振動し、最前のような粘液状に戻るのではないか? と危ぶまれた。


 だが迷宮全体を使った古代の封印は、ゆるぎなく妖魔を締め付け、偽銀狼が穴を開けた時以上の漏洩を許さない。


「妖魔の核は厄介だワフ」


 一瞬ゆるんだ封印……一時的にウーシアの霊剣が敵側に取り込まれていたとはいえ、強靭な結界に穴が開いたのは、この迷宮が妖魔の影響を強く受け続け、それに反して犬人族の管理の手が緩み過ぎた事を象徴していた。


 偽銀狼はただのきっかけに過ぎない。その偽銀狼も変異体の一部となって、伸びる主腕の先で顎から粘液を滴らせている。


 巨大化する変異体は、鍋に投下された餅のように、周囲の具材ようかいを取り込み、収拾のつかない容姿のまま動き回った。


 ドワーフの爆裂矢を受けてもダメージを負っている様子が無い。本体すらわからなくなり始めた敵に、接近戦が有効な手段となるかは疑問だが、音を忍んで近づいたバッシは試しに数本の足を斬る。


 すると簡単に切り飛ばされた手足から、卵の腐ったような臭いと共に、煙幕のように見通せぬ黒煙こくえんが発生した。


 驚いて距離をとったところに、傷口から数本の槍のような棘が伸びる。それを大剣で受けた手応えからは、まるで巨人が操る槍先のような超質量の裏支えを感じた。


 さらに煙幕の上から振り下ろされた手足の一撃を、ジュエルの聖守護力場ホーリー・アーマーの庇護下に入って防ぐと、斜めに張られた結界に滑った変異体が、轟音をあげて地面に多足をつく。


 その隙にタンたんから発射された導く火矢(センサー・アロー)が束となって腹壁に着弾するが、炸裂とともに噴き出した煙幕によって視界が無くなると、ジュエルの張る結界にぶち当たる槍状黒棘が、心臓に悪いほどの轟音となって襲いかかった。


「視界はともかく、この棘と煙はまずいぞ」


 結界の先を見据えるバッシが警告を発する。先ほど少しだけ吸い込んだが、特段むせ込んだりはしない煙……だが状況が状況なせいか、心臓の鼓動が激しくなり、若干体温も上がってきたように感じる。


 否、それは気のせいというには余りにも危険すぎた。槍状の黒棘を目にした時、何とも言えない求心力を感じたのだ。


 〝あの黒棘に貫かれたらとても気持ちが良いのではないか〟


 と頭を掠める感覚。自分から進んで刺さりに行くかのように、自然と前傾姿勢をとっていたバッシは、少し冷静になると身震いした。


「煙を吸うなよ、あの槍に意識を吸い込まれるぞ」


「黒煙を吸い込むなという事は、切った張ったは遠慮せよという事だな」


 バッシの脇をすり抜けるように、結界の端まで飛び出していったのは、盾をベルに託したハンガウだった。

 空いた両手に握られた黄金剣が薄暗い迷宮を照らしている。


 その後ろからはフェンリルにまたがったリロが、


「フェンリルさんの風と私の火で吹き飛ばしますので、結界が維持できなくなったら防御面をお願いします」


 と告げながら、魔法陣の赤光を尾引かせ走り去っていった。


 保持しきれなくなった聖守護力場ホーリー・アーマーの境界線が揺らぎ、ジワリと黒煙が流れ込んでくる。ハンガウが手甲の操作で払おうとするが、それしきの風量では抗しきれないほどの黒が空気に紛れ込んだ。


 バッシが息を止めて剣を構える中、龍鱗の聴覚に空気を切り裂く音を捉えると、弾くように剣を振るう。だがそれに続く質量は人が受け止め切れるものではなかった。


 偽銀狼の顎に続き、雪崩れ込むように襲い来る圧倒的な数の妖怪の手足に、各々散らばりながら回避する事が手一杯になる。


 そこに人の魔力では賄いきれぬ炎が、銀風に煽られて場を満たし、黒煙を吹き飛ばして変異体を焼いた。


 まだらに焼かれた変異体が悲鳴をあげて転げまわる。すぐさま後を追うのはフェンリルの背に跨るリロとタンたんの魔法陣。


 火柱を浴びた肉体と、傷口から突き出る黒い槍棘は瞬時に溶解し、黒煙は銀風によって分解されて跡形もなく吸収されていく。


 人ならざる魔力の猛威に手を出す隙もないバッシは、ハンガウとともにオウ達を背に庇いながら、呆然とその様子を眺めた。




 その庇護の元でウーシアを介抱するオウは、霊刀と霊剣の反応を確かめつつ、殺生石の浸潤に犯されたウーシアの意識に、辛抱強く呼びかけた。


 〝これ以上妖魔の核を逃さないように、封印を急ぐ必要があるワフ〟


 現に今出現しているデカブツは、明らかに殺生石に穴を開けるための要員だと思われた。それを許す訳にはいかない。


 ウーシアの意識に直接語りかける、その手段は魂伴こんぱんたる二剣使いに許された、魂への訴え……


 〝ウーシア・クウ・カニディエよ、我が呼びかけに目を覚ますワフ〟


 念じるや霊刀をウーシアの右手に近づける。それに反応したのは、銀靄から顕現した霊剣だった。ウーシアの脈動に合わせて明滅する剣身に、霊刀が合わさった時、ウーシアの瞼がピクリと反応を示す。


「ウーはクウって名前だワン?」


 目を覚ましたウーシアが周囲を見回しながら呟くのを、


「そうだ、我が魂伴ウーシア・クウ・カニディエよ、急ぎ妖魔の核を封じるワフ」


 とオウが導く。目の前にはバッシの広い背中が、ウーシア達を守るためにあった。


「ウーシア、無事か!? オウ殿と力を合わせてあれを鎮めてくれ」


 息切れしながら聖守護力場ホーリー・アーマーを張り直そうとしていたジュエルの声に、バッシも振り向きウーシアを確認すると、安堵の表情を見せる。それに力強く頷いたウーシアは、


「どうすれば良いワン?」


 とオウに指示を伺った。


「先ずは変異体の中に取り込まれたとクロエとの繋がりを断つワフ。いわばクロエがお前にしようとしていた事の逆をやるんだワフ」


 言われたウーシアは、さきほどまで殺生石に取り込まれていた時の感覚を思い出す。全身を麻痺させられて、霊剣という魂の一部との繋がりを、薄皮一枚づつ剥がされていくような感覚。


 相手に同じ事をと言われて、渋面を作るウーシアの手を取ったオウは、大丈夫と言わんばかりに目を見ると一つ頷いて見せた。その瞳に説得されたウーシアは一つ深呼吸をすると周囲の状況を認知する。


 リロ達が奮戦しているとはいえ、変異体は巨大で油断がならない。ここで迷っている時間はないのだ。


 オウの霊刀から立ち昇る霊気に、ウーシアの霊剣も反応して力が湧き上がる。その大元は迷宮本体。巨大な構造物が裏付ける力を先鋭化して、変異体の中心部に取り込まれた爾を意識すると、敏感に反応した変異体が駄々を捏ねるように巨体を打ち付け始めた。


 擦れて折れ飛ぶ末端は妖怪の手足、そして頭。体液から黒棘を噴出させながら、迷宮を、殺生石を削り狂う。


 それらを消毒する銀風と獄火の照り返しに、リロの頬が熱せられると、壁を蹴ったフェンリルが雪崩れ込む変異体の肢体を避けた。


 威力に増して増殖する変異体の生命力は、過剰にして形を崩し始める。その隙間から伸びたのは偽銀狼の顎、意識無き頭部が伸びるのを跳び避けた時、銀毛から発せられた衝撃波がフェンリルを打った。


 そのまま地に脚をつけて反転しようとした時、遅れてくるはずのリロの体重が無い事に気づく。先の衝撃波によって吹き飛ばされたのを見逃してしまったらしい。


 変異体の上に落ちようとしているリロに、銀風を纏って跳ぶフェンリル。それを迎撃する偽銀狼と空中で牙を合わせると、落下したリロが変異体の中に見えなくなった。


 複製の絡みに苛立つも、巨大過ぎる本体には風も通らない。フェンリルに焦燥感が沸き立つ中で、変異体が突然暴れ出し、中心部に落ちたリロの安否に思わず咆哮を上げると、


Pページ92 マグマシェルター


 力強く魔法が発動され、変異体の中心部に高温の防御壁の球体が生まれた。明らかなリロの、そしてタンたんの魔法の行使に、フェンリルは息を吐き、暴れる変異体を避けながら機を待つ。


 偽銀狼を巻き込みつつ変異体が暴れ去った後、フェンリルがその球体に向けて、


「良く生き延びたな」


 と声をかけると、


「いえ、これは魔法の影響ではありません、たまたまタイミングが一緒になっただけです」


 マグマ窟を割り出てきたリロが説明する。それによると変異体の上に落ちた時点で、異変は起きていたらしい。


 それを聞いたフェンリルがオウに向き直ると、ウーシアと共に霊刀を操る姿が目に止まった。そこから発せられる光は変異体を貫き、中心部にある璽をあぶり出している。


「あれは?」


 と問うリロに、


「ああ、オウ様の霊刀に反応しているという事は、クロエの璽に間違いない」


 獲物を狙う狼の目に戻ったフェンリルは、長い舌で口元を湿らせると、リロを背負い直して跳躍した。


 並び立つバッシとハンガウに、


「あの光が璽だ。あれを隔離すればこちらの勝利と心得よ」


 と告げると、リロの魔法陣を背に先駆ける。照射する魔法陣からは火柱が伸び、それに銀風を纏わせて変異体を炙ると、苦しそうに悶え逃れるように身をよじった。


 そこに追いついたバッシが紫光を纏わせた大剣を叩き込むと、伸びる黒棘を避けて、さらなる斬撃を加える。

 ハンガウはそれをサポートするように、遠間から金光の剣筋を走らせ、さらにドワーフの機械弩の短矢が妖怪の手足を撃った。


 それらがどれ程の効果を発揮するかは分からない。しかし後に控えているオウとウーシアの魂伴コンビの霊気の高まりとともに四獣の封縛も強まり、変異体の動きは目に見えて鈍ってきた。


 〝後少しか?〟


 皆がそう思った矢先、ついに変異体が地響きを立てて倒れると、吹き出す黒棘を覆うように、四獣の光が重なって閃光を発した。


 光の圧縮に閉じ込められ、消されまいとあがらう影が踊り狂う。その中心たる黒い核は、霊剣を通じて伝わる地宮の封印に、璽を握りしめる右手を崩した。


 全存在をかけて消滅を逃れようとする核は、左手の偽銀狼に璽と核をも飲み込ませると、爆風となって変異体自身を貫き、逃走を図る。


 そこに偶然立ち塞がったバッシは、咄嗟に銀光の世界を発動させると、それでも素早い偽銀狼に太刀筋を合わせた。


 銀毛に沿って胴体を斬らんとする刃筋を核の魔力が歪め、身に纏う圧倒的な衝撃波が大剣を反り返す。龍装との摩擦に七色の火花を散らした偽銀狼は、銀光の世界を振り切ると、そのまま駆け去ろうと地を蹴った。


 その後方から、


「これを!」


 という声と共に、ベルによって金翼の盾が投じられる。そこには準備していたであろう蒼雷の英霊パダールの姿があった。


 盾はパダールの雷撃によって、矢よりも速く偽銀狼に激突する。だが一瞬よろけた偽銀狼も、たいした自重を持たぬ盾の一撃に、すぐに体勢を整えると、止まりもせずに走り出そうとする。


 そこへ猛然と体当たりをかますバッシ。盾ごしの一撃は偽銀狼を転倒させ、絡まるように地面を滑る。


『とどめだワンコ!』


 金翼の盾から発せられた念話に、パダールの雷撃が、バッシの紫光の大剣が、即座に反応すると、偽銀狼を貫いたそれらに、四獣の光が流れ込んだ。

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