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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第三章 ヤマタ王国と真白の深宮
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殺生石

 オウの示す光線にリロの魔法陣が重なると、


 〝Pページ664 紅炎フィラメント


 フレイム・タンの所有者だった少女達の声が重なり、獄界の炎が現世に舌を伸ばした。


 それだけで迷宮の地面は溶け落ち、深い穴が溶火に彩られて影を作る。

 既に共闘していたフェンリルは手慣れたもので、その火に銀風をのせると、光線を追うように仕向けるが、内心ではあまりの高火力に場を離れたい程の圧を受けていた。

 数百年、否、それ以上を生き抜いた強大な魔物をして恐れさせる火力が、風に乗って一直線に迷宮を貫通していく。


 その源であるリロを咥え上げたフェンリルは己が背に乗せると、下に伸びる光線を追って跳び下りていった。


 取り残されたのはポッカリと空いた穴を見下ろす面々。飛び降りようとするバッシを抑えて前に進み出たハンガウは、


「この盾の翼に乗って降りる事はできるが、魔力が……」


 と枯渇しかけた魔力で金翼を広げて見せる。それはとても皆が乗れるほどの幅も力も無かった。


「どれ、ワシに見せて下され」


 ドワーフ忍者が近寄ると、盾の中に居るマロンと何事かやり取りを済ませ、


「ここにこれだけの魔石が有りまする、盾に乗せれば上手く取り込んでくれるとの事」


 とジャラジャラと手持ちの魔石を盾の内側に乗せた。それを見たバッシやジュエルもありったけの魔石を供すると、オウ・スイシが信じられないほど大きな魔石を取り出し、ゴロリと投げ入れた。


 それを受けて魔力を補給した盾は金翼をグンと伸ばし、先ずはハンガウが乗り込むと皆を誘う。そうしてハンガウとマロンの操作によって安定した飛行のまま、低速で落下していったが、いくら降りても底には到達しなかった。


 魔石を吸収しきったマロンが〝お腹いっぱいだワンコ〟と盾に乗せた魔石を全て屑石にし、見上げた上層部の天井が豆粒以下になった頃、不意に何者かが争う音が聞こえてきた。


 目をやると、フェンリルに追いすがる何者か……よく見ると、毛並みの色などは変質しているものの、同じような体格の銀狼がもう一匹いる。追われるフェンリルは皆が降りてきたのを察知すると、駆け寄ってリロを投げて寄こし、


「こいつは任せた、後少しらしいから自力で穴を開けろ。我は……あいつを葬る」


 とリロを受け取ったバッシに告げた。


「あれは?」


 と問うバッシに返事をする余裕も無く、跳びかかってきた敵を迎え撃ち、牙で絡み合いながら遠ざかっていく。争う二匹の銀狼を見たオウが、


「フェンリルの複製だワフ、遥かな昔の戦いで取り込まれたフェンリルの一部が、妖魔によってもう一人のフェンリルとして造られたんだワフ」


 と説明した。その目は冷静で、常に行動を共にする相棒の接戦にも動じた様子がなかったーーそれはまるで事前に知らされていたかのように。


 一方でバッシは、複製であるという銀狼に自分自身を重ね合わせ、ほんの少し狼狽した。同じように培養されて造られた存在ーー人造巨人兵団時代の記憶が、つい先日の事のように思い出される。


 争う二匹の銀狼を見ながら、複雑な感慨に浸りそうになるが、今はそんな余裕などは無いと、振り払うようにリロを見ると、


「もう少しです、複製あれは相当焦っていましたから、敵にとってもこの移動方法は意表をついたものなのでしょう。後少しで目指す階層に到達できます」


 と荒い息の中で告げた。極大魔法の連続使用に、消耗の激しいリロは額に玉の汗をかいている。だが意思の強い瞳は、魔法陣の赤光を反射してバッシを見上げていた。それに励まされるように頷いたバッシは、リロを抱えたまま金翼の淵に移動する。


「ここからで良いか?」


「はい、ではそこで体を支えていて下さい」


 腹ばいになるリロの腰を持つと、下に向けたタンたんから最前と同じ獄炎が伸びて、迷宮を溶かす。


 それから二階層分進むと、今までとは違う種類の床に行き着いた。


「ここで終わりです。これ以上は妖魔の封印に関わる核たる部分、傷付けると何があるか見当もつきません」


 リロの声を聞きながら、盾から降りたバッシは周囲を見渡した。そこには上層部と変わらぬ真っ白な壁に覆われた広大な空間が広がっているーーただし壁面と天井は、である。


 地面はというと、そこから先が別物である事を、見ただけで理解させる威容を誇っていた。

 まるで黒曜石を真っ平らに敷き詰めたような《究極の平面》とでも言えるような、繋ぎ目の無い黒の鏡面が果てなく広がり、内部では胎動する魔光が赤く明滅している。


「殺生石だワフ」


 オウ・スイシのつぶやきに皆が注目する。


「その昔、大災厄をもたらした妖魔の封ぜられし塊、その周囲には瘴気が湧き出し、生ける者の魂を喰らったと言い伝えられているワフ。この真白の地宮はそれら負のエネルギーを正のエネルギーに転換する装置だワフ。そして剣と璽は妖魔の魂を鎮めるための祭器で、この場に至るための鍵なんだワフ」


 と光線を放ち続ける霊刀を地面に向けた。その先は殺生石の中に伸びて消えている……否、霊刀の淡い光に反応した霊剣が、殺生石の深い暗がりから一瞬の光を放射した!


 見るが速いか、バッシは大剣を抜き打ちに地面を突く。睡蓮火の残滓が遅れて宙に漂うのを体で打ち消すと、


 〝バッシ〟


 鋼の精霊の声がして、咄嗟に銀光を展開した。その瞬間、視認した物に驚愕すると、突き出そうとした剣先を、肘を畳むことで何とか留める。下から盾のようにウーシアを掲げたクロエがせり上がって来たからだ。


 そのまま横っとびに避けたバッシを、殺生石から突き出た柱が何本も追いかける。一本づつが一抱えほどもあるその先端には、巨大な五本爪を伸ばし、飛び退るバッシを引っ掛けようと広がっては「バクン!」と閉じた。


 駆けるバッシを追うように、まるで水飴のように波打つ殺生石の平面が隆起していく。その天辺には半ば黒に侵食された、しかし明らかにクロエの顔傍が、憤怒の表情で浮き上がろうとしていた。


 石柱の突き上げを避けて皆が退避した空間を押し上げると、そのいただきから、


「なぜダ? こんなニはやくたどりつくトハ」


 顔の半分を硬化させたクロエが怒声を放つ。たんタンによる追走は予定外だったらしく、半ば取り乱したクロエはもはや人とは言えない何かに姿を変えつつあった。

 その内部にはウーシアの霊剣が淡く光り、いまだにオウの霊刀からは光線が伸びている。


「ウーシアを放せ!」


 石柱を避けつつも、逆に龍装の足爪で側面を掴みながら跳躍したバッシが、紫光を纏わせて駆ける。それを狙って何本もの石柱が打ち上がるが、捨て身の直感と龍鱗の聴覚で一見もせずに避け続け、なだらかに隆起した部分に足を踏み入れた。


「うるさい! よくもジャマしおったなあァァ!」


 隆起した殺生石から幾本もの黒い手が伸びる。さらに上に突き上げていた石柱がしなると、その先端にある爪が落ちるように襲いかかってきた。


 バッシはクロエと石柱の爪から逃れられる場所にあたりをつけて跳ぶ。

 思った通りに、殺生石に降り注ぐ爪が波立ちながら吸収されていくのを綺麗に回避すると、それを予測して遅れて伸びた石柱の爪が、大きく広がりながら襲来した。


 空中のバッシには避ける手立てが無い。その背中に爪が掛かろうとした時、


「トンッ」


 と太矢が突き立つと、爪が魔光を散らして爆ぜた。さらにバッシの道筋を邪魔する石柱に命中した太矢が連続して爆発し、援護する。


 ドワーフ忍者の弩から放たれた仕込み矢だ、という事を頭の隅で意識しつつ、先鋭化する意識をクロエと殺生石に向ける。

 どのようにしてウーシアを救い出すか? 試しに殺生石の表面を大剣の切っ先で引っ掻くと、容易くはないが傷は付いた。


 だが妖魔を封じ込めている以上、むげに殺生石を切ると、妖魔の封印を解く事にならないかと懸念する。


 逡巡するバッシの耳元で、


「クロエは今も剣璽を使って封印を解こうとしているワフ、何とかしてウーシアを引きずり出せ」


 と霊化したオウが囁いた。一つ頷いて見せると、今度はハンガウが黄金剣を光らせながら、


「遅い、先に行くぞ」


 とバッシを置き去りに石柱の砕けた道を駆ける。後から追いついて来るバッシに、


霊能者オウ殿の準備が整い次第、妖魔の力を縛りにかかる。それまでになんとかウーシアを救出するぞ」


 再び襲い来る石柱と爪の嵐に振り返る余裕も無いバッシは、


「分かった」


 とだけ返事をした。後方のオウの様子を伺う事はできなかったが、何らかの策をうっているらしい。何をするつもりかは分からないが、何やら真白の地宮に潜る前からの準備物があると言っていた。


 そちらの事は任せて前方に意識を向けると、小高い山のように肥大化したクロエの側に、人質として見せびらかすようにウーシアが掲げられているのが目に飛び込んでくる。


 こみ上げる殺意を鎮めて、駆けながら冷静に救出する策を練っていたバッシは、ハンガウに何事かを耳打ちすると、驚いてバッシを凝視した彼女に、


「やってみるしか無い、後は頼む!」


 と告げ、一際巨大な石柱に目をつけて走った。その側面に龍装の足爪を食い込ませると、クロエの近くにまで大きく跳躍する。当然のように突き上げる石柱の先端が割れて、真っ黒な爪の鋭端が閃く。


 紫光の飛沫も緩やかに剣先を向けたバッシが落下し、その身が爪に挟まれる! というタイミングで、ハンガウの伸ばした黄金剣の切っ先が石柱を切り裂くと、その隙間に飛び込んだバッシは飴状の本体に飛び込んでいった。


 本来ならば物理的にも巨大なバッシが潜り込める硬さではないが、身に纏った紫光が粘度ある殺生石を溶かして、ゼリーのように崩しながら掻き分けて行く。


 その先端が目指すウーシアに近づいた時、何かに牽引されたウーシアが下方に退く。その時、一瞬目があったウーシアは、見開いているにも関わらず意識を感じさせない、虚空のような瞳をしていた。


 瞬間、全ての思考が遮断されたバッシは、紫光を発動しているにも関わらず、銀光の力を発動させようと鋼の精霊に呼びかけるーーだがそれよりも速く周囲の粘液が変質すると、妖怪を形作っていった。


 粘液の中に妖怪達が多数出現し、もみ合うようにバッシを攻撃する。それらは紫光にも影響を受けず、絡みつくようにバッシを蹂躙した。粘液の中で身体中を噛みつかれたバッシは呼吸を乱して酸素を吸い込もうともがく。


 そこに入ってくるのは、液体化した殺生石の粘液のみ。肺を犯される危機感に、


 〝バッシ〟


 と鋼の精霊の声が重なり、無心で剣を振るうと、銀光の世界の中で外に向かって粘液を切り開く。そこから飛び出すと同時に、天に向かって伸び上がったクロエは、肥大化した殺生石の身体を、黒の地面に打ち付けた。


 巨大な波紋が津波のように広がると、飛び散る飛沫がポッテリとした球を作り出す。そこから飛び出した妖怪達の手足や首がオウの仲間達に飛びかかっていった。


 バッシはその波に飲まれながらも、ウーシアの行方だけは目の端から外さずに、迫る妖怪を切り裂き、粘液の弾を避ける。しばらくすると、クロエはウーシアを見せびらかすように粘液の表面近くまで浮かび上がってきた。


 近寄ってきたのは、焦げたような香ばしい空気……その主に振り向くと、


「明らかな挑発行為ですね」


 とつぶやくリロが乾いた笑みを浮かべて佇んでいた。その目は魔導書の炎熱に反して冷たく澄んでおり、その隣には面頬によって表情のわからないジュエルがホーリー・メイスを肩に担いでいる。


「我ら《聖騎士団》を舐めるとどうなるか」


 握り締めたメイスの柄から硬質な擦過音を響かせ、


「きっちりと教育せねば」


 丁寧な言葉使いで怒りの呼気を吐き出すと、周囲は聖守護力場ホーリー・アーマーの光に包まれていった。

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