霊剣持ちのウーシア
タマラとウーシアは、切っても切っても殺到する妖怪を、魔爪で切り裂き、霊剣で貫いた。全てが軽い身故の虚しい奮戦であるが、いずれ暴力の波に飲み込まれる所を、すんでのところで踏みとどまり続ける。
だがそれも魔爪折れ、霊剣の斬撃ごと後続の妖怪に押し込まれると、どうしようもない力の差によって抑えつけられていった。
そうして手足の自由が効かなくなったウーシアの眼前に壁妖怪が迫る。動かぬ体に思わず目を瞑ると、
「んニャろっ!」
残り少ない妖毒をぶちまけたタマラが、ウーシアを取り押さえる剛鬼を切り裂くと、力無い蹴りを食らわせてウーシアを弾き飛ばした。そして入れ代わるように、壁妖怪から伸びる手に吸い込まれていく。
「タマラ!」
霊剣を振るい何とか助け出そうとするが、半ば力尽き無抵抗となったタマラは簡単に体内に練り込まれてしまう。
危機感に最高潮となった霊感が、すぐに壁妖怪の核を見切り、鋼のように硬い壁に全体重をかけた霊剣を刺し込む。核を傷付けられた妖怪は不定形の泥となって崩れ落ちた。
地面には早くも体毛を消化されて粘液を纏うタマラが、失神しているのか身動き一つ取れずに投げ出される。ウーシアは極度の疲労によって生まれた虚無感から、一瞬茫然と立ち止まるが、汚泥と血の臭いに急速に現実を取り戻した。
意識が先行して肉体をなんとか追いつかせる中で、汚泥からタマラを引きずりだそうとするウーシアに、後続の剛鬼の爪が襲いかかってくる。風切る腕をかいくぐって、瞬時に足と腕の腱を切ると、倒れこむ口に霊剣の刃を突き込んだ。
吐き出す血を避けて周囲を見渡せば、失神しているタマラに食いつこうとするマダラ豹の気配ーー咄嗟に最後の投魔石を手で投げると、届くかどうかの所で、
「爆ぜるワン!」
と言葉ももどかしく発動をうながし、小爆発で豹の頭を撃つ。その首を撥ねた時、突然何者かに足首を掴まれた。さっき手足の腱を切った剛鬼が、地に伏せながらも手を伸ばして来たのだ。
すぐに手首を切り落とそうとして、壁妖怪に突進される。伸びる手足を無視して核を貫くと、生臭い汚泥が降りかかった。
そこに剛鬼が、マダラ豹が、壁妖怪が、双頭虎が、波状攻撃を仕掛けると、限界に達したウーシアは身体を殴られ、手足を噛みつかれてーー痛みの余りに頭の中が真っ白になってしまうーーその中で猛然と《迷宮でのトラウマ》が蘇った。
元の主人から受けた虐待と、その仲間に弄ばれた傷、心の奥底に闇と病みとして封印されているそれらが、極限状況で爆ぜた。
〝嫌だ!〟
生命爆発とも言える覚醒の中、保身行動で以前の主人を迷宮罠の餌食としたウーシアの闇。だが今回こそはどうしようもない。力負けして肉を噛みちぎられ、霊剣も取り落としそうになった時、同族オウ・スイシ・カニディエの術が脳裏にに浮かんだ。
身体を霧散させて物理的ダメージを無効にする《霊化》
同胞の術をイメージした瞬間に、霊剣の力が極限まで張り詰めると、靄となって拡散した。
靄に覆われた妖怪達は爪や牙を振るうが、実体を無くしたウーシアは何らダメージを受けない。
だが一方で体が分解するという初めての体験故の不安に、精神も崩壊しそうになる。焦りから元に戻ろうとすると、その念に反応した霊剣がまたもや光った。そこを中心に散らばっていたウーシアの霊体が集まり、彼女らしき外観を作り出す。
もう少し念を込めれば実体化するという事は分かるが、妖怪に包囲された状態で元に戻ってしまえば、即取り囲まれて殺される事は明白だ。そのまましばらく物理攻撃を受け付けないウーシアの霊体を、妖怪達が一心に蹂躙するさまを観察した。
だが気絶したタマラを見捨てる訳にはいかない。今も霊化したウーシアに興味を失った双頭虎が、汚泥の中のタマラに鼻を効かせ始めている。
焦ってタマラに気を向けると、意識を向けた方向に飛べる事が分かった。そのまま霊剣に念を向けると、空中に銀色の靄を立ち昇らせながら実体化したそれを操り、双頭虎の首の付け根を貫く。
それは物理的なダメージとは異なり、核に凝縮された妖怪の精神を切り裂く刃だった。精神的ショックを受けた双頭虎が泡を吹いて昏倒すると、タマラに群がってくる他の妖怪達の核も切り裂いていく。
だが剛鬼の核を切り裂いた時、急に違和感を覚えた。直後に動けなくなると、慌てて身体を再構成しようとしても、何の変化も訪れない事に気づく。
焦れば焦るほど何もできなくなって、搔き集めようとした体は四方に散り、もはや霊剣すらも形を失おうとした時、
〝バッシ助けて〟
と遠くにいる者への呼び声を残しーー耐えきれなくなった精神は働きを止めた。
気絶したウーシアはスルスルと元の実体を取り戻し力無く地面に倒れこむ。その手元に集まった霊剣の光は、体内に消えていった。
遠巻きに伺う妖怪が場を満たすが、鼻を効かせた一匹がビクン! と体を仰け反らせると、その場にひれ伏す。それが部屋全体の妖怪に伝播すると、その中心に機を伺っていた人影が悠然と現れた。
「極限状況で能力に目覚めたか、しかし未知の力を使いすぎたな、未熟者が」
ふんっと鼻で笑うと、
「霊剣、確かに貰い受けた」
酷薄な笑みを浮かべ、充血する目でウーシアを見下ろすーーその影はクロエのものであろうか? しかしその表皮は無機物のような光沢をもち、生命の息吹きを持たぬものに変質している。
手を上げて銀狼にウーシアを咥えさせると、地面に空いた穴に飛び込ませた。その後に妖怪共を付き従わせる。
「クックックッ、これで剣と璽がそろうたわ。早く妖魔様の元に献上して差し上げねば」
硬質な音をたてながら優雅な足取りで穴に近づいた者は、満足気に歪む口元からこみ上げる笑い声を漏らしながら落下していった。
*****
「で、どうすれば良いんだ?」
バッシがオウに詰め寄る。体を覆う龍装は未だに収納も出来ないほどに傷つき、身体も超回復でつぎはぎだらけの状態だが、ウーシアの危機に昂った精神はすぐにでも走り出しそうな気配だった。
「迷宮上層の支配権は取り戻したワフ、クロエが降りられる範囲も知れているはずだワフ、今魔具装置で探知しているから……あれほど大きな妖気の従者がいれば隠しようもないはずだワフ」
オウは冷静に分析しているが、彼とてやっと出会えた同氏族の娘を奪われた事態に焦燥感を押し殺しているのだ。
それを感じているからこそ、バッシもそれ以上強く迫らなかったが、硬く握り締めた拳からは血が滲んでいた。
「下に向かうだけなら手はあります」
リロの言葉に全員が振り向く、そこには魔光を放つ魔導書タンたんことフレイム・タンが威風堂々と浮遊し、後ろに控えるリロとフェンリルを赤く照らしている。
「獄火の紅炎をフェンリルさんの風に乗せて集極的に放射すれば、いかな封印迷宮の床とて穴は開きます。ただしその範囲は極限られていますので、正確な位置が分からなければ、無駄に時間を費やすのみとなるでしょう」
その言葉にドワーフ忍者が、
「まってくれ、そこまでの精度をこの装置に求めるのは無理がある。ここからさらに地下5階層分ほどならなんとか支配権にあるが、それ以降は封印が強すぎて話にならんぞ」
と声を張る。それを聞いたオウが、
「それでは5階層下まで進めるように準備しろ、それからはこの霊刀にかけて、何とか片割れの存在を突き止めるワフ」
と霊気漲る刀をかざして見せた。
「片割れって、差し支えなければお教え願いたい。その霊刀とウーシアの霊剣とはどのような関係なのですか? そしてあなたとウーシアは?」
とのジュエルの問いに、霊刀に気を巡らせながら、
「この刀と剣は、元々は一つの霊剣だったワフ。それを地上で管理する時に、妖魔の狡猾さ、凶暴さを懸念した先祖が、より万全を期してあらゆる要素を均等に二つに分けたものが霊刀と霊剣だと言われているワフ。その真相は失われて久しく、ウーシアは私のーー」
オウの言葉にバッシも固唾を飲んだ。片割れ、同朋、同じ氏族とくれば、将来の嫁候補ときてもおかしくはない。そうなればウーシアにとっては幸せなのだろうか? だがこんな状況にありながら、バッシの心には決して合理的ではないある思いが渦巻いていた。それは熱く身を焦がすような決意とも言える感情。
〝ウーシアは《俺が》守りたい〟
生涯をかけて何が有ろうともあの娘を守る、ただそこにだけ生きる意味を見出している事に、この時初めて気づかされた。
隣ではそんなバッシを見守るリロと、初めて聞かされたウーシアとオウの関係性を黙って聞き続けるジュエルがいる。そしてオウの答えとはーー
「魂伴だワフ」
「魂伴?」
聞き慣れぬ言葉に、思わずバッシが聞き返すと、
「そう、カニディエ氏族の二剣使いは、代々魂で繋がる運命の伴侶だと言われているワフ」
「伴侶ってことは夫婦なのか?」
なおも突っ込んで聞く無遠慮なバッシを銀狼が睨みつけるが、それを制したオウは、
「違うワフ、心配しなくとも男女の契りは交わさない。いやむしろそうした世俗的な繋がりは無いほうが、霊格的な繋がりはより高潔に、長く強く高まっていくワフ」
まるでバッシとウーシアの間に何があったのかを見抜いているかのように、穏やかな笑みを浮かべて告げた。その霊刀は今まで見たことも無いほどに力を溜め込み、オウの全身は薄っすらと発光し始めている。
ジュエルは尚も何かを聞きたそうだったが、
「お待たせしました、5階層分の準備ができましたぞ。オウ様、よろしいんですかい?」
と尋ねるドワーフ忍者に軽く頷くオウ。それを見て魔具装置を操作すると、パダールが雷を放射して現界から姿を消した。ここに留まる事のできる時間は残り僅からしく、来るクロエとの決戦を前に一度戻ってもらう事になったらしい。
最後の雷撃を受けた魔具装置は、天辺から雷を放ちながらフル稼働で迷宮を再編していく。
決して丁寧とは言えない改装に揺られ、半ば落下しながら、巨大な部屋を5階層分下にぶち抜いた魔具装置は、煙を上げながら活動を停止した。
「さて、この器具で進めるのはここまでじゃ、皆様準備は良いかの?」
大掛かりな機械式のクロスボウを抱えたドワーフ忍者が皆を見回した。黙って頷く一同、中でも一番手酷いダメージを受けていたバッシは、新たに纏い直した龍装を見せつけると、力強く頷く。そして魔力尽きかけ、何とか魔法薬で微々たる回復を遂げたハンガウも、目力を強めてドワーフを見た。
その視線がドワーフの側の地面に小さな塊をとらえる。何だ? と思って良く見ると、全身に大小の傷を負い、血と泥に汚れて倒れる猫人女忍タマラだった。
「大丈夫か!?」
相棒の様子に駆け寄るドワーフ忍者を制して、バッシを見たタマラは、
「ウ、ウーシアが……バッシ助けてって」
とウーシアの最後の言葉を紡ぐと気絶した。それを聞いたバッシは、龍鱗を逆立てて傷付いたタマラを凝視する。次いでオウを見た。
自然と視線の集まる先には、地下に向けて光を伸ばす霊刀を携えるオウが屹立していた。周囲に漏れ漂っていた光の粒子も、徐々に特定の方向に集約して、一本の光線を構成していく。
その線の先にはウーシアが……想像を巡らす間にもオウの首是を受けたリロが、真っ赤に拡がる獄火の魔法陣を携えて、フェンリルを伴い進み出た。




