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鋼の剣(改)を手に入れた  作者: パン×クロックス
第三章 ヤマタ王国と真白の深宮
113/196

上層結果

 〝偽物ダミーかっ!〟


 ハンガウは、斬りあげる剣の魔力を思い切って盾に回すが、一瞬の内に出来たのはそこまでだった。

 刃を入れた妖狐の着物が、はためきながら爆発的に視界を埋めると、真っ赤な布地が天を埋める。その頂点では八咫の光が輝き、マロンの支援する金翼を掻き消した。


 間近で起こった妖力の爆発に吹き飛ばされたハンガウが地面に打ち付けられる。狐武者の物らしい装具の破片が突き刺さり、手にした黄金剣は吹き飛んでいった。


 転がって天を向いた先には、八咫の鏡を持ち、こちらを睥睨する妖狐の姿が揺らめく。その肩には血が滲み、最前に斬った本物だと理解した。


 凄惨な笑みは耳まで裂け、広がる裾の影から狐武者が歩み寄って来る。その中でも一番体格の良いお狐将軍と名乗った個体が、ハンガウの黄金剣を蹴り飛ばした。


 絶体絶命か?ーー体を動かそうとして、魔力を巡らせてみるが、打撲骨折に加えて失血も酷く、手足に力が入り辛い。唯一の救いとしては、マロンの潜む盾が多少の反応を見せた事か。


 震える手でトーガの剣に触れると、彼女の容姿が脳裏に浮かび、自然と体が反応する。立ち上がりかけるハンガウを見て動きを止めた狐武者達は、お狐将軍を筆頭に、用心深く手をかざすと、青白い火の玉を作り出した。


 空間を包む、化粧臭い真っ赤な布地を照らす火が、ユラユラと揺れて重なっていく。それは見ている内に意識が奪われる幻火の妖術だった。魔法防御を無くしたハンガウは口を開けたまま膝をつくと、剣と盾を落としそうになる。


 〝ハンガウ! 盾を構えるワンコ!〟


 左手のマロンが念話を送るが、枯渇寸前の魔力では魅入られたハンガウを呼び戻すには至らない。それでも取っ手の引っ掛かった盾は保持する事ができたが、右手の剣はスルリと足元に落としてしまった。


 ニヤリと笑みを浮かべた狐武者達が、重ねた火を放つと、真っ直ぐに飛んでハンガウを直撃する。そのまま青い炎に取り憑かれるが、意識の混濁したハンガウは、呆然と身を焼かれ、痛みすら感じなかった。


 しかし取り落としたトーガの剣がハンガウの足の甲を貫いた瞬間、耳鳴りのような高音と共に、柄にはめ込まれていた橙色だいだいいろの魔石が弾け、魔力の塊が空中に溶け出す。


 それは一瞬トーガの姿形を作ると、ハンガウを愛おし気に撫で、そのまま盾の中に吸収された。


 次の瞬間ーー爆発的に金光が溢れ出すと、羽を形作り青炎を弾き飛ばした。そのまま崩折れるハンガウを引きずると、地面に投げ出された黄金剣の元まで飛行する。そしてトーガの剣は役目を終えて、力無く抜け落ちた。


 足の甲を動く剣の痛みに覚醒したハンガウは、呆然とした表情のまま黄金剣を拾い上げると、殺到する狐武者の斬撃をーーハンガウの、黄金剣の、金翼の盾の、手甲の、すべての能力を振り絞って躱し、いなす。


 泥のように疲れた肉体と精神で無意識とも言える戦闘行動を繰り広げるハンガウに、


 〝待たせたワンコ、始まるワンコ!〟


 マロンの喜びの感情が伝わった。と同時に迷宮が音をたてて組み換えられていく。


 真っ白な空間に突如として機械油にまみれた歯車が現れると、構造に封じ込まれていた噛み合わせの騒音が辺りに響いた。


 可変部に巻き込まれた狐武者達が悲鳴をあげる中、残りの者達は身体そのものを火に変えると、妖狐の周りに集う。それは最前から妖狐の周りを漂う青い火の玉であった。


 広げた着物を裂かれた妖狐は、口惜しげに周囲を睨みつけると、八咫の鏡を操作して地宮に干渉しようとする。だが全く反応を見せない事に気がつくと、ハンガウを睨みつけて、


「お主らが何をしたか知らぬが、妾と主の邪魔立ては許さぬぞえ」


 と光の円盤を連投した。それは金翼の保護によって弾かれるが、トーガの魔力の残滓ざんしは見る見る弱まっていく。それを見て熱光線でトドメを刺そうと妖力を溜め込んだ妖狐は、迷宮壁の転換に巻き込まれそうになり、火の玉を駆って空を跳ねた。


 10メートルを超す巨大なパネルが大きく形を変え、あっという間に一つの巨大な空間になる。おそらくは真白の地宮の敷地一杯に広がったであろう、二階層分ぶち抜きの大広間。


 そこには銀狼フェンリルに跨ったリロや、槍に貫かれ圧殺の罠に殺される寸前だったバッシとジュエル、流転のハウラと青雷のパダールを従えたベル、そして魔具装置を操るドワーフ忍者が、間隔を置いて存在していた。


 ハッと気づいた妖狐は、この変革の主たる魔具装置に向かって飛びかかる。そして八咫の鏡の力を解放すると、ドワーフ忍者に向けて熱光線を放とうと構えた。


 その周囲に白いもやが纏わりつき、


「その鏡、貰い受けるワフ」


 と形を成したオウ・スイシが妖狐の手を斬りつける。咄嗟に避けた妖狐は、取り巻く狐火の円陣で牽制すると、高速で旋回させた六つの狐火でオウの靄に打ちかかった。さらにその外側から攻めるように最大限の光の円盤を放つ。


 だがそのことごとくが細造りの霊刀に触れると、形を失って霧散していった。さらに溜め込んだ妖力を全て光線に変えて放つが、霊感に先導されたオウにはかすりもしない。


 狐武者達の昇天する声が聞こえる中で、歯嚙みした妖狐は、残りの狐火を集めて黒い穴を作ろうとするが、それすらも先を読んだオウの、流水のような滑らかな剣筋が閃く。


 そっ首が撥ね飛ばされると、地面には年老いて毛並みの乱れた狐の胴体と、八咫の鏡が投げ出された。


 実体化して鏡に手を伸ばすオウ、そこに狐火を纏い首だけになった妖狐が、オウの首に牙を立てようと飛びかかる。だがそれはフェンリルが横からかっさらうことによって阻まれた。


 地に降り立って妖狐の力を吸い尽くすフェンリル、その横で何事も無かったかのように鏡を持ったオウは、その鏡面に目をやった。


 そこに反射するオウの顔が、優越感に乱れたクロエの顔に変化していく。恍惚の表情に緩む口からはよだれが滴っていた。


「よくやった、よくやった」


 パチパチと手を叩くクロエ、それとは別に、


「ウーシア、ウーシア達はどこだ!?」


 と仲間を、いや相方を探すバッシが声をあげる。全てを察したオウは鼻面に皺を寄せると、


「同胞をどうしたワフ」


 と腹の底に響くほど低い唸り声をあげた。





 *****





 猫人族の女忍タマラはとっくに獣憑き(ライカンスロープ)の状態となって、地宮の壁と言わず天井と言わず、あらゆる空間を駆けながら、剛鬼を切り裂き、壁状の妖怪を蹴りつけた。


 だが魔力を込めた必殺の爪はあまりにも短かく、軽く、痛みに鈍感な大型の妖怪を倒すのは至難の技である。

 逆に剛鬼の毒血の飛沫を浴びたり、質量差から攻撃を受け止められて筋に負担を強いられると、徐々に追い詰められていった。


「一旦退いてこれを使うワン」


 長剣程に成長した霊剣を振るいながら、ウーシアがタマラを誘導する。その手にはなけなしの毒消し薬があり、飛び退いてウーシアの肩に足をついたタマラはそれを受け取ると、荒い息の中で薬を嚥下した。


 苦味に喉を詰まらせながらも、痺れの出つつある手足を振るい、敵に飛びついていく。そうしていないと動けなくなる気がしてーーその眼前には剛鬼が臭い息を吐きながら迫った。


 吸い込んだ息を短く鋭く吐き出しながら跳躍する横を、重く、しかしタマラを捉えるには鈍すぎる一撃が通過する。


 すれ違いざまに血液の表出しにくい臓器、人間でいうところの腎臓を狙って、鋭い足爪を突き込む。

 硬い表皮と筋肉に阻まれるが、魔力の篭ったライカンスロープの爪牙は特別な部位である。繊維の筋に沿って鋭い刃がスッと深く入り込んで、内臓らしきものを引っ掻いた。


 引き抜くと毒血を浴びた爪から煙が上がる。だがそれを無視して腰元の短剣に手をかけると、着地点で待ち構えるもう一匹の剛鬼に投擲した。


 投げ下ろされた刃は、回転力を得て剛鬼に突き立つ。だが小さな刃が刺さったところで、ほんの少しダメージを受けるだけだろう。だがその個体は力が抜けたように膝を折り、音を立てて地面に身を投げ出した。


 毒ーーといっても人間には無害の液体だが、それはこの地に住まう妖怪にとっては致命傷になる液体である。北方地帯に住まう陰陽師から貰い受けた妖毒と呼ばれるものを、タマラが特殊な短剣に仕込んだものであった。


 その有用性は信頼に値するが、貴重な品ゆえに量は少ない。また身軽さを身上とする猫人女忍としては、大量の刀剣を身につける事も出来ず、今投擲したものでめぼしい刃物は尽きた。あるのは全身に仕込んだ棒手裏剣のみである。


 着地したタマラに容赦なく迫る影、大型の虎のような肉食獣が二匹踊りかかってきた。いや、首は二つだが胴体は一つ、双頭の虎が長い首を揺らして噛み付いてきたのだ。


 タマラは縮めた手足に力を込めると、魔爪を食い込ませた地面を蹴る。そして背部に仕込んだ棒手裏剣を両手に一本づつ引き抜くと、体側を滑らせた。そこにある金属製の筒を刺激すると妖毒が溢れ出て、手裏剣に彫り込まれた溝に付着する。


 それを零さないように振り抜くと、眼前に迫った双頭虎の鼻面に突き込む。と同時に横っとびに回避すれば、即効毒の回った双頭虎は地面を滑りながら絶命し、壁を蹴ったタマラは次なる剛鬼に躍りかかった。


 そのコメカミに足爪を突き立てた瞬間、


「危ないワン!」


 と身を滑りこませたウーシアが、霊剣をタマラの背後に突き込む。そこには不可視の豹が死とともにマダラ模様を浮かび上がらせ脱力していた。それを避けながら左手でスリングを振るったウーシアは、通路を埋めて迫る壁状の妖怪に向けて、投魔石を投擲する。


 壁に埋もれた投魔石に、


「爆ぜるワン」


 と発動を命じると、塗りこまれた体中で「ポフッ」と小さな盛り上がりを見せて爆ぜる。大したダメージに見えないそれは、しかし妖怪の核たる部分を破壊したのか、形を保てなくなった豹は、スライムのような不定形の汚泥となって地面に広がった。


「ありがとうニャン」


 荒い息の合間から言葉を捻り出したタマラに、首を振って笑みを浮かべるウーシア。完全に精神的なリードはウーシアのものとなって、二人の危うい戦闘を支えていた。


 だが次々の現れる妖怪は途絶える様子もなく二人を攻める。正確な時間を知る術はなかったが、既に一昼夜も戦い続けているように感じた二人は疲弊していた。攻めてくる妖怪は全て、彼女達の苦手とする、剛鬼に代表されるような力押しタイプである。


 さらに通路を進んだ二人の前に現れたのは、広大な部屋ーー警戒しつつ中を覗くが、それまでの猛攻が嘘のように静かだった。


 そんな筈は無いと罠を疑ったが、高度な探知能力を持つ忍者と、迷宮の専門家たる霊感持ちのスカウトをもってしても、何の罠も検知されなかった。


 その時、きっちり妖怪を退治して来たはずの後方から、何者かの吠え声が轟き、驚いた二人は思わず部屋に入ってしまう。


 何の問題もなく部屋に入った二人、確かにこの部屋には何の罠も、仕掛けもなかった。ただ単に普通の強度を誇る迷宮の天井が、広く場を覆っているのみ。


 異常はすぐに現れた。その普通の天井がたわむほどの何かが上階に現れ、それはどんどん増加していくようであった。

 と同時に、元来た通路への道が忽然と消えてしまう。


 人間が詰め込まれているとすれば、明らかに上層の数名は折り重なり死んでいるだろう。決して薄く無い壁の向こうから、鎧だか石だか分からないものが擦り合わされる音が響いてきた、と思えばーー迷宮の天井が過剰な圧迫によって崩れ落ちる。


 落下してきたのは大量の妖怪であり、地に着いた瞬間、生存を求めて二人に群がって来た。

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