女狐追跡
黒い穴に飛び込んだハンガウが見たのは、可変する迷宮の裏側。そこには真っ白な地宮の壁とは正反対に、油ぎった歯車が黒光りしながら回り続ける閉塞空間が広がっていた。
その合間に、女狐の真っ赤な着物が消えていく。それを追うハンガウは、盾の金翼を力強く羽ばたかせた。
「はぐれると取り残されるワンコ」
盾に入ったマロンが警告するのを聞くまでもなく、こんな所ではぐれた未来は容易に想像できる。
〝ガリガリガガガッ!〟
と列を変える巨大な歯車が後ろに吹き飛んでいく中で、曲がりくねった空間をぶっ飛ばす。合間に見える女狐の視線が一瞬交錯したと思えば、その手元がキラリと光った。
背負った剣が鞘の中でカタカタと揺れると、その意図を察したハンガウが引き抜く。既に魔力を発揮していた黄金剣の光が、薄暗い空間を照らし出した。
そこへ飛び込んでくる光と打ちあうと、激しい手応えを残して飛び去っていく。あれはーー回転する円盤だろうか? 思ったよりも激しい感覚が手に残った。
すると遠方からもう二枚の光の円盤が静かにカーブしながら迫って来る。並列する軌跡を避けるように飛ぶが、不意に方向転換して襲いかかってきた。
それを一枚は剣で、もう一枚は足元の金翼の盾で弾き返すと、軌道を変えて飛び去るーーと思いきや、空中で風切り音を上げると、急カーブをきって左右から襲いかかってきた。更に前方からもう二枚の円盤が飛来する。
風切り音が一気に上がり、速度もグンと伸びる中を、真下に活路を見出して避ける。だが狭い空間にそれほどの逃げ場は無く、すれ違いざまに頭を切り裂かれそうになった。
真横から見た円盤には厚みが無く、薄い光の刃が回転しながら飛んでいるのが分かる。と思いきや、目の前で分離した円盤は倍の8枚になってハンガウを追ってきた。その動きを見て、直感が走る。
ーーこいつは本体を逃がすための陽動か?ーー
長年の戦闘経験からそう見切りをつけるが、本体を探そうとしても、唸りを上げて回転する円盤からは、侮れない切れ味とパワーを感じさせられる。狭い空間で歯車や滑車に当たった時の火花が、その威力を証明していた。
〝妖狐は上だワンコ! ハンガウの魔力とも完全に同期できたワンコ、僕が盾を操作して女狐を追うから、ハンガウは円盤だけに集中するワンコ〟
マロンの念話を了承したハンガウは、腰に吊るしたトーガの直剣を左手に、黄金剣を右手に構えると、中腰で二刀流の構えをとる。トーガの剣は盾代わりに身近に構え、黄金剣はいつでも金光の剣を伸ばせるように意識した。その最中に金翼の盾の安定具合をはかるが、ハンガウの体重移動なども考慮した絶妙な操作をしてくれている。操るマロンの思念も直接ハンガウに伝わってくるため、自分で飛ばすよりも遥かに戦闘に集中できそうだった。
そうこうしている間にも、妖狐との差は開き、後を追ってくる円盤の数は増え続けている。だが個々の円盤は、数が多くなったのと、妖狐から距離が離れたせいか、操作精度は下がったように見え、歯車や円盤同士が打ち合って勝手に消滅する物も増えた。
それでも数枚の円盤はハンガウに追いついてくる。不意に向きを変え、角度を変える薄っぺらな円盤は捉えにくく、一瞬の隙をついて黄金剣の金光で打ち壊すのにも時間がかかった。
金翼の盾でも防ぎきれなかったものをなんとかトーガの剣で受けると、軌道を変えた円盤は他の円盤と噛み合って消滅する。だがその数は減った様子もなかった。
うるさく纏わりつく円盤を相手に、防御に徹する事でなんとか身を守っていたハンガウに、
〝上から大きな妖力の気配だワンコ!〟
とマロンの警告が注意を喚起する。だが増え続ける円盤の対応に、そちらにまで意識を向ける余裕は無い。
〝上は任せた、もしこの空間から逃げるようなら全速で追ってくれ〟
同時に二枚の円盤を切り裂いたハンガウが念話を送る。ここまでは無傷だが、胴鎧も装着していないハンガウにとっては、無数の円盤全てが致命傷の恐れのある凶刃であり、神経を削り取られるような極度の集中を強いられ続けて余裕が無い。
マロンは女狐が集中させる妖気に違和感をもっていた。先ほど見せた転移の術ならば感覚は覚えている。それよりもあれはーー
〝ハンガウ! 掴まるワンコ!〟
と言いざまに天地逆転した金翼の盾、咄嗟に握りの部分に足の甲を差し込んだハンガウは、なんとかぶら下がる事ができた。
直後に金翼の盾に衝撃が走る。落ちそうになって左手でトーガの剣ごと盾に掴まると、盾は余りの衝撃にバランスを崩して揺らめきながら、金翼を大きく張って何とかバランスを保った。
〝どうした?〟
と問うハンガウに、
〝熱光線だワンコ、翼の魔力もかなり削られたワンコ〟
と答えるマロンの言う通り、天地を戻した盾から上方を見ると、鏡を構えた女狐が口惜しそうに飛び去って行く。どうやらあの鏡から発射した熱光線でトドメを刺すつもりだったらしい。
再び女狐を追うがーー下方に群がる円盤の風切り音が気障りだ。
ハンガウは金翼の盾に魔力を込めると、上に向かって全速で飛んだ。そして下から追ってくる円盤が一塊になるのを待って、剣に魔力を溜めると、魔力飽和して漏れる金光を尾引かせて振り下ろす。
視界全体を金色に染め上げる黄金剣が、追い来る円盤を一掃した。そして振り抜いた手首を返してそのまま切り上げると、歯車と火花を散らした剣先が女狐を捉える。
初めて守勢に回った女狐は、驚いたように裾をひるがえすと、先ほどと同じく浮遊する火の玉で黒い穴を作り、飛び込んだ。
今度の穴は以前よりも小さく、妖狐がくぐり抜けた段階でギリギリの狭さ、それがさらに収縮するのを見て、
〝こいつは無理か?〟
と思いながらも、黄金剣を突き入れて何とか抵抗を試みた。すると、
〝任せるワンコ〟
と盾から粒子の手を伸ばしたマロンが、穴に触れて同期を試み、収縮していた穴を逆行させるように拡大させていった。
〝僕の前で何度も術を見せるなんて、お馬鹿さんだワンコ〟
自慢気に粒子をしまうマロンに感謝をしつつ、穴に飛び込むハンガウ。暗がりから急に開けた視界の白さに目をすぼめていると、突然多数の気配に襲われた。
マロンの干渉によって盾がハンガウを地面に振り落とすと、金翼を広げて覆い被さる。意図を察して地に伏せたハンガウの背面に、無数の衝撃が襲いかかってきた。これはーー
〝待ち伏せだワンコ、狐共が列を成して長弓を射ってきているワンコ!〟
送られてきたイメージは、すり鉢状に広がる空間にひしめく狐武者、青い炎のような目が無数に揺らめいている。暗褐色の板金鎧に刀をはき、手には長弓を構えて、一番下の広場に伏せるハンガウを掃射し続けている。
待ち伏せか? 肝心の女狐はーー居た! 最奥部の陣幕に降り立ち、こちらを睥睨している。だがその肩口にはハンガウのつけた傷に赤く染められ、口惜しそうに冷たい美面を歪めていた。
〝で、どうする?〟
とハンガウが問うと、
〝迷宮を大きく動かすから、時間を稼いで欲しいワンコ。ドワーフ君と念話連絡して調整中だワンコ〟
とマロンが何かの策略を暗示した。ならばハンガウは、なるべく妖狐の邪魔をしてやれば良い。
知らず上気したハンガウの行動は早く、なかでも一匹劣った狐武者に目をつけると、その矢が逸れたタイミングに合わせて、こちらを狙う弓矢が最小数の位置を駆けた。
それでも殺到する矢を盾で受け流し、黄金剣で叩き落としながらその狐武者まで到達すると、もつれるように近接戦闘に持ち込む。
余りにも素早い特攻に対応できない狐武者が壁となり、飛び道具を封殺する。そこに慌てて刀を抜き詰めかける武者達は、黄金剣の格好の餌食となった。
ハンガウは勢いをかって妖狐との距離を大胆に詰めていく。妖狐も円盤を操り抵抗するが、陣地に八咫の光を据える必要性があるらしく、本人は動けない様子だった。
「ええい! 何をしておる! 皆の者総出でかかれい! 敵は一人ぞ!」
ヒステリーを起こした女狐が裾を振り乱して叫ぶが、近接戦闘でハンガウに敵う者はなく、狐武者達は見る間に斬られていく。
見かねて女狐の側に待機していた一際大きな個体が、分厚い盾と薙刀を構えながらハンガウに迫ると、
「お狐将軍、無奈正稲荷、いざ尋常に勝負、勝負!」
と大仰に見栄を切った。その巨体が軽々と跳躍すると、背後から迫った円盤がその足の下から飛び込んでくる。
それを盾で弾くと、片手とは思えない速さで薙刀が落とされる。引いて受けてはかえって危険と、前に向かって突進するハンガウを相手の盾が阻む。そこに薙刀の衝撃が走った。
全身に纏う魔力を活性化させて踏ん張るハンガウは、薙刀の芯を外しつつ、金翼の一押しで相手の盾を押し込む。
その足を刈りに軌道を変えた薙刀を剣で止めると、その肩をもって盾の内側へと体当たりをした。
たまらず吹き飛ぶ狐将軍に畳み掛けようとして、
〝熱光線が来るワンコ!〟
マロンの警告に身構えると、極太の熱線が盾を直撃し、踏ん張りを効かせる間もなく吹き飛ばされた。
空中でバランスをとると衝撃を吸収しながら着地するが、尋常ではない熱が盾から伝わってくる。
〝大丈夫か!?〟
〝大丈夫だワンコ、でももう盾の魔力が尽きそうだワンコ〟
言われたハンガウは歯嚙みを強めた、今や少なくなった魔力を盾に回してしまえば、攻撃する手立ては無くなるし、薬で魔力を回復しようにも即効性に欠けるーーだが迷った時の判断は、思い切って攻めるのみ! と決めていた。地を蹴って無心に剣を振るうと、思いを反映した剣筋に金光の力が乗る。
真っ直ぐに切り裂かれた空間に血しぶきが舞う刹那、素早くすり抜けたハンガウは足を踏み込むと、目の前の妖狐を斬り上げた。
〝だめだワンコ!〟
マロンの念を浴びた瞬間、違和感に総毛立つ。なぜか? 妖狐の肩口につけたはずの傷口が無くなっている、これはーー反射的に導かれる答えにも剣を止める間は無く、一瞬が数秒にも感じる感覚の中ーー女狐のつり上がる口角が目に焼きついた。




