流転のハウラ
「妖魔の分身のような妖人だワンコ」
マロンの説明の直後、空中を漂う火の玉は旋回すると、豪奢な民族衣装を青く照らしながら、女の元に集まった。
「ここに到達するには、ちと早すぎるのぅ」
細い声で女がつぶやく。
「お前はクロエの配下かっ、数々の借りを返してもらうぞ!」
対照的に激しい口調のハンガウが、金翼を広げた盾に乗ったまま、先手必勝とばかりに突進した。だが女は冷たい声で、
「ここに来たという事は、仲間達の現状を知っているという事かえ?」
と、うっすらと口角を上げ、闇の中でキラリと光る円盤を操ると、空中に三つの画像を現わす。
一つ目は死霊に囲まれるオウ・スイシ達、尊崇する霊能者の姿を見たハンガウはグッと歯噛みをする。無数に湧き出る死霊に囲まれた三人は、善戦しつつも余裕は無さそうに見えた。
二つ目はバッシとジュエル、大規模な鋼線罠にはまって死線スレスレの所を、力任せに攻略している。だがあの様子ではそう長くは持ちそうもない。
ジュエルの神聖魔法は目に見えて弱まり、バッシの身に纏う龍装も何となくチグハグで、動きも精彩を欠いていた。
そして三つ目、ウーシアと猫人女忍の二人は、大量の力押し系の妖怪に囲まれながらも奮戦しているが、力負けしているのが一目瞭然だった。
一撃の威力に欠ける女戦士の欠点が如実に出ており、ウーシアの霊感による適切な読みと、女忍のスピードで何とか凌いでいるが、紙一重の攻防は些細なズレで一気に戦況を変える気配だった。
「お前が地宮を操っているのか?」
飛びながらハンガウが詰問すると、そっと鏡を操作した女が迷宮を稼働させながら、
「どうだか? お前達はこの女が相手するわぇ」
と暗闇から人影を放った。すれ違い様に被せてくる網を、黄金剣を伸ばして容易く切り裂くと、すれ違う。あれはーートーガじゃないか?
全身黒染めに様変わりしてしまったが、部下の存在が分からない筈がない。だがあまりにもの変わりように驚いて言葉を失った。
「その女を頼むぞぇ」
と火の玉を操り、その真ん中に黒い穴を生み出してくぐり抜ける妖狐、それを逃すまいと金翼を羽ばたかせるが、寸前で蜘蛛の糸に阻まれた。
その糸がハンガウを捕らえるかと思われた瞬間、後方から放たれた雷撃が木っ端微塵に弾き飛ばす。
「トーガ!?」
追いついたは良いが、困惑して立ち尽くすベル。振り向き牙をむいた黒い人影は、短剣を抜きざまに切りかかってきた。それを曲刀の根元で受けると、トーガらしき者は、反対の手で蜘蛛の糸を放ち、なおもハンガウを捕らえにかかる。
それを察知したベルは、体当たりをしてその軌道を変えると、ハンガウは閉じかかった黒い穴に、滑り込むように飲み込まれていった。
双曲刀の連斬を浴びせながら、目の前の妖人を分析する。ベルとトーガはハンガウ配下の中でも一、二を争う魔法戦士として切磋琢磨してきた。ライバルは……明らかにこの妖人の中に息づいている。だが問題はこの状態から元に戻せるのか、戻せないのか? それが分からない事にあった。
判断がつかずに自然と力の弱まるベルに対して、容赦のない斬撃をみまうトーガの短刀が迫り、受けに回った左手の曲刀を弾かれてしまう。
劣勢に立たされるも、パダールの雷撃がトーガを撃つ事で少しの間を作る事ができた。
〝こいつは魂のない抜け殻だ、元の女は生きてはおらぬ。遠慮なく倒して供養せよ〟
パダールの念話がベルの心に響く。そうか、トーガは死んだか……元々この任務を死地と見ていたが、このような形で死に目にも会えず、ましてや死後も利用されて同士討ちさせられるなど、想像もしていなかった。だがそうなった以上はこの手で倒すのがせめてもの弔いーー
熱い魂に反して冷めていく頭。その身に沿わせる英霊パダールが電撃を曲刀に宿すと、青い稲妻が覚悟に色を添えた。
対峙する女妖は身を低く尻を上下させ、まるで蜘蛛のような格好で短刀を構えると、フゥと息を吹きかける。
冷気の不意打ちにベルが身を固くした刹那、跳躍するように体当たりする、その胸元には刃を上向けた短刀があった。
捨て身の一撃に何とか反応したベルは避けるのが精一杯だったが、通り抜けた筈の女妖に突如引っ張られた。
ベルの左側面にビッシリと絡まる蜘蛛の糸、体重をかけて引く力には抵抗しようもなく、たたらを踏んだところへ首筋を狙った短刀が閃いた。顔の間近で刃を合わせる短刀と曲刀、不意打ちにパダールの雷が女妖を撃つが、決定的な一撃とはならない。
パダールがベルへの被害を無視して、強い雷撃を放とうとした瞬間、不意に姿を消しーー転移した女妖はベルの背後から突きかかって来た。たまたま先にパダールの体が触れたため、雷撃で弾き飛ばせたものの、半ば幸運で避けただけであり、これが続けば次は致命傷を受けるかも知れないと、冷や汗が出る。
転移の能力かーー蜘蛛の糸と冷気は本来の力ではないため、どこかちぐはぐな攻め手となって付け入る隙があったが、トーガ本来の力である転移能力が発揮されるとかなり手強い。
だがベルには秘策があった。攻撃をほぼパダールに任せ、受けに回っているように見せかけて、剣舞による召喚術を完成させていく。
それはパダールとは違う英霊〝流転のハウラ〟の重召喚。橙色の魔力がベルの踊っていた軌跡に宿ると、女性のものらしきシルエットが浮かび上がった。
それを見た女妖は過剰に反応すると、まるでそれが何者であるか知っているかのように距離をとった。恐らくはトーガの記憶からこの英霊の危険性を読み取ったのだろう。
流転のハウラは過去に現れた歴代転移系能力者の内でも、随一の魔力を有していたとされる。数百年も前の英雄は槍を手に立ち現れ、背こそ低いもののパダールにも負けぬ風格を纏った女戦士の姿をとった。
重召喚に魔力をほぼ奪われ、肩で息をするベルは、召喚に応じてくれたハウラに礼の姿勢をとると、曲刀を掲げる。
親交の浅いベルを無視したハウラは、パダールに向けていた目を女妖に送った。それだけでトーガの転移系能力を阻害できるーーというよりハウラと親和性の浅いベルには、それ以上の事を強制する事はできなかったが、それで充分である。
力を阻害され、身について間が無い蜘蛛の糸と雪女の冷気を武器とする女妖と、慣れ親しんだ英霊の力を纏ったベル。
その優劣が余裕を生んだのか、咄嗟に蜘蛛の糸で作った網を放たれるも、どこかぎこちない動作から見切りをつけたベルは余裕ですり抜けた。
冷気を放とうと含んだ空気に、パダールの雷撃を潜り込ませると、口内で爆ぜてトーガの骨片や歯をまき散らす。
仰け反る女妖に肉薄したベルの曲刀は短刀に受けられるが、反対の貫手に雷を纏わせると、ガラ空きの脇腹に突き入れた。
指の中程まで突いた薄皮一枚向こうには、臓腑というものが存在するのだろうか? 強烈な雷の直撃を受けた女妖は、体液を吐き出しながら吹き飛ぶ。
辺りには臓腑ごと肉を焼いた臭いが充満した。その時、女妖の体液を被った短刀から、
〝ドクン〟
と脈動のような振動が放たれると、追い詰めようとしていたベルを衝撃が捕らえる。
訳も分からずに思わず丸くなるが、痛みが尾を引いて全身を刺激する。まるで突然体中の生皮を剥がれて、神経を剥き出しにされたような痛みが襲いかかってきた。
発狂しそうになるのを耐えながら、倒れて何も出来ずにいると、女妖が覆いかぶさって来る。その手には短刀がギラリと光っていた。
なんとか二人の隙間に出現したパダールは、青い稲妻を集中させて、ベルの負傷もいとわずに超高温のバリアーを張るが、女妖は冷気を纏わせた腕を躊躇なく突き入れると、腕が焼け焦げるのにも構わずベルに襲いかかった。
手にする白刃の切っ先がベルの脇腹に突き刺さると、火を突き込まれたような痛みが走る。もはやベルの肢体に着けた軽微な衣装は切れ落ち、半裸状態を覆う魔法防御もかき消えていた。そんな無防備な状態にさらなる斬撃が重なる。
短刀で付けられた傷は尋常ではない痛みを伴い、普通の裂傷ならば耐えきる自信のあるベルでも、声を上げて引きつけを起こす程に苛烈だった。
さらにベルの血を吸った刀は力を増幅させていく……
由々しき事態にパダールは雷撃をみまうが、短刀の痛みに操られたベルは、その身をもって女の体を庇うように動かされた。
雷撃に撃たれて立っていられなくなったベルは、痙攣を起こしながら膝を折った。それを見下ろしながら女妖が短刀を一閃ーー麻痺したベルの喉を掻っ切ると、鮮血を噴きだす。
「かっあっ」
と空気を漏らしながら空を掴もうとする姿に満足した敵は、死体から魔力を抽出せんと、顎を変形させて巨大な牙を生やした。
ベルの柔らかそうな腹部に突き立て、思い切り吸いあげる女の耳元で、
「やはり細かなところでボロが出たな、二重、三重に魂魄を寄せ集め過ぎて、感覚機能のバランスが狂っておる」
英霊パダールの声がする。その声と共に発生した爆雷が、女妖の体内で暴れ狂った。その高熱に女妖のなかで仮に寄生していた個々の魂が分離していくと、本来は絶命していた蜘蛛男と雪女が消滅する。
単体となった女妖は、吸い上げたはずのベルの魔力を活用しようとするが、余りにも少ない魔力に何も起こる気配は無かった。
ギョッとして地面に横たわる死骸をよく見ると、そこにベルの姿は無く、代わりにこの地宮に出現していたであろう人型の妖怪が一匹、絶命していた。
「ハウラ様、ありがとうございました」
ベルの声の先には、無表情で立つ英霊、転移魔法の天才、流転のハウラが、槍を構えて立っている。咄嗟にベルを手元に転移させ、代わりに女妖怪の前に地宮の妖怪を呼び寄せたハウラは、一突きに女妖の胴を貫くと、その体を抑え込んだ。
その意を汲んだベルが、曲刀で斬りつけると、パダールの雷撃が女妖の体内を焼き尽くす。
〝トーガ……部族一の転移能力者にして、部族一の忠義者、そして私の永遠のライバル……見事な最後であった〟
ベルが焼け焦げた空気を吸い込み、友の死を胸に刻み込むなか、ハウラは煙を上げて倒れ込む女妖の手から溢れた短刀を掴むと、無言のままで魔力を錬成し始めた。
その足元に転移の魔方陣が現れると、ハッと気づいたベルが駆け寄る。瞬間、一人と英霊二体は、女妖の倒れる空間を後にした。




