罠と死霊
もはやどれほどの罠を潜り抜けたか……いや掛かりまくった罠を強引に斬り、潰して進んで来たか……バッシもジュエルも分からなくなっていた。
そうしている間にも、天井から振り下ろされる巨大な振り子の刃を叩っ斬り、それが落ちた衝撃で壁から放たれた無数の槍を、ジュエルの守護力場で弾き返す。
可変する迷宮に捕まって以来、行く先々で数多の罠が待ち構え、戦闘方面に特化したバッシ達を苦しめ続けた。まともな戦闘など、罠が発動した後の隙をついたモンスターの襲撃ぐらいである。さらにそれらを相手にしようとしても、劣勢に立たされたモンスターごと新たな罠が発動する始末……
もちろんちゃんとした知識があれば避けるなり、解除するなりできるのだろうが、ここに残された二人はこうした事情に疎い、ほぼ素人である。
いや、むしろこの二人だからこそ、これほど罠を集中させて嵌め殺そうとする意思を感じた。襲い来るトラップのサイズ感やタイミングが、あまりにも二人に合致しているのだ。誰の意思だろうか? それは真白の地宮自体のものかも知れない。
陰謀論の好きな冒険者がでっち上げる〝迷宮という存在自体には意思があり、生き物のように新陳代謝をして、冒険者の観察、管理までしている〟という与太話が、確信に近いほど実感できた。
こうなって初めて、普段迷宮内の立ち振る舞いにおいて、いかにウーシアに依存していたかを実感する。分かっていたつもりでも、酷い現状が認識不足を体に刻み込んできた。
スタミナ切れくらいしか心配のないバッシはまだしも、消費しつづけるジュエルの魔力は最後までもつのだろうか? 先ほどから明らかに魔力を削りにかかる迷宮には、明確な悪意を感じる。
筋肉突進バカとも言える二人にとって、最も組みしにくい敵、今まさに捻れ始めた部屋などはその最たるものだろう。真っ白な天井が回転しだすと、ヤスリの目のようになったブロックが逆回転する殺戮トラップが発動し、それに合わせて部屋にあった出入り口が収縮していった。
バッシは龍装を展開して、左手の爪が握り込めないほどに分厚くし、鈍鉄色の鱗を逆立てる。それを収縮し始めた扉にぶち込むと、一気に腕を曲げ、腰を入れて扉をこじ開けにかかった。
部屋を可変させるエネルギーに、腕が千切れそうなほどの負荷が掛かるが、なんとか持ちこたえ、さらに隙間に身を挟み込むと、全身の力で押しもどす。
そこへジュエルが突進する。バッシは充分引きつけてから龍装を解くと、身軽な体で向こうの部屋に転がりこんだ。
間一髪のジュエルは、守護力場の後押しを得て、まるで巨大な矢のように飛び込んでくる。
再度龍装を纏い直す間にも、勢いを借りたジュエルは、次の間へと続くであろう通路に突進した。だがそこに現れたのは幻視の壁。突如現れたのは簡単に崩れるような薄い壁ではなく、聖騎士の鎧が壁を叩く鈍い音が反響する。
「ジュエル大丈夫か?」
と問えば、鎧を叩いて無事をアピールしてくるが……かなりの猪突猛進だな、と思うとバッシの頭が痛くなってきた。
ウーシアが居てくれれば、こんな罠に正面から突っ込むような真似をしなくて済むが……分断された経緯の不自然さに、バッシは敵側の地宮への介在を想起した。だがそれもここから脱出しなければ確認のしようもない。
かと言ってジュエルのようにガン攻めすれば、全てのトラップに真正面から引っかかり続けるだろう。それはあまりにも不経済すぎて、ジュエルの魔力がもつとは思えない……戦槌を振るい幻視の壁を崩して、すぐさま次の間に進もうとするジュエルの手を掴んだバッシが、
「ちょっと待て」
と腕を引くと、ビクリと身を竦ませる。やはり……
「肩をやられたな」
と言うと、
「これくらい平気だ! 心配には及ばん。しばらくしたら聖騎士の鎧による自己治癒が発動する」
と見る間にダメージは回復したらしい。肩を動かして健在をアピールするが、
「そういう問題ではなくて……良いか? 罠に詳しく無い俺たちは、警戒しながら慎重にすすみたい。ここには致死の威力をもつ無数の罠がある、生き延びるために頭を使え」
言ってしまった、とバッシは思った。頭を使えなど何様のつもりか? だがこの状況はやばい。以前に知育魔本で得た知識を総動員して、地面に顔を近づけてブービートラップを探したり、不自然な床をチェックしたりと、自己流の対処法を模索するが、それを嘲笑うかのようなタイミングで上手の罠が襲いかかる。
それは捻れて可変する罠の通路を走り抜けている時だった。後ろからは通路が崩壊しながら迫る恐ろしい音が聞こえてくる。
壁から手を伸ばしてくる半透明のモンスターの脇をすり抜けて進むと、置き去りにした後方から、それが潰される悲鳴が聞こえてきた。
起伏の激しい通路は出口が見えない。大柄なバッシが龍装の爪で掴みながら進むのもしんどいのに、普通の男並みの身長であるジュエルは、巨石の作る凹凸に苦労して中々思うように進めなかった。
「急げ! もうすぐそこまで捻れが来てるぞ」
警告を発するが答える余裕もなく、面頬の隙間から喘ぐような呼吸音だけが聞こえてくる。すると次の瞬間ーー通路の一面から、乳白色の手が無数に生えてきた。
バッシは擦り抜けることに成功したが、ジュエルはその手に捕まってしまう。守護力場を厚く張って弾き返そうとするが、地宮の壁と同じ色に光る腕は、数を増して絡みついてくる。その数は百に近く、折り返したバッシがすぐさま紫光の剣で斬り払っても追いつかなかった。
そのすぐ後ろに可変通路のすり潰しが迫って来る。ジュエルは魔力消費の激しい聖守護力場に切り替えて、その範囲を通路全体にまで拡大する。だが押し出された乳白色の腕は閃光を放つと、なんと結界の中にまで侵入してきた。
結界を犯す無数の手、だがそんな押し合いをしている場合ではないのだ。
意を決してジュエルと捻れ潰れる通路の間に飛び込むと、
「バッシ! 何をしているんだ? どけ」
というジュエルを無視して大剣を構えた。可変する通路の動きを見極めていると、破片が頬を打つまでになる、その時、
〝バッシ〟
鋼の精霊が告げる場所に剣を突き込む。巨大な質量に対しては、大剣といえども針金のようなものだが……その針金から紫の光を放射すると、天才魔術師リリ・ウォルタの遺産、睡蓮火の力が罠を構成する力を解していった。
さらにジュエルの方に手を伸ばすと、盾を持つ前腕を龍爪の手でガッチリと掴み、引き寄せるとともに絡みつく白い手を斬り裂く。
瓦解した通路の下には真っ黒な空間が口を開け、二人はなす術もなく落下した。途中で剣を突き立てようとしても、壁の表面を引っ掻くだけで却って危ない。
覚悟を決めたバッシは剣を収めてジュエルを抱きかかえると、丸めた背中にありったけの龍装を展開させて、自然落下に身を任せた。
*****
ウーシア達に続いて、バッシ達までもが可変する迷宮に消えた時、呆気にとられたリロは前に立つオウを見、さらに側に立つ銀狼を見上げた。
静かな息を吐くフェンリルは銀色に輝く瞳で見下ろしてくると、
「フゥッ」
とため息を吐く。そこに含まれる妖気によって酔いそうになったリロは、引きつった顔で再びオウを見た。この人たちと一人きりでやっていけるのか? 早くバッシ達に戻ってきて欲しいが……
「これは……まるで地宮に吸い込まれるようにバラバラにされたワフ。特にウーシア、迷宮に慣れた彼女があんな迂闊な行動をとるとは……誰かに迷宮の力を操られているのか?」
と言うオウの言葉が本当ならば、ドワーフ忍者が魔具装置を起動して、主導権を得たにも関わらず、真白の地宮が何者かの意思で、皆を罠にはめたという事になる。
そこに妖魔の力が介在している事が察せられて、巨大な魔獣の体内に飲み込まれたような恐ろしさを感じた。
「それで……どうすれば良いでしょう?」
リロがおずおずと聞くと、鼻息を荒くしたフェンリルが、
「そんな事は、オウに任せておけば良い!」
と牙を剥き出しにして一喝した。どうやら虫の居所が悪いらしい。それはこの状況が、フェンリルほどの実力者をして不安にさせている事を意味していた。
それを聞いて縮み上がるリロに、
「そう小さくならずとも良い、フェンリルも威嚇するんじゃないワフ」
と告げて睨みをきかせた。それを受けたフェンリルは少し気分を害したように鼻面に皺を集めたが、即座に逆らう意思は無いとばかりに頭を下げる。身内で諍いあっている場合では無いのだ。
その証拠に、目の前の通路が動き始めると、まるでレンガを組み替えるように、無音のまま真白の通路が形を変えていく。そうして現れた広大な部屋には、真白なために直ぐには分からないものの、動く事で初めてわかる球体が転がっていた。
直径だけでもリロの身長ほどもあるそれは、ゆっくりと身を伸ばすと、四肢を持つ獣になる。真白で硬そうな外甲殻を持つそれは、モンスターを研究し続けたリロにも、見た事も聞いたことも無いものだった。
「岩獣の変種?」
と思わず出た言葉に、
「知っているのか?」
フェンリルが反応するが、リロも確証がなくて言葉に詰まる。
「いいから知っている事を言え!」
苛立ちとともに吐き出される妖気にあてられて、一瞬怯んだリロも、それどころじゃないと頭を必死に回転させた。
「がっ、岩獣はもっと小さいんですが、鋭い牙と硬い外甲殻をもつモンスターで、刃物も鈍器も寄せ付けない強敵です」
と知らせる。目の前で手足をついた白岩獣ともいえるそれは、真っ赤に光る目をこちらに向けてきた。
「特に飛びついての噛みつきは……」
と言ったところで、一番近い個体が飛びついてきた。
思わず火柱を放つが、クルリと丸まった外甲殻はタンたんの劫火をそらせ、熱も大半を通していないように見える。
飛びつきながら再度身を開いたそれは、滑空するようにリロの首を狙ってきた。
咄嗟に誘導火矢を柔らかそうな腹に放つと、貫く炎が岩獣の変種らしきものを吹き飛ばす。
そうと分かれば話は早い、瞬時に魔法陣を照射すると、向かってくるそれぞれに三本づつの誘導火矢を放った。
一斉に炸裂する火魔法に、一瞬部屋の温度が上がる。肉を焼く悪臭の中で、
「やるわね」
と牙を剥いたフェンリルは、仕留め損ねた岩獣にトドメをさして回った。
岩獣が湧き出た地面が陥没し、舞い散る土埃が落ち着くと、めくれ上がった床材が見える。その隙間から漏れ出る臭気……というよりあれは瘴気か?
「離れろ! あの空気は危険だワフ」
オウの警告にリロは二人の間に避難する。幸いにして広めの空間のため避難場所には困らないが、中心部から溢れ出た瘴気は沸騰するように沸き立つと、その隙間で何者かが蠢いた。
と同時に地面に横たわる死んだはずの岩獣がピクピクと痙攣しだす。完全に死亡した筈のものが動く、それは……
不吉な予感を確定させるかのように、めくれ上がった床が赤い魔光をはなった。そこに伸び出てきたのは巨大な骨の指、それが魔光の淵に伸びると、巨大な頭蓋骨がせり上がる。
空気と触れる事で火花を散らすそれは、巨体を引き上げると、落雷のような咆哮をあげた。火花散る表面を覆う紫の衣、それは……
「死霊の王」
沸騰する地面に負けない声をあげたフェンリルは、リロを咥えると、己の背中に放り上げた。見ると沸騰して見えるそれらは、魔光から生れ出る腐れた羊水と這い上がろうとする亡者の群れである。
爛れた下腹部からへその緒を伸ばした死霊の王が手をかざすと、真っ白だった壁や床が死霊共の世界に赤く染まっていった。
霊化したオウ・スイシがフェンリルに纏わりつくと、それを合図に〝トーン、トーン〟とフェンリルが軽快に駆け抜ける。だが周囲には、徐々に足をつく場所すらも無くなりつつあった。




