9.憧れの大魔術師様に囲い込まれました
あの事件から一週間ほどが過ぎた。
私の生活はすっかりと日常を取り戻し──と言いたいところだが、私を見る周囲の目は激変していた。
「ほらっ、あのお方よ」
「なんでも、クラウス様が片時も離したくないほど溺愛していらっしゃるとか」
「まあ、そんなに⁉」
少し離れたところから、ご令嬢達がこちらをチラチラと眺めているのが見える。
その会話、全部聞こえていますからね。
「エルマ、すっかり注目の的だね」
「なんでこんなことになっているのか意味がわかんない」
「クラウス師長とお付き合いしているからじゃないの?」
「それはそうなんだけど……」
私は言葉を詰まらせる。
それは否定しない。確かに、あの舞踏会の日に想いを通わせた。私の盛大な勘違いでなければ、私とクラウス様は恋人同士だと思っている。
でも、なぜこんなに噂になっているのかわからなかった。
「またまた。舞踏会ですっごいお熱いところを周囲に見せつけていたらしいじゃない?」
「お熱いところ?」
思い返したけれど、全く記憶にないんですけど?
◇ ◇ ◇
「クラウス様。私、不思議なことがあるんです」
その日もクラウス様の執務室を訪れた私は、ここ最近の疑問をぶつけてみた。
「どんな?」
「なぜか、私がクラウス様の恋人ってことが周知の事実になっています。舞踏会のエスコート役を務めたら恋人と見做される風習なんてないですよね?」
「ないな」
「ですよね」
私はうーむと黙り込む。
女性に大人気のクラウス様の恋人が私だなんておこがましい気がして、思いを通わせた後も周囲には黙っていようと思っていた。それなのに、私が話すまでもなく、舞踏会の後からなぜか周囲の眼差しが異様に生暖かい。
確かにあのときはクラウス様が私のエスコート役を務めてくれたけれど、エスコート役を務めるイコール恋人だなんて聞いたことがない。
隣に座るクラウス様は今朝私が焼いたスコーンを頬張る。相変わらず、クラウス様は大食漢だ。このスラッとした体のどこにこんなに入るのだろう。
「やっぱりエルマが作ったおやつを食べないと一日の活力が湧かない」
「ありがとうございます」
お世辞でも、そう言われると嫌な気はしない。
じっと様子を見つめていると、私の視線に気が付いたクラウス様がこちらを見る。秀麗な顔がすっと近付いてきた。
──ちゅっ。
軽いリップ音をさせ、唇に柔らかいものが触れた。
「! ここ、職場」
「休憩中だから勤務時間外だ」
顔を真っ赤にした私に対し、クラウス様は余裕な様子だ。楽しげに笑うと、もう一度私にキスをする。
「俺はエルマにいつだって会いたいし、触れたいし、キスしたい」
な、なんてことを言うんだ、この人は。
鉄壁の要塞じゃなかったの? 砂糖の城の間違いなのでは?
「エルマ、いつ引っ越してくる?」
「え?」
「毎日エルマと過ごしたい。今夜、荷物を転移させよう」
引っ越すというのは、一緒に住もうということ?
ちょっとそれは急展開すぎるのではないでしょうか。
「ま、まだ付き合ったばっかりだし──」
「付き合う前から一緒に住んでいただろ? 今さら、照れているのか?」
クラウス様は指先で愛おしげに私の頬をなぞる。
「毎日一緒に寝ていた仲だろう?」
(毎日一緒に寝ていたのは、子供の姿だったからです!)
私は心の中で叫ぶ。
「赤くなった顔も可愛い」
「恥ずかしいからもう言わないで!」
「それは聞けないな。毎日囁いてやる」
──ベッドの上で。
クラウス様はぞくっとするような色気を含んだ声で耳元に囁く。
「ひゃっ!」
慣れない口説き文句に変な声が出た。色々と羞恥が重なり、顔があり得ないくらい真っ赤になったのが自分でもわかる。
クラウス様はあわあわする私を抱き寄せると、おでこにもキスをする。
「エルマ、いいことを教えてやろうか」
「なんですか?」
「王宮舞踏会でパートナーに自分の色を纏わせるのは、婚約者であることを意味する」
にんまりと笑うクラウス様を見つめ、私は目を見開く。
自分の色を纏わせることは、婚約者であることを意味する?
(それって──)
あの日、私のドレスはクラウス様の瞳を思わせる淡い紫のドレスに、クラウス様の髪を思わせるようなダイヤモンドのアクセサリーだった。まさに、クラウス様の色を纏っていたのだ。さらに、その姿で次期当主のお兄様に紹介までされた。
「クラウス様。もしかして外堀を埋めるために最初から仕組みましたね?」
唖然とする私を見つめ、クラウス様は口の端を上げる。
「格好よくって、大事にしてくれて、歳が離れすぎず、仕事に理解があって、経済力のある男性がいいのだろう?」
いつか私が言った台詞を一言一句間違えずにクラウス様が言う。
「なら、俺に決まりだ」
自分で言うか!
なまじ間違っていないだけに、悔しいことに言い返せない。
「もうっ!」
胸を押そうとすると、逆にがしっと手首を掴まれる。
「エルマ、愛しているよ」
甘い囁きが聞こえたのとほぼ同時に、顎が上げられ唇が深く重なる。
(本当に強引なんだからっ!)
私は一生、このちょっと強引な大魔術師様に振り回され続けるのだろうか。
案外、悪くないかもしれない。
〈了〉
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