8.王宮舞踏会(7)
クラウス様の話から判断すると、さっき私が見たのは自分で作った防御壁の結界に緩みを作っていたケイリー様だ。
そして──。
「もしかして、犯人は……」
「ショーンだ」
(やっぱり)
目の前が暗くなるような気がした。
先ほど拘束されているショーンさんを見たので、もしかしたらと予想はしていた。けれど、それでも身内にそんなことをする人間がいたなんてショックが大きい。
「何かの間違いでは……」
「休憩室に置かれた水に魔力放出を阻害する魔法薬が混ぜ込まれていた。俺が飲んだものとは別の、時間差で効果を発揮するものだ。完全に水に同化していて、飲んでもわからないような高度な薬だった。そして休憩室の魔術認証の鍵の記録の分析から、その薬が混ぜ込まれた前後にそこを出入りしていたのはショーンだ」
(水に魔法薬が?)
どこかで聞いたような話に、目の前が暗くなるのを感じた。
私は無意識に、ぎゅっと拳を握り込む。その拳に、クラウス様の手が優しく重なる。
「ショーンさんはなぜそんなことを?」
「まあ、十中八九嫉妬でしょうね」
ケイリー様が答える。
「嫉妬?」
「そ。同期入所のクラウスとルーカスがそうそうに筆頭魔術師の称号を得たのに、学生時代にふたりと同じく優等生だった彼はなれなかった」
「だから、王宮舞踏会の結界作りでへまをしたように偽装して評価を落とそうとした?」
「そういうこと」
ケイリー様の返事を聞きながらも、信じられなかった。ショーンさんがそんなことをするなんて。
「実は最近、再三に亘ってプリスト所長のところにショーンから苦情が入っていたらしいのよ」
「苦情?」
「クラウスがエルマちゃんをたぶらかして、付加魔法師の恩恵を独り占めしているって」
「そんな──」
そんなのは事実無根だ。
ショーンさんがそんなうその告げ口をするなんて、本当にショックだった。
「前々からショーンが怪しいと睨んでいたので、リプリシア将軍にも今日の計画を事前に伝えていた。だから、あの周囲には多くの王国騎士が待機していた」
クラウス様が補足するように告げる。
クラウス様によると、警備の責任者であるリプリシア将軍とは今日の動きについて事前に打ち合わせしていたらしい。
さきほど私が目にした帯剣した人物は、計画に従い周辺を警戒していた騎士のひとりだったようだ。
「ショーンさんは今、どうしているのですか?」
「これは何かの間違いで、誤解だと訴えている。今後、詳細に調査を行う」
リプリシア将軍が落ち着いた口調でそう告げた。
「そうですか……」
どうか間違いであってほしいと思う。けれど、きっとそれは無理な願いなのだろうと頭の片隅ではわかっていた。
あのクッキーには非常に高度な魔法薬が混ぜ込まれていた。そして、ショーンさんならその薬を作れる技術があることを、私は知っている。
ショックで俯く。膝の上に乗せていた手に大きな手が重ねられる。
「エルマ、踊りに行こうか?」
「え?」
こんなときに何を言っているのだと、私はクラウス様を見返す。クラウス様はにこりと微笑んだ。
「そうね。気分転換に踊ってくるといいわ」
向かいに座るケイリー様までもが笑顔でそんなことを言い出した。
(え、いいの?)
こんな状況なのに本当にいいのかと、私は戸惑った。
「後のことはこちらに任せてくれ。元々、警備は俺の所管だ」
リプリシア将軍が力強く言う。
そういうことなら、私達は舞踏会に戻ってもいいのかな?
「エルマ、行こう。沈んだ気持ちが少しは晴れると思う」
「……はい」
クラウス様はすっくと立ち上がり、なおも迷っている私に片手を差し出す。おずおずとそこに手を重ねるとクラウス様は満面の笑みを浮かべて私の手を握った。
◇ ◇ ◇
舞踏会会場は楽しげな笑顔で溢れていた。先ほどこのすぐ近くで起きたことが、夢だったのではないかと思えてくるほどだ。
「なんだか、変な感じです」
「何が?」
クラウス様が不思議そうに首を傾げる。
「さっきまであんなことになっていたのに、今はこんなふうに踊っているなんて」
「そうだな」
くすりと笑ったクラウス様は私の手を引くと、大広間の中央へと歩んでいく。
「エルマ、ありがとう。エルマのお陰で事件が解決した」
「私は何もしていません」
「そんなことはない。最初からずっと助けられている」
向かい合うと、クラウス様はどこか真剣な表情でこちらを見つめていた。その眼差しに、胸がどくどくとうるさく鳴り始める。
曲が始まる。
腰を力強く引き寄せられると、くるりと体を回転させられる。
「わっ!」
思った以上に勢いがあり、危うく転びそうになる。慌てて覚えたてのステップを踏むと、頭上からくくっと笑い声がした。
「自信がないと言っていた割に、きちんと踊れるじゃないか」
(ん?)
顔を上げると、クラウス様が楽しそうに笑っている。
「……クラウス様。今、わざとやりましたね?」
「さあ?」
「意地悪!」
「でも、俺が好きなんだろ?」
「なっ!」
自信満々に宣うクラウス様を見て、私はぷいっとそっぽを向く。
「知りません」
「俺はエルマが好きだよ」
「ひゃっ」
耳元で囁かれ、ぞくっとしたものが込み上げる。絶対にわざとだと思ってキッと睨み付けると、逆に甘く微笑みかけられた。
その笑顔を見て「最高に格好いい……!」と思ってしまったあたり、悔しいことに、私は既にクラウス様にベタ惚れなのだろう。




