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【電書化】困っていた憧れの大魔術師様に追い打ちをかけたら、予期せぬ溺愛に翻弄されています!  作者: 三沢ケイ


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8.王宮舞踏会(5)

「ここまで揃えさせるとは、すごいね」

「何事も詰めが大切ですから」

「お前らしいな」


 アルベール様は楽しげに肩を揺らす。そして、私のほうを見つめにこりと微笑んだ。


「ようやくきみのような逸材が見つかり嬉しいよ。弟をよろしく」


(逸材?)


 逸材と言うからには、私が付加魔法師であることを言っているのだろうか。


「はい、ありがとうございます」


 私は当たり障りのないお礼を言う。

 アルベール様が去った後、クラウス様は私に手を差し出す。


「エルマ、踊ろうか」

「え、でも……」


 ダンスの自信がないし、この後何かが起こらないとも限らないから踊らずに警戒したほうがいいのでは?

 そう思って私はその手を取るのを躊躇する。


──そのときだ。


「クラウス!」


 鈴を転がすような可愛らしい声がした。

 突然目の前に現れた女性に、私は目を奪われる。


(わっ、綺麗な人!)


 艶やかな金髪を結い上げたその人は、びっくりするほど可愛らしかった。大きな目は長い睫毛に縁取られ、頬はピンク色に色づいている。


 その顔には見覚えがあった。リスギア国第二王女のレイラ様だ。


 レイラ様はまっすぐにクラウス様のほうに走り寄ると、その腕に自分の腕を絡ませる。


「クラウスが参加するなんて珍しいわ。今夜はわたくしと踊ってくれるでしょう?」

「もちろんです。喜んで。レイラ殿下は今宵も美しいですね」


 クラウス様はにこりと微笑むとレイラ様の片手を取る。

 その瞬間、もやもやしたものが胸の内に広がるのを感じた。


(ふーん。パートナー役に私を据えたくせに、踊る相手は私じゃないんだ)


 誘いに乗るのに躊躇したのは私自身にもかかわらず、イラッとした。王女殿下からお強請りされればクラウス様が断われない立場にあることは理解できたけれど、それでも腹立たしいものは腹立たしい。


「エルマ、少しはずす」

「どうぞ、ごゆっくり」


 一言だけ返すと、クラウス様はレイラ様を伴って会場の中央に進んでいった。


「まあ、見て。クラウス様とレイラ殿下だわ。お二人とも見目麗しいから絵になるわね」

「本当だわ、素敵ね」


 優雅に踊り始めたクラウス様とレイラ様の様子を見て、周囲の人達が感嘆の声を漏らす。私から見ても、二人は本当にお似合いに見えた。


 胸の奥にちくんと痛みが走る。


(今日のパートナー役は私なのにな……)


 そこまで考えて、はっとする。


(私、レイラ様に嫉妬してる……)


 自分の気持ちに気付いて愕然とする。

 クラウス様を取られたような気がして、面白くなかったのだ。


(私はもしかして、クラウス様が好きなのかな?)


 頭のどこかでは気付いていたけれど、ずっと気付かないふりをしていたことをはっきりと自覚してしまった。

 動揺する心を落ち着かせようと、ひとりテラスへと抜け出す。外に出た途端、少しひんやりとした夜風が肌を撫でた。火照った肌にはとても心地よい。


 私はテラスの手すりに寄りかかり、ぼんやりと庭園を眺める。

ふと、背後から「ここにいたのか、探したぞ」と声がした。振り返ると、クラウス様が立っていた。レイラ様とは一曲で別れたのか、ひとりだった。


「クラウス様は探知魔法が使えるから、大して探していないでしょう?」


 無意識にトゲのある言い方になってしまう。


「そんなことはない。曲が終わったときに周囲を見回してもエルマがいないから、どこに行ったのかと心配した」


 クラウス様は薄紫色の瞳でまっすぐに私を見つめる。


「エルマは綺麗だから、誰かに連れ去られたのではないかと焦った」

「お上手ですね。レイラ様にも美しいって言っていました」

「社交辞令だ。エルマのほうが綺麗だよ」

「本当にそう思っているのか怪しいものです」


 実際、レイラ様は女の私から見てもとても綺麗だった。なんだか自分が情けなく思えて、じわりと目に涙が浮かぶ。


「なんだ。嫉妬しているのか?」


 からかうようなクラウス様の言葉に、ムッとした。


「ええ、していますよ! 私にパートナー役をやれと言って、こんな慣れないドレスまで着せて準備させたくせに、結局は別の女性と踊っているじゃないですか。しかも、楽しそうにでれでれして!」


 自分でも言っていることがめちゃくちゃだと思ったけれど、止められなかった。クラウス様から踊ろうと言われてすぐにその手を取らなかったのは私なのに。


「レイラ殿下は王族だ。断れない」

「わかっています。でも、──」


──嫌なものは嫌なんです!


 そう言おうとしたけれど、それは叶わなかった。


 眼前にクラウス様の秀麗な顔が迫り、そのまま口を塞がれてしまったから。私は目を見開いたまま硬直する。


 唇がゆっくり離れると、クラウス様は私の顔を見つめてくすりと笑った。


「エルマ。お前、よっぽど俺のことが好きなんだな」

「なっ!」


 囁かれた言葉に、絶句する。なんて自信家なんだ。

 悔しいことに、間違っていないけど。


「エルマ、可愛い」


 クラウス様はそれは嬉しそうに破顔すると、私の頬を指先でなぞる。


「なんでそんなに、嬉しそうな顔をしているんですか」


 キッと睨み付けたけれど、クラウス様は相変わらず嬉しそうに私を見つめている。


「嬉しいさ。俺ばっかりがエルマを追いかけていると思っていたから」


 クラウス様だけが私を追いかけていた?

 その言葉を聞いて、驚いた。だって──。


「クラウス様ばっかりが私を追いかけているだなんて……。そんなの、あり得ないです。私、クラウス様が誘ってくださるたびに、クラウス様は一緒に食事を楽しむ同志を探しているだけだから勘違いしちゃいけないってずっと自分に言い聞かせて──」

「言い聞かせていたのか?」


 恥ずかしさから顔が赤らむのを感じる。おずおずと頷くと、クラウス様が手で顔を覆ってはあっと息を吐いた。


(呆れられちゃったかな?)


 重い女だと思われてしまっただろうか。私は急激に不安になった。


 クラウス様は顔を覆っていた指の隙間から、私の顔を見つめる。


「エルマ。お前は俺を喜ばせる天才だな」


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