7.クッキーの謎(4)
◇ ◇ ◇
クラウス様は史上最年少で筆頭魔術師になられた程の、とても優秀な魔術師だ。菓子の分析作業をあっという間に終わらせてしまった。
その日、勤務時間を終えた私は駆け足でクラウス様の執務室へと向かった。クラウス様はゆったりとした様子でソファーのイスで寛いでいる。
「どうでしたか?」
「やはり、薬が混入されていた」
「!」
予想していたとはいえ、どきりとする。
「クラウス様だけではなく、ルーカス師長の分まで……。一体誰が?」
薬を混ぜ込んだ犯人は、クラウス様とルーカス師長のふたりを狙っていたことになる。ということは、ルーカス師長が出世目的でクラウス様に薬を盛ったという線はなくなった。
誰が何の目的で、ふたりを狙ったのか。それがわからなかった。
「考えてみたんだが──」
クラウス様は言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「もしかすると俺が狙われたのではなくて、狙った相手がたまたま俺だっただけかもしれない」
「え、どういうことですか? 配達間違い?」
「いや、魔術研究所の誰にも知られずに俺とルーカスの部屋まで届けたくらいなのだから、その辺はしっかりと確認しているはずだ。俺が言いたいのはそうではなくて、あの日が何の日だったかというのが鍵だと思うんだ」
あの日が何の日だったか、と言われてピンときた。
「……王宮舞踏会?」
「そうだ。あの日、俺とルーカスに共通していたことは王宮舞踏会の結界作りをすることになっていたという点だ」
「つまり、犯人は結界を作らせたくなかった……。ということは、王宮舞踏会に紛れて何か悪さをしようとしていた?」
「その可能性は大いにあり得ると思っている」
背筋がぞくっとするのを感じた。
王宮舞踏会はその名の通り、国王陛下主催の舞踏会だ。国内の主要な貴族が一堂に会する。何かが起これば大騒ぎになるだろう。それ故、何も起こさせないように王国騎士の警備に加えて結界作りまで行うのだ。
「確か、次の王宮舞踏会が二週間後だったな」
クラウス様は今日プリスト所長から届いたばかりの手紙を手に取り、中に書かれた日付を確認する。
「この日に、また何か動きがあるかもしれない。密かに探ろう」
「はい、わかりました」
ただの嫌がらせかと思っていたのに、とんでもない大事になってしまった。
私は緊張の面持ちで、こくりと頷いたのだった。
◇ ◇ ◇
帰宅した俺は、今日の昼間に偶然手に入れられた薬入りのクッキーを眺める。
ルーカスが保存の魔法をかけたお陰で、二カ月近くが経過しているというのにクッキーはあの日の状態がそのまま保たれていた。
分析の結果、クッキーからはサラアの葉のエキスや鬼蜘蛛の糸などの魔法薬に使われる多くの原料成分が検出された。しかし、根本的には未知の薬だ。
さらに、このクッキーには一度手にするとどんどん食べたくなる、言わば食欲増進と魅了のような魔法がかけられていた。それに気付かずにあの日の俺はまんまとその策に嵌まり、クッキーを完食してしまった。しかし、ルーカスは中身を見てすぐに苦手な甘いものだと認識し、直接手を触れなかったのだろう。
「これだけ高度の魔法薬。それに、この魔法のかけ方……」
嫌な兆候だ。一般人がこれだけの魔術を使いこなせるとは思えない。となると、やはり犯人は魔術研究所の研究員の誰かということになる。
(一体誰が?)
同じことをまた考え、けれど明確な結論はいつまで経っても出てこない。
(だが、この魔法薬のレベルを考えると──)
脳裏にひとりの人物が浮かぶ。
だが、証拠がなく、確信が持てない。
(俺の杞憂だといいのだが)
クッキーの箱を見つめ、そう願わずにはいられなかった。




