6.予想外の展開です(2)
「私と行くのですか?」
「当然だ。他に誰がいる。エルマもあの店が好きだと言っていただろう」
「いや、確かにそうなのですが──」
あのときはジルド君の姿だったからいいけれど、今のクラウス師長と一緒に行くのは周囲にあらぬ憶測を呼ぶ可能性があるのでまずいのでは?
特に、恋人だと噂のケイリー様に誤解されたら困るのではないだろうか。
けれど、にこにこしているクラウス師長に「私は行きません」とは言い出しにくい。それに、私自身またクラウス師長と行きたいという気持ちが強かった。
「わかりました」
「よかった」
クラウス師長は私の色よい返事を聞いて、顔を綻ばせる。どうやら、かの店を相当お気に召してくださったようだ。
「そうだ。忘れないうちにエルマに言っておく。エルマは今後、自分の研究を半分にして残りの時間は他の研究の補佐に入ってくれ」
「補佐? ……私、何か不手際をしましたか?」
研究補佐はいわゆる助手の仕事で、魔術研究所に正社員として入所できなかった非正規雇用の研究員がやることが多い。私も研究室のみんなの手伝いをよくしているけれど、それは自分の研究の隙間時間を利用したものだ。
けれど今のクラウス師長の言い方は、半分は仕事として補佐に入るようにと言っているように聞こえた。つまり、私は研究をしても成果を上げられないのだから補佐ぐらいがちょうどいいという意味?
クラウス師長は強張った私の表情から、すぐに考えていることを悟ったようだ。
「エルマ、誤解しないでほしい。エルマの補佐があると、研究所全体の業績が上がるんだ」
「私が補佐に入ると、研究所全体の業績が?」
私は戸惑って聞き返す。
確かに私が補佐役に回れば私が主導の研究での失態はなくなるかもしれない。けれど、研究所全体の業績が上がるほどの効果はないはずだ。
「俺はエルマが付加魔法師ではないかと考えている」
「私が付加魔法師?」
私は思いも寄らない単語に、大きく目を見開く。
付加魔法師のことは、魔術学校時代に習ったので知っている。魔術師のおよそ数百人にひとり生まれるか生まれないかの、とても貴重な体質の持ち主だ。その効果は通常の補助魔法よりも数段強い威力を発する。
「そう言われて、今まで思い当たることはなかったか?」
あまりにも驚いて言葉が出ない私に対し、クラウス師長は言葉を重ねる。
思い当たることと言われて、過去の自分を振り返る。
「そういえば……」
確かに、自分は常に例年に比べて極端に高い成果を上げる人達に囲まれていた。幼少期から今の研究所に入所するに至るまで、私が所属した学校や施設はいつも『滅多に見ない出来のよさ』と先生達が大喜びしていたのを思い出す。
(私が落ちこぼれなだけかと思っていたけれど、実は違うの?)
「でも……」
まだ確信が持てずに返事を言いよどむ私の頭を、クラウス師長がポンポンと撫でる。
「俺はエルマの能力を確信している。エルマにしかできない役目だ。頼めるか?」
慈しむような瞳を見たら、心臓がどくんと鳴った。
お前は高い能力を持っている。俺が保証するから、自信を持て。
そう言われているような気がした。
「はい。承知いたしました」
私はこくりと頷く。
「ありがとう。期待している」
クラウス師長はにこりと微笑んでもう一度私の頭をくしゃりと撫でる。なぜだが頬が赤らむのを感じて、私は俯いた。
◇ ◇ ◇
クラウス師長に言われて私は主に魔術研究所の同僚達の研究補佐に入ることが多くなり、ここ一週間ほどはショーンさんの研究補佐に入っていた。
「今日もお疲れ様でした!」
「お疲れ様」
ショーンさんはノートを捲りながら、今日一日の実験結果を確認する。
「確かに、エルマの補佐が入るようになってからいい成果が続いているよ」
「本当ですか? よかったです!」
ショーンさんは魔法薬の研究を主に行っており、今は魔力回復の薬を開発中だ。ここ数日で薬の開発において大きな進展があったらしく、喜ばしいことだ。
私は大して何もしていないのだけれど、役に立ったのならとても嬉しい。
「じゃあ、私は来週からはサライアさんの──」
「来週は別のことを頼みたいから、またよろしくね」
私が来週からは同じ研究室のサライアさんの実験を手伝うと言おうとしたその前に、ショーンはそれを遮るように来週以降も自分の手伝いをしてほしいと私に告げる。それは、半ば確定事項のように聞こえた。
「え、でも……」
クラウス師長からは、全員を均等に補佐するようにと言われていた。今週はショーンさん、来週はサライアさんの予定だったのだ。
「サライアには僕から話しておくから大丈夫だよ」
ショーンさんはにこりと笑う。
(サライアさんも納得しているなら、それでいいのかな?)
私は誰を補佐するかに関して特にこだわりはない。双方が合意しているならば、それ以上言うつもりもなかった。
「そうですか。わかりました」
「うん、よろしく。水に完全に溶け込む魔法薬について検討したいと思っていたんだ」
「水に?」
「うん、そう。魔法薬って飲みにくいって言う人も多いだろ? 水に完全に同化することができれば、薬だと意識せずに飲むことができる」
「なるほど!」
さすがはショーンさん。色んな魔法薬のアイデアを持っている。
「それにしても、エルマはすごいね。こんな力を隠し持っていたなんて」
「あはは。私も自分自身気が付いていなかったんです。クラウス師長が最初に気が付いてくださって──」
「なるほどね。どうりでクラウス師長はぽんぽん成果を上げると思っていたよ。こんな力を持った人間がそばにいれば当然か」
その言い方に、なんとなくモヤッとした。まるで〝本当はそんなに実力がないのに、私の力を利用して成果を上げていた〟というニュアンスを感じたのだ。




