6.予想外の展開です(1)
翌朝。私は最近日課になった早起きをすると、いそいそとキッチンへと向かう。
職場でクラウス師長に渡す軽食を作るためだ。
「今日は、ワッフルにしようかな」
毎日作っていると、メニューが偏りがちになる。できるだけ飽きないように、例えば同じワッフルでも添えるジャムを少し変えたりして工夫していた。
「よし。これでいいかな」
ワッフルは美味しそうなきつね色に焼き付いていた。
ちなみにこの軽食は、毎朝クラウス師長に直接届けている。
あんな事件があったのだから、直接手渡したほうが安心できるかと思ったのだ。
(それに、お顔も見られるし……)
正直、クラウス師長がいなくなってちょっぴり寂しい。朝の少しの時間だけでも話せることが、とても嬉しかった。
私は自家製ワッフル五枚と瓶入りのいちごジャムを紙袋に入れる。
「師長、おはようございます」
職場に到着すると、私は早速クラウス師長の執務室へと向かう。ノックして呼びかけると、ドアはすぐに開いた。
「おはよう。エルマ」
「これ、今日の分です」
私がずいっと紙袋を差し出すと、クラウス師長はいつものようにそれを受け取って中身を確認する。
「では、私はこれで」
「待て」
用事も済んだので自分の研究室に行こうとすると、クラウス師長がぱしっと右腕を掴んだ。「? どうしましたか?」
呼び止められたことなど一度もないので、私は戸惑った。
目が合ったクラウス師長はぐいっと私の腕を引いた。よろけるように執務室に入った私の背後で、パタンとドアが閉まる音がした。
「最近、調子はどうだ?」
「調子? いつもと変わりません」
なんでそんなことを聞くのだろう?
よくわからないけれどクラウス師長が家に居なくなったこと以外は特に変わったこともないので、私はそう言った。
けれどすぐに、もしかして研究のことを聞いているのかと気付く。
「あ、師長にアドバイスしていただいたお陰で、いい結果が出そうです。ありがとうございます」
「そうか、それはよかった」
クラウス師長は口の端を上げる。思った通りだ。
「今日は、一緒に軽食を摂らないか? 久しぶりに」
「え?」
「以前はいつも一緒に摂っていただろう?」
それはそうなのだけれど。クラウス師長がジルド君として過ごしていた間、私達はいつも一緒に過ごしていた。
「嫌か?」
クラウス師長は捨てられた子犬のような表情をする。
「いえ、そんなことはありません」
私は咄嗟に否定する。
嫌だなんて、とんでもない。むしろ、誘ってもらえてとても嬉しい。
ただ、少し戸惑っただけだ。
「では、後ほどお邪魔しますね」
「ああ」
私は今度こそクラウス師長の部屋を後にする。
(今日はどうしたんだろう?)
なんとなくいつもと様子が違ったような。何かあったのだろうか?
思い当たる節もなく首を傾げていたとき、ピンときた。
(もしかして、まだ変な薬の後遺症があるとか?)
それで何か困っていることがあって、こっそり相談したいのかもしれない。
(そうだわ。きっと、それに違いないわ)
ならば、私はできる限り力にならなければ。私はそう意志を固くすると、まずは自分の仕事へと向かったのだった。
そして、午前十時。
クラウス師長のおやつタイム(これは、私が勝手に設定したものだけど)に私は師長の執務室へと向かう。ノックをして部屋に入ると、クラウス師長は執務イスに座って書類の処理をしていた。
「よく来たな」
「はい」
「そこ、座っていて」
「お茶淹れますよ」
「ああ、ありがとう」
クラウス師長の作業の切りがよくなるのを待つ間、私は慣れた調子で紅茶を淹れる準備をする。魔力を込めてお水を沸騰させると、棚に入っている茶葉やティーセットを取り出した。
「ストレートでいいですよね?」
「ああ」
クラウス師長は、ジルド君として過ごしている最中もいつも紅茶をストレートで飲んでいた。一度だけ子供だからよかれと思ってたっぷりのお砂糖とミルクを入れたら顔を顰められてしまった。甘いおやつが好きなことと甘い飲み物が好きなことは似て非なるもののようだ。
ちょうど紅茶の準備を終えた頃に、クラウス師長が執務イスから立ち上がる。手には今朝私が渡した紙袋があった。
クラウス師長はそれをお皿に載せると、いちごジャムも皿の横に置く。そして、私とローテーブルを挟んで向かい合うように座った。
「「いただきます」」
私達はワッフルを食べ始める。
うん、いい感じに美味しい。
「それで、どうしたんですか?」
私は恐る恐る、目の前のクラウス師長に話しかける。
「何が?」
「え? 何か相談事があったんじゃないんですか?」
「いや、相談事は何もないが?」
クラウス師長は食事を止めると、不思議そうに私を見返してきた。
(え、何か相談したいから私を呼んだんじゃないの⁉)
てっきりそう思っていただけに、拍子抜けした。
「急に一緒に軽食を食べようだなんで言うから、てっきりまだ薬の効き目が残っていて、困っていることがあるんだと思っていました」
「いや、それはない。俺がエルマと一緒に食べたかったから誘っただけだ」
さらりと言われた言葉に、胸がどきっとする。
(一緒に食べたかった? 私と?)
特に意味はないのだろうけれど、どぎまぎしてしまう。
「ごちそうさま。美味しかった」
いつの間にか、クラウス師長は全てのワッフルをペロリと食べてしまった。相変わらず、よく食べる。
「本当にワッフルが好きですよね。以前、一緒にトリニタン・ワッフルに行ったときもすごくたくさん食べていましたし」
「ああ、あそこは美味しかった」
「気に入っていただけたならよかったです」
「今度、また行こう」
クラウス師長はにこりと笑う。私は「ん?」と思って師長を見つめる。




