4.ようやく元に戻りました(2)
夜もとっぷりと更け、閉まりきっていないカーテンの隙間から月明かりが部屋を照らしている。
俺はベッドに寝転んだまま片手を軽く振る。その手の動きに合わせ、触れていないカーテンが閉まる。
(魔法は、ほぼ問題なく使えているな)
ほぼゼロまで絞られていた魔力の放出量は、日が経つにつれて段々と増えてきた。今や、本来の放出量の三分の二近くまで回復していた。通常の人間と比べてもかなり多いくらいだ。
『師長、もうほぼ生活に困らなくなりましたね。元の姿に戻るのもそろそろかな?』
今日の夕方、エルマに言われた言葉が脳裏に甦る。
一度だけ、そろそろ大丈夫だろうとエルマのかけた幼児化の魔法を解こうとしたことがある。けれど、魔法は思った以上にしっかりとかかっていて、そのときは解くことができなかった。
しかし、もう一度試してもいい頃合いかもしれない。
(それにしても、一体誰がやったんだ?)
俺は、運命の日となったあの日を振り返る。
あの日、王宮では舞踏会が開催される予定になっていた。主催は国王陛下で、国中の貴族が集まる大規模なものだ。
そういう大規模な舞踏会が開催されるときは、皆の気分が浮き立つので警戒心が緩みやすい。さらに、普段なら王宮を出入りしない多くの人々が王宮の内部まで入ってこられる。そのため、念には念を入れて、王国騎士団の厳重な警備に加えて、魔術師による結界が張られるのだ。
筆頭魔術師が張る結界は国王陛下並びにその周辺の人々に害を為そうとする者を弾く特別なもので、これを破るには相当に鍛錬を積んだ魔術師でなければ困難だ。
そしてあの日、俺とルーカスがその結界を張る役目を負っていた。
(作業に行く前に軽食でも摂っておくか)
魔法を使うと魔力を消費するので、エネルギーを使う。つまり、お腹が空くのだ。
ちょうど、この日の夕方に差し入れとしてドアノブに掛けられていた紙袋には、クッキーの詰め合わせが入っていた。ちなみに、差し入れがあることはこれまでも度々あったので珍しいと思うことも、怪しむこともなかった。
俺はいつものように、そのクッキーの詰め合わせをありがたく頂いた。
『……足りないな』
だいぶお腹はいっぱいになったが、舞踏会は一晩中行われるのだ。これでは途中でお腹が空いてしまうと思い、軽食の置いてある休憩室に行くことにした。
そして休憩室に置いてあるパンやマフィンなどの軽食も完食していざ部屋を出ようとしたところで異常が起きたわけだ。
『ん、開かない?』
不思議に思いもう一度ドアノブを回すが、やっぱり開かない。仕方がないので〝解錠〟の魔法を使おうと手に魔力を込めようとしたときに、違和感を覚えた。
『魔力が放出されない……?』
それは、生まれて初めての経験だった。常に大量の魔力を身に宿している俺が、少しの魔力も放出できていないだと?
『くそっ……!』
手に力を込めてドアノブを回すが、ビクともしない。ドアを激しく叩いてみたが、ドンッと大きな音がするだけで外れる気配もなかった。
難関の国立魔術学校卒業を就職の条件としているため、魔術研究所の研究員は貴族が多い。皆、今日の舞踏会に参加するために帰宅しているので、誰かが外から開けてくれることも期待できない。
『今何時だ?』
部屋を見回すと壁掛けの時計が目に入る。そろそろ結界を張り始めなければならない時間だ。
(まずいな……)
今日結界を張る役目を負っていたもうひとりの筆頭魔術師──ルーカスはとても優秀な魔術師だ。しかし、ひとりで一晩中となるとかなりきついはずだ。
(なんとかして開けないと)
しかし、俺の奮闘も虚しく時間だけが過ぎていく。諦めて窓を開けようとしたが、それも叶わなかった。
そして翌朝、朝一番に出勤して掃除をしていたエルマにより、ようやく部屋から出ることができたのだ。
一通りあの日のことを思い返したが、やっぱり誰が犯人なのかわからない。
エルマはあの事件の後、魔術研究所の魔術師達に誰があのクッキーの詰め合わせを預かって部屋まで届けてきたのかをさり気なく確認していた。しかし、予想通り誰も名乗り出なかった。
(やはり、ルーカスか?)
今のところ、俺がこの状態になって最も得しているのはルーカスだ。ルーカスが俺にライバル心を燃やし、何かと突っかかってくるのは前々から感じていた。
(だが、ルーカスがこんなことをするか?)
何かが引っかかり、すんなりとその予想を受け入れることができなかった。




