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【電書化】困っていた憧れの大魔術師様に追い打ちをかけたら、予期せぬ溺愛に翻弄されています!  作者: 三沢ケイ


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4.ようやく元に戻りました(1)


 クラウス師長との生活も、早一カ月を迎えようとしている。


「エルマ、何を読んでいるんだ?」


 リビングで本を読んでいると、お風呂から上がったクラウス師長が覗き込んできた。髪を乾かす魔法も使えるようになったのか、艶やかな銀髪がさらりと流れている。


「これはコリンズ=フィバーの新作ですよ。大魔術師シリーズ」

「コリンズ=フィバー?」

「あー、師長は知らないかもしれないです。女性向けの恋愛小説だから。ヒーロー役の大魔術師様がめちゃくちゃ格好よくって、大人気なんですよ」

「ふうん」


 クラウス師長はこのシリーズを全く知らないようで、反応は薄い。このヒーロー役の大魔術師様のモデルはクラウス師長なのでは? なんて噂もあるのだけれど、それは言わなくていいかな。


「エルマもその小説の大魔術師が理想なのか?」

「それはもちろん! 世の多くの女性の理想です」

「どんな男なんだ?」

「格好よくって、大事にしてくれて、歳が離れすぎず、仕事に理解があって、経済力のある男性です!」


 どや顔で答えると、クラウス師長に半ば呆れた顔をされてしまった。

 いいですよ、自分でもこれ全部を満たす人を見つけるのはちょっと難しいかもしれないなーなんてわかってるもん。


「ところで師長、もう日常生活にはほぼ困らなくなりましたね」


 最初こそ私の介助なしでは何ひとつできなかったクラウス師長だけど、ここ最近はほとんどのことが自分ひとりでできるようになっている。魔法認証式のドアの開閉はもちろんのこと、日常生活で必要な魔法は一通り使えるようになった。


「ああ。だいぶ色々なことができるようになってきた」

「元の姿に戻るのもそろそろかな?」


 私の大失態によってこんな姿(でも、私的には天使だと思っている。だって、いちいち可愛すぎるもの!)になってしまったクラウス師長だけど、魔法が使いこなせるように回復すれば私のかけた魔法を解くことなど容易いはずだ。


 一時はどうなることかと肝を冷やしたけれど、着実に元に戻ってきてくれて本当にほっとした。


「そういえば、結局誰がこんな薬を師長に盛ったのかはわからずじまいですね」


 そもそもの経緯を振り返れば、クラウス師長への差し入れに変な薬が混ぜ込まれたのがことの発端だった。その差し入れは誰が持ってきたのか、未だにわからない。

 クラウス師長の執務室に残された空のお菓子箱を確認したけれど差出人は書いておらず、魔力の残り香もなかった。


「魔力の残り香がないってことは、魔力がほとんどない人、もしくは相当の技術を持った魔術師ってことですよね?」


 私は窓際のイスに座ったクラウス師長に尋ねる。普通、誰かが物に触れば魔力が多少なりとも移って、残り香がつくものなのだ。


「だろうな。恐らく、後者だ。魔力が少なくても、多少は残るだろう。魔術研究所に勤める魔術師であるお前が探って検知できないのはおかしい」


 こんな時間にもかかわらず持ち帰った書類を読むという今日も絶賛残業中のクラウス師長は、首を横に振る。


「俺は恐らく、魔術研究所の職員の誰かがやったと思っている」

「えっ!」


 それは身内の中に敵がいるってこと?

 でも、言われてみればそれがしっくりくるのは確かだった。


 魔術研究所の職員であれば簡単にクラウス師長の執務室に差し入れを届けることが可能だし、魔法薬の知識を持っていても不思議ではない。それに、魔術研究所の研究員はみな優秀な魔術師揃いなので、自身の魔力の残り香を消すこともできるはずだ。


「一体誰が……?」

「俺がこうなることで、得をする人間だろうな」

「得をする……」


 そのとき、ふとひとりの人物が脳裏に思い浮かんだ。件の事件の日、クラウス師長と一緒に舞踏会で防御の結界を張る役目を負っていたルーカス師長だ。

 ルーカス師長はクラウス師長と双璧を成す若手魔術師のエースで、魔術研究所の所長争いをするとすればこのふたりだろうと誰もが思っている。


 そのルーカス師長だが、クラウス師長があの日来なかったためひとりで結界を築いて一晩中維持した。そのことをプリスト所長からとても褒められ、ご満悦だったのを見かけた。


「もしかして、ルーカス師長……?」


 あんなことがあり、研究所内でクラウス師長の評価は少なからず下がっているはずだ。逆にルーカス師長の評価は上がっている。

 研究所内の出世競争で一歩リードしたという意味では、彼は間違いなく得をしているのだ。


「そうかもしれないし、違うかもしれない」


 もはやルーカス師長に違いないと考えはじめた私に対し、クラウス師長は歯切れが悪い。


「誰だかわからないなら、気を付けないとですね。私、元に戻った後も犯人がわかるまでは師長のおやつ持っていきますよ」


 クラウス師長はとにかくよく食べる。数時間おきに軽食を摂るのだが、その軽食が全然軽食じゃないのだ。放っておくと、また差し入れに手を出しておかしな薬を盛られてしまうのではないかと心配になってしまう。


「本当か?」


 クラウス師長は私の申し出に、驚いたようにぱっと顔を上げる。


「ええ、約束です」


 私は笑顔で頷く。


「ありがとう」


 クラウス師長は嬉しそうにはにかんだ笑みを見せる。


(あー、可愛い!)


 こんなに嬉しそうに微笑まれたら、作らないわけにはいかないよね!


     ◇ ◇ ◇


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