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【電書化】困っていた憧れの大魔術師様に追い打ちをかけたら、予期せぬ溺愛に翻弄されています!  作者: 三沢ケイ


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2.わけあって憧れの大魔術師様と同棲中!(7)

 風呂を出てリビングへ向かうと、テーブルに向かって座っているエルマの姿が目に入った。片手には羽ペンを持ち、熱心に何かを読んでは時折メモを取っている。


「何をしているんだ?」


 ひょいっと横から覗くと、それは仕事の研究ノートのようだった。今までやった実験の詳細と何がいけなかったのか、どうすればいいのかなど、彼女なりの考察がつらつらと綴られている。


「あ。ちょっと研究が行き詰まっていまして、どうすれば上手くいくかと考えていました」


 エルマは俺に見られたのが気まずかったのか、少しばつの悪そうな顔をする。


「お前の研究は、確か『植物強化』だったか?」

「そうです。寒さに耐えられる穀物を開発したら、寒冷地の食糧事情が改善されるのではないかと思いまして」


 エルマは小さく頷くと、目を伏せて自分の研究ノートを見つめる。


「なかなか上手くいきませんけれど」


 きっと、自分だけ成果を上げられないことを気にしているのだろうということは、すぐに予想がついた。


「今どんな感じだ? 一緒に見てやる」

「え。いいんですか?」


 エルマは驚いたように俺を見る。研究に関して、研究員から筆頭魔術師にアドバイスを求めることはあっても、筆頭魔術師から指導を申し出ることはほとんどないからだろう。


「お前は俺の部下だろう?」

「はい、そうですね」


 エルマは頷く。


「部下の研究が上手くいかないときにフォローするのは上司の役目だ。見せてみろ」


 手を差し出すと、エルマはおずおずとノートを差し出す。


 思った以上に事細かに書かれていた。最初の目的から目指すゴールまでの道筋がしっかりと示され、上手くいかないときはその考察や改善案もしっかり書かれている。


「ざっと見ただけだが、着眼点は悪くないと思う。そうだな……、俺ならここの──」


 俺が自分の考えを話し始めると、エルマは熱心にそれに聞き入りメモを走らせる。その眼差しは、真剣そのものだった。


 俺はノートを取るために手元に集中するエルマを窺い見る。

 下を向いているせいで少しだけくせのある薄茶色の髪の毛が顔にかかり、長いまつげが目元に影を作っている。


(研究への姿勢や、発想、着眼点は決して悪くないのだがな)


 むしろ、熱意に関しては研究所の誰よりもあるだろう。エルマと過ごし始めてわかったが、エルマは人一倍真面目で努力家だ。ただ、結果があまり伴っていない。


(卒業した学年がよくなかったんだな)


 エルマの同期の所員達は特に出来がいい。ほかの年度であればここまで悪目立ちすることもなかったはずだ。さらに、彼らが入ってきた影響なのか、ここ最近は研究所全体で高い成果が出続けていた。


 そう考えると、彼女の立場が少しかわいそうにも思えてくる。


「今度は上手くいくといいなぁ」


 エルマがノートを見つめながら、ぽつりと呟く。


「大丈夫だ。研究とは、こういうものだ。上手くいかないときはいかないが、打開策を見つけると急によい方向へと回転しだす」


 エルマはこちらを見つめ、きょとんとした顔をした。しかし、すぐに嬉しそうにふわりと笑う。


「師長、ありがとうございます。お礼に、明日は朝から師長お気に入りのパンケーキを焼きますね」


 その笑顔を見た瞬間、なぜだか胸の奥にむず痒さを感じた。




 その日の夜、ベッドに入った俺は今日一日を振り返る。

 隣では、エルマが気持ちよさそうに寝息を立てていた。暗闇の中じっと目を凝らすと、屈託のない寝顔をさらしているエルマがぼんやりと見えた。


(こいつは、少しは警戒心というものがないのか?)


 ここに来た初日の夜は『一緒に寝ましょう』と言われて驚いた。こんな見た目でも、俺の中身はれっきとした二十五歳の成熟した男だ。けれど、エルマは俺を完全に〝五歳児〟としか見ていないようだ。


(夜中にいつの間にか元の姿に戻っている可能性を考えたりしないのか?)


 まあ、戻ったところでどうこうするつもりはまったくないが。

 なんとなく寝付けなくて、ベッドの中で寝返りを打つ。


『今日は何して過ごしましょうか?』


 今朝、エルマにそう言われたとき、正直意味がわからなかった。俺にとって、休日は平日に終わらなかった仕事をする日だったから。


 すると、エルマは目を丸くする。


『休日は休むための日です。遊びに行きますよ!』


 意気込むエルマに、半ば強引に連れ出された。

 そうして連れて行かれたのは、動物のサーカスだ。一度も見たことはなかったが、煽り文句を見ると、どうやら動物がいろいろな曲芸をするようだ。

 こんな子供だましなものをと呆れてしまったが、エルマは見る気満々だ。


 この姿になってからというもの、エルマにはだいぶ迷惑をかけている。その後ろめたさもあって、俺はエルマの言うことを聞くことにした。


 仕方なく入ったものの、サーカスは思った以上に面白かった。

 芸が上手くいくたびにほぼ満員に埋まった席からたくさんの拍手や歓声が上がる。気づいたときには、俺も夢中で見ている客の一人だった。


『楽しかったですか?』


 エルマに聞かれ、素直に答えるのがなんとなく恥ずかしくて目を逸らす。何がそんなに嬉しいのか、エルマは楽しそうに笑っていた。


 その後は、エルマに連れられていくつか店を回り、途中でドーナツ屋に寄った。恐らく俺の様子を見てわざと自分がお腹が空いているフリをしたのだろうということは容易に想像できた。


(どうしてエルマは──)


 なぜ彼女はこんなにも、自分以外の人のために尽くそうとするのだろうか。


『好きなだけ頼んでいいですよ』


 エルマは屈託なく笑う。

 ありがたく四つ頼むと、エルマは俺がそれらを食べている間、俺の姿を嬉しそうにずっと眺めていた。


 その後もエルマに付き合い、ふと目に留まって気になったお店に立ち寄ったり、図書館で本を眺めたりする。


『すっかり遅くなっちゃいましたね。帰りましょうか』


 そこでようやく、すっかりと夜になっていたことに気付く。


(こんな時間の過ごし方をしたのは初めてかもしれないな)


 何か生産的なことがあったのかというと、何もない。

 けれど、不思議と嫌な気はしない。


(たまには、こんな日もいいかもしれないな)


 そんなどこか満たされたような気持ちで、俺は目を閉じた。



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